エピローグ:8 空白になる前の家:終編
優しさって。
家族って。
友達って。
人の主観とか関係性とか。
見え方は人それぞれ。
あの家での悲しい出来事は。
それらのすれ違いだったんだ。
ただ、ただ、群青竹さんの話を聞いていて。
なにもかもが、かわいそうとしか言いようがない。
※今回は主観的に年齢指定級ではございませんが。
微グロと他エピソードより比較的生々しい陰鬱描写がございますので。
今作において重要なエピソードではございますが苦手な方がいらっしゃれば。
先にお詫び申し上げます。
冷め切って。
エグ味が増していったコーヒーを側に。
あのクッキー缶の中の青い石の真相に。
色々と過去を喋りたがっていたあの群青竹さんが。
話すのを躊躇う核心について。
遂にオレは知る時がやってきたんだ。
「あの日、妻は正吾の様子を見に私に内緒であの家にやって来た」
「……奥さんが善意で」
「正吾のためにお菓子やジュースを持ってきてね。あのクッキーの缶はその内の一つさ」
「うっ」
嫌悪感、じゃない。
考えてしまったからだ。
空回りした善意がもたらしたであろう。
これから起きる悲劇にオレは。
嗚咽を堪えきれなかった。
そんなオレを気遣って。
群青竹さんはオレの呼吸が整うまで話すのを待ってくれた。
「続けてもいいかね」
「はい」
朗らかさは失せ。
説教をするにも似た厳しい面持ちで。
過去の悲劇を再び群青竹さんは紡ぎ出していく。
「私が妻と合流したのは夜。妻曰く地下から正吾の声が聞こえ友達と遊んでいると思ってあそこまで降りていったそうだ」
「アズゥと友達と言うには中学生の正吾さんはーー」
友達。
その一言がオレにアズゥとの思い出を次々とよみがえらせていく。
ああ、そうだよな。
群青竹さんの奥さんには、アズゥは……。
正吾さんの友達に見えなかったんだ。
年齢というか外見というか。
ガールフレンドというにしても。
少し無理があったのかもしれない。
友達や約束にアズゥがこだわっていたいたのは。
これが原因なんじゃ。
自分の中の暗い想像に引っ張られそうになる間際で。
やりきれない調子の群青竹さんの声が。
オレの意識をこの人の話へと引き戻した。
「配慮もあったのだろう、妻は正吾とアズゥの二人を地下室に残し、リビングで私に怒りと罵声を浴びせ続けた」
「そんな、群青竹さんは悪くないのに」
「妻からすれば私と離婚してすぐに新しい女を家に招いたようにしか見えなかったんだ」
「理不尽だ」
「優しいな。だが、優しさは人に誤解を簡単に招いてしまう。あの日のアズゥのように」
「アズゥが何をしたんですか」
「地下室を飛び出し彼女は『私は正吾の友達です』と言うために修羅場と化したリビングにやってきたんだ」
「えええ」
「それを聞いた妻は呆れて持ってきたお菓子なんかもそのまま置いていって帰ってしまった」
「アズゥはあなたを庇うために地下室を出てきたのに」
「優しさはね、個人の主観でしか捉えられない。認識不足だと時と場合によっては誤解されてしまう」
良かれと思って。
駆けつけたのに。
群青竹さんと奥さんの関係性に。
勝手にアズゥが入り込んできてしまった。
そういうことなんだろうけど。
あまりに酷すぎる。
二度目の嗚咽が出かけたが。
すぐに手で口を覆って。
気合いで食い止めた。
ああ。
オレは。
七年前、アズゥの心の傷を。
ちゃんと癒せたんだろうか、と。
後悔じみた想いにかられてしまった。
過ぎ去ってしまった思い出に囚われそうになるオレに。
どこか威圧的な物言いで群青竹さんは。
言葉を投げかけてきた。
「申し訳ないが、この点についてはわざと分かりにくく伝えさせてもらったよ」
「大丈夫です。お話にはちゃんとついていけていますから」
「ならば、あえて話を跳ばすがこれを受けてアズゥは暴走してしまった」
「……正吾さんはそれに巻き込まれて傷を負われたのですね」
「ああ。これからそれを詳しく教えてあげよう」
席を立ち、群青竹さんは。
飾られていたクッキー缶の蓋を壁から取り外した。
そして、それをカウンターの上に置いて。
オレに見るように。
コンコンと。
ご自身の指で缶の蓋を叩いた。
「妻は地下室にいた正吾に別れの挨拶をしてから出ていった」
オレの視線は缶の蓋にいったまま。
まだ群青竹さんの顔が見れなかった。
というよりも。
この人は一時的に自分の顔をオレに見せたくなくて。
まわりくどい真似をしているんじゃ。
考えてもしょうがないが、オレの思いを他所に。
過去の悲劇を群青竹さんは語り続ける。
「去り行く妻を追いかけるために正吾は地下室を出て、外で自分の母親の車が見えなくなるまで見送っていたよ」
「お母さん想いの優しい方ですね」
