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第14話 勇者と助けられた魔物ゲーム・その4 「最後のカードを私に頂戴! 最後は私が戦う!」


「レナ様、イム様、おふたりが合意いたしましたので、カード対決の勝敗に関係なく体の一部を捧げることでカードの復活ができる、このようにルールを変更いたします」


 ステージ中央に立つ兎の男が語尾を笑いで滲ませながら宣言する。嘲笑の相手はもちろんアネットの肩に乗る小猫のあけぼのだ。余程面白くなかったのか、あけぼのは冷静を装っているけど長い尻尾だけは毛を逆立てて膨らませていた。


「兎男。そのルール、当然、捨てたカードも復活させられるよな?」

「その手には乗りませんよ。復活させられるカードを増やすことでイム様に揺さぶりをかけるつもりなのでしょうが、そのようなことはお見通しです。それにわたくしが変更したのは、カード対決の勝敗に関係なく復活できる、ということのみ。この“復活”には使用したカードしか含まれません」

「ルールを変更してまでゲームを成立させたいんだな、お前は」

「わたくしはあなたのおっしゃるような一方的な虐殺者ではありませんので」


 兎の男が鼻で笑うとあけぼのが舌打ちして沈黙する。完全に相手のペースだ。

 満足したかのように大きくうなずいた兎の男は、手を振ってアネットとイムをステージの中央に進むようにうながす。

 アネットとイムは中心にあるゲームテーブルを挟んで向き合うと、ほぼ同時に伏せた状態でカードをそこに置いた。

 ふたりが手を放したのを見届けてから兎の男が口を開く。


「それでは、アネット様、イム様。カードをオープンしてください」


 アネットが表にするとカードから赤い光が放たれる。その光が徐々に弱まっていくと銀色の鎧兜に身を包んだアネットが現れた。宣言したとおり戦士のカードの効果だ。

 イムもカードを開く。水色の光の球がイムを包み、その球に浮かんだ彼女の影が姿を変えていく。手足が消え、頭がもげ、輪郭が波打つ不定形な物体の影。

 水色の光が消えたとき、そこには粘り気のある粘液状の魔物の姿があった。4回目となる今回も、イムは助けられた魔物のカードを選んだのだ。


「…………!」


 粘液状の魔物は私には聞き取れない言葉でアネットに呼びかけた。

 アネットにも分からないと思う。けれども、抜いた大剣の切っ先は心の動揺を表しているかのように震えていた。それでも彼女は力を振り絞って魔物に歩み寄る。

 大剣が迫ってきてもなお、魔物は語りかけるのをやめようとしない。イム、違うよ、それは勇者じゃないよ。

 粘液状の魔物を見下ろしたアネットは、両手で大剣を逆手に持ち替え、高く振り上げた。


「アネット、やめて!」

「うるさい! あたしにはこれしかできねーんだよ!」


 私の叫びをかき消すようにアネットが声を荒立てるとそのまま大剣を魔物へ突き刺した。 

 魔物の体から断末魔のような叫び声が上がる。言葉の意味は分からなかったけれど、その声に胸が締めつけられるように痛くなる。

 一陣の風がステージ中を舞った後、声を出さなくなった魔物とアネットは淡い光に包まれると、元の姿へと形を戻した。


「イムちゃん、しっかり!」


 私は急いで駆け寄ってイムを抱きかかえた。

 水色のドレスの胸元に剣で突き刺された跡はない。さっきの出来事はゲーム上のことなので本当に怪我をするわけではないのは分かってる。

 私の腕の中で途切れ途切れに息をする彼女は、精神をすり減らしながら4回もこのカード対決に耐えたんだ。彼女の呼びかけに応えてくれる勇者なんていないのに。


「いよいよ最後、5回目のカード対決となりますが、イム様、いかがなさいますか?」

「少しは待ってやるとか、そーゆーことはできねーのかよ!」

「さすがはアネット様。イム様を4回も無慈悲に刺し殺せる方のお言葉は重みが違う」

「てめぇっ!」


 兎の男に掴みかかろうとするアネットを、あけぼのがポニーテールを口で引っ張って止めた。

 いら立つアネットに「ここまで来てお前が熱くなってどうする」と溜め息をついたあけぼのは、音もなく地面に降りて私に近づく。けれども、私に目を合わせることなくイムの胸に乗って顔を覗き込むと冷たく、


「どうだ、イム。次もできそうか?」


 この人でなし、いや、猫でなし、今のイムを見てなんでそんな酷いこと言えるの!

 責める私にあけぼのは鋭い眼光を向けた。


「お前は何か勘違いしてる。俺はイムにだけ選択を迫ってるんじゃない。玲奈、お前はどうする? 最後まで傍観者でいるか、それとも最後は自らの選択で敗北するか」


 その言葉に私は息を呑んだ。

 そうだ、もし5回目のカード対決となったら私たちには勇者のカードしかない。けれども、イムが体の一部を捧げればさっき使った助けられた魔物のカードが復活する。このカードの組み合わせは私たちの負け。もしイムがゲームの続行を望めば私たちは――


「イム。お前がゲームを続けて勝利しても、そこにはお前が望むような未来はない。あるのは400年という月日が作った残酷な事実だけだ。ゲームに勝って絶望するか、今ここで希望をなくすかの違いでしかない。ならば、今ここで降参した方が勇者の幻を抱いたままでいられる」

