エピローグ:6 空白になる前の家:中編
脱線している気もするが。
群青竹さんはあの家自体について説明してくれている。
この人の過去を聞いていると。
自分の子供が好きなことがよく伝わってくる。
前置きを含めれば。
群青竹さんの語る過去については。
始まったばかりもいいところだ。
「誤解しないでほしいが、アズゥには基本的には地下室にいてもらっていた」
「太陽も月の光も浴びたらまずいですからね」
「ああ。会って間もない頃に一度だけ彼女が自分から部分的な変身を見せてくれたよ」
「部分的な変身とは」
「彼女は自身を理解してもらうため月のキレイな日に二階の窓からほんの少し自分の片手を出した」
「そんなことをしたら」
怪物に変異してしまう。
驚いて立ち上がろうとするオレを。
なだめるように群青竹さんは両手を下に振って。
落ち着け、と示した。
気マズく、させたか。
少し恥を感じつつオレは席に座り直した。
群青竹さんが話を続けたのはそれからだった。
「分かっている。月光を浴びた手が怪物みたいになったのを見たよ」
「暴れたりとかは」
「なかった。先の部分だけが変化すると彼女はすぐに地下室に戻って我々と会話して意識が残っているのを証明してくれたよ」
アズゥが自分から変異を人に見せるなんて。
オレの時でもやらなかったのに。
それくらい。
群青竹さん達に。
いや。
正吾さんって人に心を開いていたんだろうな、アズゥは。
「元々アズゥには手袋や長袖の服を着させていたが、それを見て以降は二重に着させて極力石の肌が見えないようにさせた。室内であってもね」
「へえ、自分が出会った時はツナギ姿でしたよ」
「キミの時はそんな格好だったんだ。ああ、あとそうだ。体質的なことなんだろうけどお風呂に入らなかったのが少し気になったかな」
「でも、特に体臭とかは気になりませんでしたよ」
「まあ、そうだね。って、アズゥが聞いたら怒りそうだなこの話題は」
七年前、アズゥと一緒にいるとき。
地下室の埃や古臭さは気になったが。
アズゥ自身の匂いはなにも感じなかった。
きっと。
石の肌。
ううん。
寄生していたジェムロイドっていうのの。
おかげなんだろうな。
「その通りだ。彼女の体質なんだろうね」
「うん、うん……ところで、群青竹さんはアズゥと仲良かったんですよね」
「勿論。正吾の遊び相手にもなってくれていたし、私からすれば新しい家族だったよ」
新しい家族か。
ただ、まだ聞きたいことに全然辿りつけていない。
あの家でなにがあって。
アズゥはなにをしたのか。
正吾さんはどうなったのか。
怖いけれども。
知りたくてしょうがない。
その中でも一番気になるのは。
くたびれたクッキーの缶だ。
持ち帰って店に飾るくらいには。
思い入れがあるんだから。
あの人にとって特別なものなんだろう。
ただ、あの中には青い石が七年前には入っていた。
断定はできないが、
アズゥの体の一部が入っていたかもしれない。
大怪我をして本体から分離した。
まるで剥がれ落ちた、かさぶたみたいに。
青い石として缶の中にあったかもしれないんだ。
もし、群青竹さんが缶の中身まで知っていて。
七年前にあれを回収したとしたら。
どんな出来事があの缶には詰まっているんだろう。
なんて。
色々と考察をしていたら。
群青竹さんはオレに向けて。
微笑んでいた。
「眉間に皺がよっているけど、大丈夫かい?」
「すいません。ちょっと考えこんじゃって」
「仕方ないよね。キミからしても気になることばかりだし」
困った様に笑う群青竹さんは。
自分が飲む分のコーヒーを。
温められたサイフォンからマグカップへと注いだ。
「熱くないんですか」
「冷めてから飲むさ。ちょっとこれから話す内容のために一種の準備運動をしているだけさ」
ルーティーンとは違う気もするが。
そこまでするくらい。
ここからの話は大事なんだろうな。
