第09話 50人目を取れゲーム・その6 「私は棄てられた民の50人目としてあなたを選ぶ」
中庭には49本の光の柱が並んでいた。私とアネットが救いたいと選んだ49人だ。『50人目を取れ』ゲーム、次は50人目、それを選ぶのは私。
はじめ私は引き分けにできないぐらいなら自分で負けを宣言してやるつもりでいた。誰かを不幸にするぐらいなら自分が不幸になればいいと思った。でもそれじゃ全員が不幸になる。
あけぼの、私、分かった気がするよ、誰を選べばいいのか。
「私の番だよね、ゲームマスター」
「おっしゃるとおりです。それでは50人目を、勝利の条件となる最後の1人をお選びください」
兎の男が高らかに宣言する。
私は大きく息を吸い込むと力一杯に叫んで指差した。
「50人目、私はアネットを選びます!」
中庭が一斉にざわつく。それはそうだ、だって私はプレイヤーを選んだのだから。
「そのようなこと、許されるはずがありません!」
明らかに動揺したような声で兎の男が否定する。それが更に中庭を騒然とさせた。
「なに言ってるんだ、お前」驚いたアネットが上体を起こす。
「私は棄てられた民の50人目としてあなたを選ぶ」
「無効です、そのような選択など――」
「ふふ、はははっ」突然の、皮肉をたっぷりまぶした笑い声。
兎の男とアネットの視線が私に向けられるけど、笑ったのは私じゃない。
「玲奈、よくひとりで気づいたな」
兎の男を止めたのはあけぼのだ。あけぼのはすとんと地面に降りると悠々と兎の男に近づく。みんながこの小さな灰色の猫に注目する。
「ルール上有効だ、兎男」
「どう有効だとおっしゃるのですか」
「お前は『ここにいる100人から選べ』と言ったが、その100人が誰かとは言わなかった。お前は100人に印を付けておくべきだった」
「そのようなことは必要ありません。何故ならその100人とは中庭にいる棄てられた民のことなのですから一目瞭然」
「その一目瞭然という前提が覆った。あるひとりの少女の行動によってな」
「何を馬鹿なことを。ここに居る100人――」
なにかに気づいた兎の男の言葉が止まる。まさか、と漏らす兎の男に、あけぼのは口角を上げてニヤリとした。
「今この中庭には101人の棄てられた民がいる」
今なら分かる、あけぼのがよく見ておけと言ったのはこのことだと。あけぼのはアネットが棄てられた民だってことにいち早く気づいたんだ。アネットが中庭に降りた時点で対象となるべき100人は誰なのか、それがあいまいになってしまっているこの現状を。
「アネットは棄てられた民の人なんだよね? だから100人全員、助けたかったんだよね」
「そーだよ、悪いかよ。そんなこと聞いてなんなんだよ。勝者の余裕ってヤツかよ」
私の質問に、アネットはそう答えるとそっぽを向いてふてくされる。
うん、これで私は勝ったけどアネットは負けない。
「兎男、分かってると思うが、玲奈は50人目を選んだ。これで玲奈の勝ちだ。そしてアネットは負けた。だが、アネットは救うべき50人目だ。負けたのに救う、それで敗者といえるか?」
「なんですかそれは!」突然、地団駄を踏んだ兎の男はそのまま地面を蹴って宙に舞った。そして私たちを見下ろすと、
「このようなゲーム、無効と言わざるを得ません。馬鹿にするにも程があります。ふたりとも失格です。失格、失格!」
「無効にした時点でゲームは成立しなかったことになる。してもいないゲームでふたりとも失格というなら、初めからゲームなどさせずにふたりとも【奈落】に落とせばいいだけだ」
しれっとした顔であけぼのが口にする。
あんまり刺激しないで欲しい、それでほんとに失格になったらどうしてくれるの。今は全員が助かる方法を考えるべき。
「あの、ゲームマスター。これは『引き分け』、なんだと思う」
「それではどちらを次のゲームに進出させればよいか判断できません」
「それならふたりとも進出は? 私とアネットがチームを組む、そうすれば次のゲームに進められるでしょ」
「なんだよそれ!」
立ち上がったアネットが詰め寄ってきたので、私はまあまあと落ち着かせる。それを見てあけぼのが苦笑いをした。
「玲奈にしてはいいアイディアだが、チームとはな」
「だって、引き分けってことはこのデスゲームから抜け出せないわけでしょ。だったらチームになった方がいいと思うんだけど」
「俺は玲奈さえ勝てば他の奴はどうでもいい」
「またそんなこと言って、今からでも負けました宣言してもいいんだよ」
その言葉にあけぼのは尻尾を下げてげんなりした顔をする。いま気づいたけど、あけぼのは猫のくせに表情が人間っぽい。
「おい、あたしは仲間になるなんて言ってない」アネットが食い下がる。
「でも引き分けにしないと、ここにいる100人のうち50人しか助からないんだよ」
「そ、それはそーかもしれないけど」途端にアネットの語尾が弱々しくなる。
「なるほど、『引き分け』、ですか。それは素晴らしい。これからが更に楽しくなります!」
頭上から兎の男の声が降ってくる。見れば、さっきまでの狼狽えぶりなどなかったかのように優雅に人形を撫でている。また酷いことを思いついたに違いない――その豹変ぶりに私は鳥肌が立つのを感じた。
「レナ様のご提案、お受けいたします。ただし、幾つかの条件がございます。1つ、おふたりのうちどちらかでもゲームに敗北したらおふたりとも負けといたします。2つ、これからのゲームではおふたり同時にゲームに参加することがあります。3つ、カール王太子の婚約者となるのはあくまでもおひとり、必ず決着をつけていただきます」
「100人の棄てられた民はどうなる? 裁かれるべき敗者がいない以上、彼らだけペナルティを受けるのはおかしいと思うが、まさか、な?」
間髪入れずにあけぼのが口を挟む。そうか、後で話を覆されないように兎の男から言わせたいんだ。
「ゲームが無効である以上、誰も特典を得られませんし、誰も罰は受けません――これでよろしいですね」
憎々しげに声を絞り出す兎の男の声に、あけぼのはブルーとジェードグリーンの目を細める。ほんと、こいつは誰に対しても憎たらしい顔をする。
兎の男が指を鳴らすと100人の棄てられた民が瞬時に消えた。
「お、おい、みんなをどーする気だよ!」アネットが叫ぶ。
「全てはなかったことになったのです。彼らが元いた場所、この旧都の地下街、薄暗い自分の住処に戻っただけです」
「妹は無事なんだろうな」
「全てはゲームのルールに支配され、ルールによってのみ裁定されます。ゲームにおいてそうならない限りは、ですが」
兎の男は仰々しくお辞儀をすると透明になって消えていった。
私の隣ではアネットが安堵の息をつく。よかったよね、本当に。
視界の端ではあけぼのの揺れる尻尾が映る。
こうして私たちの『50人目を取れゲーム』は終わった。
ここまでお読みくださり本当にありがとうございます。
デスゲーム「50人目を取れゲーム」のその6、これで決着となります。
玲奈もアネットも負けないよう、玲奈はこの方法を考えました。このクリア方法を少しでも「面白い」と思っていただければ幸いです。
このような形で玲奈とあけぼののデスゲームは続きます。
次の対戦相手はイムという少女です。
どのようなゲームとなるか楽しみにお待ちください。
次回投稿は土曜日の夜となります。
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