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※汚グロな描写あります。ご注意ください。

※専門的な知識に基づくものではありません。架空の話です。


  

  

 そろそろ自我が失くなるだろうと思いつつも数日が経つ。

 マツは死んだ場所で本当の腐乱死体と化し、無数の蠅が飛び交っていた。庭に面した和室にも飛び交い、濡れ縁に座る常夫の身体にも大量に(まと)わりついていた。

 常夫の身体は歪みまくり、ぎくしゃくしながら動けるものの、さらに人間味が失くなっていた。

 だが、自我はまだ保たれている。

 もしかして俺は他の(もん)(ちご)て、自我残ったままなんかもしれん。

 見かけた他の生屍者はみな獣のように吠え、理由もなく徘徊している。どう見ても意思があるように見えない。

 常夫は嗤った。

 実際は「がっ、がっ」と他の生屍者と似たような鼻を鳴らす音が出ているだけだが、何と言っても自分には自我があるのだ。他のやつらとは違う。

 この年齢まで、何一つ自慢できるものはなかった。容姿も頭脳も。百姓家といっても先祖代々しがない水呑百姓だ。

 だが今は違う。

 俺だけや、自我のある生屍者は。特別なんや。この村の頂点や。

 今まで不細工やの、頭悪いやの馬鹿にされてきたけど、顔ぶよぶよでみな一緒になってもたさけ、ナミにも他の女にももうなんも言われんわ。なんなら女連中もみな一緒の顔やし。

 これでもうちょっと身体の自由利いたらええんやけど、ま、しゃあないわ。

 常夫は濡れ縁からぎくしゃく立ち上がった。十数匹の蠅がその身体から飛び立ち、円を描きながら再び(たか)ってくる。

 かくかく歩きながら、雑草だらけの庭を横切り、門を出た。

 ナミ今頃どないなってんやろなぁ。

「がっ、がっ」

 お、あのチェックの柄シャツ、丈志やないか?

 顔や体型ではもう誰が誰やら判別できなかったが、血や膿の染みの下から辛うじて見える柄で、誰なのか知ることができた。

 丈志は近所の農家の息子だが、後輩のくせに常夫に対する態度が悪かった。寄合で見かけても挨拶一つせず、何より腹が立つのはナミと仲が良いこと――

 って、あんななったらもうどうでもええわ。見てみ? あ~あ~言いもて、よちよち歩いてるわ。前からも尻からも漏らして、赤子より始末悪いのぉ。

「がっ、がっ」

 常夫は嗤った。自分も同じ状態なのだが、そこに気づいてはいない。

 この村ももう全滅やなあ、これからどうなるんや。まさか村ごとミサイル落とされるとか? そんなゾンビ映画なかったか?

 あ~いらいらする。めちゃくちゃ腹立つ――

 ここだけ違て、他所(よそ)にも広まったらええのに……

 ……広めちゃろか? 

 ……そや、そうしたらええんや。もっとおっきな、もっと人いてる、大都市に広めたらええんや。

 みな一緒になるんや。

 常夫は(くう)を睨み上げ、残酷な笑みを浮かべて自分に酔いしれた。実際は膿疱をぶら下げたただの醜い顔がそこにあるだけだったが。

 そこから常夫は生まれ育った家を捨ててぎこちない動作で歩き続け――やがて街へと続く村の主要道へと出た。

 目の前に赤い大きな橋がある。数年前に一大事業として県が掛けたものだ。

 橋の上にはいくつかの転がる死体と方向も定まらずゆらゆらと歩く十数人の生屍者がいた。

 常夫は彼らを気にすることもなく、己の目的に向かって橋を渡った。

 橋の向こうに立つ隣町名の案内標識が見えた。

 始まりの村を出る選ばれた人間――いや、生屍者――の第一歩だ。

 常夫はふと後ろが気になって――脊椎や関節、腱や筋が今までのように動かないので――身体全体で振り返った。

 大勢の生屍者がぎくしゃく、がくがく、ゆらゆらと自分の後に続いていた。

 がっがっ、と常夫は嗤った。

 ええ気分や。みな俺に(したご)うてる。

 俺が選ばれた特別な生屍者やてわかってんのやな。

 ああーええ気分過ぎてなんか腹立つわ~何もかもぶっ壊したい。

 あっ、中には知ぃらん顔して、ついて()えへんのもおるな。ま、腹立つけど大概の(もん)ついて来てるし、()っとこ、放っとこ。

 ぞろぞろぞろぞろ、生屍者の行進や。

 みなで行こら、みな一緒になるんや――



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