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第34話 探り合い再び

青い石についての情報をもっと得る為に来人はアズゥのいる空き家を訪ねた。

仲良くしようと会話を持ちかけるも彼女の話は信じがたいものばかり。

更に話が進むにつれアズゥは来人の内面へと踏み込み始めた。

夏、夜の涼しさは昼の暑さの裏返し。


夕飯も済んだ午後八時の錆山家の玄関では。


「いってきます」


「どこいくの」


「気分転換だ」


「ふうん。行ってらっしゃい」


「ああ」


来人はアズゥのいる空き家へと向かおうとしていた。


朱理はリビングのテレビ番組に夢中だ。


兄の行動なんかに大して興味ない。


そのおかげで行先の言及もなく来人は気兼ねなく出発できた。


前回同様に機械の工作用配線とケーブルを自転車の籠に入れて。


ズボンの横ポケットには電池を入れて。


晴れた夏の夜、来人を乗せた愛車の車輪は順調に回り続けた。


「だいぶここに来るのも慣れてきたな」


道を照らす外灯のない道のはずなのに。


理由はどうあれ、何回も通って来たおかげなのか。


先を照らし示すのは自転車のライトだけで。


もう充分に来人は空き家まで辿り着けていた。


「今日開いていなかったら承知しないからな」


道の真ん中に忽然(こつぜん)と空いたクレーターが第一のチェックポイント。


ドラゴンが残した痕跡の前で来人は自転車を停めた。


「さてと」


籠の中から配線を握ると来人はズボンのポケットへと突っ込んだ。


以前アズゥと交わした約束を来人はまだ忘れていない。


彼女の持っていたプラネタリウムを直す手伝いだ。


「誰もいないな」


人がいないことを確かめると来人は空き家に手早く潜入した。


少し前にいた野球部の面々や他に肝試しする者達は見当たらない。


潜り込んだのは来人だけ。


「待ってろよ、アズゥ」


廃屋の闇が相も変わらず来人を出迎える。


それを切り裂くように。


懐中電灯の光を来人は正面に向けた。


指し示すのはアズゥの待つ地下室まで。


コツン、コツン。


もはや最初に訪れた時の緊張感は来人にはない。


青い石についての焦りもあったのか。


来人は階段をすぐに下り終えた。


ドアを開けるのにも恐怖心すらない。


とにかく事をさっさと終わらせたい。


強くそう思いながら来人は地下室の扉を開けた。


「んっ、キミは」


地下室では例の如くアズゥが軍手をして機械いじりをしていた。


それを目にした来人は笑顔で彼女に近寄る。


胸の中は複雑な気持ちでいっぱい。


ただ、来人の笑顔は人を快くさせるには充分だ。


無理な感じは今のところない。


「今晩はアズゥ」


「来人じゃないの。元気してた」


いつも通りの青いつなぎを着たままアズゥは来人に抱き着いた。


アズゥの胸に鼻と口をうずめられ来人の呼吸が浅くなる。


「会いたかったよ。それで配線は持ってきた」


「ここにあります」


持っていた配線を来人は前にかざした。


地下室の明かりは(そば)にあるランタンだけ。


それから発せられる熱のせいなのか。


配線の表面の樹脂が溶けてしまいそうだ。


「ありがとう。お姉さん嬉しい」


「お、ねがい、だ、からは、な、して」


更にきつく抱きしめた後にアズゥは来人を解放した。


自由になったものの来人の呼吸は大きく乱れている。


「大丈夫」


「ええ、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」


息遣いはまだ荒いものの。


アズゥの気遣いに来人はお礼を言った。


それが嬉しかったのか彼女は更に喜んだ。


エネルギッシュでラッパみたいな大きな響き。


アズゥの笑いはその場にいる人を応援するように。


