第45話 空を翼で走りたいから
空き家までの移動手段としてヴェルデは青い石を利用する。
彼女の干渉を受け変化した石は来人の予想とは違っていた。
怪物というのも失礼な姿と態度を二人に示したからだ。
家の外へと出た二人だが。
防犯のために来人は玄関の扉を閉じておきたかった。
「戸締りだけしたいのですがいいですか」
「どうぞ。できるだけお早めにしてくださいね」
「ありがとうございます」
玄関の施錠だけすると来人は素早くヴェルデのもとへ駆け寄った。
夏の夕闇、薄く紅い夕陽。
夜に染まり出す頃合い。
月が円い素顔を出していく。
アズゥからの助言とは異なり。
例の石は袋詰めされ密封までされておらず。
ヴェルデの掌の中にあるだけ。
握りしめた彼女の手を解かれれば。
簡単に石はその身を露わになってしまう。
月の光を浴びてしまうのだ。
三日前のケルベロス戦と同様に。
もう薄暗い夕闇の中で微かに月光は差している。
取引の品である石が本来の色を取り戻すには。
充分すぎる。
「少し距離をとりましょうか」
「はい」
ヴェルデは来人に自分から離れるように呼びかけた。
理由は明白。
青い石の変化が始まったからだ。
色彩の淡さは最初だけ。
月の光を浴びていき。
彩りを濃くして石は姿形を変えていく。
掌に収まりきらなくなると。
その手でヴェルデは石を宙へと投げた。
普通ならば地面に落ちるところを。
石は宙に浮いたまま変貌を遂げていった。
「これはワタシのサイコキネシスによるものです」
「説明ありがとうございます」
「いえ、質問されるのが面倒なので先に答えたまでです」
「お気遣い、ありがとう」
もうこいつの無礼さにも慣れたな。
一方的なヴェルデの態度に来人は呆れる気にもなれなかった。
やっぱりエスパーか、などと。
彼女に関して何も聞かずに。
少年は口を閉じてやり過ごす。
特に彼女が呼んでこなければ。
黙っていればいい。
無言のまま。
空中で変身していく石を来人はヴェルデと共に眺めた。
ドラゴン、ケルベロスらと同じく。
粘土細工を思わせる。
グネグネとした変身を。
単独で石自身が行っていく。
「今度は何に変身するんだ」
ヴェルデへの反抗心こそないが。
石が変身するとあれば。
心の声も来人ですら表に漏れてしまう。
彼女はそんな来人を気にも留めず。
成り行きを見守っていた。
ただし、ヴェルデは現状を。
棒立ちで見ているわけではなかった。
左手で鞄の持ち手ごと掴んでいる。
サイリウムのような緑色のスティックを。
石へと向けていたのだ。
「オレの知っている変身じゃないぞ」
「でしょうね。ワタシが干渉しているので」
彼女の手から離れた時点までは石は青かった。
しかし、宙に浮きサイズが大きくになるつれ。
青から緑色へと石は変色していった。
大きさだけでなく姿形も変っていったのだが。
怪物と言うには失礼なデザインだった。
深緑の輝きを伴う体を持ち。
四肢は猛々しく。
硬い蹄が地を踏みつけている。
背には大きな翼。
鬣の生えた屈強な首。
石が今回姿を変えたのは天翔ける馬。
深緑の、濃いグリーンのペガサスだった。
ペガサスは鼻こそ鳴らしているが。
二人に対して敵意は一切見せず。
我が背に乗れ、と言わんばかりに首を横に振っている。
「随分大人しいな今回は」
「私の意思でメタモルフォーゼさせましたからね」
「もしかして、そのスティックで」
「はい。あと、一ついいですか」
「どうぞ」
「ずっと許容していましたが、少し静かにしてもらえますか」
「すいません」
危険そうじゃない分はしゃいでしまった。
一目見ただけのペガサスの友好さも相まって来人は興奮していた。
ドラゴンもケルベロスも。
ゲームでしか見ない存在だが。
テレビやゲーム機の画面越しという安全があっての話だ。
実際にそれらと対峙した来人は。
現実ではもう空想上の動物と遭遇したくなかったが。
友好的で動きをコントロールできる騎手が同行ならば。
話は別だ。
欲を言えば。
来人はドラゴンやケルベロスにこそ乗りたかったが。
凶暴で獰猛だったり。
命賭けのピンチにも陥っていたので。
それどころではなかった。
今回安全を保証されているようなものだからこそ。
中学生らしく来人は胸が弾んだ。
目の前のペガサスでも満足過ぎたのだ。
「目的地まで行くのに適したフォルムをチョイスしました」
「いいチョイスですね」
石の変身に天馬を選んだヴェルデに来人は感謝した。
小さい頃に夢見た空想上の動物に乗って。
空を見下ろしたいロマンが叶ったからだ。
ずっと折り合いが悪く。
人の心を理解しないヴェルデがくれた機会だからこそ。
捻くれ続けていた少年の心は。
童心にもどっていた。
