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それの鼻を俺はつついてみる。
「んっ」
生きてはいるようだ。
深いフードをかぶっているので外してみると、思わず息をのんでしまった。
それはあまりにもきれいな、女の子だった。
「なんでこんなところに女の子が、あ」
見てしまった。
頭の上に耳があるのを。
それも、猫のような。
「レイヤーか? でも妙に出来がいいカチューシャだな」
動いてるし、妙に温かい。
でも、獣人なんて夢物語の住人だし、どうせ横には普通の耳が
「無い」
本当に獣人!?
でも、人狼やミノタウロスのような魔物はもっと高レベルのダンジョンにいるはずだ。
寝ている間に始末するか?
でも、テイムできるモンスターの可能性も残っている。
どうするべきか。
「うん、あれ?」
お、起きた!
思わず距離をとる。
一本道のこのダンジョンに隠れる所も無ければ初心者である俺には武器も無く、ただただ距離を開ける。
「ここ、どこかしら?」
やっぱり人間だ。
だって言葉をしゃべるのだから。
モンスターはテイムすれば簡単な感情を読む事はできるが、コミュニケーションを取ることはできない。
言葉を理解ししゃべるほどの知能が無いからだ。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、あなたは」
そう彼女は言いながら少し距離を開ける。
警戒しているのだろう。
まあ、起きてすぐによく分からない男がいれば、不審に思うのは当たり前だ。
なら、とりあえず。
「高藤 優輝だ。よろしく」
「あ、はい。ミラーハ シェフィルです」
「外人さんかな? とりあえず、ここはダンジョンの中なのですが」
「ええ。そうなのですね。私もダンジョンの中にいたのですが、落とし穴の罠にはまって、気づいたらここに」
このダンジョンは他のダンジョンとつながっていたのか?
確かダンジョン同士は干渉しあわないはず。
だから、ダンジョンは他のとある程度離れた場所に出現するのだ。
さて、どうしたものか。
「怪我とかは大丈夫か?」
「ええ。だいじょうっつ!」
立ち上がろうとした彼女は苦悶の表情を浮かべる。
足でも痛めたのだろう。
仕方ない、本当は有事に備えて持ってきたものだが。
「これ、使うぞ」
「それって、ポーション?」
「ああ、そうだな」
元々は親父のだが、使っても大丈夫だろう。
親父も女の子にはやさしくとか言っていたしな。
「だ、ダメよ。そんな高価な物」
「高価? この等級だったら一本三千円もしないぞ。まあ、安くはないが、びっくりするほど高い物でもないだろ」
「三千“えん”?」
「うん」
もしかして、海外の人には円って言っても分らなかったかな。
だとしたら。
「三十ドルだ」
「どる?」
「ドルも分らないか? 一番有名なお金の単位だが」
「私はピスしか知らないけど」
「どこの通貨だ?」
「リゼルバルト帝国の」
どこの国だろうか?
聞いたことも無い。
でも、この子が出てきた黒い穴はただの落とし穴の出口とは言い難いものだった。
もしかしたら、違う国のダンジョンから飛ばされてきた可能性もあるのではないだろうか。
「とりあえず、使うな」
「はい」
彼女は靴を脱いで右足を見せる。
その足首は赤く腫れていた。
骨折までは治せないので、捻挫程度だといいのだが。
ペットボトルからミドリの液体を患部に垂らす。
そして、半分ほどかけると赤みと腫れが引いたのだった。
「どう?」
視線を上げると彼女の表情は驚愕を示していたのだった。
ポーションを使ったことが無いのだろうか。
「人族がやさしい」
「ヒトゾク?」
「だって、人族はみんな野蛮で、獣人族を奴隷のように扱うと!!」
「ど、奴隷!?」
いつの話をしているんだ。
現代日本で奴隷は違法だし、世界で見ても奴隷を許している国のほうが少ない。
それに、獣人って。
「君は獣人なのか?」
「そうよ。加えて言えば獣人国家ミラーハの王女よ」
王女。
王女ですか。
コスプレしているキャラの設定とかの方が助かるけど、この感じ、ちがうんだろうな。
よく見ると瞳とかも猫みたいだし、尻尾もくにゃくにゃと本物のように動いている。
獣人なのか。
うん。
「ミラーハ様」
「何かしら」
「たぶんですが、ミラーハ様は世界を越えて来られたと推測できます」
獣人なんてモンスター以外で発見されたなんて話聞かないし、リゼルバルドなんて国も知らない。
俺が無知なだけかもしれないし、隠れているだけで獣人はいるのかもしれない、けど。
ダンジョン産の武器や道具の中には現代科学では証明できない素材で出来ている物も多いし、装飾の中にどこの国でも使われていない文字が刻まれていることもある。
そのことから違う世界で作られた道具ではないかと言われているのだ。
「?」
俺の言葉が理解できなかったのか、彼女は可愛らしく小首をかしげる。
なのでもう一度同じ言葉を返した。
しばらくして。
「新手の詐欺?」
「きっとそうだった方がミラーハ様にはよかったと思いますよ」
「外に出ればわかる事だわ」
ちょっと面倒臭くなってきたし、ここで別れようかな。
テイムできるモンスターでもないし、探索者仲間が欲しいわけでもない。
それに、一緒にいると大変な目に合うのは火を見るよりも明らかだ。
「そうですね。では、この道をまっすぐ行けば出口ですよ」
「そう、あなたは?」
「ボスを倒してから行きます」
「分かった。なら、手伝ってあげる」
何がどう分かったら、手伝うになるんだ?
どうにか断れないだろうか。
「でも、この先のボスってミドルスライムなので、一人で大丈夫です」
「ダンジョンって何が起きるか分からないのよ。ミドルスライムが百パーセント出るわけでもないでしょ」
「レアモンスターなんて危険度1ではほぼ出ないですよ。それこそ何万分の一。しかも、出てもビックスライムだ。たぶん大丈夫ですよ」
「ミドルとビックの強さは雲泥よ。甘く見ない方がいいわ」
これはどうやってもついてくるつもりなのだろう。
仕方ない。
自分にそう言い聞かせてボス部屋の扉を開けるのだった。
「ほら」
「マジか」
広い部屋の中にはその半分を占めるほど大きなビックスライムが鎮座していたのだった。
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