第35話 キミを忘れない
気まずい雰囲気が漂う中でついにプラネタリウムの修理が完成する。
そして、アズゥは来人に取引を持ちかける。
明日、来人の友達を連れてくれば直したプラネタリウムを渡すという取引を。
「よしっ、と」
プラネタリウムの底のバッテリーボックスに電池がアズゥの手によって入れられた。
配線と一緒に来人が家から持ってきた電池だ。
底のカバーをはめるとスタンドに配備されたスイッチを彼女は押した。
パっ。
アズゥの手により剥き出しの装置から光がこぼれ出た。
ランタンの灯りでこぼれ出る光は見えにくいものの。
その輝きは機器の復活を報せてくれる。
「よし、動いた」
「良かったですね」
味気なく来人は喜んだ。
反対にアズゥは無邪気に装置の光を点滅させて喜んでいる。
作業中の距離のまま。
二人はビリヤード台を挟んでの会話だ。
「ありがとうね来人。電気消して早く楽しもうよ」
「悪いけどそんな気分じゃありません。また今度にしましょう」
顏を合わせもせずアズゥの感謝に来人は応えた。
あまり話す気分じゃない。
部屋に入って直後のにこやかな笑顔は来人にはもうなかった。
露骨に焦りや苛立ちが顔に出てしまっている。
「あらら、つれないわね」
「オレはこれで失礼します」
「ちょっと待った来人。私と取引しない」
「いえ、大丈夫です」
気乗りしない来人をアズゥが駆け寄り呼び止める。
もう来人の手は地下室入り口のドアまで伸びていた。
適当だけど答えたしいいだろう、と。
投げやりに来人がドアを開けようとした瞬間だ。
「ねえってば」
「うっぷ」
この場を立ち去ろうとする来人をアズゥは強引に引き留めた。
来人が来ているシャツの背の部分が力強く引っ張られる。
破れはしなかったものの大きく布が伸びていく。
なす術なく来人はアズゥのもとへと引き寄せらせる。
彼女はそのままの勢いで自分の胸元へと来人を手繰り寄せた。
「お願いがあるからまだ行かないで」
「うぷ。ぱな、して」
圧迫されて上手く息もできない中で。
必死に来人は解放をアズゥに頼んだ。
しかし、すぐには離されず。
「わぱ、た、から」
アズゥからの解放は来人の抵抗が落ち着いてからとなった。
彼女も流石にやり過ぎたと思ったのか。
来人の回復をきちんと待った。
五分後、一メートルほど距離を置き二人はやり取りを再開した。
「ん、んん。よし、オレはいいですよ」
「もう大丈夫、よね」
「ええ、まあ。それでお願いってなんです」
喋れるようにもなり、来人はアズゥに用件を尋ねた。
彼女はにこやかに両手を合わせ自分の右の頬に当てている。
相手に自分の願いを聞いてもらうため。
軍手のまま甘えのポーズを彼女はとっていた。
「私と取引しない。明日ここに来人の友達を連れきて」
「取引というか約束ですね」
「言われてみたらそうね」
「オレになんの旨みもない」
なんでそんな面倒なことを。
呼べる友達なんていないのに。
取引と呼べないアズゥの提案が来人には鬱陶しかった。
一緒にここに来てくれるアテもない。
そんな理由もあってか。
余計に彼女の提案を来人は断りたかった。
「だったら、私から来人に何かあげれば取引になるよね」
社会からはみ出た人物から渡されるもの。
きっとロクなものではない。
アズゥから何を渡されるか分からず来人は困惑した。
「いいですって。なにもいりませんから」
取引そのものをしたくない。
有難迷惑。
何度も大きく両手を横に振って来人はアズゥの提案を拒絶する。
一方で彼女は胸を弾ませながらある物を見つめていた。
視線の先にあるのは修理していたあのプラネタリウム。
アズゥの背後にあるビリヤード台の中央にそれは置いてあった。
「そうだ。これを来人にあげる」
活き活きとした顔でアズゥはプラネタリウムを指さす。
増々彼女の考えが分からない。
修理したばかりなのに。
取引の内容に頭を抱えながら来人はアズゥに尋ねた。
「せっかく直したのに。もったいなくないですか」
「そんなこと無いわ。私としては来人が貰ってくれるなら本望よ」
彼女の眼差しは真剣だ。
殺気こそ孕んでないものの。
真っ直ぐな視線が来人に彼女の本気さを訴える。
来人もその目力には圧倒された。
とてもポジティブで。
信じたくなるアズゥの瞳に。
だからこそ、来人はアズゥの気迫に言葉が詰まってしまった。
青い石について聞きだそうとする打算さはなく。
年相応の。
自分より年上のお姉さんから本気の感情をぶつけられた。
中学生の少年らしい初々しい戸惑いだ。
そんな来人の心の内を察したのかアズゥは表情を崩した。
フランクに堅苦しさなく彼女は笑う。
「これ以上荷物が増えてもしょうがないしね」
「意外と薄情なんですね」
「それは違うわ。大事な人へのプレゼントだから薄情なんかじゃない」
「転売、いや、なんでもないです」
不要であればすぐに売ればいいのに。
取引なのに苦労して得た物を実質無償で簡単に渡す。
アズゥの思考はとても来人には理解し難かった。
「二束三文でもオレはそのガラクタ売りますよ」
「どうぞご自由に」
「アズゥから言われるとなんだか教訓みたいだな」
「もうジジ臭いこと言っちゃって」
せせら笑う来人の視線がアズゥの背後にあるプラネタリウムに向いた。
嘲笑って目も合わせない。
