第07話 50人目を取れゲーム・その4 「いっそやることやって死になさい、根性なし」
カール王太子の婚約者となるためにデスゲームに参加している私たち――と言っても、私は婚約者になるよりもこのゲームから逃げたい、ここにいる全員と。
アネットは信じてくれているか分からないけど私は本気だ。だから「50人目を選ばずに負けを宣言する」と言いきった。
言ってしまったからには、アネットもみんなも誰も傷つかずに今のゲームを終わらせる方法を考えなければならない、50人目を選ぶ時が来るまでに。
「いま何人目まで選択されたかも覚えていないくせにか」
あけぼのが嫌みったらしくひとり言を言う。小猫のくせに生意気で可愛げがない。
「悪うございましたね」と、こちらもひとり言で嫌味を言いながら、あけぼのと一緒に中庭と反対側のバルコニーを見た。
中庭にいる100人の棄てられた民のうち、私かアネットに選ばれた人は光の柱に包まれ、そこから動けなくなるようだ。
動ける人たちだけが「今度こそ自分を選べ」と選択者のバルコニーの下に群がる。響き渡る怒声と悲鳴はアネットの番であっても聞いていて胸が痛い。
青空の下、むごたらしい情景を見て喜んでいるのは宙に浮いている兎の男ぐらい。
赤いドレスを着たアネットは、中庭の人々より更に険しい顔をして誰かを捜しているようだった。
「アネットは誰を探してるのかな」
「家族か友人、どちらにせよ近しい人だな」
「どうして分かるの?」
「単なる状況証拠の積み重ねだ。それより玲奈は全員を助ける方法を見つけたのか」
それを指摘されると辛い。
結局、あれからアネットは私がどれだけ呼びかけてもまともに口を利いてくれない。
私の番のときに誰も選ばない作戦をしようとしたが、兎の男から「おふたりともどうも長考が過ぎるようです。このままではいつまで経ってもゲームが進みません。今後は私が120を数え終わるまでに選択してください。これを過ぎた場合、救える民の数をひとりずつ減らしていきます」と先手を打たれてしまった。
それ以外に何も思い浮かばずにゲームだけが進行しているのが現状だ。
ひとりで駄目ならふたりなら――だから、あけぼのにも一緒に考えてもらいたいのだけれど。
「あれだけ大見得を切って自分では駄目でした、か?」
「あけぼのだって偉そうに『私を負けさせない』とか言ってたよね?」
「『お前を勝たせる』だ――まぁいい。今度の玲奈の番で46人目だ。分かってるな?」
「ひとりだけ、なんでしょ。分かってる。それよりこのままだと私、『負けました』って言うからね」
あけぼのは返事の代わりに前足を動かして前を向けと指図する。
相変わらず何を考えてるのか分からない。けれども、私が「負けました宣言をする」と言ったときにそんなに慌ててなかったところをみると、何か方法を思いついているのかもしれない。だったら早く教えてくれればいいと思うのだけれど。
兎の男にうながされて私は中庭に目を落とす。
半分の人たちが光の柱に包まれ、残り半分の人たちはバルコニーの下で私に手を伸ばし、すがるような視線を送りつけ、口から呪詛のような言葉を漏らす。その光景は長い間、直視できない。
空から兎の男のカウントが始まり、私は最初に目が合った人を選ぼうと視線をさまよわせた。
左右の石壁を気にしながら四角い中庭に一気に意識を集中する。次の瞬間、眼下の青年と目が合った。
私は何も考えないようにしながらその青年を無言で指差すと手すりから離れた。
これで私の番は終わり。ふぅーと大きなため息をつくとあけぼのが近寄ってきた。
「アネットは47人目、48人目、そして49人目を指名して終わる。彼女が3人選ばなかったとしても玲奈には必ず50人目が回ってくる」
「だからって、みんなが助からないんなら私は50人目は選ばないからね」
「分かってる。お前が50人目を選択しないでじっとしてれば、120秒後には救える人間が1人減って49人目を選んでいたアネットが勝利することもな」
あけぼのに指摘されて初めて、私は兎の男が追加したルールの恐ろしさに気づいた。
