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第31話 狙い続ける牙

石が変身した怪物はケルベロス。

しかし、今回は大人しくその場に伏していた。

それを勝機にとらえた来人は果敢に弱点をつくため花壇近くの水道へと向かう。

朱理が石を落としてしまった花壇には紺色のケルベロスがいた。


青い石が月の光を浴びて変化したのだ。


石を回収しなければと。


急ぎ来人はそこに辿り着くも敵の異様さに気圧されかけていた。


「ウゥウウ」


ケルベロスは低く(うな)っていた。


警戒しているのだろう。


強すぎる敵意はまだ放っていない。


しかし、下手に刺激してはいけない。


まるで子犬をあやす様に軽く両手を振りながら。


来人はケルベロスに自分の無害さをアピールした。


「オーケー、オーケー。良い子だから大人しくしていてね」


前回のドラゴンと今回のケルベロスとの大きさを比較してみると。


明らかに後者は前者よりも一回り小さい。


サイズ感だけならば来人とそう変わらない。


ゴールデンレトリバー等といった現実の大型犬と一緒だ。


ただし、石が変身した怪物であれば話は違う。


大きさなんて関係ない。


全力で挑まないと。


前回の教訓から来人は敵の凶暴さを痛感していた。


今回の場合、現状はどうだろうか。


まだケルベロスは攻めてこない。


様子見なのか、その場を離れようともしない。


じっと来人を見つめているだけ。


「よしよし。そのまま動くなよ」


自分以外聞こえない程の小声で。


勝機が近づくのを来人は喜んだ。


これは大きなチャンス。


敵の様子をうかがいつつ。


ゆっくりと来人は動いた。


慎重に、慎重に。


ケルベロスを刺激しないよう忍び足で。


息を潜めて来人は水道へと近づいていった。


「もうちょい」


緊張のあまりボソリと来人は心の内を漏らした。


敵の横を過ぎれば蛇口はもう目の前だ。


しかし、焦りは禁物。


忍び足はそのままに来人は着実に水道に近づいていった。


「……」


もはや低く唸りもしていない。


ケルベロスは花壇の上で静かに伏せているだけ。


オブジェかと見間違うほどだ。


魔犬は今やピクリとも動かない。


「うし。着いた」


ガッツポーズではしゃぎたい気持ちを抑えて。


目当ての水道に辿り着き来人はひっそり喜んだ。


怪物の奇襲も受けていない。


擦り傷や怪我一つすらない。


ドラゴンから逃げた時に比べれば大きな進歩だ。


「後は水をかけるだけだな」


独りこの後の手順を呟き来人は蛇口を捻った。


ここの水道は園芸用だ。


そのため先端がシャワーヘッドで長いホースが取り付けられている。


蛇口を捻っても水が出るまでには少々タイムラグが生じてしまう。


「よしよし。いいぞ」


ラグと言ってもものの数秒ほど。


シャアアアアアア、と。


間もなくして勢いよく水がシャワーヘッドから出てきた。


銃口さながら。


来人はホースとその先端を持つとケルベロスに向けて放水した。


もう声を潜める必要もない。


威勢のいい勝利宣言をしながら。


怪物の弱点を上機嫌に来人はついた。


「オレの勝ちだ。これでも喰らえ」


流水がケルベロスに直撃した。


しかし、それでもなお攻めに転じようとしない。


「……」


唸りもせず。


起き上がろうともせず。


紺色の魔犬は動こうとはしなかった。


自分の結末を受け入れているのかと疑うほどに。


桔梗の咲く花壇の上で魔犬はじっと水を浴び続けた。


「よしよし。いいぞ。いいぞ」


見る見るうちに怪物は溶けるように姿を変えていく。


ゲル状になるや水が直に当たる部分はすぐに石化した。


「まったく朱理のやつ余計な手間かけさせやがって」


独り妹に愚痴りつつも来人は水をケルベロスへと浴びせ続けた。


怪物の胴体は既になくなり元々の石ころ程度になっている。


原型があるとすれば。


アイデンティティともいえる三つ首だけだ。


「ねえ、兄ちゃんいるの」


あと少しで問題も終わる。


来人がそう思っていた矢先だ。


朱理が花壇へと向かって来ていた。


「兄ちゃん、何しているの?」


「朱理か、ちょっとそこでじっとしていろ」


妹の声を聞くや大急ぎで来人は魔犬の三つ首へと水をかけた。


蛇口を更に大きく開き。


もっと力強くホースを握りしめなおして。


しかし、首の数が多いせいか狙いをつけるのが難しい。


放水の勢いは強いものの。


全ての首へと均等に水を浴びせられていない。


まだ完全に怪物を石へと来人は変えられていなかった。


「なにしているの。そこで」


「だから、近寄るなって」


背中を朱理に向けて来人はケルベロスだった物体を覆い隠した。


既に魔犬は九割ほど元々の石へと戻っていた。


もはや胴体も四肢も首もなく。


大きさも当初の石ころ程度。


しかしながら、上部にケルベロスだった時の名残がまだあった。


それは鋭い牙を持ち大きく開いた三つの口だ。


魔犬としての原型はそれを除けばなにもない。


目や耳といった頭部もなにもかも失われたにも関わらず。


あたかもトラバサミ。


凶悪な三つの口だけが未だに石化を拒み続けている。


更にその牙の攻撃性は魔犬の時とは大きく違っていた。


ガチガチ。ガチッガチ。ガッチガチ。


(あぎと)のみになったせいか暴力性が増している。


獲物に噛みつこうと口は三つとも歯を鳴らしていた。


狙いはもちろん来人だ。


「兄ちゃん、暇なら早くアイス買ってきて」


「それぐらい自分で行け」


口腔部のみの怪物だが弱点は変わらない。


このまま水をかけ続ければいい。


しかし、今の敵は凶暴そのもの。


威嚇(いかく)も兼ねているのか。


三つ口の怪物は歯と歯を当てて不快な音を鳴らし続けている。


地味にその動作は来人を怯えさせていた。


そのため狙いが定まらず水を怪物に上手く当てられないでいたのだ。


「くそ」


あと少しだったのに。


余計な考え事はせず来人はひたすら敵を狙って放水した。


震える手で、怯えて肩を揺らしながらも。


そんな兄の異変に朱理も不安を感じてしまう。


「やっぱ変だよ兄ちゃん。どうしたの。なにか手伝おうか」

 