大きな笑い声なのに来人には聞き心地が良かった。


声援を思わせる音色で満たされているからなのか。


この地下室だけは空き家にも関わらず。


かつての活気があった。


「ごめんよ来人。でも、お姉さんの抱き心地は良かったでしょ」


「まあ。それとなく」


「もっと喜んでもいいのに」


「ははは」


早く別の話に()らさないと。


アズゥのペースに巻き込まれるわけにはいかない。


彼女が強引に迫ってくる前に来人は話題を切り替える。


「この前はどうして夜なのに鍵をかけていたんですか」


「ちょっと体調が悪くてね。その日はずっと寝込んでいたのよ」


アズゥは目を瞑り腹を抱えて体調が悪い素振りをした。


冗談をついているようには見えない。


それでも来人はイタズラ好きな少年が原因だと思うことにした。


下手に会話の主導権をアズゥに握らせたくなかったからだ。


もう一つの理由として、ヴェルデとの会話があった。


質問したからといってきちんと相手が答えてくれるとは限らない。


事は進められる内に進めておく。


前回ここが閉じられていた理由はどうでもいい。


気を取り直し来人はアズゥにプラネタリウムの修理を持ちかける。


「そうだ。早く始めませんか。アレの修理」


わだかまりを強引に消して来人はアズゥと作業を始めた。


壊れたプラネタリウムの修理だ。


機材の内部修復そのものはアズゥが担当し。


星座の描かれたカバーの清掃については来人が担当した。


清掃と言っても布巾やティッシュ等で拭く程度。


そんな作業を二人は黙々と続けた。


心地よい静寂の中で。


だからなのか、来人は唐突に他愛のない話をしたくなった。


話題にあげるのは先日読んだオカルト本。


「アズゥは吸血鬼ですか」


「なあにそれ。来人、ジョークにしてはイマイチね」


「だってアズゥは夜行性じゃないですか」


「夜行性って。まあ、そうだね」


一旦作業の手を止めてアズゥは真顔で来人を見つめだす。


「それにこんな陽の届かない場所で生活してたら尚更でしょう」


半ば冗談で来人はアズゥに尋ねてみた。


しかしながら、アズゥの顔は苦々しくなる。


「もしかして聞いちゃマズいものでした」


「そんなことないわよ。来人」


図星だったのかアズゥは目を細めて来人を(にら)んだ。


気まずくしてしまった。


雰囲気の悪化を肌で感じ来人は胸が痛んだ。


相手を何も知らなかったからこそ気まずくなったのなら、と。


ダメ元で来人はアズゥ自身について質問を試みた。


「もし良かったら、アズゥのことを教えてくれませんか」


「面白い話じゃないわよ」


最初から石について知ろうとしてもダメ。


先にアズゥを知らないといけない。


打算や誤魔化しが見え見えになったのはもうしょうがない。


来人なりのアズゥへの詮索が始まる。


これまでタブーとしてあまり気にしていなかった。


しかし、踏み込みかけたのなら。


このまま踏み込んで何かしらリターンを得たい。


本当にアズゥが吸血鬼だとしても。


来人もまた自分の作業の手を止めた。


そして、パーツを拭く手を止めてアズゥへと向き直る。


「オレになら打ち明けてもいいじゃないですか」


「そうね、たまには昔話でもしようかしら」


アズゥの表情が苦々しさから一転する。


懐かしむように朗らかに。


ビリヤード台に腰かけて彼女は虚空を見つめた。


「どれくらい前だろうね。私が実家を飛びだしたのは」


アズゥは追憶のために目を瞑る。


長く厚い記憶のアルバムを。


現在から前半のページまで一気に読み戻していく。


「家出したのはいいけど。人前には出られない体になっちゃたんだよね」


「それはまた、大変でしたね」


「だから危ない連中の世話にもなったかな」


「危ない人、ですか」


