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金色を纏う血塗られ皇帝は、無色透明な蓮花の令嬢を染めあげたい。

掲載日:2024/05/10

「ああ、そうだな。……この娘にしよう」


 短くそう言った皇帝は、この広い会場の中で壁の花にもなりきれていなかった私の前に立つ。

 黄金の髪に赤く宝石のように輝く瞳。

 端正な顔は、どこかいたずらを思い付いた子どものように思えた。


「ぇ?」


 自分でも何が起こったのか理解できず、私は令嬢らしからぬ声を上げていた。

 しかし声を上げたのは、何も私だけではない。


 広間に集められていた他の妃候補たちや、陛下の後ろを着いて歩いていた側近すらも同じ反応だった。


 無理もないわね。

 この中の誰一人として、私が選ばれるなんて思いもしなかったはずだから。


「お、恐れ多くも陛下……」


 発言が許されるかどうかも分からないけど、もし勘違いなさっているのならば私から止めないと。

 だって、このままでは大変なことになるわ。


「どうした? ああ、もしかして顔が好みではなかったか? そこまで悪くはないと自分では思っていたんだが」

「いい、いえ、そういうわけでは!」

「そうか?」


 会場は静まり返り、私たちのやり取りを聞いていた。

 顔が好みとかこの好みじゃないって、私からそんなこと言える立場ではないことくらい、陛下が一番分かっていらっしゃるはずなのに。


 だって私は没落寸前の男爵令嬢なのよ?

