第12話 朝からやり直し
昨晩こそ朱理は優しかったものの依頼を失敗した来人には厳しかった。
不本意ながら来人は再び空き家へと赴く。
来人がドラゴンとの追走劇を終えた次の日の朝。
昨日の疲れもほどほどに来人は早起きした。
窓の外には晴れた空が行き渡っている。
昨夜の雨が嘘のようだ。
「夢なら楽だったのに」
来人は机の上にある古ぼけたクッキーの缶を見つめた。
これが自分の部屋にある。
それだけで来人に昨晩の事件が現実であると告げていた。
朝食をとりに来人はキッチンに向かう。
そこには膨れっ面で食事をとる朱理がいた。
「おはよう、朱理」
「兄ちゃんの方こそおはよう。早いね」
来人はなぜ妹が不機嫌か分からないでいた。
昨日の献身さが嘘のようだ。
「兄ちゃん、体の方は大丈夫」
「おかげさまで、もう普通に動けるよ」
「そう」
素っ気なく朱理は答える。
妹の為に体を張った後なのに。
この妹の態度には来人もムッとしてしまう。
「なんだよ、昨日はあんなにオレのこと心配してくれたのに」
「昨日は昨日。今日は今日」
「誰のせいであんな思いしたと思うんだ」
「もちろん、アタシのせいだろ」
「だったら、開き直るなよ」
イラつく兄に対し朱理は食事の手を止めてうつむく。
「昨日は本当に心配したんだぞ。兄ちゃんなかなか帰ってこないし」
「まあちょっと色々あってな」
「お化けに食べられたと思ったんだからね」
会話を続けるうちに朱理は泣きそうになる。
妹のコロコロ変わる表情の変化が来人の心を揺さぶる。
これには来人も前言撤回して朱理に謝罪した。
「本当にすまない」
「いいんだよ、それもこれも全部アタシのせいなんだから」
普段と朱里は打って変わってしおらしくなる。
妹の委縮に来人の罪悪感が大きくなっていく。
「なに謝ってるの。謝るのはむしろアタシのほうだろ」
「とにかく心配かけてすまない。もう無茶なマネはしない」
必死で来人は頭を下げるも朱理の涙はまだ止まらない。
「本当?」
涙で濡れた顔を掌で覆った朱理は両手越しに来人に問いかける。
「本当だ。約束する」
強がりでもなんでもいいや。
きっぱり来人は言いきった。
兄の潔さに朱理は手を下して顔を見せる。
ただし、その顔は泣いていない。
「分かった。それでこそアタシの兄ちゃんだ」
たちまち朱理は笑顔になる。
その様子を見て来人も喜んだ。
朱理はそのまま机の上の来人の右手を両手で覆う。
「それはそうと兄ちゃん」
「今度はなんだ朱理」
「あのガラクタはなに」
あれ、こいつ何を言っているんだ。
ほんの少しの間だが妹の発言が来人には分からなかった。
質問の意図が分かっていない兄に対し朱理は頬を膨らませる。
「もう、プラネタリウムのことだよ」
「持ってきたじゃないか」
「壊れてるよ」
再び機嫌が悪くなる妹に来人は頭痛がした。
妹の自分の右手を覆う力が強まっていく。
反比例して来人はどんどん俯いていく。
「あれじゃ、ダメ」
「ダメ。今度友達の逢ちゃんが家に来るとき見せるって言ったんだ」
朱理は頑固なままだ。
こうなった妹に来人が張り合って勝った例がない。
「大事な妹を嘘つき呼ばわりされたいのか兄ちゃんは」
「分かったよ。今日、明日辺り行くよ」
「本当、ありがとう兄ちゃん」
満面の笑みと共に朱理は食事を急いで掻き込んだ。
食べ終えると朱理はスキップをして自室に舞い戻っていった。
「困った奴だ」
来人は妹から依頼のやり直しを請求されてうんざりした。
また行くのか。
来人自身としてもまたあの廃屋に行くのは不本意だった。
しかし、妹の頼みならば話は別だ。
それに来人はあの石についてアズゥに問いただしたかった。
あの青い石の正体とそれを渡した目的についてだ。
「メシ食うか」
悩みながらも来人は朝食をとった。
食事中来人は石のヒントを試みる。
スマホを使って検索してみる。
結果はというと……。
出てきた回答は宝石店の名前ばかり。
不安を抱きながらも来人は別の単語で検索した。
「ゲームの攻略ばっかじゃん」
次に検索したワードは『ドラゴンの弱点』だ。
普段はネット検索で来人は物事を解決している。
だが、今回はそうはいかない。
昨晩の件でインターネットが必ずしも当てにならない。
それを彼は思い知らされた。
ドラゴンへと姿を変える石がある。
現代の誰もがそんな話など信じないだろう。
ファンタジーでもあるまいし。
現実にそんなモノを口にすれば幼い子供か狂人くらいだ。
「気分転換がてら出かけるか」
昼食にはまだ早い。
そんな時間帯に来人は自転車を走らせている。
目的地はもちろん例の空き家だ。
「暑いな」
日が頂点に差し掛かろうとしている。
だいぶ乾いてはいるものの地面もほんの少しぬかるんでいた。
野道の走り心地が来人を不快にさせた。
「これも全部アズゥのせいだ」
何度も何度も愚痴を吐きつつも来人は空き家に辿り着く。
「少し歩かないといけないな」
昨夜の惨劇そのまま。
空き家の前の道路にはクレーターができていた。
大きな窪みが自転車の行く手を阻んでいる。
空き家に通ずる貴重な一本道だ。
それが通れないとなると来人には厄介極まりない。
「さすがに修理されないだろうな」
クレーターのそばの比較的平たい場所に自転車を停めて。
窪みを越え、昨日と同じように空き家へと来人は向かう。
天風にさらされた廃墟は荒れ果て朽ちている。
晴れた昼間と暗い夜に見るのとでは。
また違った不気味さをその家は醸し出していた。
「昨日の夜こんな所にオレいたのか」
改めて足を踏み入れる気分になれない。
気乗りしない。
それでも妹との約束を果たさないと。
真昼の空の下、来人は空き家への侵入を試みる。
濡れたコンクリートを掴むのも。
雨水を吸った雑草と土も。
空き家の障害のどれもが来人の衣服を汚していく。
「こんな目に合わせやがって」
慣れない着地の衝撃も今回はそこまで大きくない。
湿った雑草をかき分けて来人は玄関のドアへと行く。
「ったく」
不満はあるもののそれももう少しの辛抱だ。
不快感を我慢して来人は進む。
妹とかわした約束を守るためにも。
来人は空き家の玄関に手を掛けた。
「おかしいな。昨日は開いていたのに」
内側からロックされているためドアが閉まっている。
何度も来人は開けようと試すも一向に開く気配がない。
行き詰ってドアを殴りかかろうとした時だ。
殴る寸前で来人は妹の言葉を思い出した。
「夜しか開いてないんだっけ」
結局来人は帰宅した。
いつも来人は誰かに振り回されてばかりだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
中盤がいよいよ始まります。
物語としては大きいパートになりますが楽しんでお読みいただければ嬉しい限りです。
次回更新は2/20の17:00頃の予定になります。