兄を心配し朱理がよそよそしく来人へと近寄る。


もしも、朱理が怪物を目にしたら。


収集がつかないほどに事が大きくなるかもしれない。


青い石の取引が白紙に。


自分達家族が世間の晒し物に。


最悪ヴェルデが自分に報復をしにやってくるかもしれない。


怪物との対峙の最中で。


朱理がこの場に来てしまったために。


様々なリスクが来人の頭に過ぎった。


目の前の敵と決着をつけたいのも山々だが。


先に妹を誤魔化すのが最優先だと来人は判断した。


「花壇に水をやってたんだよ」


「本当に」


見え見えの嘘もいいところ。


来人が妹を欺くのは失敗に終わってしまう。


だが、時間は稼げた。


わずかな間ながらも朱理との会話中に来人の戦いは進展していた。


ほんの少し水が怪物に当たったからだ。


弱点を浴び敵の三つ口は先ほどより縮んでいく。


あともう一息。


しっかり狙えば完全に敵を石化できる。


焦り以上に緊張が来人の心を支配した。


怪物も縮小化した影響なのかさっきよりも大人しくなっている。


ガチガチ。


歯を鳴らす回数も減っている、


来人と怪物の戦いの決着もすぐそこ。


だからこそ、その攻防を知らない朱理は兄を更に心配した。


よく分からないが何かを我慢していないか、と。


兄へこれ以上近寄りはしないものの。


朱理はますますその場を離れようとはしなかった。


「どうしたの。本当のこと話してくれるまで家の中もどらないよ」


「ありがとう朱理。でも、今はいいんだ」


自分は妹に恵まれているな。


優しく接する朱理に兄として来人はとても嬉しかった。


しかし、今はその優しさが迷惑なところ。


速やかにこの場から立ち去って欲しい。


どうすればこの思いを妹に伝えられるのだろうか。


怪物もだいぶ縮んだおかげか来人には余裕が生まれていた。


そのため顔を上げて朱理を家の中にもどす方法を考えていた。


見上げれば窓が開けっぱなしの自分の部屋。


いつの間に入って来たのやら。


一匹の()が部屋の窓を通じて。


内から外へと出てきたのを来人は目撃した。


待てよ、と。


さきほどの蛾を見て来人の頭に名案が浮かんだ。


「朱理、お前缶の中身どこにやった」


「知らないな」


兄からの質問で朱理のよそよそしさが一転する。


白々しい物言いへと変わった。


これに来人はにやけた。


あの石を朱理が自分の部屋から投げ捨てたかもしれない。


そう来人は推理していた。


だからこそ、石のを尋ねれば妹は動揺するはず。


追い込まれた来人はそう予測したのだ。


キッカケは。


ついさっき目にした蛾である。


元々部屋の中にあった物だ。


勝手に窓の真下にある花壇に移動するわけがない。


缶にもテープを巻いて月の光が当たらないようにもした。


変身して足や羽が生える可能性だってない。


我ながら妙案だと思いつつ。


苦し紛れながら来人は朱理に石への言及を試みた。


「まさかこないだ逢ちゃんが来た日、オレの部屋に勝手に入ってないよな」


「ええと。それは」


「ボロいクッキーの缶の中とか触ってないよな」


「なんのことだろうね。あはは」


図星だったか。


意地悪な気がするものの来人は妹への質問に手ごたえを感じた。


指摘するほどに朱理は動揺していく。


来人は更に畳みかける。


「嘘はよくないな」


「うっ」


「さっき缶を確かめて中身がなかったから、今こうやって探している最中なんだ」


来人の発言に朱理は大きく動揺した。


「ごめん。そんな大切なものとは知らなかったんだ」


「謝るなら後にしてくれ」


「じゃあ、手伝うよ」


「それもいい」


「けど」


「お前に任せるとややこしくなる」


「でもでも、兄ちゃんを困らせた原因は自分だし」


「逢ちゃんの鍵探しもお前は見当違いなところを探っていたろ」


「そんな。あれはそもそも嘘だし」


「もういいから。一人で大丈夫だから、お前はテレビでも見てろ」


