第1話 買い付け
今年リリースされたフリマアプリを親のアカウントを利用し錆山来人は小遣い稼ぎをしている。
そのためなら、朝早く店の前に並ぶのもいとわない。
2017年の夏。
子供たちは夏休みの真っただ中だ。
土曜日とくれば小学生も堂々と朝寝坊できる。
誰もが眠りについていなかで。
中学生の錆山来人は自転車を漕いでいた。
「待ちに待ったぜ」
黒髪が風に揺れる。
目つきは鋭く。
田んぼが広がる道路を来人傍若無人に進む。
朝風もさわやかで。
水田の稲も瑞々しく
白鳥が道沿いの川沿いに佇んでいる。
爽やかな夏のワンシーンだが
そんな風情は来人に関係ない。
「このペースで行けば大丈夫だろ」
目的地も見え速度を落とす。
来人が家を出発してからもう三十分は経つ。
現在来人が向かっているのはショッピングモールだ。
名前は『ジェムロマンスモール』である。
国道に面した西側の屋上駐車場からは田舎を一望できる。
来人はこちらの方角からやってきた。
一方で東側は住宅地が並んでいる。
他にもドラッグストアや学校といった大小様々な建物もある。
「早すぎたかな」
駐輪場に自転車を停めると来人はモールの正面入り口へと向かった。
シャッターにより入口は閉め切られている。
出勤する従業員を除けば来人以外に誰もいない。
従業員からの怪訝そうな眼差しもある。
しかし、そんなの関係ない。
来人はスマホをバッグから取り出してゲームアプリを始めた。
その後二時間ほど経過。
開店時間が近づくと徐々に人が集まっていく。
現れるのは小学校低学年の子供とその親ばかり。
中学三年生である来人には些か不釣り合いなものである。
ゲームに没頭していた来人だが。
そろそろ支度の時間だ。
周囲がざわつき始めだし。
画面上のスマホの時計を見て身を整えだす。
「あと五分か」
もうすぐ開店だ。
遊んでいたゲームアプリを止めて。
一旦スマホを来人がバッグに入れようとした時のこと。
小さな男の子が来人の前に割り込んできた。
「やり。一番」
無邪気に男の子は喜ぶ。
マナー違反もいいところ。
それでいて男の子の母親は他の大勢の客の前でも笑顔を崩さない。
「ダメよ。前にお兄ちゃんがいるじゃない」
言葉とは裏腹に母親の笑顔が語っている。
確信犯だ。
他の客も不満が多少表情に出ている。
この横暴を来人は見過ごさない。
「そこオレが並んでいたんですけど」
「あら、失礼。でも、子供がやったことですし大目に見てくれません」
「ダメです。順番は守ってください」
「なんだよ、ケチ」
「なんとでも言え。それに周りを見るといい」
来人は割り込んだ親子に顎で辺りを指し示す。
物言い気な顔ばかり。
デタラメな親子を見つめる他の親子連れの姿がそこにはあった。
「ちゃんと並びましょう」
男の子の母親はその視線に耐え切れきれなかった。
小声で愚痴を吐くと子供と共に最後尾へと並んでいく。
ここまでは別におかしくはない。
マナーの悪い親子を注意しただけ。
しかしながら、少々場違いな来人にも非難は向けられる。
「なに、あの子。感じ悪いわね」
「あのお兄ちゃんみたいにはなっちゃダメよ」
言いたい放題言われてしまう。
それでも来人は耳を傾けない。
しばらくして、開店のアナウンスが流れる。
来人の目の前のシャッターが徐々に昇って行く。
「みなさん押さないで、そのままの列で追いてきてください」
ドアの近くの店員が誘導を行う。
来人を先頭に列はそれに従っていく。
集団の中で来人が異彩を放っている。
数分後、一行が到着したのはオモチャ売り場のレジだ。
まず先頭である来人が最初にレジの店員に注文を行う。
「今日発売のパケモンカードの予約分3つと当日購入分の3つの計BOX6つください」
来人のオーダーで店内に一気に不穏な空気が流れだす。