 それにどう見たって時代遅れの古臭いドレスに、装飾品も母の形見であるネックレスだけ。


 見た目だけでもみすぼらしい私が、この国で一番高貴な方の言葉なんて覆せるわけないじゃない。


「で、どうしたというのだ。ああ、名前を聞いておらぬな」

「名前……名前はリンファ……リンファ・グランテと申します」

「リンファ。遠い国の言葉で蓮の花という意味か。確かにそなたの美しい翡翠色の瞳にぴったりの名だ」

「ありがとうございます」


 私の名前の由来まで分かるだなんて、皇帝陛下は随分と博学なのね。

 それに噂で聞くような、残虐性はその所作からも全く感じられない。


 確かに私なんかより背格好も大きくて強そうだけど、でもその瞳は他の人たちよりもずっと優しく感じられる。


 それに美しいだなんて、生まれて初めて言われたし。って、そうじゃなくて。

 ちゃんと説明しないとダメよ。

 陛下が私()()()を選んで、後悔なさる前に。


「ああいえ、そうじゃないのです!」

「ではなんだ? 顔が嫌じゃないのならば……」

「陛下、僭越ながら私は無色……魔力を持たない者なのです!」


 そう。魔力こそが全ての世界のおいて、それを持たない私には人権などないに等しかった。


 だから今回のことだって……本当はこの夜会には参加などしたくなかった。

 だって参加すれば好奇の目と、蔑さまれることなど分かり切っていたから。


 夜会への参加の手紙が屋敷に届けられたのは、ほんの一週間前。

 前皇帝が今帝に滅ぼされ、王宮内の総入れ替えが行われているというのは田舎にも噂では届いていた。


 王宮にいた側妃たちは、子を成していないものは皆家に帰されたって言ってたっけ。

 あとは今回の騒動で、前皇帝の関係者がこの人に殺されたって。

 だからこそ付いたあだ名が、血塗られ皇帝。


 国の平穏のためにも、即位後すぐに妃をとの声が上がったが、誰一人自分の娘を皇帝に捧げる者はいなかった。


 まぁ、前皇帝派の貴族は排除されたって話だけど。

 だからこそこの夜会には、婚約者のいない全ての貴族令嬢の参加を求めるものだった。


 仕方なく参加したんだけど、まさかこんなことになるなんて。

 こんなことならば、病気だとでも手紙を返しておけばよかったわ。


 ただでさえこんな風に注目を浴びているのに、自分から言いたくもないコトを言わなきゃいけないだなんて最悪ね。


「そうか」

「はい。そうです」

「じゃあ、行こうか」

「は⁉ 陛下、今私の話聞いていましたでしょうか?」

「ああ、聞いていた」


 その顔は、一世一代の私の告白など何の意味があるのだという風だった。

 そう。私の力など関係ないというように。


「ですから、私には魔力がないのですよ? どの属性の何も」

「そうか」

「そうか、じゃないです!」


 不敬罪だって分かりながらも私は、思わず叫んでしまっていた。

 だって、力がないって言ってるのに、そうかって返す人がどこにいるのよ。

 いや、目の前にいるんだけど。


「俺はこの帝国一の力がある」

「はい」

「火の遣い手で、そのレベルは最高位の金色だ」

「存じております」


 属性以外にその力は色に応じて、力の強さがある。

 陛下は火属性において、歴代最高レベルとなる金色。

 彼より強い火の遣い手はこの世界には存在していない。


 その真逆を行くのが私だ。

 どの属性のどの色も持っていない。

 簡単に言って、無能力……いいえ、無能ね。


「どうして一番強い俺が、妃に同じように強さを求めなけらばならないんだ?」

「え?」


 さも当たり前だろうと言う陛下の返答に、みんな呆然としていた。

 この方を説得なんて出来るのかしら。

 痛くなる頭を押さえつつ、私は少し前のことを思い出した。



     ◇     ◇     ◇



「ああ()()生きてたんですね」


 週に一度通いで来ている侍女が、屋敷の中の私を見て、そう口にした。


 まだ十七になったばかりの、雇い主である私に言うべき台詞はないことぐらい分かっている。

 分かっていても、この国にとって絶対的なモノ。


「本当に気味の悪い。(いろ)なしなんて」

「……」


 色なし。そう……それこそが、私が虐げられる原因だ。


 この世界は魔力に満ち溢れ、ほぼ全ての人間が魔力持ちであり、使用出来ないにしても、火・土・風・水のどれかの属性を持つ。

 そして色がその力のレベルになっているんだけど。


「属性もなく、無色だなんてよく生きていられるわね」


 嫌味を言いながらも屋敷の掃除に侍女はとりかかった。

 無駄に大きなこの屋敷。


 両親が私に残してくれたものだけど、女である私は爵位を継げないため、この先にあるのは没落だ。

 

「ああ、そうだ。手紙が届いてましたよ」


 侍女は思い出したように手紙を、わざと床に落とした。

 そして鼻で笑った後、再び仕事に戻る。


 本当に嫌な人。

 でもこんな片田舎で、うちで働いてくれるのは彼女だけ。

 そうでなければ、雇ったりなんてしないのに。


「はぁ」


 でもこの人でさえ、雇えたのは私の力ではないのよね。

 今やこの地で、貴族のよりよく肥えた彼のおかげだ。


「領主様」

「よい天気だから寄らせてもらったよ。何でも帝都から手紙が来たそうじゃないか」


 でっぷりとして頭がかなり寂しくなった領主が、見計らったように屋敷に入ってきた。

 彼だけだ。

 こんな風に勝手に人の屋敷に入って来る人間なんて。


 しかも今手紙をもらったばかりだというのに、その存在を知ってるってことは、侍女が先に報告をしていたってこと。


 彼女はここに来てはいるものの、基本はこの領主の屋敷で働いていた。

 でもいくらなんでも、個人情報をこんな風に漏らすなど、あってはならないのに。

 