「ブルル。ヒヒヒン」
胴体から生えた両翼を織りなし緑の天馬は来人に首を垂れる。
「乗っていいんですよね」
「ええ。先にワタシが乗るので続いてください」
「もちろん。ところでオレから一ついいですか」
まだ大人しくしろとも言われていないしな。
注意もヴェルデから受けていない。
どうしても気になっていた疑問を来人は彼女に聞いてみた。
「これで飛んでいったら目立ちませんか」
「ああ、それなら心配いりませんよ」
先にペガサスに乗っていたヴェルデは来人を持ち上げると。
ペガサスの背へと彼を乗せて跨らせた。
二人が乗ったのを確認したからなのか。
ペガサスは最初よりも落ち着き。
ヴェルデの指示を待っているのだろうか。
彼女のとる次の行動のために。
一人と一匹は待機している中で。
鞄から三つのシールをヴェルデは取り出した。
「EB50の、直進する騎士の一閃でいきますか」
手に取ったシールをヴェルデは次々に貼っていった。
ペガサス、来人、彼女自身に。
「なんだ、これ」
なんか変なお呪いとかじゃねえよな。
勝手に自分の左胸に貼られたシールに来人は目をやった。
瞳がついた剣がゴールテープを切っている。
そんなイラストが描かれた円形のシールが。
二人と一匹に貼られた時だ。
「なんだ。体がどんどん透明になっていく」
「透明化しているだけです。これ以上の質問はなしですよ」
いやいや、透明化しているだけって、おかしいだろう。
自身の異様な変化に来人はペガサスの背の上で慌てだした。
このまま慌てふためけば落馬してしまうが。
来人の動揺を強引に抑えつけるため。
ヴェルデは前のめりになり。
彼女自身の身体で少年の体を抑え込んだ。
「うぐっ」
「じっとしていてください」
「うう、はい」
なんだこいつの体、どうなっているんだ。
指示には素直に従うものの。
自分を押さえつけるヴェルデの冷たさに。
不気味さを来人は覚えた。
生き物ではない。
まるで冷凍庫の中の冷凍食品みたいだ。
冷たく。
生気が感じられず。
温もりが一切感じられない
死人と錯覚してしまう彼女の感触に来人は恐怖したが。
それ以上に。
自身の変化に来人は戸惑っていた。
透明化は胸から始まり。
手足や顔まで透けてしまい。
地面や自宅など先の景色まで見えてしまっている。
体全身にまで透明化が及びきったのだ。
ペガサスに乗った来人達は誰にも見えなくなった。
本来ならばとても困惑していてもおかしくないが。
ヴェルデの指示も有り。
無理矢理感情を抑え込んで。
大人しく来人はペガサスにその身を預けた。
危険が待ち構えていても当然だが。
それでも来人は天馬の背へと跨り。
二人は目的地を目指した。
「では、行きますよ」
「わっわっわわ」
ペガサスに身を預けてはいるが。
鐙などなくバランスを取るだけで来人は精一杯だった。
しかも、今は自分含めてペガサスも透明だ。
翼をはためかせ空へと飛翔しているのを。
上下の揺れと。
徐々に離れていく地面との距離から。
少年は感じとり。
混乱して手足の動きが大きくなろうとすれば。
冷たいヴェルデの身体で抑えられるため。
涙目になりつつも。
情けないと分かりつつも。
力いっぱい来人は緑のペガサスにしがみついた。
「一気に跳びますからね」
「えっえっ」
ビュン。
翼のはためきは助走だ。
上空への急上昇はスタートダッシュになる。
一気にペガサスは空高く舞い上がった。
天馬として本来の走りをするために。
彼のフィールドは草原でなく空だ。
勢いが強かったのは一瞬だけで。
一度空を駆け出すと。
緑のペガサスの走りは安定していった。
「うう」
なんでオレがこんな目に、と。
ペガサスが急上昇した際に。
下を見ないようにするのと。
自暴自棄な祈りで。
更に涙を垂らして来人は目を瞑っていた。
空からの風景を眺めて観たいロマンはあったものの。
実際問題、自分の今の苦痛じみた状況に。
現実と理想のギャップで来人は下を見る気にはなれなかった。
安定してペガサスが天を駆けていても。
原因がヴェルデの圧力や飛翔による急上昇の反動など。
彼女から静かにしていろとの指示も相まってしまい。
少年が折角のロマンを台無しにされていたときだ。
「う、うう」
「ちょっと来人さん」
「すいません。うるさくして」
静かにしろって、また言われるな。
空へとペガサスが飛び上がってからというもの。
来人は嗚咽を出してばかりだった。
そろそろヴェルデから注意されるだろう。
そう来人は思っていたが。
彼女のかけた言葉は少年にとって。
予想外そのものだった。
「目を開けてくれませんか」
「えっ」
カッコ悪くてもいいから。
泣きながら目を閉じて。
必死にペガサスにしがみついているのに。
