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エピローグ:10 七年前にて

七年前、オレがアズゥと出会う前に。

群青竹さんはあの家の周りの不法投棄されたゴミの撤去をしていた。

仕事の都合で夜遅くまで働いていた群青竹さんは。

形だけでも動かないと、と思っていたら。

偶然アズゥと遭遇したらしい。

『あなたの私有地の林の中で不法投棄が行われています。土地の所有者として対処をお願いします』


『群ちゃんよぅ、水道は開けてあげてやってるからよう、少しはあの家の周りもキレイにしちゃくんねえか』


「前は役所の人間や水道業者の友人からは会う度にいつも愚痴られていたよ」


「は、はは」


あんまり笑っちゃいけない内容だけども。


元気に話に出てくるその人たちのモノマネをしながら。


オレに状況を。


あの家が空き家同然になってしまった後についてを。


教えてくれる群青竹さんの顔を見ていると。


安心感があった。


これから語ってくれる話が。


一言で表せないさっきのような。


苦痛と理不尽が混じった壮絶なものじゃないと。


群青竹さんの表情が事前に教えてくれたから。


コーヒーがオレのもとに来るのが。


体感あっという間だった。


「はい、オリジナルブレンドのMサイズです」


「ありがとうございます」


さっきまで群青竹さんが飲んでいたのと同じサイズのマグカップには。


熱々の香ばしさ全開のコーヒーが注がれていた。


一滴もこぼさずに。


丁寧に自慢の一品をこの店のマスターとして。


とても気持ちいい笑顔で。


群青竹さんはオレに振舞ってくれた。


「正直に言うとさっきキミに出したのと中身は同じだけど許してね」


「許すもなにもサイズも違うしこれは淹れてただし、さっきとは別物ですよ」


「言うねぇ。でも、そう言ってもらえるとありがたいよ」


「ふふ」


「少し暗い部分やしんみりする箇所は許してね」


「構いませんよ、群青竹さん。いや、マスター」


「マスターか……よし、じゃあ話すとしますか」


一回壁に架けてあるクッキーの蓋を見てから。


オレの方へと群青竹さんは向き直った。


「あの事件から十年近く経ち、要は今から約二十年前に私は妻や向こうの子供達と和解した」


「え、ああ、その」


「ごめんね。出だしから反応に困らせて。で、だ。あの家を巡って色々と私は言われていてね。和解の条件の一つにあの家周りの清掃があったんだ」


「さっき役所の人から苦情がきていたみたいに言ってましたもんね」


「年に一度のペースで林に不法投棄されたゴミの回収や家の周囲の雑草を大雑把に刈ったりしていたんだ」


「家の中はキレイにされなかったんですか?」


「とてもじゃないが入る気にはなれなかった。正吾たちとの思い出よりもあの日のトラウマが勝ってしまってね」


「……奥さんたちも群青竹さんにお気を遣ってくれたんですね」


「ああ。妻たちが私の代わりに屋内を掃除するという提案もしてくれたが、拒否したよ」


「自分の心の中に踏み入られるような気がしたからですか」


「……そんなところかな」


目を瞑る群青竹さんから。


切なさが伝わってくる。


この人がやるせなく笑っているから。


その表情がオレに教えてくれる。


目の前にいるこの人の心に負った傷の深さを。


気構えはしていないが。


言葉は選ばないといけない。


ただ、雰囲気を暗くしているのは。


オレが原因かもしれないし。


言葉選びにしても。


慎重にはなりすぎないようにしよう。


とオレがあれこれ考えていたら。


いつの間にか群青竹さんは。


クスクス笑っていた。


「ごめんごめん。しょうがないとはいえ重たい話から始まってしまったからね」


「いや、気を遣おうとかそんなんじゃなく」


「いいって。ここからは気楽に聞けるからさ。ほら、コーヒー飲みなよ。冷めちゃうよ」


「はい」


促されるままにオレはコーヒーを飲んだ。


息を吹きかけなくても味わえるくらいには。


冷めてはいるものの。


まだコーヒーは温かくて。


風味も残っている。


「美味しい」


「ありがとう。ふふ、じゃあ七年前の、多分キミとアズゥが会う数ヶ月前くらいに私は彼女と会った時の話をしようか」


嬉しそうに群青竹さんは笑う。


七年前、オレよりも早く群青竹さんが既にアズゥと再会していたのは。


分かったが。


彼女の持っていたプラネタリウムも。


もしかして。


元々あの林の中に捨ててあったものじゃないのか。


「あれは3月、いや、4月だったかな。役場の人間がうるさくて渋々撤去作業するはめになった。ただ、決行したのは期限ギリギリでオマケに当日は仕事があってね。急遽きゅうきょ夜に作業を始めたんだ」


「大変だったんですね。ちなみにお仕事は何をされていたんですか」


「当時は県内にある照明器具とかを扱う会社に勤めていてね、基本は事務で会社の資材の管理や夏休みとかのイベントの裏方もやっていたかな」


「へえ」


「有給を家族のために使いまくっていてね、なかなか思うように休み取れなくて大変だったなぁ」


「はぁ」


来年から新社会人になるオレからしたら。


世知辛さが群青竹さんから伝わってきた。


有給って自分の都合のいいタイミングで使えるんじゃないのか。


「お仕事って大変ですね。オレ来年から新社会人だから、余計にしんどく聞こえました」


「そうなんだ。まあ、社会人になっても楽しいこともあるから落ち込まないで。というよりも、話が脱線してしまったね」


気を取りなおすように群青竹さんは。


自らのほおを両手で軽く一度叩いた。


話が逸れたきっかけはオレなのに。


……申し訳ない。


ほんの少し気持ちが沈んだオレを。


あえて見ようとはせずに。


群青竹さんは当時の話を再開していく。


「明日遅刻も覚悟して作業に移ったんだが、思いのほか例年よりもゴミが少なくてね。その時に私が拾ったのは壊れた家庭用のプラネタリウム一つだけだった」


それって。


まさか。


今もオレが大事にしているアズゥの形見なんじゃ。


ハっとするオレに群青竹さんは。


ほんの少しだけ怪訝そうな顔をしていた。


「月が雲に覆われた曇った夜空の下で、他にゴミがないか探そうとあの家の近くまで寄った時だった、彼女に会ったのは」


『久しぶり。正吾のお父さん』


「季節外れの全身黒いコート姿で、右手にはランタンを、左手には大きな黒いポリ袋を持った、まるで黒いサンタのような格好をしたアズゥがあの家の正門近くで、私に後ろから声をかけてきたんだ」


楽しそうに群青竹さんは話してはいるが。


なんとなくだが。


アズゥとの再会は。


複雑な心境だったに違いない。


だからこそ、オレにこうやって話してくれているのは。


この人自身の長年ため込んだ感情を発散したいからだと。


再認識できた。


よし。


コーヒーもまだ温かいし。


この感じだと殺伐とした展開もなさそうだし。


なにより群青竹さんも気構えずに聞いてくれと言っていたじゃないか。


お言葉に甘えよう。


うん。


もっと気楽になろう。


そうすれば。


もっともっと。


マスターとして群青竹さんが淹れてくれたこのコーヒーも。


美味しく味わえるはずだろうから。

ここまでお読みいただいてありがとうございます。

読者の皆様も私も今年のジメジメした湿気に負けないよう頑張りましょう。

次回更新は6/26の17:00を予定しています。

情けないですが完結が7月初旬になる場合は活動報告で告知します。

目途が立ったと見栄をきったのに恥ずかしいばかりです。

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