「よくご存じで」

「ああ、先ほど侍女が入って行くときに持っていたからな」


 とぼけったって無駄なのに。

 わざわざ帝都からって言ってる辺りからして、見てたのよね。

 ああ、嫌な人。


「そんなことよりも、何が書いてあったんだ? 急ぎなら困るだろう」


 領主はでまわすように私の体を下から上まで見たあと、ぽんと肩に手を置いた。  

 虫唾むしずが走るとは、たぶんこういうことね。

 触られた方から寒気が全身に走る。気持ち悪い。


「……そうですね」


 手紙は帝国から出されたものだった。

 先帝が亡くなり、今帝のために妃を探している。


 婚姻を結んでいない十六から二十歳までの娘は次の夜会へ参加するように、か。


 こんな辺境まで届く間に、結構な日にちがかかってしまったのか、開催は一週間後。


 ここから歩いて帝都まではどれくらいかかるのかしら。

 たぶん一週間はかからないとは思うけど。


 悪天候で動けなくなることもあるから、数日後には出発しないと間に合わないわね。

 直々の手紙じゃなかったら、絶対に無視してたのに。


「今帝の妃を決めるための、夜会への参加要請だそうです」

「妃……。そんなものに行ってもどうしようもないだろう」


 ねっとりとした脂の浮く顔は、明らかに私を見下していた。

 そして私の肩を何度も叩きながら、下品な笑い声を上げる。


 属性も色もない私なんかが、妃になど選ばれるはずもない。

 だから行くだけ無駄だろうとでも、言いたいようね。


 言われなくても分かっているけど、この笑い声はあまりにも不愉快でしかない。


「どうしようもなくとも、これは命令ようなものです。まさか、逆らえとでも?」

「な、なにもワシはそんなことは言ってないではないか!」


 さすがに自分のせいにされては困るようで、領主は急いで首を横に降る。

 その度にぶるぶると顎の下の肉が揺れた。


「そうだ! 前から言っていたが、ワシの後妻になるのはどうだ? そうすれば帝都まで行かずともよいし」

「は?」


 少し前にそんなことを言っていた時は、老人の戯言たわごとだと思っていたのに。

 自分の娘よりも年下の私が、『はい』と言うと思っているのかしら。


「ワシがここの婿むこになれば、家も潰さなくて済むではないか! おお、これは良い案だ!」

「……」


 肩に置かれた手はもぞもぞと動き、気持ち悪さが加速していく。


 良案って、冗談じゃないわ。

 幼い頃、母を亡くして一人で必死で生きてきた時には何にも手を差し伸べてなんてくれなかったくせに。


「結構です。今回の夜会には参加させていただきます。没落寸前とはいえ、家名にもかかわることですし」

「そんなことで片意地など張ってどうする。女は媚びた方が良いんだぞ?」

「元より一人で生きてきた身です。身の振り方は自分で決めます」

「な、生意気な! 行ったところで、お前のような色なしなど相手にされるものか!」

「そうですね」


 そんなこと、大声で言われなくたって自分が一番良く分かっている。

 何の力もない役立たずだって。

 