「うん」


落ち込んだ返事とともに朱理は来人に背を向ける。


しょんぼりと朱理は家へともどっていった。


「はあっ」


安堵あんどから来人が一息ついたときだった。


激痛が来人の右腕に走る。


「ああああっ」


痛みの原因を来人はすぐに理解できた。


ケルベロスだった物体が来人の腕を噛んでいたのだ。


もはや生物としての原型は完全にない。


口と言っていいかどうか分からない。


上下に棘のように縮んだ歯牙を持った穴が石にはあった。


それも三つも。


かつて口だった部位の三つ全てが来人の右腕に喰らいついていたのだ。


魔物の最後の噛みつき。


それは油断した来人の背筋を凍りつかせた。


「どうしたんだ兄ちゃん」


兄の悲鳴に家の中から朱理が駆け寄った。


だが、石について妹に知られるわけにはいかない。


歯を食いしばって来人はこれ以上悲鳴が漏れないように我慢した。


「なんでもない。家に戻ってろ」


我慢のためか声も荒くなってしまう。


来人は心配してくれる妹を心にもなく追い返す。


苦痛で思考が回らなくても。


来人はそれでも知恵を振り絞り続けた。


「転んだだけだ」


「そんなわけないでしょ」


必死になって朱理は来人のそばに寄った。


ダメかもしれない。


諦めかけたそのとき。


「――すいま――どなたか――」


来人は玄関にいる訪問者の声を耳にした。


「すいません。どなたかいらっしゃいませんか」


正直その声の持ち主に会いたくない。


あの、緑色のエルフを思わせる人物だから。


そう来人は思っていたのだが、現状これを利用しない手はない。


「悪いけど朱理、出てきてくれないか」


「そんなことできないよ」


「いいから行けって」


精一杯のやせ我慢を振り絞り。


来人は妹をこの場から離れさせた。


「っつうう」


妹が視界から消えるやいなや来人は急いで右腕を大きく振るった。


ドっ。


振動で三つ口の石が来人の腕から剥がれ落ちる。


「いい、かげ、ん、に、しろ」


小さな石の魔物に来人は人シャワーヘッドを向けた。


ホースを握るは怪我した右手。


傷を負っていない左手はというと蛇口に伸びていた。


とどめの一撃のために。


より一層水道のハンドルを回すためだ。


「く、らえ」


水流の勢いが更に加速する。


放たれた水は豪快に小さな石の魔物に命中した。


「これで、おわりだ」


自身の身を怪物はもはや保てない。


硬いその身は溶けゆきながら元々の形へと変わりゆく。


開いていた三つの口も一気に塞がった。


つまりは、魔物は完全に自力では動かない石に戻ったのだ。


「ったく」


魔物は灰白色の石になり。


その場から完全に消え去った。


この事実を確認するや来人はすぐにポケットからレジ袋をとりだした。


「っと。うし」


レジ袋に石を入れると今度は袋の口を縛りあげて丸め上げた。


そして、来人は丸めて小さくした袋ごと石をズボンのポケットに突っ込んだ。


こうもなれば石も月光はもう浴びられない。


「ふう」


ようやく一段落。


落ち着いたところで来人は自分の噛まれた腕を見た。


歯型がくっきりと残っている。


しかも、そこからは赤い血が流れていた。


血が右腕から線を描いて下へ下へと滴っている。


傷の具合を見た瞬間、来人に限界が訪れた。


「も、う、ぎ、ぶ」


歪んでいく視界。


(おぼろ)げに緑衣の誰かを来人は目にする。


会いたくないのに。


できれば避けたい人物を最後に目にして来人は気を失ってしまった。

ここまでお読みくださりありがとうございます。

ケルベロスというと様々な作品に登場しますが皆さんは何を一番に思い浮かべますか。

自分は映画のハリーポッターですかね。

では、次の更新は3/10の17:00頃を予定しております。

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