「パケモンカードですか。まずは予約表を提示してください」
「これでいいですか」
スマホの画面を来人は店員に見せた。
画面にはこの店舗の抽選結果のメールが記されている。
『おめでとうございます。3箱予約受け付けます』
いつしか来人の後ろに並んでいた親子連れから不満の声が漏れ出す。
「ああいうのがいるから買えない人が出てくるのよ」
「まだ若いのに。恥ずかしくないのかしら」
わざと来人に聞こえる様な大きさの声がレジ近くで飛び交う。
一方で来人は表情一つ変えていない。
「六箱合計で一万七千二百五十二円になります」
批判は囁かれ続ける。
それも気にしなければいいだけ。
来人は周囲の声を無視し淡々と会計を進めていく。
現金での支払いも済んだ。
商品が来人の手元に渡った。
ここにはもう用はない。
用事を済ませ来人がオモチャ売り場を立ち去ろうとした時だった。
自分の足に妙な感触を来人は覚えた。
「バーカ」
先ほど来人の前に割り込んできた男の子が原因だった。
来人の靴をその子が踏んでいたのだ。
男の子の足を冷たく来人は振り払った。
「邪魔だ、どけ」
早く帰らせろ。
来人の頭は帰宅でいっぱいだった。
「相場はどうなるかな」
辺りを見渡す。
特に自分に視線は向けられていない。
「強奪魔はいないな」
パケモンとは大人気ゲームで様々なメディアミックスが行われている。
その一環であるパケモンカードは今や大人気で品薄になるほど。
購入制限はもちろん。
予約しなければ買えないくらいだ。
更にはトレカショップやネットを利用した売買で多額の利益を得る者も出始めた。
その高まりすぎた人気の結果、マナーの悪い人物達も目立ち始めた。
購入後のタイミングを見計らってカードを奪っていく輩もいるほどだ。
来人の気がかりはそんな人々だった。
懸念がないのも確認した。
後は帰るだけ。
そそくさと来人はショッピングモールから出て行く。
数日後、来人はフリマアプリで購入したパケモンカードを出品した。
「どれどれ」
自身の部屋で来人はカードの経過を観察していた。
利用したのは今年初めにリリースされたフリマアプリ。
アプリの名前は『トレードイン』だ。
ユーザー登録すれば気軽に出品でき値段も自分で設定できる。
商品は他の出品者の物とすぐに比較されていく。
速やかにリスト化され相場が生まれていくのだ。
トレーディングカードはこのアプリのシステムと特に相性がよかった。
「もう値段も出そろっているな」
カードゲームの大会結果や新しいパックの登場など。
価格の上下を情報次第で予見できる。
あたかも株のように。
そこにレアリティつまり希少価値が絡んでくる。
これらの複数の要因がカード一枚に何千から何万円もの価値を与えていた。
ちなみに今回来人が当てたカードで最も高価なものだと二万円する。
パケモンのゲーム最新作ヒロインのオゾンの絵違いエアリアルレアだ。
エアリアルレアはパケモンカード最高レアリティである。
これにオゾンの人気も相まって相場は二万円となったのだ。
「すぐ売らずに一旦様子見て正解だったぜ」
カードゲーマーであればより高いレアリティで揃えたい者もいる。
もちろん鑑賞用や作品のファンとしてコレクターもいる。
一方で来人はパケモンカードのプレイヤーでない。
そのため当たったカードは金との引換券でしかない。
トレーディングカードを用いた売買。
まだ中学生の来人は親のアカウントを使ってこの作業を行っている。
法律や規制、アプリ側の対処がなにもなされていない。
この時期だからこそ。
来人はこのような売買行為をしているのだ。
褒められたものではないと分かっていても。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回更新は2/9の17:00頃を予定しています。