「見送りはアズゥの誤解を解くのも併せてのものだがね。しかし、ただの見送りだけに終わってしまい、落ち込んだ様子で正吾は私とアズゥのいるリビングにやってきた」
「正吾さんもやりきれなかったんでしょうね」
「キミの言う通り、正吾は友達としてアズゥを母親に信じてもらいたかったんだ」
ああ。
ということは。
これは。
つまりは。
ああ。
これ以上は。
耐えられないかもしれない。
蓋から群青竹さんの顔へと視線を戻さないと。
この人の顔を見ないと。
でも、口の中に溜まった言葉を吐き出しておきたい。
「関係性を誤解されて、それで、アズゥはショックを受けて、感情がコントロールできなくて」
もう。
なにが起きてしまうのか。
予想がつくから。
思っていることをぶつ切りに口走ってしまう。
ヴェルデの説明にもあったじゃないか。
宿主の感情が昂るとジェムロイドが暴走するのを。
知っているから。
アズゥは自分のせいで群青竹さんと正吾さんに。
大きな迷惑をかけたんじゃないかと。
大きくて強いネガティブな気持ちを。
抑えきれなくなったんだ。
「正吾はアズゥを励ますがてら『地下室にもどろう』と促した。机にあったお菓子の類を抱えてね」
「それも正吾さんなりの優しさですよね」
「アズゥも誤解していないだろう。あの子なりの優しさだ。だが、それも空回りしてしまった」
「その一言が引き金になったんです、ね」
「……そうだ。カーテンも閉めて月の光も届かない室内にも関わらず――」
「アズゥは変異した」
「部分的にな。突然なんの前触れもなく」
「具体的にはどんな感じだったんですか」
「彼女の両腕が大きな青い恐竜みたいな怪物のものへと変貌して、近寄ってきた正吾を引き裂いた」
もはやゾっとするというより。
嘘だろ。
という単純な感想しか出てこない。
それすら口に出しもせず。
代わりにオレは正吾さんを襲った理不尽さを嘆いた。
「あんまりだ。なんで正吾さんは優しくしただけなのに」
「全くだ。本当に理不尽極まりないな」
強面の群青竹さんの顔が。
怒りで更に険しくなっていたのが分かる。
目を逸らしてしまいそうだ。
でも、真っ直ぐに向き合わなきゃ。
オレ以上に。
群青竹さんは辛いのを我慢して話してくれているんだから。
「暴走はすぐに鎮静した。なんでか分かるかい」
「……いいえ」
「彼女は正吾の持っていた飲み物が入った容器も一緒に引き裂いた」
「大量の水分を浴びて腕が石化したんですね」
「そうだ。だが、浴びた箇所にばらつきがあってね、そこでアズゥは完全には石化していなかった右手でただの石同然になった左手を切り落としたんだ」
「……缶の中に入っていた青い石はアズゥの元々は左手だったのか」
ショッキングな事実にオレは大声で反応した。
あれはアズゥに寄生できなかったジェムロイドじゃなかったのか。
じゃあ、七年前オレがフリマアプリに出品したのは……。
おぞましい考えが過ぎろうとした手前で。
素早く群青竹さんは相槌を打ってくれた。
「そうだ。アズゥは多量の液体を浴びた影響で意識を完全に失わずに済んだ」
「でも、自分で自分の体を切り落とすなんて無茶すぎる」
「これ以上誰も傷つけたくなかったのだろう。左手を切り落とすとアズゥは私に『とにかく自分と切り落とした手にたくさんの水をかけてくれ』と大声で頼んだ」
「それでアズゥに水を浴びせて変異を抑え込んだんですね」
「ああ。だからこそ、また後で話すが彼女が暴走するのを見越してあの家の水道だけは知り合いの業者に頼んでこっそり通したままにしておいたんだ」
「もしかして、アズゥの隠れ家にするためにわざと空き家の体を装っていたっていうんですか」
「ああ。だが、それも無駄だったというか、ヴェルデから聞いたよ。キミもアズゥの暴走を目の当たりにしたんだろう」
「はい」
七年前の暴走は。
アズゥの全身に起きていて。
翼みたいな部位が背中から出てきて。
とてもじゃないがアズゥが変異を制御できているようには。
到底オレには見えなかった。
もしかして、あの時は。
正吾さんの。
いいや、この家での思い出と。
オレとを重ねてしまって。
群青竹さんの話の時よりも。
感情がコントロールできていなかったんじゃないんだろうか。
心は。
アズゥの心は。
人間だから。
泣いたり、喜んだりして当然なんだ。
とても大切な約束を交わした後でもあったし。
心がぐちゃぐちゃになっても。
しょうがないんだ。
「考え込んでどうしたんだい」
険しさのある表情で群青竹さんは。
オレに尋ねてきた。
正直に答えよう。
「今聞いた話と七年前のアズゥの変貌について比較していました」
「ほう。ただ、それについては私は興味はないかな」
「ヴェルデから教えられたからですか。でも、詳しくはオレあの人に喋っていませんよ」
