第47話 決して融けあわない青と緑
いつもより早く来て、懐中電灯の代わりにスマホのライト。
全部いつも通りではないものの来人は普段と変わらずにアズゥと接する。
彼女はというと。
前回来人に渡し損ねたプラネタリウムを贈りたくてウズウズしていた。
扉の先は真っ暗闇。
ランタンの明かりもない。
この部屋の主が眠りの真っ最中だからだろう。
夜明けの朝日代わりにスマホのライトが部屋を照らし出す。
隅に追いやられて積まれたビリヤード台の残骸の山。
残骸の頂上でこの部屋の主は、アズゥは寝ていた。
瓦礫をベッドにして夢を見ている。
そんな気持ちよく眠っている彼女に申し訳なさそうに。
スマホから放たれる強い光を来人はそちらへと向けた。
眩い光がアズゥの目覚めを促す。
強引に起こされたからか彼女の口から不満がこぼれる。
「んんん、なに。もうちょい寝ていたいのに」
「ごめん。それとおはよう」
むこうもいつも通り、だな。
アプリの光量を少なくしつつ来人はアズゥに謝った。
起きてすぐこそ不機嫌だったものの。
アズゥは来人に気がつくと。
元気よく目覚めの挨拶を返した。
「おはよう来人。今日はいつもより早いじゃない」
「ええ、まあ。ちょっと」
「そうだ。渡し忘れ物もあったし丁度よかった」
だらしなく寝転んでいた体勢から。
弾みをつけてアズゥは一気に起き上がった。
伸びをすると来人のもとには行かずに。
彼女は別の方向へと向かっていた。
途中、瓦礫の近くにあったランタンの明かりをつけ。
地下室を照らすと。
この部屋の四隅の一つ。
さきほどまでアズゥが寝ていた瓦礫の山とは反対側。
傷一つないプラネタリウムが安置された場所へと。
「昨日渡し損ねちゃったから今日来てくれて助かったわ」
「取引の件、マジだったの」
「当たり前じゃない」
とてもウキウキして。
楽しみでしょうがないと言わんばかりに。
嬉しそうにアズゥは置かれていたプラネタリウムを両手で抱きかかえた。
しばらく彼女はプラネタリウムを愛おしく見つめた後に。
プレゼントとしてそれを友達に贈るために。
穏やかに笑いながらアズゥは来人の前に近寄っていった。
ようやく友達どうしの取引が成立されそうだ。
取引よりも約束と言った方がいいかもしれないが。
二人の間にそんなニュアンスはもうどうでもいい。
来人の目の前に立つとアズゥは優しく呼びかけた。
「受け取ってくれる、来人」
「うん。アズゥ」
ちゃんともらわなくちゃ。
アプリのライトを切りスマホをポケットにしまうと。
両手を前に出して来人は友達からプレゼントを受け取る準備をした。
相手の気持ちをポーズで確認したアズゥは。
大切にプラネタリウムを来人へと両手で渡した。
「ちょっと重いかもしれないから気を付けてね」
「大丈夫だよ。アズゥ」
渡されたプラネタリウムは自分が持つには少し重たかったが。
アズゥのように両手で抱きしめると。
来人はしっかりと贈り物を受け取れた。
「ありがとう。アズゥ」
「こちらこそ貰ってくれてありがとう」
「大切にするから」
絶対に大切にするから。
ギュっとプラネタリウムを来人は抱きしめ直した。
このまま今日はこれで終われたら良いのに。
姿の見えないもう一人の来客を。
来人はまだアズゥに伝えていない。
もうすぐ迎えるであろう彼女の運命についても。
友達からプレゼントはしっかり受けとった。
今度は友達との永遠の別れだ。
嬉しさと悲しさの振れ幅が大きすぎるからこそ。
少年の心は波立った。
しっかりとプラネタリウムを抱きしめたままに。
体を震わせながら来人は泣き出した。
「ごめん。アズゥ」
「どうしたの。来人、いきなり泣きだしちゃって」
「だって、だって」
涙を流しながら来人はアズゥへの言葉に困った。
あと少しであなたは死にます、とは。
そんな残酷すぎる未来を少年は彼女に言い出せずにいた。
だからなのか。
年上のお姉さんらしく。
ゆったり、余裕を持って。
泣き出した来人をアズゥは励ました。
「元気出して。あなたは何も心配しなくていいから」
「でも、でも、でも」
「もう一人誰か来てるんでしょ」
「えっ」
「気配っていうのかな。なんとなく分かっていたんだ」
意外なアズゥの本音に来人の涙が止まった。
分かっていて素知らぬふりをしていた彼女に。
悲しんでいた来人の時間が止まった。
併せて、アズゥの告白がトリガーとなる。
バンっ。
突如アズゥの体が宙に浮くや。
部屋の奥の壁へと彼女の体が強烈に叩きつけられた。
この現象を来人は知っている。
ヴェルデのサイコキネシスだ。
「う、うう」
「アズゥ」
すぐにアズゥのもとまで来人は走っていきたかったが。
来人の体もまた彼女同様にその場に固定されてしまっていた。
少年は今、声を発するだけしかできない。
「私は大丈夫だ、から――」
強く壁にめりこんでいたアズゥだが。
最初こそ強がっていたものの。
自身の禍々しい変容に苦しみだした。
最初の変化は。
先日ここで来人が目撃した変異と同じく。
青い両翼が彼女の背後から出現したのだが。