それにも関わらず。
目を開けろとヴェルデに来人は呼びかけられた。
反抗心を既に捨てたからこそ。
少年は彼女に従順にならざるを得ない。
ゆっくりと来人は瞼を開けていく。
彼女の指示を素直に従うだけが。
注意もされず責められもせず。
無力さを痛感している来人にとっては救いだった。
「少しくらいなら声出してもいいですよ」
「は、はい」
じっくり目を開けるだけなのに。
怖くて仕方がない。
しかしながら、ヴェルデの指示もあり。
空からの眺めを来人は目にする。
「ああ……」
「騒がないなら、多少は見逃してあげます」
空からの景色。
ペガサスは町を一望できる高さまで飛翔していた。
落ち着きを取り戻した来人の目には涙がまだ残っていたが。
日常では決して見られない景色に少年は脱帽してしまった。
「すげえ」
通っている中学校に。
ショッピングモールですら。
上空から見ればミニチュアだ。
住宅の明かりも今の来人からしたら豆電球にすぎない。
遠くで行きかう電車もまた来人の心をくすぐる。
幻想的なジオラマが少年を魅了しきっていた。
豆電球のような住宅の明かりが来人にとっては。
昨夜のプラネタリウムと比較するきっかけになったが。
昨日の星空とはまた違った趣に。
キレイだけど比べるのはなんか違うな、と。
少年は昨夜と現在の幻想の良さを。
比較する野暮な考えはせずに。
空の散歩を楽しんだ。
月を背景にペガサスが空を翔る光景は。
お伽話そのもの。
「もうそろそろですね」
ヴェルデが呟くとペガサスは高度を下げていった。
雑木林の上空からアズゥのいる空き家の玄関の前へと。
そのときだ。
空き家の屋根にとまっていた一羽のカラスが飛び立ち。
上にいる来人達目がけて突っ込んできた。
「うわっ」
激突を恐れて来人は身をかがめてより一層ペガサスにしがみついた。
しかし、来人の恐怖は杞憂に終わる。
カラスは二人とペガサスの身を通り抜け。
遠くへと飛び去って行った。
「言い忘れてましたが、見た目だけでなく肉体も透過していますから」
「そうなんですか」
「なので、ワタシの指示があるまでシール剥さないでください」
「これ使ってあそこに入るんですね」
「はい。音も消えさり特定の範囲には透過すらも付与されますからね」
「便利ですね。例えば手荷物とかにも適用されますか」
「もちろん。細かい判定まではお伝えできませんのでご了承ください」
「分かりました。ちなみにシール貼っているペガサスに乗れているのは何故?」
「予め天馬に騎乗し、かつシールを貼っているものどうしだからです」
「なるほど。教えてくださりありがとうございます」
「個人的な感想は、名前、騎士というよりも暗殺者の方が似合いますよね」
「ヴェルデさんが名付けたんじゃないんですね。ハハハ」
ちゃんと質問に答えてくれるのか、ここは。
妙な申し訳なさをヴェルデに対して来人は抱き始めていた。
一方的な態度だった彼女が急に見せてきた優しさ。
ペガサスからの空の眺めに。
透明化についての説明など。
ヴェルデの本心は分からずじまいだが。
取引が早く終わってほしい。
その思いを来人は忘れていた。
あまりにも現実離れした出来事の数々に
それも怪異との命がけの戦いというよりも。
不思議、超常現象、非日常。
こういった言葉でしか表せない物事を。
一時間にも満たない内に大量に味わい。
来人の思考の一部は停止していたが。
全てが全て、必ずしもそれらが。
少年にとって不快なものばかりではなかった。
「さてと降りましょうか」
十分程度のペガサスによる空中散歩も終わり。
来人達はアズゥのいる空き家に辿り着いていた。
二人は塀を越えることなく。
ペガサスは空き家の敷地内へと直接降り立った
天馬は翼をゆったりとはためかせて。
地に蹄を着けると。
我が背に乗せた二人が降りるのを見届けた。
深緑の天馬がこんな廃墟の前にいるのも。
ミスマッチかもしれないが。
透明化せずとも来人とヴェルデを除いて。
誰もペガサスの存在を知らない。
目的地であるここまで辿り着ければ。
もはや超能力や魔法などで超常の存在を隠す必要もない。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
こちらが掲載されるのはエイプリルフールですが、最近は現実に酷似した嘘、所謂ディープフェイク等がございます。
新年度になりましたが私や読者の皆様がそのような被害に遭わないことを願うばかりです。
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言い訳がましくなって情けないですが、更新頻度遅くなってごめんなさい。