いつの間にか背筋は伸びていて。
オレの視線は。
そばに置いてある小さなコーヒーカップじゃなく。
群青竹さん本人の瞳に移っていた。
「じゃあ、続けていいかい」
「はい」
「分かった。ただ、アズゥより先にあの家やその周りについて説明させてくれ」
「昔雑木林だったりした場所ですか」
「ああ、そうだ。そして、土地についてもね」
他の家々とも離れた所にあったし。
なんだか孤立したみたいに建ってたもんなあの家。
行くのにも最初は苦労したし。
ホント寂しい場所にあったよなあの家。
「実は雑木林があった辺りも私の所有地で後々道路につなげるつもりだったんだ」
「ええ、オレあの家だけじゃなくて、群青竹さんの土地まで荒らしていたことになりますよ」
「なんか穴ぼこになったりもしてたしね」
「不法侵入にしても、ちょっと、本当にすいません」
「いいって。後で話すけどアズゥのためにも子供相手なら多少のヤンチャは許してたから」
「クレーターに関してもマジでごめんなさい」
あの時は。
ドラゴンに追われていて。
しょうがなかったんです。
って、弁明してもいいんだろうけど。
群青竹さんも。
ヴェルデからなにか聞かされてるかもしれないし。
あの雑木林の辺りも私有地なんて聞かされたら。
だいぶ薄れたとはいえ。
トラウマも相まって。
オレとしては。
早く次の話題に進めて欲しかった。
オレは苦笑い。
群青竹さんは大笑い。
それがなくなってから。
しばらくして。
切なげに群青竹さんはオレに語ってくれた。
「本当はね。あの辺りを子供達のための遊び場にしたくて木とかも伐採する予定だったんだ」
「えっ」
「小さいけどサッカーとかバスケのコートを作ってさ、休日に息子が友達呼んで一緒に遊んだら楽しかったろうな」
「確かに。それは楽しそうですね」
「車と自転車を置くためのガレージなんかもそれとは別に作ったりも予定していたな」
「お金持ちなんですね。群青竹さん」
「まあね。でも、離婚が原因でそういうのも無理になっちゃたけどね」
きっと雰囲気を暗くさせないためになんだろう。
明るく話しているとのは裏腹に。
群青竹さんの話す内容は。
オレなんかが簡単に返事できるものじゃなかった。
「ちなみにキミあの家の蛇口をひねったかい」
「はい」
「空き家なのに水道が通っているのを不思議に思わなかった」
「言われてみれば確かに」
電気は通っていなかった。
現にアズゥもランタンを明かりにしていた。
なのに。
なんで水道は通っていたんだ、と。
中学生のオレは疑問に思わなかった。
周囲の大人の噂なんてオレの耳には入ってこなかったが。
あそこにまだ誰かが住んでいるかもしれない。
そんな可能性を当時の自分は考えていなかった。
埃まみれの蛇口なんて誰も触りたくないし。
あの頃流行っていたみんなの目当ての。
アズゥのお手製プラネタリウムさえ手に入れれば。
みんな速攻で帰るような場所だったし。
誰も不思議に思わなくても当然かもしれない。
オレが石をドラゴンに変えてさえいなければ。
「後で話すけどアズゥのために業者の人に頼んでおいたんだ」
「群青竹さんもアズゥと石の特性を知っているんですか」
「ああ。私と正吾はその目で見たからね」
驚いてオレは大きな声を出してしまったが。
群青竹さんは気にする様子もなく。
自分自身で淹れたまだ熱さの残るコーヒーに。
口をつけて一息ついていた。
多分。
ここからはもっと重い話になるだろう。
人の話を聞くだけなのに。
オレはとても身構えていた。
口から喉へと。
自分の固唾を飲むくらいには。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
六月になりましたが熱中症の危険性も潜んでいます。
屋外で活動されている読者の方の無事を勝手ながら願っています。
次回更新も連投で6/10の17:00予定です。