波乱万丈な人生をアズゥは過ごしていたと来人は想像した。


しかし、真に受けすぎてもいけない。


アズゥが本物の凶悪犯の可能性だってある。


伝えてきた情報次第では自分も共犯者にされてしまう。


できるだけ、相手に同情しないように。


表情は真剣なままで。


話そのものには疑いを持ち。


慎重に来人はアズゥの語りを聞いていた。


「盗賊とか傭兵とか色々ね」


「じゃあ、アズゥも誰かを襲ったりとか」


「ないない。ちょっと奴らの荷物に紛れて旅してただけ」


「てっきり、人殺しかと勘違いしちゃいました。すいません」


ここにきて来人は野球少年たちの言葉を思いだした。


『指名手配犯が潜伏しているかもしれない』


中学生が好きそうな噂だ。


しかし、それは今の来人の中では真実味を帯び始めていた。


来人は命の危険を感じだす。


でも、もう引くに引けない。


聞いた手前で話題を無理矢理変えても失礼なだけ。


震え声で来人はアズゥに話の続きを尋ねた。


「大変でしたね。辛くはなかったんですか」


自分で自分の心に嘘をつくのももう限界。


笑顔の自然さと柔らかさが失われていく。


ぎこちない作り笑いで来人はアズゥに応じた。


彼女はそれに対し鋭く(にら)み返す。


ゾクり、と。


一瞬恐ろしい殺気が来人の全身を突き刺す。


終わった。


硬直し立ったまま来人は倒れそうになる。


ゆらりとその体のバランスが崩れた時。


「でもさあ」


殺気がまるで嘘のように。


すぐにアズゥはいつもの調子で笑いだした。


安心な雰囲気に彼女は変わったものの。


当てられた殺気の残気もあってか。


来人はその場に倒れて尻餅をついてしまった。


「大丈夫、来人」


「ええ、大丈夫です」


死の危機は免れたものの。


アズゥの変貌ぶりに来人は脱帽した。


危険な一面がある。


それを承知で無難な質問をしなければ。


アウトローな回答が来ても嫌な顔をしないようにしよう。


立ち上がり来人はアズゥへの質問を再開した。


「ちなみに日本にはどうやって来たんですか」


「この国には船で来たわよ。昔この国でオリンピックやってたときにね」


「東京オリンピック!」


「もう何十年も前だけど、あの頃の世間は賑わってたわね」


「アズゥは何歳なんです」


「女性に年齢を聞くのは厳禁よ」


ますます話が眉唾物(まゆつばもの)になっていく。


彼女が危険人物であるという認識がどんどん強まっていく。


もはや笑顔を作るのも限界。


表情もほぼ真顔のまま来人はアズゥの話の続きを待った。


「話逸れるけど私って太陽アレルギーってやつなの。だから昼間は動けないのよ」


急にアズゥからの話題が変わった。


自身の病を彼女から告げられて来人は彼女が可哀想(かわいそう)に思えた。


「辛かったでしょうに。って、オレそればっかりだな」


「そんな落ち込んだ顔しない」


「空き家に引きこもっている本当の原因は病気だったんですね」


見えてきたアズゥの本質は来人の想像よりずっと重たかった。


それでも、彼女には深入りしない。


自分もまた悪事の共犯にされてしまう恐れもあり得る。


だからこそ、来人はアズゥとの線引きをやめようとはしなかった。


生活のためとはいえ。


一線を越えていたら彼女は犯罪者だ。


卑怯な手を用いて小銭を稼いでいるからこそ。


人としての大事なラインを来人はわきまえていた。


つもりだった。


似た者同士などではない。


アズゥは常識や社会からあまりにも外れすぎている。


どんなに悲しい過去があって。


それらが真実だったとしても。


もはや来人は彼女に深くは同情する気になれずにいた。


「月並みの人生を送れないのよ私は」


「でも、オレはそれでも頑張って生きているアズゥをすごいと思います」