「途中で野垂れ死んでも知らぬからな!」

「ええ。大丈夫です。その時は私の命運もそこまでなのでしょう。どうぞお気になさらずに」

「くそっ。減らず口叩きおってからに。優しくしてれば付け上がりおって!」


 村長の振り上げた手を、私はひらりとかわした。

 外の動物などより動きはよほど鈍い。

 打たれてあげる必要性もないものね。


 途中で私が死のうがどうしようが、本当はどうでもいい癖に。

 まったく良く言うわ。


 怒りに震える領主を無視し、騒ぎが大きくなる前に私は一人暮らした屋敷を出た。

 荷物は狩りに行く時と同じモノと、母が残した唯一の形見だけ持ってーー



     ◇     ◇     ◇



 山道は森の中を一人で歩くことに苦はなかった。

 どうせ普段から森で食べるものを探したり狩りをして生活してきたし。


 ずっと一人で生活していたから、むしろ他人に気を遣う方が苦手なのよね。

 そう少なくとも、一人ならこんな目に合わなくてもいいし。


「いくら年頃の令嬢は参加するように、とは言ったってねぇ」

「まさか、こんなハズレが来るなんて皇帝陛下も思ってもみないでしょうに」

「どこの家門かしら。こんな無能な人しか送り出せない家なんて」

「同じ貴族令嬢と思われるコト自体、嫌だわ」


 夜会の会場に入るなり、入り口近くで品定めをしていた令嬢たちの目に私が止まってしまった。


 彼女たちはおそらく帝都の貴族なのだろう。

 入り口を占領した彼女たちが、入って来る他の令嬢たちにずっと小言を言い続けている。


 まぁ確かに、彼女たちの身なりはかなりいい。

 まさに帝都の金持ち貴族って感じね。


 煌びやかで見たこともない素材のドレスに、大粒の宝石が付いた装飾品をこれでもかと付けていた。


 でも性格は悪すぎね。大きな声で、他人を品定めするだなんて。

 令嬢とはいえ、低俗すぎるわ。


「どいていただけますか?」

「やだ、本当に入る気なの?」

「厚かましいにもほどがあるわ。自分のコト分かってなさすぎじゃない?」

「皆さまは皇帝陛下の命に逆らえと言うのですか?」


 もっとも原因はこの広間に入る前に受けた検査のせいなんだけど。


 危ない物の持ち込みがないかを確認されたあと、招待状を回収され、最後に属性と力の測定がなされた。

 どうも広間(ココ)に入る令嬢たちを属性ごとに分かりやすく区別するために、属性と同じ色の花を髪に差すように配っていた。


 だけど私はそれがない。

 だから入口の神官や大臣たちが慌てふためいていたのよね。

 結局私に配られたのは、真っ白の庭で摘んできたような野花だった。


 これだけの人が集まっても私しかいないって、国中だと片手くらいはいるのかしら。

 むしろ逆に興味が湧いてくる。


「陛下の勅命ちょくめいとは言ったって、物事には限度があるでしょう? 自分が他人と同じだと思っているの?」

「自分が他人と同じだったら、逆に気持ち悪いかと思うのですが?」

「はぁ? あんたねぇ!」


「別に貴女に呼ばれて来たわけではないので、関係なくないですか?」

「生意気ね! あんたなんて陛下の侍女にすらなれないわよ」

「別に期待などしていないので大丈夫です」


 別に自分でも、何かを期待してココに来たわけでもないし。

 同じように集められた人間に、何を言われても痛くもかゆくもなのよね。


 だいたいこんなとこで大声上げて張り合ったって、何の得にもならないでしょうに。


 それに周りの目がどんな目で私を見ているかなんて知っている。

 だってずっとそうだったから。意味ないことに心を割いても無駄、無駄。


「あ、あんたなんか、あっちで壁の花にでもなってればいいのよ!」

「はいはい。ありがとう」


 言われなくても分かってはいたけど、わざわざそこにいろって言われたから、逆に壁の花になりやすくなったわね。


 どこでぼーっとしてようか考える手間も省けたし。


 壁に背を預けようとしたその瞬間、場内で流れる音が急に鳴り止んだ。

 そして高らかな声で、陛下の入場が伝えられる。

 あれほどまでにおしゃべりをしていた令嬢たちも、ぱっと口を閉じ最上の礼をした。


 あああ、頭を下げたのはいいけど皇帝陛下の顔見れないわね。

 でも一人だけ顔を上げるのはさすがに不敬罪となってしまうし。


 顔、一回くらい見ておきたかったなぁ。

 せっかくここまで来たのに。


 諦めて下を向いたままの私たちの間を、皇帝陛下と側近らしき人が通りすぎて行った。


「よく集まって下さいました。これより、陛下直々に声をかけさせていただきます」


 陛下が直接選ぶだなんて、なんかすごいわね。

 妃の選定っていうから、お偉い様たちが決めるものなのかと思っていたけど。

 だけど顔の好みって言っても下向いてたら分からないわね。


「お妃候補に選ばれなかった方でも、その後の侍女選定がございますのでその場でお待ち下さい」


 城の侍女になれれば衣食住が保証され、尚且なおかつお給金がもらえる。

 身寄りもないし、あの領主に言い寄られてるからココに逃げ込めたら本当は楽なんだけど。


 私には力もなければ、後ろ盾もない。

 高望みもいいところね。


 ま、どうせだからお妃様が選ばれる瞬間に顔上げて二人の顔だけは見て帰ろう。

 

 この世界で今ただ一人、金色の力を持つ皇帝陛下。

 ある意味私とは真逆の存在だから、興味があったのよね。


「お声がかかるまでは、そのままでいて下さい」


 みんな息をひそめているのか、陛下の歩く音だけが広場に響き渡っていた。

 緊張なんて今まで無縁だった私ですら、息をするのを忘れてしまいそうになる。


 そしてその時間は長いものだったのか、ほんのわずかな時間だったのか。

 そんな感覚すらおかしくなるほどの時、ふと陛下の足が私の前で止まった。


 えっと?


 私の前にも後ろにも他の人はいない。

 ああ、私だけ花の色が違うから珍しいいのかしら。

 

 しかしそう思う私の頭の上で、陛下と側近の小声での話し声が途切れ途切れに聞こえてくる。


 ため息をつきたくなる気持ちを抑えつつ、頭に突き刺さる視線がなくなるのをただじっと待った。

 大丈夫。どうせいつものことよ。


「うむ。そうだな……この娘にしよう」



     ◇     ◇     ◇



「陛下、どういうことなのですか⁉」


 陛下に通された部屋、ひと際大きな側近の声で私は現実に引き戻される。


 あああ、現実逃避してたかったのに。


 テーブルを挟んで反対側に立っていた銀色の短い髪の側近は、その薄紫の瞳で私を睨みつけたあと、指さした。


 慣れてるとはいえ、さすがに人に指さすとかどうなの。

 失礼すぎない?


