第30話 青き復活と二度目の邂逅
花壇に落ちてしまったアズゥから貰った石は月光を浴び怪物へと姿を変えていた。
しかし、アズゥからの助言もありドラゴンの時の二の舞にはなるまいと来人は怪物のいる場へと臨んだ。
夕闇で紅い光もますます薄まっていく。
東を見れば暗い夜の地平線から月が微かに見切れている。
もうじき月の光もさしこむ地上に差し込むだろう。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。量少なかったけど兄ちゃんなにか食べてきたの」
「まあ、ちょっとな」
錆山兄妹の夕飯はもう済んでいた。
帰宅してからというもの。
来人の頭はヴェルデとの取引についてばかり。
朱理の料理も早々に食べ終えると来人は自室にこもった。
「最悪だ。あの石をまだ持っていなくちゃいけないなんて」
疲れ切っていて。
ハアぁぁぁっ、と。
自分の部屋で顔を覆いながら来人は深いため息をついていた。
「でも、金さえ手に入れればこっちのもんだ」
気をとりなおそう。
金について考えれば気分も良くなるだろう。
取引の品を来人は確認しにいく。
本棚の上、青い石が入った缶をしばらく眺めた後に。
来人はそれを手にした。
「おかしい」
缶を持った瞬間、来人に悪寒が走る。
傾けても物音ひとつたっていない。
容器の中でなにも転がっていないのだ。
それどころか。
アズゥのアドバイスを受けて。
誰もいない一人のときに。
浴室でシャワーから少量の水を入れて。
ダメ押しに缶と蓋とをテープで巻いたのに。
今来人が見る限りでは。
自分とは違う巻かれ方がされていたのだ。
絶望が急に来人の胸を締め付けだす。
急いでテープを剥して中身の確認を来人はした
「そんな」
思い切って蓋を開けると来人の顔が歪んだ。
「石がない」
青い石がなくなっている。
缶の中の水気もなく。
取引の品が紛失している事実に来人は大きく取り乱した。
「なんで。どうして、あっ」
慌てていた来人だったがすぐ心当たりに気づいた。
逢がやって来た日、花壇の下で何かを探していた朱理だ。
この部屋の窓の下に丁度位置している場所だ。
ふざけて投げ捨てたのだろう、と。
あの日なにが起きたのか。
それを推測し来人は怒りがおさまらなかった。
「朱理だな。オレのいない間になにしでかしやがった」
妹相手とはいえ。
金や危険が絡んだ今回については訳が違う。
激怒しても無理はない。
だが、その昂りもすぐに鎮まった。
理由は窓の外から見えた青い光だ。
二階にある来人の部屋にも届くほどに。
円柱状に淡い青の光が放たれていた。
発生源は恐らく花壇だろう。
「おいおい、嘘だろ」
窓から身を乗り出し来人は外の状況を確かめる。
それはあの夜の追走劇を思い起こすものだった。
日はもうほぼ沈んだ暗い夕闇で。
ほんのわずかな紅い薄明り。
東の空には昇ってきたばかりの月が浮かんでいる。
ここからは夜の時間。
太陽に代わり月光が空から降り注いでいた。
静かに地上を照らす月の光を浴びて。
青い石はグネグネとその形を変えていた。
「はぁはぁ。くそ。ゆびが、あしが」
息が荒く、体も震えてすぐには動けない。
過去の恐怖が来人の行動力を奪う。
それでも動かなければ。
怪物が襲いかかってくるかもしれないというのに。
「ふぅ、ふぅ。ふうう。おちつけ、落ち着け」
まずは深呼吸。
落ち着いたら今度は体勢を整えなければ。
体が窓から落ちないようにも気を付けて。
来人は自分なりのやり方で冷静さを取り戻す。
「よし」
トラウマも鎮まり来人は再び窓の外を見た。
「マジか。勘弁してくれよ」
窓の外、下の方にある花壇には奇妙な怪物がいた。
サイズは大型犬と変わらない。
決定的に違うのは頭の数。
なんと三つ首だったのだ。
「ドラゴンの次はケルベロスかよ」
これで三度目か。
ドラゴン。
緑のエルフ風の人物はカウントしていいのだろうか。
ファンタジーだと思っていた存在たち。
彼らとの早い再遭遇に来人は頭が痛かった。
あの夜、ドラゴンに追われた恐怖はまだ残っている。
しかし、迷っている暇はない。
来人はすぐに外の花壇へと向かっていった。
「今回はオレも運がよかったぜ」
走り際、来人に笑みがこぼれていた。
勝算があったからだ。
花壇の手入れ用の水道がその根拠だった。
蛇口は怪物の位置よりも少し離れている。
嬉しいアドバンテージだ。
玄関でサンダルを履いている時も来人はアズゥの助言を忘れなかった。
『もし姿が変わったら水をかけなさない』
『そうすれば元に戻るし、その隙に袋とかにいれるのね』
もう弱点は分かっている。
前回のようにはいかない。
来人は玄関の下駄箱上のカラーボックスからある物も拝借していた。
買い物用のスーパーのレジ袋だ。
逃げるのでなく攻めに行く。
ほんの少しとはいえ。
青い石の知識を得た来人は怪物に対して強気でいた。
「兄ちゃん、出かけるならアイス買ってきて」
途中、妹からお使いを頼まれるもそれは無視。
丸めたレジ袋をズボンのポケットに入れて。
大急ぎで来人は外に出た。
速さたるや彼が体育の授業でも出さないスピードだ。
「うっ」
家の外に出れば目標まですぐ。
だからこそ、その場の異様さに来人の駆け足が止まった。
「ウウゥウウ」
美しい紫の桔梗の花々の上に鈍い青色の怪物が伏せていた。
三頭犬、紺色のケルベロスが来人を待ち構えていたのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
桜咲く季節です。皆さんは美しい桜を見られましたか。
では、次回の更新は3/9の17:00頃を予定しております。




