エピローグ:11 星がつくまで
アズゥとの再会でトラウマになっていたあの家に。
およそ三十年ぶりに入れた群青竹さんは。
自ずと例の地下室に彼女を招いていた。
アズゥはというと。
捨てられていたプラネタリウムを。
今はオレの宝物に興味津々だったらしい。
『ごめんなさい、正吾のことと突然行方をくらませてしまって』
「声をかけられてすぐにアズゥは私へと謝罪をしてきた」
深呼吸してから。
前の話に出てきたような役場の人や水道業者の人たちみたいに。
アズゥのモノマネはせずに。
淡々と彼女の発言を群青竹さんはオレに伝えてきた。
決して嫌いだからとかじゃなく。
むしろその逆で。
アズゥを想っているからこそ。
群青竹さんは茶化さずに。
冷たいわけでもなく、ただ……。
当時の彼女の言葉をオレに教えたかったんだろう。
だから、察せる。
その日群青竹さんと再会した際に。
三十年前の悲劇を。
まだアズゥもまた引きずっていたんだろう。
「やっぱり、アズゥも正吾さんの件をずっと気にしていたんですね」
「ああ。私は『一旦家の中に入ろうと』持っていたあの家の鍵を使って二人で懐かしの我が家へと入っていった」
「失礼ですが、あの家に入った身からすれば玄関の扉なんか大丈夫でしたか」
「それこそ、疑問に思わなかったかね。三十年も空き家とされていた場所の入り口が夜にはすんなり開いた事を」
「あっ、確かに」
昼間にも訪れたが。
あの家の玄関のドアのロックもしっかりしていたし。
なにより普通に鍵なしでも入れたこと自体が。
玄関の扉がなんの問題もなく開いた時点で。
疑問に思うべきだったな。
中学生とはいえ。
もっと違和感を持つべきだったな。
恥じる様に頭を掻いていたら。
ちょっとだけしんみりしたトーンで群青竹さんがオレに。
語りかけてきた。
「家の中にはトラウマで入れなかったが、いつでも入れるように、なんならアズゥが逃げ込んで力づくでも入ってきたときの為に玄関の扉だけは十年前からメンテナンスをしていたんだよ。ホームセンターで買える物を使ってね」
「ああ、なるほど」
「そして、トラウマについてもだが、奇妙なものでアズゥと一緒にいると不思議と抵抗なく扉を開けてあの家の中に入れた。多分、三人で暮らしていた頃の名残が体に染み付いて自然とそうしたんだろう」
「無意識ってところですか」
「恐らくは。そして、これも無意識なのだろうが、気づけば私はアズゥをあの地下室へと連れていっていた。彼女の持っていたランタンを明かりにして数十年ぶりに入ったそこには、埃まみれのビリヤード台だけが出迎えてくれたよ」
「身体が自ずと動いていったんですね。すごいな、人の体に刻まれた記憶は」
頭では制限をかけていたり。
忘れていたはずなのに。
本人すら意識していない心の範囲の影響により。
いわゆる過去の習慣や癖で。
身体が自ずと動いてしまう。
よくある話なのに。
三十年もののトラウマを。
あっさりと解いてしまうような。
人と人との再会にオレは。
声を小さくしながらも。
静かに驚くばかりだった。
「もう三十年ほど会っていない。久しぶりの再会で私は何を言えばいいのか困っていた」
自分の子供を殺めてしまった相手に。
いくら家族同然に暮らしていた時期があったとしても。
群青竹さんがアズゥの対応に困るのも無理はない。
ただ、ここまでの話を聞く限り。
彼女は群青竹さんを相手にする際には。
頭の上がらない人物として。
いわば、自分のお父さんとして見ていたんだろうな。
というのが察せられる。
だからこそ、罪悪感もあっただろうから。
アズゥもアズゥなりに。
群青竹さんとの接し方に困っていたんだと思う。
「最初の彼女の謝罪以降はお互いあの悲劇については触れず、私は『元気にしていたかい』とだけ聞いてみた」
「なんてアズゥは返してくれたんです」
「こう答えたよ」
『とりあえず元気にしてました。そうそうこの周辺には服なんかも捨ててあったし今度着てみようと思います』
「昔と変わらない明るい口調で返してくれたよ」
「はは、オレの知っているアズゥらしくなってきたや」