 だって別に私が何かしたわけではないし。

 むしろ文句は私の隣で、ソファーにドカっと腰かけている陛下に言ってよね。


「俺は彼女にお茶と菓子を用意するように言ったはずだが、おまえは何を叫んでいるんだ? リオン」

「叫びたくもなりますよ。どうしてその娘なのですか! それにお茶と菓子ならさっき侍女に頼みました」


 リオンっていうのね、この側近さん。

 怒っているわりには、きちんと仕事はこなしてる。


 お茶なんて出さなくていいって、言うかと思ってたのに。

 でも丁度良かった。

 帝都に来てから何も食べてないのよね。


「そうか。リンファ、すぐに温かいお茶とお菓子が来るからな。ああ、リンファの部屋も用意しておけ。もちろん、妃が使う部屋だ」

「本気なのですか? その娘を妃になど」


「本気でなければなんだと言うのだ。俺が今までそんな冗談など言ったことがあったか?」

「ないから聞いているんです。むしろ冗談であって欲しいのですが」


 リオンは頭をガシガシとかきむしったあと、再び私を睨みつけた。


 だから私のせいではないってば。

 でもそうね。

 理由は気になる。


「陛下、私からもお聞きしてよろしいですか?」

「なんだ? ああ、俺のことは名前で呼んでくれ。俺はアーザだ、リンファ」

「えっと……アーザ様」

「ああ、そうだ。それがいい」


 アーザは私の隣で、満足そうに眼を細めた。

 これだけ見ると、この方がご自身の身内まで殺した血塗られ皇帝なんて呼ばれていることが嘘みたいね。


 だって今まで会ったどれだけの人よりも、優しいのだもの。


「それで聞きたいこととは?」

「なぜ私をお選びになったのですか? リオン様が懸念される通り、私はなんの力もございません。アーザ様のお役に立てることなど何もないでしょう」


「そうです! 何も力のない娘など、わざわざ選ばなくてもいいではないですか。もし仮に、リンファ様に一目ぼれなさったと言うのなら、せめて側妃にして下さい!」


 ん-。なんというか、側妃ならいいんだ。

 もっとこう、この城に入れるのも嫌なのかと思ったけど、なんだかそうではないみたい。


 普通、正妃だって側妃だって力がある方が良さげなのに。

 だた単にリオンは、私が正妃になるってことが嫌なのね。


「リンファ様が正妃になれば、大臣たちからの反発があることなど分かりきっているではないですか」

「そうか……」

「そうです!」

「ならば反対する奴はおまえも含めて皆、処分するとしよう」


 そっかぁ。陛下の言葉は絶対だもんねー。

 二つ名はただの噂じゃなかったんだー。って、そうじゃない。


「アーザ様、私のためにそのようなことはおやめください」

「どうしてだ? 俺の決定に不服がある者など、この国には必要ないだろう」

「皆、アーザ様のことを思って言って下さっているのかもしれませんし」

「そんな奴らばかりではないさ。城の中は、人の皮を被った悪魔のような者たちばかりだ。良い顔をしていても、その下では自分たちのことしか考えてなどおらぬわ」


 それは本当にそう。

 あんな小さな田舎ですらそうなんだもの。こんな中では、それは余計にでしょうね。


 しかもアーザは先帝を倒して即位された身。

 反発する者たちは排除したとはいえ、まだ残っていないとも限らない。


「私はどの貴族たちにも属さないから選んだのですか?」


 そう考える方がしっくりくる。

 

「いや? そなたが無色透明だからだ」

「へ?」

「なんだ。不服か?」

「いえ、そうではないですが。それはむしろマイナスなのではないですか?」


 無色であったから良かったことなんて、生まれて一度だってないのに。


 だけど驚いて覗き込んだアーザの瞳はどこまでも真っすぐで、嘘の欠片も見つけることは出来なかった。

 陛下の反応は本当に私には新鮮なモノだった。

 利用価値もない私を妃にすると言い出すなんて。


「先ほども言ったが、俺は妃に力など求めてはいない」

「陛下ほどの力がおありになる方でしたら、確かにそうでしょう。ですが、家臣はそうではないのではないですか?」


 私はリオンを見た。

 陛下は良くても、周りがそんなことを認めるわけがない。


 たとえ私に力があったとしても、没落寸前貴族だし。

 そんな者が妃になったなんて話は今まで聞いたことがなかった。


「お世継ぎや、他の貴族などの兼ね合いもございましょう」

「オレもそれが言いたかったんです。力のない娘が妃になれば、荒れることは目に見えています。それにあいつらは確実に標的として狙ってくるでしょう。そうなったらどうするんです」


