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ベンジャミン・カレンデュラの誤解

他者目線になります。


「どうしてこんなことになった?」


 馬車が音を立てて去っていくのを窓越しに見つめていたベンジャミン・カレンデュラは頭を抱えていた。エルザは私が国を捨てさせたのだと言っていたが、意味がわからない。この国の根幹となれるように、新たな婚約を持ってきてやったではないか。ベンジャミンの隣に、表情を消したシェリーが並ぶ。


「お父様としてはエルザを愛していたのにどうして、といったところかしら?」

「そうだ! 婚約破棄されたあの子を見捨てることなく、ここまで大事に育ててやったではないか! それをどうしてこんな裏切るような真似を……!」


 長女のシェリーも、かつては悪役令嬢という不名誉なあだ名をつけられて婚約破棄された。けれどマックスという優秀な婿を連れてきたから、まだいい。エルザは二回も婚約破棄をされているから、まともな縁談が望めないのだ。だから王家の申し出をありがたく受けてきたというのに!


「だってそうしなければ、あの子は……」

「自分が決めてやらなければ、夢のひとつすら叶えられないと?」

「そうだ、私が助けてやらなければ婚約すらまともにできなかったではないか!」

「そう思う理由はエルザの容姿がお母様に似ていたからではないですか?」


 ベンジャミンの台詞をさえぎるようにシェリーが言葉を重ねる。

 娘からの思わぬ反論にベンジャミンは目を丸くした。


「ケイトリンは関係ないだろう!」

「関係ありますわよ。お母様とエルザは別人格だということを本当に理解なさっていますか?」

「そんなこと当然だ!」

「ではエルザの好きな食べ物はなんですか? 好きな色はなんでしょう?」

「そんなもの決まっているじゃないか! 好きな食べ物はりんごで、好きな色はピンクだ!」

「いいえ、それはどちらもお母様の好きなものです。エルザは柑橘類が好きで、好きな色は青ですわ」

「……っ、そんなバカな! 誕生日や記念日に贈ったが文句など言われなかったぞ?」

「あたりまえじゃないですか! エルザは贈り物にケチをつけるような無神経な子ではありません!」


 シェリーは声を荒げた。ずっと気にはしていたのだ、まさかそんなことはないと思っていたが……今回の件を通じてようやく確信できた。


「父親であり当主でもありながら、レオニス家でのエルザの扱いのことを初めて聞いたようですわね。お父様はエルザの何を見ていたのですか?」

「それは……、ちゃんと、見ていたつもりだ」

「いいえ、見えていませんわ。お父様はエルザを通して、今もお母様だけを愛しているのですもの」


 言葉にすればより確信も深まる。エルザへの過度な干渉も、真綿の檻に封じ込めるような婚約も。父の行動全てがお母様にしてきたことと同じだと思えば納得できる。

 父は自分の妻によく似たエルザを重ねていたのだ。ことに母親が亡くなってからその傾きが顕著になった。エルザが自分への愛はないといったが、その言葉はまさしく正しかったのだ。


「最低ですわね」


 そう吐き捨てたシェリーは在りし日の母の姿を思い出す。母親であるケイトリンとエルザはシェリーから見てもとても容姿の特徴がよく似ていた。シェリー達よりももっと姉妹と呼べるくらいによく似ているのではないだろうか。特に二人の髪は特徴的で、陽光に照らされるとふわっと広がって透けるように金色が輝くのだ。まるで天使の羽みたい。そんな二人の髪は細く艶やかでとても美しかった。

 一方で、シェリー達の髪は父親似の深みのあるくすんだ金だった。金は金でも光を弾くほどの輝きはない。エルザだけが母と同じ光り輝くような金を引き継いでいた。そういう点で父にとってエルザは特別だったのだ。


「子供のように無邪気だったお母様。長年、最愛のお父様の懐で守られるように生きてきたような人ですから、お父様なくては自力で立てないか弱い女性でしたわよね。ですから容姿の似たエルザを中身まで母親似であると勘違いなさった」

「そうだろう、エルザはケイトリンのようにおとなしく従順だった。だから私がずっと導いてきたというのに、それをあの娘は……!」

「そういうことだったのですね、ずっと納得いかなかったのです。なぜお父様がエルザに()()()()をするのかと」

「は?」

 

 シェリーは深々と息を吐いた。それはもう、心底呆れたという顔で深々と……。


「お父様は本気でエルザには興味がなかったのね。あの子の性格は正真正銘筋金入りのお父様似ですわよ?」

「はあ⁉︎」

「したたかで、自我の塊、しかも誇り高い。人には悟らせないようにうまく立ち回り、いつのまにか欲求を具現化している。性格も仕事ぶりもお父様そのものではないですか。私達四人の中で中身が一番お父様似なのはエルザというのは共通認識でしたわよ」

