第49話 命もつ石
アズゥとの別れを終え来人はヴェルデに青い石の説明を求めた。
それは来人の思っていた以上の存在だった。
沢山の青い石が転がる地下室。
それらが足元にない部屋の入り口で。
ヴェルデは後処理を進めようとしていた。
来人は彼女の作業にアズゥからのプレゼントが。
プラネタリウムが巻き込まれないようにと。
大事に両手でそれを抱きかかえていた。
「あの瓦礫にしろランタンにしろまとめて吸い込みましょうかね」
ペガサスだった石を回収した時と同じく。
自分の鞄から小銭入れを取り出すと。
彼女はそのファスナーを全開にした。
ブオオっ。
強く大きな風の渦が巻き起こる。
渦は横暴に地下室内部のありとあらゆる物を。
一気に吸い込んでいく。
ものの一分も経たずに。
様々な出来事が起きたこの部屋には。
なにも残っていない。
大量の青い石も。
切り刻まれたビリヤード台の残骸も。
ずっとアズゥのために部屋を照らしていたランタンも。
全て小銭入れの中に吸い込まれてしまい。
部屋にあった様々な物は消えてしまった。
もはや地下室は空白で。
ただの空き部屋と化してしまった。
「後処理もこれで終わりましたし、来人さん行きましょうか」
「質問いいですかヴェルデさん」
「なんです」
本日何度目だろうか。
ダメ元での質問を来人がするのは。
それでいてヴェルデは真顔のまま来人の問いを待った。
来人のスマホのライトも。
アズゥのランタンも。
ヴェルデのスティックの光もない。
明かりが何一つない地下の闇の中で。
二人は言葉を交わす。
「やっぱりアズゥは石が化けていた存在だったんですか」
「いいえ」
蛍光グリーンの明かりがつく。
きっとヴェルデが。
前にいる来人の動向を確認するために点けたのだろう。
彼女は淡々と来人に真実を告げる。
「ワタシが乗って来た宇宙船の影響を受けた人間です」
「宇宙船って、ヴェルデさんは宇宙人なんですか」
「はい、そうです」
「はい、そうですって。なんかもうスゴイな」
なんでもアリだな。
ヴェルデは超能力者、かと思いきや。
超能力を持った宇宙人だと分かり。
感想を出したそばから来人は唖然とした。
しかしながら、これまでの常識外の出来事を考えれば。
どこもおかしくないな、と。
無言のまま開いていた口からは。
次第に声が出始め。
苦笑いが漏れ出しつつ来人はヴェルデの正体に納得した。
一方で彼女は無言で来人が落ち着くのを待っていた。
「お話しを続けてもよろしいでしょうか」
「すいません。ちょっと頭を整理したかったんで」
会話を続けても問題ないと分かり。
自らの過去をヴェルデは来人に告げる。
「この星には二百年ほど前に惑星探査の為に訪れました」
無機質な真顔にもどり。
自身の過去についてヴェルデは来人へと語り直す。
「着陸の際に宇宙船を座礁させてしまい母星に戻れなくなったんです」
「大変でしたねヴェルデさんも」
SF染みたヴェルデの過去を聞かされ来人は反応に困った。
少年が困惑するのを横目に彼女の話は続く。
「宇宙船は意思を持った金属生命体で水が弱点なんです」
「液体なら、ジュースや香水とかもダメなんですか」
「はい。彼らは水分を多く含んだ物を浴びると石化してしまいます」
答え合わせと言えばそれまで。
しかしながら、ヴェルデから聞かされる事実に。
自分の考えはあながち間違っていなかった、と。
何度も来人は一人うなずいた。
更にヴェルデは青い石について説明していく。
「ちなみに金属生命体は、組織内ではジェムロイドと便宜上呼んでいます」
「ジェムロイド」
「呼び名はいいとして、彼らは生存本能を働かせて難を逃れます」
「もしかして、動物とかに擬態して水のない場所に移動するんですか」
「いいえ、寄生です」
「寄生!」
きっと青い石は他の生き物から襲われないために。
強そうな外見の怪物に変身しているんだろう。
来人の予想の域はその程度だった。
だからこそ、来人はアズゥを。
人間に擬態して環境に適応した石だと。
言わば突然変異で生まれたイレギュラーな存在で。
長い時間をかけて。
人間と意思疎通ができるようになったのではないか。
そう来人は予想していた。