 リオンの言葉はいつもの人たちと少し違う気がした。

 言い方は確かに武骨ではあるけど、私への気遣いが今はそこはかとなく感じられる。


「そこはおまえたちが上手くやればいいことだ」

「目が行き届くのには限界があるというのです……」

「それは痛いほどわかっているさ。だが、次はない」


 二人の会話の中身までは分からないけど、目が行き届かず誰かが亡くなったか何かだということは分かる。


 王宮は伏魔殿といわれるほど、争いが絶えないと言うし。

 私では確かに妃は荷が重すぎる。


 せめて自分を守る力がないと、ココでは生き残れないかもしれないのね。

 そこまで考えて、私はなぜか自分の考えに笑いがこみ上げてきた。


「ふふふ」

「急にどうした?」

「押し付けるから、おかしくなってしまったんじゃないですか?」

「いえ……こちらの話なだけです」


 そう。こちらの話。

 だってそう。

 巻き込まれるとか、生き残るとか。


 何も決まってないし、何も知らないのに勝手にそんな未来を想像していた自分が可笑しくなってしまっただけ。


 未来なんて今まで一度も考えたコトもなかったのに。

 あんなさびれた没落する家に居た時だって、どうにかなるかとしか思わなかった私だ。


 それなのに、今こんな状況になってやっと自分の意思で何かを考えている。


 だって人間なんて所詮、成るようにしか成らないワケで、考えるだけ無駄だって思っていたから。

 でもだからこそ私は無敵で、どんなことも臆することなく生きてきたのだけど。


 ただ行き先が……住む場所や環境が変わっただけで、考え方がこんなにも変わるだなんて。


「私は力はありませんが、なるようになるのではないですかね」

「そうは言っても!」

「私も気にしません。ただ、やられたらやり返します」


「命を落としたらどーするんです!」

「その時はその時。そこまでの命だったのでしょう?」

「そこまでって」


「人はいつ死ぬかなど、分かりません。それならばどこでどのように生きても同じこと。ただそこに楽しさや幸せさえあるのならば、良い方なのではないですか?」


「それは……そうですが」

「心配して下さるのは嬉しいです。そしてその時はその時と言っても、簡単に死ぬつもりもありませんけどね」


 まだ手放すつもりはない。

 私は私の生きたいように生きたいだけ、だから。

 私は微笑みならが、真っ直ぐに二人を見た。


「まだ生きてはいたいので、手を貸して下さい。それに陛下は思うところがあって、私を妃にとおっしゃったのでしょう?」


 そこだけは気になる。

 陛下は何を思って、私を妃にと言い出したのか。


 そしてその答えを楽しみに思う自分がいた。

 使い道のなかった私を必要としてくれた初めての人。

 

 この方は私の中に何をみたのかしら。


「なにを……か。先ほどから二人ともそればかり気にしているようだが、何色にも染まっていないそなたが欲しいと純粋に思ったから選んだつもりなのだが?」

「な、ななな、ふぇ?」


「他の令嬢たちに囲まれても、動じていなかったしな。それに無色透明ならば、いくらでも俺色にそなたを染めることが出来るだろう?」

「も、もうそれぐらいにして下さい!」


 私は立ち上がり、陛下の口を覆わず両手で軽くふさいだ。

 こんな風に誰かに言われたことなんてないし。

 こんなストレートな言葉は、逆に私には強すぎる。


 うううう。こんな時はどうしたらいいの?

 喜ぶべきなのだろうけど。

 あああ、顔が顔が熱いよぅ。


 影武者にされた方がマシだって思えるくらい、違う意味でダメージを受けてる自分がいた。


「顔が真っ赤だぞ」

「誰のせいだと思っておられるのですか!」

「俺は見たまま、思ったままのことしか言わん」


「そ、それは! ううう。もう少し何かに包んでください」

「そういう周りくどい言い方は好きではないからな」


 私に微笑む姿を見ていると、どこまでが本気でどこまでが嘘なのか分からなくなってくる。


「他にもあるが、それは追々な。俺にとっては特に重要なことではない」

「うー」

「まぁ、護衛はリオンたちがすればいい。護り通せばいいだけだ」


「簡単に言いますけど……」

「俺と妃に従わない者は皆、排除する。そして側妃になりたいという者は、冷宮でも良いと思う者だけにするようにと言っておいてくれ」

「かしこまりました」


 思った以上に責任は重大で、きっとやることは山のようにある気がする。

 でもアーザの言いかけた言葉も気になるし、それ以上に私は――


「俺と共に生きて欲しい、リンファ」

「……はい」


 今までただ何もない日々だった。

 使命や運命や人の期待も。

 だから一度くらい、誰かの何かのために生きてみるのも悪くない。


 むしろこの先の騒動を思い浮かべ、楽しみになってきた自分がいた。

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