エピローグ:5 空白になる前の家:前編
群青竹さんが温かいコーヒーを二杯目のサービスとしてくれた。
冷めたらタダにしてくれるそうだけども。
とてもじゃないけど飲める気分じゃない。
群青竹さんの語る過去は。
まだ初めの段階なのに。
反応に困るものばかりだ。
話を聞き終えてからじゃないと飲めそうにない。
あんなに朗らかな顔だった群青竹さんが。
過去を思い出し始めると。
切なさとかやるせなさとか。
哀愁って一言で。
済ませちゃいけない表情で。
一旦遠くを見つめていた。
少なくとも五分ぐらいは経ったろうな。
さっきまでの複雑な表情じゃなくて。
真顔になってから群青竹さんは。
自身の過去を語り出した。
「かつて私はあの家に息子とアズゥの三人で暮らしていた」
三人で。
お嫁さんとは何かあったんだろうな。
「妻とはあの家を建ててすぐに離婚してしまってね。別れてからすぐは一番上の息子との二人暮らしだったよ」
「ごめんなさい。辛いことお話しくださって」
「謝らなくていいよ。勝手に私が喋っているだけだからね。それに仕事にかまけてばかりだった当時の私にも非がある」
笑っているけど。
きっと当時は大変だったんだろうな。
なんでもかんでも裏だなんだって。
決めつけたり勘ぐるのは。
ただ失礼なだけど。
表情に出していない苦労は。
とてもとても辛かったんだろうな。
情けないが。
オレは瞼を閉じて。
苦笑いしながら。
話の続きを待っていた。
「それに嫁もむこうに付いて行った子供達も今も元気だからね」
「ああ、そうなんですね、はは」
むこうに付いて行った。
引っかかるさ。
そう言われちゃ。
あなたの所にいた息子さんはどうなったんだよ。
ううん。
それをこれから群青竹さんはオレに話してくれるんだ。
じっくりと聞かなくちゃ。
「さて、まずはアズゥとの出会いからかな、もう三十年前くらいかな」
「三十年前」
自分が生まれるよりも前だ。
もうなくなってしまったあの家が。
きっとまだキレイな頃なんだろうな。
あとは。
すごく省いているけど。
群青竹さんのご家族の間で色々あった後なんだろうな。
「私の息子、名前は正吾というんだが。七年前のキミみたいな姿の子だったよ」
「正吾さん、ですか」
「うん。中学生になると天体観測を始めてね。夜になると外に出て空を眺めていたよ」
天体観測、か。
夜空を見るといえば。
アズゥと一緒に見た地下室の星空を思い出す。
なんとなくだけど。
正吾って人とオレとを重ねていたのかもしれない。
悪いとは思わないが。
なんだか誰かと比べられている気も。
しなくもない。
「よく正吾は望遠鏡を持って家の近くで星空を眺めていたんだ……アズゥと初めて会った時もね」
「星が好きな人なんですね」
「ふふ、プラネタリウムなんかも大好きだったよ」
ああ。
どれもアズゥを思い出すものばかり。
オレは。
過去を語る群青竹さんの顔を見れずにいた。
代わりに俯いてコーヒーカップに。
視線を逸らしていた。
「星のキレイな夏の夜。黒いコートを纏って、首から下は手足の先まで全部黒い競泳水着みたいな格好の彼女が雑木林に倒れていたのを正吾が私に教えてくれた」
「なにがあったんですか」
「彼女曰く、悪い男にボコボコにされた、と流暢な日本語で伝えてくれたよ」
「悪い男って、何者なんです」
「さあ、詳しくは聞いていないが金銭の問題ではないとは本人はキッパリ言い切っていた」
「何十年も前の東京オリンピックの頃に日本に来たって言ってましたが、なにがあったんだ」
「昔から色んな人間から付け狙われていた、とはぐらかされていたよ」
アズゥの肉体は時間が止まっているみたいなもんだと。
ヴェルデは昔教えてくれた。
不老不死とか。
そういうのを。
善悪問わず大勢の人から狙われたのかな。
まだまだ話は始まったばかりだが。
辛いことばかりだ。
だからこそ。
もっと辛い出来事と遭ったんだろうな、と。
本当に群青竹さんには。
傷だらけかもしれないのに偉いな、と。
思わずにはいられなかった。
あれだけ焙煎されて香り高かったコーヒーが。
湯気も出なくなって。
もう冷め始めていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
晴れの日が嬉しくなる梅雨になりましたが読者の皆様はいかがお過ごしでしょうか。
ご注意が一つあり、今回の『空白になる前の家』のパートは前中後終の四構成になります。
そのため後編で終わりではございませんのでご理解をお願いします。
さて、次回は連投で6/9の17:00を予定しています。




