1
※汚グロな描写あります。ご注意ください。
※専門的な知識に基づくものではありません。架空の話です。
「ほんまにそんなもんで、ええもんできんのか?」
深くて硬い皺を顔に刻んだ老母マツが姉さんかぶりをした手拭いの下から常夫を睨め上げた。
「そこまでまだわからんけどな、役場の坂本はんにいっぺん使てみてくれんか、て頼まれたんや。世話になったセンパイやで断りもできんやろ。しかもタダや。おかんタダ好きやん」
常夫は坂本からもらった化学肥料の青いビニール袋を無造作に開け、まず素手に取って中の粉末を確かめた。粒子の細かいクリーム色の粉は親指と人差し指で擦るとしっとりと指紋を浮かび上がらせた。
何が配合されているのかわからないが、坂本がくれるのはいつも最新の試供品なので、自分を優遇してくれることに常夫は感謝していた。
スコップで掬った粉末を株の根元に丁寧に撒いていく。
20キロ入りを30袋ももらったので、全部の野菜に施肥することができ、今回の肥料代が節約できると喜んだ。
よく肥えた黒い土に載った粉を見て、常夫は好物の粉糖をまぶしたチョコケーキを思い出した。
まだ幼かった頃に初めて食べて感動してから大好物になった。
そういや最近食ってへんな。ナミちゃん誘て隣町の喫茶店でも行こかな。
施肥しながら、にやにや笑顔が浮かぶ。
四十も過ぎて常夫にはまだ妻子がおらず、恋人と呼べる女性もいなかった。
無骨で不細工な自分を構ってくれるのは、この田舎に一軒だけある『ケイコ』というスナックのホステス、ナミだけだ。
だがそれは常夫が店に金を落とす貴重な客だからだとわかっている。わかってはいるが、やはりどこかで期待する自分がいる。
「しょうもないことに金使てもったいない」
と、そのことでマツによく苦言されるが、常夫は聞く耳を持たなかった。「もう行くな」と言われても、いつも適当に誤魔化し返事した。
この肥料がいい作物をたくさん実らせて、こんなしがない農家にも明るい未来が見えたら、もしかしてナミは本気で自分との結婚を考えてくれるかもしれない。
可能性はほぼゼロだが、常夫は希望に胸を膨らませ肥料を撒き続けた。