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父side



『それでも、お前は俺たちの息子だ』


 俺は、ちゃんと理解していなかったんだ。彼が話してくれたことの重大さがどれだけその後を左右させるのか、分かったフリをしていた。

 思い出してみれば、息子が退魔師になりたいと口にしたのは中学二年生の時が初めてだった。それまで部屋でアニメや小説を読むのが好きで、どれだけ外へ出るように促しても出ることはない息子が唐突に宣言した時は驚いた。

 その時にはもう、息子は入れ替わっていたのだろう。

 

 息子の異能は『滑走』。出来ることと言えば物が滑りやすくなるくらいだ。悪魔と対峙する退魔師向けとは呼べなかった。

 仕事を誇りにしていたのもあって、息子の異能にガッカリした。妻に露骨だと叱られて以来、息子の異能について話すことはなかった。

 小学校に上がる頃は、まだ明るい性格だった。友達がおり、外で駆け回って擦り傷を作るどこにでもいる普通の子どもだった。

 しかし、学年が徐々に上がると息子は外で遊ぶのをやめ、部屋で本や漫画、アニメに没頭していった。何があったのかと聞けば、どうやら学校で虐められているらしかった。

 『やられたのならやり返せ』。細部までは覚えていないがその時の俺は近いことを言った。

 以来、息子はさらに部屋に閉じこもるようになった。

 情けない。それでも退魔師の息子か。内心で臆病な息子に溜息を漏らした。

 その時もっと息子と向き合っていれば、優しい言葉を投げてやれば何か変わっていただろうか。誰にも答えられないことを自問してしまう。


『実は、俺には前世の記憶があるんだ』


 退魔師になるために養成学校に入学した息子が放った言葉は衝撃的だった。

 ある日、前世の記憶を思い出したこと。このままではいけないと思い退魔師になると決めたこと。前までの自分とは違うこと。

 ポツポツと喋る内容は信じがたいもので。しかし、ある種納得もいくものだった。

 色々聞きたいこともある。分からないこともある。

 だが、その時の俺はこの子に言わないといけないと思って口にした。


『それでも、お前は俺たちの子ども』と。


 もっと深く考えれば。

 もっと話を聞いていれば。

 もっとあの子の気持ちに寄り添っていれば。


 ――あんなことにはならなかったのだろう。



☆☆☆☆☆☆



 悪魔個体名〈ラファエル〉の襲撃から一週間後。

 俺は上司に辞表を出していた。


「……気持ちは変わらないか」

「……そうですね」


 暗い雰囲気が二人しかいない部屋に満ちる。

 俺の答えに上司は静かに息を吐くと辞表を手に取った。


「香織君は、優秀な退魔師だった分惜しいな」


 ぽつり、と呟かれた言葉が煙のように立ちこみ消える。

 上司は、彼女が新人だった頃の教官だった。彼女と俺を引き合わせたのもこの人だ。だから、余計に落ち込んでいるのだろう。


「妻は……恐らく、もう、限界です」


 襲撃を受けて以来、香織はベッドで息子に対してブツブツと謝罪を繰り返している。起き上がることもせず、静かに泣きながら。

 今の精神状態で戦場になど連れて行ける訳がなかった。

 

「そうか……悪魔と戦って精神が参る人もいる。それがどれだけ修羅場を潜った人間だとしてもね」

「……」


 悲しそうに笑う上司に何も言えなかった。

 香織は悪魔と戦って消耗したのではない。

 実の息子に、拒絶され弱まってしまったのだ。

 

 殺意に塗れた眼。憎悪に満ちた表情。怒りに燃えた言葉。

 今でも夜な夜な夢に出てくる。

 違う顔、違う声、違う表情。なのに、対面してよく観察すれば分かる面影。

 ラファエルの傍にいた少年。彼が正真正銘の俺の息子だった。


「君は、まだやれるかい?」

「はい、やらなければならないことがあります」


 彼をあそこまでしてしまったのは俺たちだ。

 俺が、もっとあの子に寄り添ってあげればこんなことにはならなかったんだろう。

 だから――これは懺悔だ。

 唯一、俺があの子に出来る贖罪。


 あの子に、『恵亮』を殺させる訳にはいかない。


 それをしてしまえば、あの子は本当に人間として終わる。

 例え、あの子に殺されてしまったとしても。

 俺は、止めねばならない。





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