第20話 幕間・その6 「できれば何も失わずに目覚めて欲しい――」
小鳥遊玲奈が眠るこの病室には、繭のようなベッドと、それと繋がる無機質な計器類だけが存在している。2台のベッドの片方に彼女が入れられていた。
彼女はヘルメットのようなヘッドデバイスをつけており、その表情は分からない。彼女の健康状態を確認するには、BCIMが算出する数値を見るか、人間の五感で確認するしかなかった。
玲奈を触診していた背の高い女性は白衣のポケットから小型のタブレット端末を取り出す。
BCIM――Brain-computer interfaces in medicineシステムは、患者と接触者のバイタルが安定してきたことを示している。患者と接触者の脳内ニューロンの電気信号変換率にも異常値は表示されていなかった。
背の高い女性が目を遣ると、小さな女性がもう1台のベッドに眠る接触者の触診を終えたところだった。小さな女性は黒縁の眼鏡を指で押し上げながらニコリと微笑み返した。
「プログラムも正常に稼働してますし、ふたりの共通記憶心像によって構築された仮想空間も安定してます。今頃は玲奈さんを目覚めさせようと接触をくり返してるんじゃないですかね」
「そう願うしかない、か。少なくとも彼女自身が目覚めたいと思わない限り、あたしたちはもうこれ以上なにも出来ないわけだし」
「〝彼〟も頑張ってる筈です。あれだけリスクを説明しても意志を曲げなかったんですから。井村としては、それだけ想える人がいるのはうらやましいな、と思いました」
小さな女性が興奮気味に話すのを聞き流しながら、背の高い女性はベッドに眠る玲奈に視線を落とす。ヘッドデバイスに覆われた彼女の表情はやはり分からない。
背の高い女性はため息をつくと、ひとり言のように呟いた。
「できれば何も失わずに目覚めて欲しい――なんて、あたしが言っちゃいけないのかもだけど」
ベッドで眠る玲奈は、何も応えなかった。
ここまでお読みくださり本当にありがとうございます。
幕間は今回で終了、前半戦はここまでとなります。
次は後半戦、デスゲームの決勝戦に入ります。
レナ、アネット、イムの3人がどのように協力して決勝戦を戦うかをお楽しみください。
(数時間後に投稿します)