「ありがとう。でも、月の光を浴びると今度は元気になり過ぎちゃうのよ」


「へえ、月の、光ですか」


月の光と聞き来人の緊張感が高まった。


もしかしたら、アズゥもまた石が変身した存在なのでは。


疑惑や疑念だらけ。


アズゥの話を聞いているだけで来人の肌からは油汗が流れていた。


「最近は浴びなくても元気になるんだけどね」


どこまでが事実なんだ。


少し揺さぶってみるか。


緊迫した面持ちで来人は冗談をつこうと画策した。


アズゥに会話の主導権を完全に持っていかれないためにも


表情と言葉が噛み合っていなくとも。


来人は自分の知りたい情報だけを知るために無理をした。


「狼男ですね、いや狼女かな。それじゃお月見もできないや」


「意外とオカルト好きなのね。でもね、私の同類はいないと思うわ」


「調べてみたらどうでしょう。アズゥは突然変異かもしれませんよ」


「長い間旅して見つけられなかったんだもの。きっとこの世にはいないわ」


肩をすぼめるアズゥに来人は言葉が出ない。


彼女はもう自己完結しているのだろう。


これ以上慰めの言葉をかけても先へは進まない。


「だから、友達を増やす旅に変えたの。現在模索中だけどね」


ポジティブに物事を考えるアズゥが来人は羨ましかった。


荷物に紛れていたとはいえ盗賊と一緒だった時もあった。


何十年も前の東京オリンピックの頃から生きていた、と聞けば。


人から裏切られた経験も沢山あるに違いない。


「来人で良かったら私と一緒に旅をしない。面倒なことは私が全部片付けるよ」


「オレには妹がいますから遠慮しときます」


「でも、妹さんはいつまでも来人に甘えたいわけじゃないでしょう」


アズゥからの誘いに来人はここ最近の朱理とのやり取りを思い出す。


惨めに妹に八つ当たりしていた自分の姿に来人は自分の唇を噛みしめた。


「思ったんだけどさ、妹さん来人を召使い程度にしか見てないんじゃない?」


「そんな訳ないですよ」


否定しているのに来人の口ぶりに力強さがない。


反応に困る来人にアズゥは優しく手を差し伸べる。


「ねえ、一緒に遠くまで旅しない」


「止めてくれ。オレは今の生活がそれなりに気に入っているんだ」


来人の口ぶりから丁寧さが失われていく。


喋り方からも余裕がなくなっていく。


心の隙間に入り込まれそうで。


来人は今にもアズゥの手を取ってしまいそうだった。


しかしながら、差し伸ばされた手はゆっくりと引っ込んでいった。


残念そうにアズゥは笑いながら来人に謝る。


「ごめんね。本人がそう言うなら仕方ないわね」


「アズゥみたいに完全に道を踏み外すマネなんてオレにはできない」


「心外ね、だけど否定はしないわ。でも、私と一緒なら寂しくはないわよ」


「金さえあればオレは独りでも充分だ」


「さっきから取り乱しちゃって、説得力ないわよ。それに敬語はどうしたの」


自分から(ふた)をしていた心の中を開けられ来人はふらつく。


これ以上そこを聞かないでくれ、と。


情けない強がりを来人はアズゥにとり続けた。


「もしも、アズゥが吸血鬼や人狼ならオレを喰うのか」


「それもいいわね。でも、来人には別の方法を試すわよ」


「例え話だ。早く作業に戻ろう」


「ふふ、そうね。気が向いたら私に言ってね。いつでも大歓迎よ」


こうして二人はそれぞれの持ち場に戻った。


アズゥが鼻歌交じりに配線を整備して。


横で暗い顔の来人がプラネタリウムのカバーを磨く。


地下室には二つの空気が対流している。

ここまでお読み下さってありがとうございます。

まだ3月ですが気温や気圧の差で読者の皆様の体調が崩れないよう祈っております。

次回は3/13の17:00頃に投稿予定です。

ぜひ、ご覧ください。

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