「そんなバカな」

「あの子がお父様の前で従順だったのは、いざというとき意見が通りやすいから。おとなしくしていたのは、反抗すること自体が面倒だからですわ。本人がそう言っていたのですから間違いありません。まさかそのせいで婚約をゴリ押しされているとは本人も思っていなかったでしょうね」

「エルザが、そんなふうに思っていたとは……」

「ねえ、お父様。ご自身に置き換えて考えてみてください。自分で選ぶ意思があるのに、選択肢すら与えてもらえない。義務を押し付けてくるくせに、困っていても助けてくれない。ご自身の性格で同じ状況に置かれたとき、お父様だったらいつまでもおとなしく従えますか?」

「嫌がらせだと思っていたから、逃げたのだと……?」

「ものすごく嫌がっていましたわ。本人がいなくなったあとに、こんなこと言われてもいまさらでしょうけれど」


 呆れた顔で言ったシェリーの背後からブレンダがひょっこりと顔を出す。


「お父様はエルザ姉様がどうしてあのレベルまで皇国語を学んだのか、当然理由をご存知ですわよね?」

「それは王子妃教育の一環だからだろう。公用語以外で二ヵ国語の習得は義務だ。特別なことは何もない」

「さすがエルザ姉様に『主要四カ国語くらいできてあたりまえだ』と言い放っただけはありますわね。違いますよ、だって王妃様や王太子妃であるアウローネ様は、どの国の大使ともあいさつ程度しか話せないではないですか」

「そ、それは……」

 

 王妃や王子妃だけではない。王や、王太子もだ。ラングレア王国の王族は外国語が苦手というのは、他国では常識だった。この国の王族の姿と、父や王族がエルザに求めるレベルがあまりにも違い過ぎる。そのことがブレンダは、ずっと腹立たしかったのだ。

 

「公用語は汎用性がありますけれど、相手を喜ばせることはできません。特に主要とされる四ヵ国のうち、王族がもっとも苦手とする母国語を持つ国が、ユーザ・ロ・バルディアス皇国。現在最も先進的な国で、各国も競うようにかの国の文化や技術を取り入れています。それなのに我が国は遅れをとっているのです。なぜかわかりますよね?」

「……」

「王家が関わりを避けているからですわ。しかも皇国語が不得手だからという、くだらない理由で……! ですからお姉様は今後を見据えて皇国語の習得に重点を置いたのです。自分が王国と皇国の架け橋となれるように、と」


 悔しくて、悔しくて。なぜ姉の努力をあたりまえと切り捨てたのか。


「もし国を第一に考えるのであれば、王家が切り捨てるべきは無能な第二王子殿下でした」

「ブレンダ、不敬であるぞ!」

「不敬でも、否定はなさいませんよね? 私も他国に支店を持つ家に嫁ぐわけですから個人的に外国語の勉強はしております。ですが、あのレベルまで習得するのは無理です。エルザ姉様の類まれな頭脳と国のためを思う高い志があったからこそ習得できた。そんな姉様を婚約者から外しておきながら、王族は事あるごとに呼び出して通訳として使役しています。そのせいで他国の貴族は姉様を王国の通訳だと勘違いして、見下す者もいたのですよ? 公爵令嬢を無償の使用人扱い、私が不敬だとすれば王族の皆様は厚顔無恥というものですわ!」

「ブレンダ!」

「他人事のように怒っておられますが、こうなったのは父様のせいでもあるのですよ?」

「なに?」

「式典のたびにエルザ姉様が通訳として呼び寄せられるのを、咎めませんでしたわよね?」

「そ、それは……」

「王子の婚約者であるときならばいざ知らず、あれだけ大々的に婚約破棄を叩きつけた相手に通訳を頼むなど厚かましい。どの国の常識に照らしても非常識ですわ」

「ぐっ」

「おおかた姉様の通訳が他国の人間に評判がいいからとおだてられて、うれしくなって許していたのでしょう?」


 図星だった。自国では評価の低いエルザが、他国だとなぜか評判がいい。だから他国の子息への顔繋ぎだと割り切って通訳をさせていたのだ。今回も婚約破棄のあとにエルザを他国へ嫁に出したいと王家に打診したのだが断られて、その代わりに王弟殿下の妻にと誘いを受けた。他国の貴族よりも自国の王家と繋がりができるほうが自分の利益になるし、王家の直轄地を支度金として下賜するからという甘い言葉に惹かれて話を受けたのだ。それがまさかエルザを失う未来に繋がるとは、思いもしなかったけれど。