相手がそんな態度にも関わらず。
アズゥは真摯に来人を見つめ続けた。
「プレゼントを渡すのはメッセージよ。お互いを忘れないためのね」
「もしも、物が壊れたらそこまでさ」
「それでも思い出が心に残るわ」
逸らしていた目線を来人はチラリとアズゥに向けた。
自分の目を見て話そうとしてくる人なのに。
アズゥはまるで遠くを眺めているようだ。
来人は彼女が過去を懐かしんでいるんだろうと思った。
「思い出があり過ぎでも困りませんか」
フリマアプリで結局売りに出せなかった品々を来人は思い出す。
祖母から買ってもらったオモチャ。
職人と比べたら見劣りするプラモデル。
具体的な形として現在も自分の部屋に残っている思い出たち。
それらを思い切って処分できないからこそ。
大人にすらなりきれていない。
むしろ、思い出を大切にしている自分がいる。
相反する二つの気持ちが来人をやるせなくした。
少年は落ち込みかけていたのだ。
「あのね、来人」
「なん、ですか」
理由は分からない。
ただ、自己嫌悪で落ち込んでいるかもしれない。
なんとなくだが、アズゥは来人の気持ちをそう察した。
だからこそ、彼女は少年と正面で向き合えるように。
「ちょっといい」
俯き気味な来人の顔の頬にアズゥは両手を添えた。
母親から真剣な話をされる際に。
こうした素振りを来人は受けた覚えがあったが。
自分の頬に添えられた手の感触は今まで感じた記憶がないほどに。
心地よい温もりだった。
彼女の真心のおかげなのだろうか。
来人は徐々に自らの心をアズゥへと開いていく。
しばらくすると二人は互いの顔を真正面で見つめ合っていた。
「思い出は沢山あっても困らないわ。昔会った人を思い出せば寂しくなくなるもの」
「それは思い出の数だけ友達がいるってことですか」
「まあ、そんなところかしらね」
穏やかで柔らかい笑顔でアズゥは来人を肯定した。
表現は曖昧なはずなのに。
彼女の表情がしっかりと少年の疑念を晴らしてくれたのだ。
更に来人へとアズゥは自分の想いを告げていく。
「あとね、離れていても贈り物をした人の顔を今でも憶えているわ」
「つまりは、友情は永遠って言いたいんですか」
「まあ、そんなところかな。だから、私から言えるのは一つ」
再び曖昧な表現の回答なものの。
来人はアズゥの答えに納得していた。
しかしながら、これから伝える内容のためなのか。
彼女の表情から穏やかさや柔和さが薄れていった。
替わりに今度はアズゥの番と言わんばかりに。
やるせなさや切なさが彼女の顔に表れ始めた。
何かを言いかけていたはずなのに。
三分近く地下室では誰の声も響いていない。
「どうしたんです。言わないんですか」
決してイジワルではないのに。
言い淀むアズゥを来人は心配し彼女を急かしてしまった。
気持ちの空回り。
失礼かもしれないと気づいたのは発言してすぐ。
急な来人の反省はそれだけにとどまらない。
アズゥの思い出についての回答に対する態度も含まれていた。
頑張って彼女は答えを出していたのに。
それに対して決めつけるような返事ばかり。
すぐに来人はアズゥに謝った。
添えられた両手を解かないように。
顔は正面を向いたままで。
「ごめんなさい。アズゥ」
「いいのよ、謝らなくて」
謝る来人を見つめるアズゥの目は少し涙で濡れていた。
きっと過去の思い出を振り返っているのだろう。
感傷に浸りながらもアズゥは来人と目線を合わせ続けた。
少年よりもやや背の高い彼女は屈みながら。
普段より感情を抑えてなのか微笑みながら。
アズゥは来人の頬に温かく両手を添え続けた。
ほんの少し沈黙が流れた後に。
言いかけていた彼女の思いが口にされる。
「私がここからいなくなってもプレゼントのプラネタリウムが壊れても……」
今にもアズゥは泣き出しそうだ。
本当に伝えたい言葉の手前で詰まってしまう。
来人の頬に添えてあるアズゥの両手も震えている。
それでも彼女は必死に最後の一言を来人に送った。
「お願いだから私を忘れないで」
言い終えるとアズゥは来人の頬から自分の両手をそっと離した。
感触と温もりはまだ肌に残っている。
手を添えれば彼女の両手の余韻にまだ浸れる。
しかし、来人はそれをしなかった。
彼女の優しさに甘えてばかりではいけない。
励ましてくれたからこそ。
アズゥの思いを受け取ったからこそ。
力強く来人は彼女の言葉にうなずいた。
「オレもアズゥを忘れない」
まだまだ漢気と言うにはほど遠い。
それでも来人の姿はアズゥにはとても頼もしく見えた。
「ありがとう。二回目になっちゃうけど私もキミを忘れない」
「大事なことだし二回言うくらいがちょうどいいって」
お互いを忘れない、という純粋な願い。
二人の間にその約束が交わされた瞬間から。
地下室に温もりが満ちていった。
来人とアズゥの二人のささやかな笑い声のおかげで。
いつしか、彼女の目の涙は渇いていた。
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読者の方で自分の大切な物を誰かにプレゼントした思い出はありますか。
それでは、次回更新は3/14の17:00頃を予定しております。
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