エピローグ:21 いつまでもアオい星たちよ
オレは逢ちゃんを家に招いて。
七年前にアズゥから貰った宝物が映しだす星座を。
彼女に見せてあげたかった。
思い出をよみがらせるわけではなく。
もう一度逢ちゃんと一緒にオレは。
あの星空を眺めたかったから。
妹が高校生になってから。
些細な悩みがある。
それはオレの呼び方が変わってしまった点だ。
兄ちゃんからアニキへと。
ランクがアップなのかダウンなのか。
よく分からないが。
昔の兄ちゃん呼びが個人的にいいな。
「アニキ、おかえり」
「朱理。お前も帰っていたのか」
八月も中頃。
まだまだ夏休みの中で。
前回の帰省から一週間ほど経った盆休み手前。
家族揃ってのお墓参りのために。
朱理もオレ同様に帰省していたのだ。
動きやすいシャツとズボン姿なんだが。
問題は髪だ。
「なあ、朱理、その髪」
「友達行きつけの美容師さんがやってくれたって言ってんじゃん」
「まあ。そこはいいんだが」
ショートの黒髪にグレーのインナーヘアとかいうので。
なんというか。
垢抜けたというか。
誰かから変な影響を受けた感じがして。
少し兄として複雑だ。
「どったのアニキ」
「いや、変な奴とつるんだりしていないか、兄ちゃん心配でな」
「またそれ。あんまりしつこいと怒るよ」
「すまない」
「それよりアニキ。逢ちゃんを迎えに行かなくていいの」
「ああそうだった」
もうすぐ夜の七時だが。
まだまだ外は明るい。
両親はというと。
明後日の墓参りの準備と。
他の親戚すじへの挨拶で。
今夜は帰ってこない。
親戚の家に泊まってくるらしい。
なので、あの子を。
逢ちゃんを招くにはちょうどいい日だ。
七年前、朱理が連れてきたときと同じでバス通いだ。
まだ明るいとはいえ。
彼女を一人で。
ここまで歩かせるわけにはいかない
最寄りのバス停まで迎えに行かないと。
オレがちゃんと逢ちゃんを家までエスコートしないといけない。
バスの到着もそろそろ。
待合せ場所であるバス停まで距離もある。
だから、もう家を出ないと。
「んじゃ、朱理、行ってくっから」
「行ってらっしゃい、アニキ」
さあ、出発だ。
オレはバス停まで走って向かった。
汗ばむのは嫌だが。
待合せに遅刻するのはもっと嫌だ。
よし。
予定よりも早く着いた。
スマホをズボンのポケットから取り出すと。
再会してから。
復活させたチャットアプリの。
彼女とのトークを見てみた。
『バスの中から来人さん見えますよ』
直近のコメントは数秒前。
顔を上げれば。
百メートル以上離れた南の方角から。
開いた景色のおかげで。
バスが近づいているのが分かる。
結構余裕持って来たつもりなのに。
それでも待合せギリギリみたいだったな。
近づいていきて。
どんどん大きくなっていく。
バスを前にして。
背筋を伸ばして逢ちゃんを。
オレは少し堅いと思われるくらいの。
あえて緊張している風を装って。
どこか七年前のオレの面影を持たせて待った。
『到着。足下にお気をつけください』
運転手のアナウンスと共に。
乗客が降りてくる。
といっても。
降りたのは逢ちゃんだけ。
仕事帰りなのか。
この前見た仕事用のエプロンを。
そのまま外した動きやすい。
夏服のシャツとズボン姿だ。
「お待たせしました。来人さん」
「ううん、全然待ってないよ。オレも今来たところ」
「ふふ、知っています」
「あははは」
大人っぽく。
余裕満々でいるよりも。
ちょっとでもあの頃の。
七年前の自分を思わせて。
逢ちゃんと今日は過ごしたいから。
むしろ、ちょっとかっこ悪い方がいいのかもしれない。
「じゃあ、逢ちゃん行こうか」
「はい」
家まで少し離れている分。
歩幅を合わせて話す。
逢ちゃんとのお喋りは楽しかった。
朱理が髪を染めたことや。
オレの学生生活だったり。
今逢ちゃんが勤めている職場の話だったり。
なんてことない世間話をして。
自宅に着く頃には。
夕焼けで明るかった外の景色は。
もう暗く染まっていて。
月が顔を出していた。
「うおおお、逢ちゃん久しぶり」
「久々だね朱理ちゃん。半年ぶりくらいかな」
「地元で同窓会やったのがそれくらいだからね」
「次に朱理ちゃんに会うの成人式かと思ってたからね、わたしも」