しかし、ヴェルデの語る真実は違った。
彼女の話通りならば。
元々アズゥは普通の人間だったことになる。
その理屈に気づき。
強い衝撃を来人は受けた。
困惑する少年とは反比例して。
緑衣の彼女はだいぶ淡々とした態度にもどっていた。
「基本的には植物や知能の低い動物ですね」
「でも、アズゥは……人間ですよ」
「危機的状況だと対象を問わずジェムロイドは生物に寄生します」
「危機的って、座礁って言ってましたけどそれって海の近くだったんですか」
「はい。ジェムロイドは海水から逃れるために彼女に寄生したのでしょう」
「でも、どうやって」
「理由までは分かりませんが彼女は瀕死だったと思います」
説明するヴェルデに来人は。
あなたの宇宙船の座礁に巻き込まれたんじゃないですか、と。
思うもそれを言葉にはしなかった。
下手にヴェルデに反抗や冗談をつくと。
どんな目に遭うか分からないからこそ。
少年は思った一言を胸に秘めたままにした。
来人が空気を読んだのを。
察したかまでは分からないが。
自らの仮説をヴェルデは説き続ける。
「ジェムロイドは彼女を蘇生させると同時に寄生したのでしょう」
「青い石に、ジェムロイドに体を乗っ取られたっていうのかよ」
「あの様子だと蘇生時に同化に近い寄生をしていたみたいですね」
「同化って、アズゥは普通にオレと話していましたよ」
「ワタシのジェムロイドは宿主の人格や知能まで奪わないようにしています」
より一層緑のスティックを。
ヴェルデは来人の前へ掲げると。
彼女はそれをゆったりと左右に振り出した。
緑の光がゆらめく。
歓声のサイリウムではなく。
まるでこの道具の本来の使い道を示すように。
「理由は宇宙船の形に戻すためです」
「あなたのそのスティックも宇宙船絡みですか?」
「はい。これは元々宇宙船を動かすための操縦桿になります」
スティックを振るのを止めると。
一歩下がりヴェルデは来人から距離を置いた。
もう説明はこれで充分だろう、と。
次の工程に彼女が移ろうとしていた矢先に。
どうしても来人は答えてほしい疑問があった。
「ジェムロイドが暴走するときってありますか」
「暴走、というと」
「前にアズゥは勝手に怪物みたいな変身をしたんです」
切実な約束を交わした後に。
急変したアズゥを思い出し。
人格や知性を乗っ取らないのに。
ジェムロイド達のような怪物じみた変異をした彼女は。
ここまでヴェルデから聞いていた説明とは。
矛盾している気がして。
あの時命がけだったからこそ。
もう訪れないであろう質問の機会で。
アズゥが変異した理由を来人は知りたかった。
少年の疑問を受け。
自分の顎に手を当てヴェルデは悩んだ。
まだ充分な回答ができないため。
ヴェルデは来人の問いに質問で返した。
「泣いたり汗をかいたりとか彼女はしていませんでしたか」
「そういえば暴走の前にアズゥは泣いていました」
胸が締め付けられる思い出を。
何度も思い出し。
やり切れなさから来人は俯いた。
少年の反応から。
納得のいく答えをヴェルデは導き出す。
「それでしょうね。彼女自身の涙とその根底にある感情が原因ですね」
「いや、自分の流した涙ですよ。水を浴びてないのと同じでしょ」
「もう少しジェムロイドについての説明が必要ですね」
取り乱す来人に冷静にヴェルデが解説しだす。
「前提として宇宙船に戻すためにジェムロイドの寄生は解かれます」
「宿主の肉体から最終的には離れるわけですね」
「はい。また彼らは宿主の肉体の保存の為に水分を作る仕組みを持っています」
「水が弱点なのに」
「まさに。そこが暴走の要因です」
矛盾を解決するはずが。
答えは矛盾染みた事実であり来人は頭を痛めた。
質問した側は腑に落ちていないが。
尚もヴェルデは教科書を暗記したかの如く。
来人へとジェムロイドの性質を語る。
「彼らは僅かな空気からでも水分を生み出し、それを寄生していない箇所に分け与えます」
「ここまでの話を突き詰めると、それって寄生された生き物の体は時間が止まっているみたいな状態になっていませんか」
「来人さんの考えで合っています、ただ、彼女の場合ややこしいんです」