「なに言ってるのですか、デス! イムがあと少し頑張れば勇者さまに会えるの、デス。あと少しなの、デス!」


 右手を振ってあけぼのをのけたイムは、支えようとする私を振り払うと、肩で息をしながらヨロヨロと立ち上がった。


「ゲームマスター、イムの右足を持っていってください、デス! だから私にカードをください、デス!」

「ああ、なんと素晴らしく汚れのない純真な感情なのでしょう。ねえ、良いでしょう、これならば良いでしょう?」


 兎の男が声を弾ませながら腕の中の人形に問いかける。もちろん人形はひと言も喋らないが、兎の男はひとりでウンウンとうなずくと、


「イム様の尊きご決断、わたしく心底感服いたしました。せめて苦しまれぬよう一瞬で手続きさせていただきます」


 刹那、イムが悲鳴を上げるよりも先に彼女の体が床に転がる。本当に、あっという間に、さっきまでスカートの裾から見えていた彼女の右足が消えてしまっていた。

 苦痛に顔を歪めるイムは、目の前に現れたカードを右手で抱え込んで丸くなった。すぐにアネットが走り寄って抱きかかえる。


「準備は整いました。どんな結末になるか、わたくしの愛しいこの子に見せてください。5回目のカード対決を、早く! さあ早く!」


 女の子の人形を掲げながら、兎の男は興奮しながらステージ上でクルクルと回る。その異様な光景に私は狂気しか感じなかった。


「これで全てのピースは揃った」あけぼのがふり返って私を見る。


「後は玲奈、お前次第だ」

「そ、それってどういう」

「負けはなくなったということだ。だが、イムをどうするかはお前次第だ。お前はどうしたい?」


 負けがなくなったって今の流れで? 全然意味が分からない。それに勇者なんてとっくにいないのに、イムの願いなんて叶えられるわけがない。


「玲奈がそう思うならお前はそこまでだ。ゲームに負け、【奈落】に落ちて消滅。そしてイムは勇者に会えず、このゲームを続ける意味を見失う」


 いくらゲームの世界だからって、400年前に死んだ勇者に会わせる方法なんて知らない。

 私に分かるのは、このまま負けたら私だけでなくてアネットも巻き添えになるということだけ。

 アネットには悪いことをしたと思う。結局、彼女も旧都の棄てられた民も助けられなかった、みんなで助かるんだって偉そうに思ってたのに。

 それに、できるんだったらイムだって助けたい、だけれど、この時代にいない勇者をイムに会わせることなんてできないんだ。


 アネットに抱きかかえられているイムを見て、踊り狂う兎の男を見て、私はなんて無力なんだと思う。こんな私に何ができるのか、教えてよ、あけぼの。


「お前がアネットを助けようとしたとき、俺はお前を止めた。俺にとっては玲奈以外はどうなろうと構わないからだ。だが、お前は俺の忠告なんて聞く耳も持たずにアネットを救おうとした。それはどうしてだ? 俺が言ったからか? 違う、お前はお前の意思でそうしたかったんだ。考え続けろ、思考停止は後退と同じだ」


 相変わらずの上から目線の言葉だったけれど、私が素直に聞けたのはあけぼのが馬鹿にしたり茶化したりしてないからだ。私のためだけに言ってくれている、そう感じたから受け入れられた。


「私はようやくイムちゃんのことが分かったけれど、それはもう遅すぎるかもだけれど、それでもまだ可能性があるのなら、やっぱりイムちゃんを救いたい」

「ならば、俺やアネットにはなくて、お前にだけあるものが何かを考えろ」

「私にだけあるもの?」

「そうだ。この局面を逆転させるのは、お前がどうしたいのか、その意思の力だけだ」


 そう言ってあけぼのは前を向いた。その先にはアネットに抱かれているイムがいる。

 今のこの世界で私にだけあるもの――それはやり込んだフォーチュネの知識。

 神々が作った地上は生き物全ての楽園と呼ぶにふさわしい場所だったのに、魔王と魔族の出現によって一瞬にして破壊される。神々まで天界に退くほどの力を持った魔王をひとりの勇者が打ち倒す。そして聖ブリリアント王国の誕生。それは400年前の勇者が建てた国、王族に受け継がれている勇者の力。勇者の力って、今は誰に?――ああ、そうか!


 私の頭の中で様々なものが結びついて1つの答えが浮かび上がる。これでうまくいくかは分からない、だけれど、イムを説得するにはこれしかない。

 負けないって言葉、信じるからね、あけぼの。


「アネット! 最後のカードを私に頂戴! 最後は私が戦う!」



ここまでお読みくださり本当にありがとうございます。

デスゲーム「勇者と助けられた魔物ゲーム」のその4となります。

勇者にもう一度会いたいイムをどのように説得するかがレナもイムも負けない方法となりそうですが、勇者はすでに伝説の人物となっていてここにはいません。

果たしてレナはどのようにして勇者に会わせるのか?

次回を楽しみにお待ちください。


次回投稿は来週6月10日(土)の夜となります。


よろしければ、ブクマやいいね、評価をつけて頂けますと次回投稿の励みになります。

応援いただけると嬉しいです。

画面下段の【☆☆☆☆☆】よりお願いいたします。


また、他の作品にご興味がございましたら、作者をお気に入り登録いただきますとマイページに新作が表示されるようになりますのでご検討ください。


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