「ホント、アニキの気まぐれがなきゃ、逢ちゃんと会わなかったと思うしね」
「なあ、朱理。ほんの少し逢ちゃんを任せてもいいか」
驚く朱理たちを一旦そのままにして。
今日のメインイベントのために。
オレは家のガレージへと向かった。
外出で父さんの車が使われているから。
停まっているのは母さんの車一台だけ。
入り口の壁にあるスイッチを押して。
電気で明かりを点けたら。
最終チェックだ。
よし。
人が二人分寝転がっても。
充分なスペースは確保されているし。
なにより、今日は父さん達が出かけてから。
このガレージを掃除して備えていたんだ。
埃くささとかまで。
あの頃を再現する必要はない。
うし。
寝転がっても無事なようにレジャーシートも敷いたし。
アパートから持ってきたプラネタリウムも。
うん。
ちゃんと光っている。
準備は万端だ。
ここの電気は点けたままにして。
一旦ガレージの扉を閉めて。
母屋にいる逢ちゃんを迎えに行かなきゃ。
家の玄関のドアを開けたら。
すぐにでも。
彼女のところに行きたいところだが。
「ごめん。もうちょっとだけ待って」
大きな声でリビングにいる逢ちゃんへと呼びかけた。
洗面台で水を浴びてから汗を洗い流すと。
自分の部屋で制汗スプレーで臭いを抑えてから。
逢ちゃんのもとに行った。
汗臭いせいで。
色々と台無しになるのだけは避けたかったからだ。
「お待たせ逢ちゃん。今度こそ準備できたよ」
「ええ。逢ちゃんと楽しく喋っていたのに。とらないでよアニキ」
逢ちゃんを呼ぶつもりが。
朱理が駄々をこねたものの。
「ごめんね朱理ちゃん。今日は来人さんのお誘いだから。もどったら、またお喋りしよう」
「約束だよ」
「うん」
とても慣れた調子で逢ちゃんは朱理をなだめた。
「行きましょうか。来人さん」
「ああ、行こう」
二人で玄関を出て。
歩いてすぐのところにある。
うちのガレージの扉の前に着くと。
すぐには中には入らずに。
一度立ち止まって。
オレは逢ちゃんに声をかけた。
「作り物だし、地面に直接寝っ転がるわけじゃないけどさ、きっとあの頃の思い出に浸れるよ」
「今から楽しみだな」
「とてもいい時間を過ごせるから」
「ふふ、ちょっと緊張してます。来人さん」
「ぶっちゃけると、ちょっとね」
直接ヴェルデ達の定めているタブーを。
隣にいる逢ちゃんに伝えるわけじゃない。
ただ、自己満足とはいえ。
あの頃の再現をしたら。
逢ちゃんの記憶が戻ってしまうんじゃないかと。
心配してしまう。
でも、それはオレにとっての心配だ。
一番の心配はこれからの時間を。
彼女が楽しんでくれるかが。
不安だ。
いいや。弱気になるな。
上手くいく。
だから、自分の心が思うままに。
やるだけだ。
決断はした。
深呼吸をしてから。
オレはガレージの扉を開けた
「天体ショーにようこそ逢ちゃん」
明かりのついたガレージの中には。
さっき確認したレジャーシートに。
母さんの車のボンネットの上に乗せたプラネタリウム。
アズゥがくれたオレの宝物だ。
あとは申し訳程度に。
芳香剤とアロマディフューザーを一つずつ。
シートの隅に置いて。
ちょっとでも油や鉄のにおいを。
今日一日だけでいいから。
抑えておきたかった。
そんなオレの苦労を察してくれたのか。
キョロキョロと。
辺りを見渡した後に逢ちゃんは。
優しくオレに微笑んでくれた。
「頑張ったんだね、来人」
「ありがとう……逢」
付き合ってた頃を思い出すな。
こうやってデートのときとかに逢はオレを。
よく褒めてくれたっけ。
「先に寝転がっていててもいい?」
「いいよ。オレもちょっとだけ準備があるし」
静かな笑顔のままに逢ちゃんは。
シートの上に寝転がると。
しばらくして今度は仰向けになった。
楽しみにしている彼女のためにも。
手早く済ませよう。
ガレージの扉を閉めて。
ボンネットの上のプラネタリウムの電源を点けると。
それをシートの中央に置いた。
あとは明かりを消すだけ。
「電気消すけど、いい」
「いいですよ」
カチっ。
壁のスイッチをオフにすると。
照明が消えて。
ガレージの中が闇に包まれるが。
アズゥのプラネタリウムが光源になって。
オレが行くべき場所まで導いてくれた。