「もうこれ以上は、彼女の怪物的な要素の話を人から聞きたくないだけだよ。短い間だけど本当に家族の一員だったからね、アズゥは」
「群青竹さん……」
大きく息をついて自分のペースにもどしきってから。
群青竹さんは話題を過去へと戻し始めた。
「さて、話を過去に戻すとしよう。切断された彼女の石化した左手はどんどん乾いていき元の青い石へと変わっていった」
カウンターに置いていた缶の蓋を群青竹さんは。
自身の両手で掴むと。
複雑な表情でそれを見つめ出した。
「アズゥは私へと『早くその石を箱か何か閉まって』と呼びかけた」
「目の前に置いているクッキー缶がそれなんですね」
「ああ。中身のクッキーを全部机にぶちまけて缶へと青い石を私は入れて封をした」
「そうだったんだ。ずっと気になっていたんですが正吾さんの手当ては……」
言葉を選ばないと。
群青竹さんの配慮を欠くかもしれないと。
不安になったが。
話を聞く限り。
アズゥの変化も脅威だったが。
それ以上に正吾さんの容体が心配だった。
オレの疑問に対して。
儚げに群青竹さんが首を横に振ったからだ。
「アズゥが手を切り落とすより早く正吾に駆け寄って、彼女に水を浴びせるよりも先にあの子に応急処置もしてあげたのに、すぐに救急車を呼んだのに……ダメだったよ」
「群青竹さん、ごめんなさい」
「気にしなくていいよ。それと救急車が到着する前に驚くこともあってね。それに気を少々とられて色々と私の手も滞ったんだ。なに、私のせいさ」
「驚くことって、切り落としたアズゥの左手が再生したりとか、ですか」
七年前に会ったアズゥの両手は健在だった。
話の流れとしても。
それしか考えられない。
「その通りだ、青い石の手が程なくして生えてきたんだ」
「あ、ああ……ところで、警察も来ました、よね」
「来たよ。ただ、証拠不十分かつ正吾の最後の言葉で私には疑いはかけられなかった」
「なんて言ったんです」
「あの子は『お父さんもアズゥも誰も悪くない』と私や救命医の人たちに伝えてこの世を去った」
「だとしても、アズゥがあのまま家にいたら警察から疑われますよね」
「そうだ。だから、アズゥは事件の翌日、私があの家に戻るよりも先に行方をくらました。青い石が入ったクッキー缶と共にね」
「誰にも迷惑をもうかけたくなくて」
やりきれない。
誰が悪いとかじゃない。
上手く噛み合わなくて。
悲しい出来事が起きてしまったんだ。
群青竹さんはクッキー缶の蓋を。
元々掛けてあった壁の位置へと。
もどしにいった。
オレにご自身の顔が見えないように。
後ろ向きで。
「半年ほど私はあの家に残ったが心身ともに限界が来てね。隣町のアパートに単身引っ越した。勤めていた会社も辞めて転職もしたよ。あの家の所有権と水道を残して、アズゥがもどってくるかもしれないと信じてね」
「あの家から人がいなくなったのはそのような背景があったんですね」
あの家が空白になる前。
確かにあそこに家族はいた。
家庭があった。
理不尽な出来事のせいで。
もう二度と家族全員が揃わなくなったとしても。
たった一人の帰りのために。
家だけは残り続けた。
七年前、オレは時間が止まってしまっていたと。
勘違いしていた。
本当は時間を止めていたんだ。
アズゥのために。
何分経ったか分からないが。
後ろ向きだった群青竹さんが。
ようやく前を向いてくれた、その時に。
オレはこの人の目の前で。
コーヒーを一気に飲み干した。
冷めたコーヒーのエグ味とか苦味とかは気にせず。
一気に。
「冷めてしまっていましたねコーヒー」
「だったら、お代はチャラになるね。ハハっ、冷めてマズくなってしまってごめんね」
「いいえ、美味しかったですよ」
もう公園になってしまったあの地に。
正吾さんもアズゥの魂も囚われていたりはしていないだろう。
だって、アズゥと交わした約束は。
今群青竹さんから聞いた話からは。
アズゥの想いやりが詰まっている。
だから、二人はきっと天国でまた友達になって。
楽しく遊んでいるんだろう。
オレもアズゥの友達だったんだから。
きっと、そうなっているって。
ちゃんと心から想い続けているよ。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
以前にも触れたように暗く辛いお話しになってしまい読者の皆様に負担をかけたかもしれません。
しかしながら、この作品の表のテーマが思い出ならば裏のテーマは優しさでもあり。
優しさのズレとズレた優しさが今パートの焦点ともなっています。
かつて新人賞投稿時には書けなかった箇所をこうして時を越えて加筆できて。
当時の自分をまた見つめ直すきっかけにもなりました。
読者の皆様へ、改めてここまでお読みいただきありがとうございます。
次回の更新は6/15の17:00の予定です。