救える人の数が減るってことは、勝利の条件が変わるってことだったんだ。
「だから俺はそうならない方法を考えてる」
冗談でも「なら負ければいい」と言わないところを見ると、あけぼのが私を勝たせたがっているのは本当のことに思える。なんだかそこだけは信頼できる、どうしてそう思えるのかは分からないけれど。
だったらいい加減、どんな方法をひらめいたのか教えてもらいたいのだけれど、
「それを説明するのはまだ先だ」
「ケチにゃんこ」
「九九を習ってない奴にかけ算の問題をやらせても解けないし、答えを聞いても理解できない」
今のお前はそれと同じだ、と鼻で笑うあけぼのはやっぱり可愛げがない。わざと私をからかってるんだ。
私がふくれているとあけぼのが軽い身のこなしで肩まで駆け登った。
「アネットをしっかり見ておけ。それが引き分けの鍵になる」
そう言われては見ないわけにはいかない。
見れば、アネットは遠くからでも分かるくらい深刻な顔をしていた。どう数えても自分は50人目を選べないことに気づいたんだと思う。
そんなアネットに向かって、空中の兎の男がくぐもった笑い声を漏らした。
「次はアネット様の番ですよ」
「ま、待てよ! 少しは考える時間をくれよ!」
「考える時間、ですか。アネット様とレナ様であと4人を選ぶだけです。何を考える必要があるのでしょうか」
「だって……このままだと……負け、ちまう」アネットの声が小さくなっていく。
「でしたら負けを宣言なさい。どうせ勝てないのですから、いっそやることやって死になさい、根性なし」
頭上から無慈悲なひと言が浴びせられる。アネットは負けたくないって知ってるくせに酷すぎる、あの兎の男!
「これは異なことを。アネット様の敗北宣言はレナ様にとって喜ばしいこと。レナ様はご自分がおっしゃった『50人目を選ばない』を守ったまま勝利することができるのですから。それを知りながらわたくしの発言を否定するとは、その厚顔無恥ぶりは賞賛に値します。ああ、これがレナ様の目指す『引き分け』なのですね、いやいや、勉強になりました」
空中で芝居がかった動作で頭を下げる兎の男が私を嘲笑する。こいつはここにいる全員を蔑んで貶めないと気が済まないのか。
「よせ。あんな奴の挑発に乗るな」あけぼのが私の耳を噛んで引っ張る。
「余計なこと言ってペナルティを食らいたいのか」
「分かってるけど。あいつが言ってること、あんたと同じくらいにムカつくんですけど」
「あんな兎男と俺を同類にするな」
「一緒でしょ、みんなを見下してて」
「それは明確に否定する。あの兎男は全員を見下すが、俺は玲奈にしかそんなことしない」
はぁ? この猫、今なんて言った? 私にだけそんなことしてたんかい。
「そんなことより、お前は今、何に対して怒っているのかもう一度よく考えろ」
よく考えろって、元はといえば兎の男がアネットを追い詰めておいて負けを宣言しろなんて言うからで、だから許せないのは兎の男で――あれ? じゃあなんで私、あけぼのと言い争いをしてるわけ?
「落ち着いたんだったらそれでいい」
気づけばあけぼのは私の頭の上に乗っていた。いよいよこいつは肩だけでは飽き足らず更にその上を目指してきた。
ふざけるなと手を伸ばすと、あけぼのはくるりと回って床に着地した。
「それではアネット様、救うべき哀れな民をお選びください。カウントを開始いたします。いち、に、さん、よん――」
あけぼのを睨み付けてる間に兎の男がカウントを始める。
気になってアネットに視線を移すと、彼女は中庭を覗き込むためにバルコニーの手すりをよじ登り――赤いドレスのスカートを美しくはためかせながらそのまま飛んだ。
「ええっ!」
飛び降りてどうするの、アネット!?
ここまでお読みくださり本当にありがとうございます。
デスゲーム「50人目を取れゲーム」のその4となります。
今でしたら簡単に最新話に追いつきますので、通称「悪デス」をデスゲーム好きの方にお薦めいただければ幸いです。
毎日更新はなかなか難しいことが分かりましたので、無理はせず、次回投稿は今週土曜日の夜となります。