第22話 陣取りゲーム・その2 「そのもがきあがく姿こそ、私のソフィーが最も鑑賞したいこと」
「おこなっていただくゲームは『陣取りゲーム』となります」
兎の男がゲーム名を口にした途端、広間の灯りが消え、チェス盤のような床だけが妖しく光り始めた。驚いて足元に目を遣ると、エレベーターが動いたかのように床の全面が宙に浮いたように感じる。左右を見ると壁はいつの間にか消えており、玉座だけが離れたところに見えた。
上を見ても周りを見ても暗い虚無が広がっている。黒く蠢いて音も光さえ飲み込むもの――【奈落】の中に床と玉座が漂っていた。
「それではルールを説明いたします」玉座へ座った兎の男は人形の頭を撫でながら説明を始めた。
兎の男いわく『陣取りゲーム』とは、落ちることのない床のマスを見つけてそこに立っていればいいというルールだった。ゲームがスタートすると、鐘の音と共に床のチェス盤のようなマスがランダムに消えていくのでそれに巻き込まれないようにすること。
落ちたら敗北、というか実際には【奈落】に吸い込まれて消えてしまうということだろう。
「ちなみに、レナ様、アネット様、イム様は3人で1つのチームとなっておられますので、お三方のうちひとりでも床から落下なさった場合、残りのおふたりも同時に敗北といたします。自動的におふたりの床のマスが消えるとお考えください」
仮面の下の表情は分からなかったけれど絶対に笑ってる、そう思わずにはいられないほど兎の男は声が弾むのを堪えているのが分かった。
私たち3人のうち誰かひとりでも床から落ちたら負けということは、3人とも落ちることのないマスを見つけなければいけないということ。
顔を上げてふたりに目を向けると、アネットの肩に乗るあけぼのが何か小声で話しているのが見えた。アネットやイムには言えて、私には言えないことを話してるんだろうな。
たまらなくなって顔を背けると兎の男と目が合う。仮面の奥にあるブルーアイズに見られているとはっきりと分かった。
「レナ様に限ってそのようなことはなさらないと信じて疑いませんが、ここに来てのチームの解消は不戦敗となりますのでご注意を」
「そ、そんなこと言ってないでしょっ」
「それは大変失礼いたしました。レナ様のお顔に書いてあったように見えましたもので」
組んだ足を崩すことなく謝罪を口にする兎の男は、私たちがギクシャクしているのを一瞬で見抜いたに違いない。何しろ私に見せつけるように仮面の上から口元を押さえて笑うのを堪えているのだから。
「可哀想なレナ様にわたくしから1つアドバイスを。【奈落】に落ちたと判断されたものにつきましてはゲームマスターであるわたくしが厳正に処分いたしますので、大切なものは手放さぬようおきをつけください」
「そんなの当たり前でしょ」
「大切なことは大切なものを大切に思うこと。分かってらっしゃるならそれでよろしいかと」
それだけ言うと、兎の男は膝に乗せていた女の子の人形に聞き耳を立てた。もちろん人形は何も言ってない。けれども兎の男は何かを聞き取ったのか、ひとり大きくうなずき手を上げると、
「ソフィーが早く皆さまのゲームを見たいそうです。それでは『陣取りゲーム』スタートです」
鐘の音が、黒く蠢く【奈落】中にこだまする。床全体が白く光ったかと思うと、光に包まれなかった床の四辺が瞬時に消えた。
私たちは床から照り返る光を受けながら互いに距離を取り始めた。これは『陣取りゲーム』、最後まで消えないマスを見つけてそこを押さえればいいはず。でも、消えないマスってどう探せばいい?