芳香剤とかもあるし。
なにより自分の宝物にぶつからないように注意して。
オレは逢ちゃんの隣で仰向けになった。
「懐かしいね」
「ええ、あの時の夜空に比べたらカワイイですけど。これはこれでいいですね」
ガレージの天井に。
小さな小さな星空が広がっている。
天然の夜空に比べたら。
展開される銀河の範囲も。
星の光も。
圧倒的に小さくて。
オレが大きくなったせいもあってか。
より一層。
作り物として。
天井に浮かんでいる。
プラネタリウムが映し出す星空を。
そんな風に感じてしまう。
アパートのワンルームで。
映し出すときにはそんなに。
気にならないのに。
今日に限って。
なぜだろう。
でも、雰囲気だけは。
アパートで見るときよりも。
七年前を思い出させるほどに。
懐かしくて不思議だ、
ただ、逢ちゃんに今言葉をかけるなら。
これしかない。
「綺麗だね」
「はい」
よし、悪くない反応だ。
逢ちゃんは小声で。
ムードを壊さないように喜んでいる。
あとは。
この時のために。
覚えておいた星座の知識を。
ちょっとずつ披露……するのも野暮だな。
うん。
このまま無言でいるのも悪くないな。
そうやって何分も何分も時間は過ぎていった。
ただ、言葉にしていないだけで。
心の内ではオレは星座の構成を唱えていた。
デネブが彩る、飛翔の十字のはくちょう座。
アルタイル染め上げる、天を舞うクロスのわし座。
ベガが愛らしい、恋心のスクエアのこと座。
はくちょう、わし、こと。
三つの星座を主張する。
三つの星を数えてつなげば。
三つの星々を結んでいけば。
夏の大三角形が完成する。
赤いアンタレスを持つさそり座は……。
今はいいかな。
二人きり。
ロマンチックにこのガレージの星空を。
眺めているだけ。
それだけでも十分すぎる。
アズゥはいないけども。
オレの友達がくれた宝物が映し出す星空は。
本当に綺麗だ。
物思いにオレがそうやって耽っていると。
耳元で逢ちゃんがそっと囁いてきた。
「あと一人、誰かとこの空の星座を見てみたいと思うのはなぜでしょう」
一瞬逢ちゃんの言葉に。
恐怖すら覚えるほどに。
戸惑ってしまったが。
夏の大三角形を指差しながら。
彼女の疑問にはにかんでこう答えた。
「夏の大三角形に見惚れているからだよ」
「……かもしれませんね」
「それとも今から朱理を呼びに行くか」
「朱理ちゃんには悪いけど、それならこのまま二人きりの方がいいな」
どこか儚げに応えてくれた逢ちゃんへ。
励ましに似た調子で。
そっとオレは彼女の意見を肯定した。
「だね、もう少しだけ、二人でこの星空を満喫しよう」
暗闇だから。
天井にはプラネタリウムが映す。
星の光しか。
色がないと思っていたが。
なぜだろう。
作り物だからなのか。
ガレージに浮かんでいる夜空は。
星空が、銀河なのに。
淡く青く見えてしまっていた。
だからか。
「ア、あ、ありがとう。」
失言の一歩手前。
つい、アズゥの名が出そうになったのを。
無理矢理言い換えた。
これには逢ちゃんも。
からかうように尋ねてきた。
「誰にお礼を言ったんですか」
「ずっと、昔に、あのプラ、ネタリウムを、くれた。友達、にだよ」
それだけ聞くと。
逢ちゃんは静かにオレを見守った。
今にも泣き出しそうな。
声で返事したからだろうな。
もしかしたら、目の前が滲んでいるから。
銀河が淡く青色に見えているのかもしれないな。
言葉にできない思い出が。
代わりに涙として。
少年だったあの頃のオレの気持ちを。
大切な人たちに。
伝わればいいな、と。
流星のない淡く青い星空にオレは。
願い続けた。
最後までお読みくださり本当にありがとうございました。
もう何年以上も前の作品を別物と言ってもいいほどに。
書き換え、書き足し、リメイクして。
自分の思いつきが発端とはいえ。
オンライン上で読者の皆様にお読みいただける機会に恵まれて。
嬉しい限りです。
少しだけ水を差すようで悪いですが。
明日の7/7の23:00~26:00のどこかで。
次の投稿作についての予告を活動報告に載せる予定です。
それでは改めて、最後まで今作にお付き合いいただいた読者の皆様へ。
本当にありがとうございました。




