第08話 50人目を取れゲーム・その5 「このふたりを選ぶよ。これであたしは終わり」
旧都に残された100人の棄てられた民たちから救いたい人を選んでいく「50人目を取れ」ゲーム。私とアネットで交互に選んでいくけど、一回につき最大3人までしか指名できない。
47人目を選ばなくてはいけないアネットは今、手すりをよじ登るとバルコニーから飛んだ。
「ええっ!」
アネットのバルコニーはビルでいえば2階と3階の間ぐらいの高さにある。下を覗き込めばちょっと怖いと思える高さだ。それを彼女は躊躇うことなく空中に身を投げた。
危ないと思った時には彼女は軽やかに地面に降り立った。すごいと思う間もなく彼女は群がる人々を押しやって何かを捜すように走り出す。
「31、32、33、34――」
宙に浮かぶ兎の男は愉快そうに数字を読み上げる。
120を言い終わるまでにアネットは選ばなくてはいけない。そして、最後に選んだ人が50人目でなければこのゲームの勝者になれない。けれども、彼女が選べるのは3人まで、47人、48人、49人だ。
彼女は近くの人を捕まえては顔を覗き込み、違うと分かると次の人を捕まえて顔を見る。その間にも迫り来る人たちが彼女のドレスの袖や裾を掴んで振り向かせようとする。「自分を選んでくれ」、異口同音で皆がすがりつく。
「放せってんだ!」
アネットの叫びと共に光の柱が1本、中庭に立つ。掴んで放さない1人を苦し紛れに選んだのだ。
それが呼び水となって人々が彼女に襲いかかる。髪を掴み、押し倒し、のしかかるように取り囲む。
言葉にならないアネットの悲鳴が中庭に響きわたる。
――助けなきゃ!
気づいたときには私もバルコニーの柵を跳びこえてた。
にゃん! と聞こえたのはあけぼのが肩に飛び乗ったからだ。
ふわっとした浮遊感を感じながら着地の心配が心をよぎったけれども、次の瞬間には私は何事もなく中庭に降り立っていた。
なにこれ、魔法? 分かんないけど、今はそんなこと後回しだ。
「いい加減にしなさい!」
走りながら地面を蹴るとまるで羽が生えたかのように体が舞う。ひるんで後ずさる人々をかき分けてアネットへと辿り着く。
「誰も助けてくれなんて言ってねーよ!」
助け起こそうとする私の手を払うと、アネットはひとりで立ち上がりドレスの乱れを整えた。
その間、私は人々が近づいてこないように睨み付けたが、みんな棒立ちになって黙って見ているだけで動こうとする人はいなかった。
「83、84――レナ様。アネット様の順番でのこのような乱入、ゲームの妨害と受けとめざるを得ませんが」
空中の兎の男がゆっくりと私たちの前に降りてくる。地面に足が着く頃には、棄てられた民たちはより一層遠巻きになっていた。
ゲームマスターのくせに、どうして見ているだけでアネットを助けなかったんだ。
「アネット様が勝手に中庭に降りたのがいけないのです。自分の生殺の権利を握っている者が目の前に現れれば、誰もが冷静ではいられないでしょう」
「だが、中庭に降りたら失格とは言っていない」
肩に乗っていたあけぼのが私の髪の間から顔を出す。兎の男の動きが一瞬止まる。
「だからお前は、中庭に降りたアネットには何も言わなかったが、アネットを助けようとした玲奈には警告を出した」
「それが何か?」
「玲奈はアネットを妨害していない。指一本触れていないからな。群がる群衆にも何もしていない。つまり、アネットと同じように玲奈も中庭に来ただけだ」
「ですが、レナ様の行動によって私のカウントが止まってしまいましたが」
あけぼののブルーの左目が光り、はん、と声を上げて鼻先で笑う。
「お前がゲームマスターとして未熟なだけだろ。この程度でカウントできなくなるぐらいならゲームマスターを降りた方がいいんじゃないか」
兎の男の仮面からパキッと音がしたのは、仮面に触れていた手にすごい力が加わったからだ。
煽ってる、思いっきりあけぼのが煽ってるよ。
ハラハラする私を尻目に、あけぼのはゆらゆらと長い尻尾を揺らす。その余裕はどこから来るの?