「アズゥは同化に近い寄生って言っていましたがそこがポイントなんですね」
思っていたのと違うけど、アズゥはイレギュラーなケースなんだな。
だいぶ落ち着きをとり戻し。
気持ちに余裕ができた来人はヴェルデの説明に。
自分なりの考察で彼女に応えた。
そのおかげか。
話の途中で割って入ってきているわけでないが。
鋭い考えをする来人に。
スムーズにヴェルデは説明を続けられていた。
しかし、アズゥの特殊性について語ろうとすると。
若干ヴェルデは言葉に詰まった。
「彼女はもはや首から下はジェムロイド同然でした」
「じゃあ、アズゥの最期は……」
「亡骸をお見せしなかったのもあなたへのご配慮です」
「ごめんなさい。話を逸らしてしまって」
「いいえ。構いません」
透明にしたのも気遣いなのか。
あまり考えたくないものの。
なにも分からないアズゥの最期が。
自分には見せられない光景だったと。
背筋に寒気が走ったのを来人は感じた。
少年がそのまま不穏な妄想をしてしまう前に。
操縦桿である緑のスティックの光をこれまで以上に輝かせて。
目の前にいる来人の関心をヴェルデは自分へと向ける。
「大丈夫ですか。来人さん」
「すいません。話の続きをお願いします」
「分かりました」
ハッと我に返った来人を見て。
スティックの光量をヴェルデは元にもどした。
「寄生具合によりジェムロイドは宿主の感情に左右され変異しやすくなります」
「すごく悲しくて泣いたりしたときとかですか」
「先に答えを言われたも同然ですね。その通りです」
「アズゥはすごく切ない気持ちだったからジェムロイドは涙だけでも変異したっていうんですか」
「ええ。水分を司る機能や感度が異常だったかもしれませんね」
「そんな。じゃあ、アズゥは暴走するのを分かっていた……よな。多分」
あの後もアズゥと長話していたけど。
約束をした場面ではなく。
その後のアズゥの昔話や他愛もない話が。
次々と来人の脳裏に過ぎった。
もしも、暴走をしたのが。
あの時が初めてでなければ。
アズゥは約束を交わした後に。
とてつもない我慢をしていたのではないか。
笑顔の裏にあった友達の辛さを。
考えれば考えるほどに来人は。
アズゥが自分をどれだけ大切にしていたのか。
表情だけでは分からなかった友達からの想いを知り。
再び来人の瞼に涙の粒が湧いてきた。
「植物や知能の低い動物に彼らを寄生させる理由を察してくれたでしょうか」
「感情の振れ幅というか暴走のリスクを抑えるためですね」
「はい。しかも一個体でなく近場にいる複数の個体に寄生させます」
「……本当にアズゥってすごかったんだな」
大体聞きたいこと聞けたな。
涙を指で拭うと来人は。
自分を思いやってくれたアズゥのために。
悲しむ代わりに彼女の想いに応えようと。
この地下の底で笑ってみせた。
二人の会話は最後ズレていたが。
お互いそれを指摘しない。
来人本人が納得しているからこそ。
ヴェルデとしてもようやく次の段階に移れると。
気も楽になり。
少年にこの後の自分の任務を伝えた。
「突然ですが来人さん。ワタシには最後の仕上げが残っています」
「ずっと気になっていたけどなんですかそれって」
ようやく話してくれるのか。
お詫び代わりのペガサスとの空の散歩や。
所属している組織関連に。
青い石の正体に関しての丁寧な説明など。
ある程度の融通の数々は最後の仕上げのため。
ずっと気がかりだったヴェルデの持つ謎に。
来人は内心嫌な予感がしていた。
命までは奪わないと教えられたからこそ。
別の大切ななにかを取り上げられそうな気がしていたからだ。
息を呑む来人にヴェルデは告げる。
「この件に関するあなたの記憶の消去です」
更に一歩後ろに下がり。
この後の自分の仕事をヴェルデは来人へと伝えた。
無慈悲に無情に無機質に。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
季節の変わり目で気候の変化、寒暖差などで体調も崩れやすくなっていると思われます。
手洗いやのどのケアなど自分でできる範囲で予防していきたいものです。
では、次回の更新は4/27の17:00を予定しております。