「それから彼女は私の持っているプラネタリウムに視線を移して尋ねてきた」
『地球儀みたいなそれはなんですか』
「私は簡単なプラネタリウムの説明をすると豆電球とお菓子の箱でも作れるよと教えてあげた」
「さっき言っていた会社のイベントとかで培ったものですか」
ラッキーアイテムとかで。
七年前に流行った物のルーツが群青竹さんにあったのか。
考えれば当然かもしれないが。
妙な納得に自分自身感心しながらも。
オレは群青竹さんの話に耳を傾け続けた。
「その通りだよ。私は明日もここに来るからここで大人しくしてほしいとアズゥに伝えた。もちろん、水道も利用できる点も忘れずにね」
悲劇の再来を防ぐための処置についてを。
もう不必要で失われているとはいえ。
群青竹さんは最後の一言を慌てて付け足した。
ただ、ここまでの話を聞いてオレには気になる点があったので。
それについても群青竹さんに聞いてみた。
「あのアズゥの手作りプラネタリウムの素材は群青竹さんが調達していたんですか」
「明かりと電池はね。ホームセンターや百円ショップに通販サイトも使って豆電球やそれに類似したイルミネーションを大量に買って彼女にあげたよ」
「なるほど。それだとあの黒いポリ袋の中に外箱になるものが詰まっていたんでしょうか」
「いいや、あの中にはキミが言っていた青いツナギを除けば、小型の掃除機や炊飯器といった不法投棄品しかなかった」
「なんだか、まるであの家でもう一度暮らすために集めたみたいですね」
「彼女もそんな感じのことをくたびれた顔で言っていたよ」
さっきまでの淡々とした様子ではなく。
やるせなく群青竹さんはアズゥの言葉を。
オレへと教えてくれた。
『もう色々疲れたし、正吾やあなたとの楽しい思い出の詰まったここにずっといたいな』
「やはり、あそこにもどって来るまでに色々とあったんでしょうね」
「多分な。私も彼女に詮索はしなかったよ」
「……群青竹さんはアズゥとまた一緒に暮したいとは思わなかったんですか。あの家じゃなくても、それこそご自身のアパートとかでも暮らせたんじゃないんですか」
「いいや、無理だ。できるだけ私もアズゥの思いを尊重したかったが、和解した妻ら家族の件もあり、今回みたいに逃げ場として使うぐらいなら構わないと遠回しに彼女の要望も断った。もちろん、同居についても話を切り出さなかった」
「アズゥからしたら残念でしたでしょうね」
「まあな。だが、アズゥは落ち込みはせず、すぐにポジティブに私へこう頼んできた」
『なら、この夏の間だけここにいてもいいですか。秋になったらまた遠い所に行くので。それから年に一度くらいならここにまた少し立ち寄るくらいはいいですよね』
「この彼女の願いに対しては私も承諾した。ここからはアズゥと再会した翌日について話そう」
ニコニコしながら群青竹さんは語ってくれている。
嬉しそうに語るこの人を見ていると。
安心感をおすそ分けしてもらっている気さえする。
ただ、和解した家族の件もあってか。
アズゥをずっとここに置けはしないなど。
どうしても小骨が喉に引っかかる点があるのが。
大人の難しい所というべきか。
人付き合いにおける世知辛さを感じた。
「私は翌日役場の人間に清掃を済ませた旨を伝えるとあの家には入るなと釘を刺して電話を切った」
上を向いてため息をつく群青竹さんから。
ものすごく当時の面倒くささが見てとれた。
しかし、アズゥ絡みの話になり始めると。
次第に微笑みに変わっていき。
オレのためにも朗らかに話を続けた。
「会社の仕事帰りにスーパーで適当に大量の菓子を買うとそれを持って夜アズゥの待つ家へと向かった。あの一本道を愛車の軽トラックでね」
「あの小さな一本道をよく行けましたね」
「なに家の手前の幅がある所に停めていたからそこは問題なしさ」
あれ、でも、ドラゴンのクレーターが。
ふと、疑問に思ったが。
話の腰を折りたくなかったので。
オレは黙って言葉を喉の奥にしまい込んだ。
「イベントで培った要領で豆電球に菓子の空き箱と電池類を組み合わせた工作をアズゥの前で披露したら彼女は大変喜んだよ」
「いっぱいあの家に作って置いておくくらいですからね」