次は来人にとっては初見だった。
アズゥの着ていたツナギの腕の両袖と軍手が破れ。
隠されていた彼女の両手が露わになる。
「バ、レ、ちゃった、か」
「青い石と同じだ、なんとなく予想はしていたけど」
薄々分かっていたのに。
目に映るアズゥの隠されていた秘密を来人は信じたくなかった。
彼女の両腕の肌は青い石そのものだった。
むしろ青い石が人間の手の形をしていると言ってもいい。
姿の見えないヴェルデの現状は分からない。
触れるだけでもいい、と。
ヴェルデの言葉を思い出し。
必死に来人は叫んだ。
「待ってください。ヴェルデさん」
ダメだとしても、だ。
自らの要求のために。
透明化しているヴェルデへと来人は大声で呼びかけた。
少年の想いが地下室で大きく響く一方で。
アズゥの両翼は先端から半液体状のゲル化していき。
翼の一部だった物体は床へと青い雫として滴って垂れている。
床へと落ちた雫はそのまま固まり。
新たに青い石としてその場に数多く転がっていった。
翼の先から垂れる青い雫の量は増えて。
地に落ちる石も多くなっていく。
滴っていく雫に比例してアズゥの翼もどんどん短くなっていった。
不思議でどこか悍ましい現象が地下室で起こる中。
数分間、室内は沈黙だったが。
自らに貼ったシールを半分ほど剥しヴェルデは姿を現した。
緑衣の処刑人と化した彼女は現在アズゥの真際にいる。
右手で緑のスティックを持ちそれを服越しにターゲットの腹部に当てて。
左手でシールを剥していた。
「どうしましたか。来人さん」
「金は要らないから、その分だけアズゥと話す時間をください」
「取引ですか。それは」
「正直そこまで考えていませんでした。でも、言わせてください」
ゼェゼェと息を荒げて。
自身の最後のわがままをヴェルデに来人は訴える。
後悔したくない。
純粋な気持ちから少年は。
たとえ相手が超能力者であっても。
秘密結社の一員であっても。
臆病でいたら……。
このままだと。
友達と中途半端な別れになってしまうかもしれない。
だからこそ、固まってしまった体でも来人は。
暴走したアズゥとの戦いのとき以上に。
勇気を振り絞ってヴェルデに訴えた。
「ありがとう、さようならを最後にアズゥに贈らせてくれ」
やや間はあったが。
切迫した来人の要求をヴェルデはのんだ。
「いいでしょう。ほんの少しだけですよ」
「本当にありがとうございます。ヴェルデさん」
言ってみるもんだな、ホントに。
くたびれた表情のまま来人はヴェルデに感謝した。
少年の要求をのんだ彼女は。
シールを貼り直さずにそのまま半身だけ姿を現し続けている。
だからこそ、来人でも分かる点があった。
ヴェルデが直接触れていないせいなのか。
アズゥの変化が止まっている程に遅くなっていた。
青い翼から雫が滴り落ちなくなっていたからだ。
それに気づいた途端に来人の身体の固定が解除された。
自宅の時と同じく。
急な硬直から解放されて来人はバランスを崩してしまう。
「っとっとっと」
ただ、自宅の時との一番の違いは。
来人は今友達からの贈り物を抱きかかえている。
転んで壊すなんてもってのほか。
力み過ぎない程度に。
腕の中のプラネタリウムを抱きしめたら。
片足立ちから気合だけで両足を床につけた。
人から笑われてもしょうがないモーションをとりながらも。
なんとか来人は体勢を整えた。
「ふう、よしっ、と」
「近づいていいのはワタシの仕事の邪魔にならない距離までですよ」
「充分すぎますよ。それでも」
この配慮もヴェルデさんの上司が影響しているのかな、と。
本日何度目か分からないが。
会ったこともない人物に心の中でお礼をすると。
抱えていたプラネタリムを。
来人は部屋の入口近くまで置きに行った。
この後トラブルが起こるかもしれない。
それにプレゼントを巻き込みたくない。
少年はその思いから。
真っ先に友達の方へと向かわなかった。
贈り物をくれたアズゥとの別れの為に。
彼女から貰った宝物をとても大切に扱い避難させた後に。
振り返って来人は一歩ずつ前へと踏み出していった。
「アズゥ」
「そこまでです来人さん」
来人が詰められたアズゥとの距離は。
二メートルほど。
この間合いについては。
ヴェルデが左手で来人に指示した位置だ。
床に落ちた青い石が転がっていないギリギリのラインでもある。
少年と青い衣の彼女との取引は果たされ。
新たに。
少年と緑衣の彼女との取引がここで行われたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もう四月ですが三月に卒業式や送別会などで読者の皆さんはプレゼントを誰かに渡したりはしましたか。
新年度も始まりお忙しい中でプレゼントを渡した相手の人を思い出す機会が少なくなったとしても、
お相手がプレゼントを見て読者の皆さんを思い出していたら良いなと個人的に願っています。
後書きが長くなってしまいましたね。
次回更新は連投で明日4/19の17:00頃を予定しております。