床を見渡していると幾つかのマスが輝きを失っていく。近くにいる白い令嬢のマスも光を失ったのと同時にまた鐘の音が響く。
「ふぇっ!?」
彼女の気の抜けた声はほんの一瞬だった。彼女は私の目の前であっけなく落下すると、瞬時に【奈落】に飲み込まれた。駆け寄る時間も手を伸ばす時間もなく、それは本当に一瞬の出来事だった。
え、こんなあっさり消えちゃうの? 慌てて周りを見ればアネットもイムも他の令嬢たちもまだこの床上にいた。落ちたのは彼女ひとり、そして光を放たなくなったマスも消え、黒く蠢く【奈落】が顔をのぞかせた。
「さあ、次はもっと難易度が上がりますよ!」
宙に浮かぶ玉座から、喜びで跳ね上がった兎の男の声が降ってくる。その声に応えるように床の全てのマスが点滅を開始する。
そうか、鐘の音がしたときに光るマスに立ってさえいればいいんだ。
そう思った瞬間、再び鐘が鳴る。私は慌てて隣の光るマスに飛び乗った。四つんばいになって床にしがみつく私の後ろでマスが消えた。
私ですらギリギリなのに松葉杖のイムは大丈夫なの!? 急いでイムの姿を探すと、イムはアネットに背負われていて無事だった。紫とピンクの令嬢もまだ光の中にいた。
それから数回にわたり、私たちは光るマスを求めてひたすら駆け回った。鐘の音が鳴るまでの間隔は、長いときもあれば短いときもある。そのように長短を織り交ぜてくるので、気を抜く暇もなく、私たちは光るマスを目指してただ走るしかなかった。
それを何度くり返しただろう。床のマスはいつの間にか半分以下になり、場所によっては【奈落】を跳びこえなければ隣のマスに行けない場所も出来ていた。
「さて、ここからが正念場です。勝ち残るにはどうすればよいか、今一度、考えてください。そのもがきあがく姿こそ、私のソフィーが最も鑑賞したいことなのですから!」
これ以上やれば次は必ず誰かが落ちる。それはひとりだけとは限らない、一気に複数人が落ちることだってあり得る。
あけぼのの言葉を思い出す――「シンプルで確実な方法」、うん、あけぼのの言うとおりだ。このゲームに引き分けなんて無理、単純に誰かが落ちるゲームなんだ。
そう思った私の脳裏に、突然、「トリックスターの遊戯」の場面が浮かんだ。同じゲームで女主人公はまるで踊るかのように優雅にマスの上を飛び回っていた。彼女の肩には小猫が乗っていて、その名前が――。
「もーいやなのねん。もー耐えられないのねん」
意識がここに戻ったのは、前のマスでへたり込んでいたふくよかなピンクの令嬢の呟きが聞こえたからだ。見れば、つぶらな瞳に目一杯の涙を浮かべてすがるように私を見ている。
どうにかすれば助けられるかもしれない。そして、それはすごく難しいことだって分かってる。
震えながら伸びる彼女の手を、私は無責任に握り返していいのだろうか。難しい、きっと出来ない。けれども、それが手を取らない理由にはならないと思う。手を握って、それからどうすればいいか考えたっていいのかもしれない。
私は、彼女に笑顔を向けるとその手を掴もうとした。その瞬間、
「はは、分かったのねん!」
パシッ、ピンクの令嬢が私の手を弾いた。払いのけられた手の先には彼女の醜く歪んだ顔があった。
「いま気づいたのねん。わたしが助かるにはこうすればよかったのねん!」
不意に立ち上がったかと思うと、彼女は太い2本の腕で私を突き飛ばした。
女性のものとは思えない強い衝撃と共に、私は情けなく床を転がった。
アレ? 人ってこんなに簡単に飛ぶんだっけ? 私はあっけなく【奈落】へ突き落とされた。
ここまでお読みくださり本当にありがとうございます。
陣取りゲーム・その2でした。
このゲームは「陣取りゲーム」という名前ですが、勝利するには陣を取るだけでは不十分です。そのことに早く気づいた人が生き残れます。果たしてレナはどうなるのか?
次回は7月15日(土)の夜の予定です。
次もよろしくお願いします。
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