「先ほどシェリー姉様とお話しされている内容も伺いましたわ。どうしてあんなに贈り物のセンスが悪いのかと思っていたら、まさか母様の好みに合わせていたとは……道理で似合わないはずですわ。お母様とエルザ姉様は顔付きや体型は似ていますけれど、イメージや系統は全く違いましてよ?」

「は、イメージ? 系統?」

「わかりやすくいうと、お母様はふんわりとしたかわいい少女系でフリルやパステルカラーが似合います。イメージカラーは、まさしくピンクですわね。エルザ姉様はキリッとしたきれいめ系で青などの寒色系が似合います。ドレスのデザインだって流行は年々変わるものです。はっきり言ってお父様の選ぶドレスのセンスは古いですわ。一体何世代前のデザインですか? もはやダサいとしか言いようがありません」


 ブレンダにははっきりと言い切るだけの自信があった。婚約者が運営に関わるベルジェット商会には服飾部門があり、優秀なデザイナーと最先端のドレスがそろっている。当然、ブレンダが身にまとうドレスも商会を通じて手に入れたもので、広告塔の役割を担うブレンダは常に最先端のデザインのドレスを身にまとっていた。そのブレンダから見て、エルザのドレスは()()()()()の集合体だった。


「よく観察すれば同じ白い肌でもお母様は黄色味を帯びていましたし、姉様の肌は青みががった白です。姉様なら暗色の黒や紫も素敵でしょうね! それをフリルやリボンのたくさんついたピンクやイエローといった明るい色合いのドレスを送りつけてくるのですから、呆れて物が言えませんでしたわ! 元婚約者も二人して姉様にドレスの一着も贈ってもこないのですから、姉様は嫌がらせとしか思えないお父様のドレスを着るしかありませんでしたのよ?」


 しかもドレスをベルジェット商会経由で頼めば、同じ色でも似合う色味とデザインにさりげなく変更して納品させるものを、賄賂でも受け取ったのか、値段は高いが評判の悪い商会に発注するものだから、なんの捻りもなくただ指定されたデザインと色で作ってくるのだ。結果、サイズは合うけれど似合わないドレスが期日ギリギリになって納品される。手直しなんて時間が足りないからもちろんできない。

 しかも変なところで律儀な父は、式典や夜会があるたびに必ずエルザのドレスを発注するのだ。一回くらい忘れてくれれば、正々堂々とベルジェット商会に依頼して姉様が最高に輝くドレスを作ってもらえるのに……。結果として、本人の意思に関係なくエルザは似合わないのに若作りをしてくる痛い悪役令嬢としてさらに評判を下げたのだ。


「ですから悪役令嬢と呼ばれるようになった一端は、父様自身にもあるのです。ねえ、クレア?」

「ええそうですわ、嫌われ者の悪役令嬢は誰もが似合わないドレスを着てくるのです! 似合わないうえに、ピンクや黄色のドレスに年齢にそぐわないようなレースやリボンが付いているのです。まさに悪役令嬢のイメージそのままですわ!」


 ブレンダの隣で、クレアは父親を心の底から蔑むような眼差しで見つめる。手元にはお気に入りの黒い羽がついた扇子が握られていた。軋むくらいに強く握りしめた扇子を父親の胸元へと向ける。研ぎ澄まされた剣のように切先を心臓へと向けた気迫は少女のものとは思えないほどに鋭いものだった。ベンジャミンはゴクリと唾を飲み込んだ。


「いくらお母さまに似ているとはいえ、お姉さまに別の女性をかさねるなんて……はっきりいってキモいですわ」

「ぐはっ!」

 

 痛烈な一撃が父親の心を刺し貫いた。十歳児だからと侮ることなかれ。クレアは悪役令嬢になりきるために、日々の訓練とたゆまぬ努力を忘れないのだ。普段は婚約者の手のひらで転がされていても、そこは公爵令嬢である。人を見る目に長けた彼女は相手の弱点を見抜くのが得意だった。


「クレア、たしかにキモいですが公爵令嬢がキモいと言ってはいけません。ですが良い事を言いました。たしかにキモいですわね」

「ええ、本当に。キモい、滅べばいいのに」


 そして父親にとっては娘達のキモいの合唱が王の嫌味よりも堪えるときがある。

 結果としてベンジャミンは傷ついた心臓のあたりを押さえて椅子から崩れ落ちた。



ダサい、キモいという表現を使ったことに否定的な意見もありそうですが、何度も書き直して彼女達の感情が一番しっくりくる表現として採用しました。不愉快に思われましたら申し訳ありません。

お楽しみいただけるとうれしです。

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[一言] 個人的な意見ですが、流れる様な文章で読み易い方が好きなので使用されている言葉に関しては何の不快感も有りません。
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