『簡単に星座を作れる』
「なんて無邪気にアズゥは喜ぶと次に部屋の隅にあった私が昨日拾ったプラネタリウムに興味を示した」
「持ち帰らなかったんですか」
「まあ。かさばるし、私からすれば捨てねばならんし、工作はできても機械の修理まではできんでね。ただ、アズゥは大変興味を示していたんで『ゴミ捨て場で拾った』と言って彼女にあげたんだ」
それが巡り巡って。
今はオレの手にある。
とても声に出して言ってみたいが。
やはり、やめておこう。
群青竹さんとアズゥの思い出に。
出しゃばっているみたいだ。
軽く聞くだけにしよう。
「それでそのままあげちゃったんですね」
「ああ。もうすごく良い笑顔でねだられたよ」
『なら、もらってもいい。直してみたくなったから』
「誕生日プレゼントを貰った子供みたいに彼女は喜びながらね」
「そのときの光景がすぐに思い浮かべられるな」
きっと、あのプラネタリウムを抱きしめて。
地下室中を跳びまわったに違いないだろうな。
手のかかるワンパクな子供でも思い出しているみたいに。
嬉しそうなため息をついて群青竹さんは更に話を続けた。
「アズゥはそれからというもの月の出ない日は、夜な夜なあの家の周辺をうろつき始めた。一つはあの機械仕掛けのプラネタリウムを直すために。二つ目は工作用のプラネタリウムを作るために」
「ロマンチックな言い方ですが、ずっとあの地下室でアズゥは星座を作っていたんですね」
「きっと、彼女なりの正吾への手向けだったんだろう。工作については作成自体が目的みたいなもので、一度点灯させた後は誰かに持っていかれても気にしていなかったしな」
誰かに持っていかれてもきにしていない、か。
あの家のリビングに置いていた理由は。
それだけじゃないかもしれない。
正吾さんを襲った惨劇の場が。
あのリビングだったからこそ。
ちょっとでもあの日に負った自分の心を慰めるために。
もちろん群青竹さんの言うように手向けも兼ねて。
たとえ自己満足だったとしても。
アズゥはあそこに置いておきたかったんじゃないのかな。
気楽に聞こうと思っていたのに。
しんみりしすぎてしまうから。
もうこの推測はやめにしよう。
うん。
だから、この考えから派生した質問を群青竹さんにしてみよう。
でないと、息が詰まりそうだ。
「そういえばあの家アズゥのためにとはいえ子供が出入りをする分には大目にみていたっていうのはどういう意味ですか」
「なに、あの工作をするために夜は外出して空の菓子箱を色々な所から頂戴していたのさ。アズゥが夜の外出を繰り返せるようにとわざと出入りに関しては甘くしておいたのさ」
「そんな経緯があったなんて」
「ただ、それも限界が来てしまうんだけどね」
「えっ」
「例のクレーターの件で役場から本格的にクレームが来てね。私はかなり厳しい立場になってしまったんだ」
オレにとってトラウマな青い石のドラゴンが。
そいつが作ったあのクレーターが。
群青竹さんを追い込んでいたなんて。
でも、ちょっと考えればわかる話だ。
当時は凶悪犯だのなんだのが匿われているんじゃないかって。
噂もされたんだし。
マグカップに残っていたコーヒーを全部オレは飲み干してから。
オレはこの話の続きを待った。
飲み終えたコーヒーは。
冷めきってはおらず。
まだ温もりも残っていて。
充分においしく味わえた。
群青竹さんの淹れたオリジナルブレンドは。
確かに美味しかった。
困った表情なものの。
決して群青竹さんも暗い雰囲気ではないし。
ここからも肩の力を抜いて。
気楽に話を聞こう。
リラックス代わりにオレは。
空になったマグカップの底を見てみた。
そこには『よい一日を』と書かれていた。
うん。
よい一日を過ごそうじゃないか。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
もうすぐ七月です、今年もあと半分になってしまいましたね。
残りの半分も良い年になるよう私も頑張らねば。
次回の更新は6/28の17:00を予定しています。
ぜひともご覧いただければと願っております。