「なるほど、これは一本取られました。確かにカウントを止めたのはわたくしのミス。わたくしはあなた様を過小評価していたようです、どうかお許しを」
深々と頭を下げる兎の男だったが、これまでのことを考えれば信用できるわけがない。次にどんな難癖を付けてくることか。
「失敗は真摯に受けとめ反省し、次に生かせばよいのです。それでは続きを」
「ちょっと待てよ!」
兎の男を止めたのはアネットだった。
「妹はどこにいる? 妹は助けてくれるって言ったじゃねーか!」
妹? この中にアネットの妹がいたっていうの? それをずっと捜していたってこと?
アネットの言葉に兎の男は肩をすくめる。
「わたくしは約束を違えてなどおりません。アネット様のご令妹様は今でもご存命です」
「でもここにいねーじゃねーか」
「ええ、ここにはいません」
「ここにいないって――だったらどうやって助けろってんだよ!」
それってどういうこと? どうしてアネットの妹がここに居ることになるの? 中庭にいるのは旧都に置き去りにされた棄てられた民だけの筈。
「つまり、アネットもその妹も棄てられた民ってことだ」
あけぼのが私の耳元でささやく。
「そうでなければ100人全員を助けろと言ったり自分の番のときに血眼になって人を捜したりなどしない」
それってつまり、アネットは棄てられた民の1人ってことだ。そう考えればこれまでの彼女の行動の1つ1つに説明が付く。だからアネットはみんなを助けたいし、妹は確実に助けたい。
視線を動かすと、兎の男がアネットに向き直って指を立てていた。
「アネット様はひとつ勘違いをなさっています」
「何が違うんだよ、嘘つきウサギ!」
「わたくしがアネット様に約束したのは『あなたがゲームに参加するのであればご令妹様を救う』です。つまり、命は取らない、それだけです」
「そんな。救うって言ったら、この旧都から出すってことじゃねーのかよ」
「それはアネット様が勝手に勘違いをなさっただけ。ですが、それについてもわたくしは嘘を申してはおりません。アネット様がゲームで生き残り、王太子の婚約者となった暁にはどんな願いでも叶えられるのですから」
「――なんだよそれ、最後までゲームをしてろってのかよ」
力なくその場に崩れ落ちるアネット。
仮面だからそんな筈はないのに、兎の仮面が歪んで笑ったように思えた。
「それではカウントを再開しましょう。85、86、87――」
中庭に兎の男の声だけが流れる。
それはまるで聞く者の動きを止める呪文であるかのように誰も動かない。私もどうすればいいか分からなかった。
そんな世界で唯一動いたのは彼女だった。
「あんた、お兄ちゃんかい?」
気づけばアネットは小さな男児と女児に歩み寄っていた。ぼろぼろになった袋を身にまとっている、そんな小さなふたりだ。
アネットを見て女児が男児の影に隠れる。それを男児が体を張って守ろうとする。アネットの伸ばしかけた手が一瞬止まる。
「112、113、114――」兎の男の声だけが続く。
「しっかり守ってやりなよ、お兄ちゃん」
アネットの手が再び動き、男児の頭に触れる。男児は体を硬直させたまま動かず、女児はそんな彼に必死にしがみついている。
その姿を見てうっすらと微笑んだアネットはひと言、
「このふたりを選ぶよ。これであたしは終わり」
その言葉と共に男児と女児が光の柱に包まれる。同時にアネットはその場に倒れこんで大の字になった。
彼女は最後に救いたい人を選んだ。100人を救うことはできなかったが49人は救うことができた。今の彼女は目をつむり満足げに笑っているけれど、いったい何を思っているんだろう。
彼女の顔を見ていて、突如、私の脳裏にあるアイディアがひらめいた。
これで終わっていいはずがない、まだやれることがあるはずだ。
「あけぼの、私、前に言ったこと、取り消す」
返事の代わりにあけぼのの尻尾が私の顔の横で揺れる。
「私、50人目、選ぶから」
あけぼののジェードグリーンの右目が私を見つめた。
ここまでお読みくださり本当にありがとうございます。
デスゲーム「50人目を取れゲーム」のその5となります。
次回で「50人目を取れゲーム」の決着がつきます。
どうやって引き分けにするのか楽しみにお待ちください。
次回投稿は明日の夜となります。