第50話 最後の取引
ジェムロイドやアズゥの関係性について教えられた来人。
超常の存在を隠蔽するヴェルデの組織はその来人の記憶を消すつもりでいた。
空き部屋となった地下室の扉の前。
地下へと続く階段の底で。
ヴェルデは来人に最後の仕上げについて告げた。
青い石、ジェムロイドに関連した記憶の消去を。
「お詫びも丁寧な説明もあなたに協力的になってもらうためでした」
「結局全部忘れるから、仲良くするためにペラペラ喋っていたんですか」
「はい」
「はは、なんだよ、それ。」
あまりにも酷い事実を突きつけられ。
虚しさよりも呆れから。
自然と来人の顔から笑みがこぼれだした。
沢山の思い出も。
アズゥを忘れないという。
友達と交わした大事な約束も。
短い期間ながら。
心の中に積み上げてきた数々のものを消されてしまう。
残酷で辛いはずなのに。
呆れ笑いが治まると。
来人はヴェルデに優しく微笑み返した。
まるでアズゥのように。
「世間に知られたらヤバイ事を隠蔽する組織でしたよね。ヴェルデさんのいるところって」
ここまでか。
折角のアズゥとの思い出も消え。
抱えているプラネタリウムさえも没収されるかもしれないのに。
『なによりも命が大事じゃない。それに何かの拍子で思い出すかもよ』
この場にアズゥがいたら。
そう言っただろうと。
穏やかな顔で来人は思い出を残すのを諦めた。
友達との記憶も贈り物も。
キミを忘れないという約束でさえも。
失ってしまうかもしれないのに。
都合が良すぎると言ってしまえばそれまで。
なによりも。
沢山の大切なものやことをくれた恩人であり友達が。
許しても仕方のないだろう状況に。
来人はほとんど諦めがついていた。
それでもなんとかこれだけは守りたい、と。
アズゥのくれたプラネタリウムを。
必死に抱きしめながら。
ヴェルデに記憶の消去について来人は尋ねた。
形のない記憶は消えても。
宝物として残り続ける。
友達からの贈り物だけは守るための。
自分なりの最後の取引の前フリとして。
「消す範囲を教えてもらえますか」
「あなたがこの空き家に入ってから現時点までです」
「ちなみに朱理の記憶は消しますか」
「はい。あなたの家に逢という方が泊まりましたよね」
「多分そのときに逢ちゃんからアズゥについて聞いたのか」
「まだ情報は広まっていません。処理するなら今の内です」
「ジェムロイドは知らなくてもアズゥを知っているだけでもマズいよな」
なぜ逢について知っているのか。
それを聞いても相手は秘密組織の一員だから。
問いかけても無駄だろうと。
来人はヴェルデに逢についての言及をしなかった。
しかしながら、来人は安心していた。
きっと手荒なマネはしないだろう、と。
話でしか知らないヴェルデの上司を来人は信頼していたからだ。
ここまで来て命だけは無事だから。
思い出を手放すのは取引みたいなものだと。
理不尽ながらも。
自身に来人は言い聞かせ続けた。
「記憶は消してもプラネタリウムだけは残してくれませんか」
「それが望みなら受理しますが記憶についてもワタシと取引しませんか」
「えっ」
大切な思い出や約束については。
諦めきっていたからこそ。
ヴェルデ側から取引を持ちかけられるとは。
来人からすれば完全に予想外だった。
「二択です。一つは記憶を消せば先程の取引を無効にしてあなたにお金をお渡しします」
アズゥと最後の別れの言葉をかけるために。
報酬である取引の金を来人は破棄した。
忘却を受け入れれば。
さきほどの取引をヴェルデは無効にすると。
大金を与えると彼女は選択肢の一つとして挙げた。
しかし、その選択に来人はあまり興味を示さず。
二つ目の選択肢をヴェルデへと尋ねた。
「もう一つの選択肢はなんですか」
「妹さんと逢さんの記憶処理は行いますが、今回の件を世間に公表しなければ来人さんの記憶までは消しません」
この取引についても。
きっとヴェルデの上司の提案だろうと。
何度目か分からないが。
この場にいない人物に来人は感謝した。
「どうです。ワタシと最後の取引をしませんか」
「分かりました。答えならもう決めています」
少年は目を瞑り。
夏の思い出の道筋を始まりから遡っていった。
妹の朱理がこの空き家の話をした夜から。
不気味な空き家の探索。
地下室でのアズゥとの出会い。
ドラゴンにケルベロス、ヴェルデ……。
同じ中学校の野球部の面々に。
なによりも、逢。
出来事の数だけ。
遭遇した超常の存在に。
出会った人たちに。
思いを馳せて。
来人はヴェルデの取引に応じた。
少年が選ぶ答えは一つ。
「誰にも言わないからアズゥとの思い出を消さないでくれ」
思い出に浸り笑いながら。
短い間ではあるが。
自分を変えたいと強く願うくらいに。
友達との約束を守りたかったから。
来人は金よりも思い出を選んだ。
「なんか友達を売っているみたいで嫌だし、思い出を消してまでオレそんな金いらねえよ」
「念の為お聞きします。後悔はありませんね」
「あるわけないだろ」
聞く程でもないだろ。
自信満々に。
納得しきった顔で来人はヴェルデに頷いてみせた。
「了解しました。ただ、あなたにはほんの少し眠ってもらいます」
「えっ」
「記憶処理の専門家ほど丁寧な手段でない点だけお許しを」
来人の選択を、取引が成立した瞬間。
ヴェルデのいる位置に。
緑色ののっぺら坊が現れた。
金属質な肌を持ち。
現在スティックから放たれている以上の輝きを持つ光を。
閃光をのっぺら坊は前面から発した。
「っ――」
あまりの眩しさに来人は気を失ってしまった。
「申し訳ございません。来人さん」
のっぺら坊はいなくなり。
すぐにヴェルデの顔が暗い地下に現れる。
少年の気絶を彼女は確認し。
鞄から取り出した騎士の一閃のシールを貼ると。
透明になり。
無言でヴェルデは空き家を立ち去った。
姿が消える直前の彼女の顔は。
ほんの少しにこやかだった。
緑衣の彼女がいなくなり。
地下はいつもどおりの暗闇を取り戻す。
そこにいるのは満足そうに眠る少年だけ。
枕のように彼はプラネタリウムを抱えながら。
少年は暗闇の底で夢をみている。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
気づけば50話となりましたが、まだエピローグ含めてまだ続きます。
最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
次回の更新は4/29の17:00を予定しています。




