表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢と呼ばれた四姉妹はどうにも納得がいかないようです  作者: ゆうひかんな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/24

エルザの動揺


「君は覚えているかな? 君と第二王子との婚約が整う少し前に、主要四ヵ国の代表が集まる交流会が我が国で行われた。君は宰相である父君と、まだお元気だったころの母君と一緒に来賓として招待されていたよね。仕事の都合で直接挨拶はできなかったけれど、あの会場にはホストである皇室の補助要員として私もいたんだ。淡いブルーのドレスをまとった君は入場してからずっと注目の的だったよ。周囲を圧倒するような気品と優雅さ、輝く金の髪に澄んだ紺碧の瞳。誰よりも美しい君が四ヵ国語を流暢に操り、どんな難しい話題にもついていくことのできる聡明さまで持ち合わせていた。なんとなく目が離せなくて、ずっと気になっていたんだ。そうしたら何も食べていないようだったからね。せっかくだしと、評判の良かった花を形どったプチケーキを給仕に差し入れてもらった」

「あ、あのときの!」


 あの日のことはエルザもよく覚えている。はじめての外交で、朝からずっと緊張していたのだ。この日のために作った淡いブルーのドレスを身につけ、コルセットも締め上げている。食欲なんて、絶対に湧かないと思っていたのだ。だが午前中から全く食べていないとなると、さすがにお腹が空いてくる。ただ父や母を囲む人垣は途切れることはなく、はじめてのことだから、どうやったら抜け出せるかなんてわからない。そんな途方にくれていた私の前に、可愛らしいケーキの添えられたプレートが差し出されたのだ。あまりにも良いタイミングに、思わず微笑んでお礼を言ったけれど、あれはレナルド様の気遣いだったのね。


「ちょうどおなかが空いて、休みたいと思っていたときだったのです。助かりましたわ!」

「大人びた印象だった君がケーキを前にした途端、まるで花が咲くように笑った。その可愛らしさに、一瞬で陥落したよ。すぐに君が誰か調べて、君達が家に着いたころを見計らって釣書を送った。間違いなく私のものが一番乗りだったと自負しているよ」


 ラングレア王国のカレンデュラ(花の杯)は、()()()()()()に咲こうとも麗しい――――。


 レナルド様が口にした言葉の真意がようやくわかった。思ってもいなかった告白に呆然としたエルザの前で、レナルドは目元を赤らめる。それにしても彼の釣書が届いていたなんて……父からも、他の誰からも聞いていない。私の心変わりを恐れたお父様が口止めしていたのでしょうね。でももし知っていたら、未来は変わっていただろうか?


「あのときからずっと君が好きだ。今はまだ信じてもらえないかもしれないけれど」


 そんなことはないとエルザは首を振った。ただあまりにも都合の良すぎる展開に思考が全くついていかないのだ。


「だが、そのあとすぐに君と第二王子の婚約が発表された。調べたら王家の横槍だったよ。君には私以外にも他国から婚約の申し出が殺到して、国外に出すのが惜しくなったそうだ。それで当時からあまり評判のよくなかった第二王子の婚約者に充てがって、いろいろ足りていない彼を補助させることにしたらしい。だいたい、外交を担うはずの第二王子が外国語に弱いなんて話にならないからね」


 元々、両親はエルザを他国に嫁がせることを視野に入れて育てていた。だからエルザには幼いころから語学力をつけさせるための専任の講師がついている。そんなエルザのお披露目も兼ねていたからこそ、他国との交流会という貴重な場に連れて行ってもらえたのだ。王家はそこに目をつけたらしい。


「悔やまれるのは、私が釣書を送ったことがきっかけで王家の目に止まってしまったことだ。君はそれからずっと王家に縛られている。王家と君を結びつけたきっかけの一つは私だった、それに気がついてからずっと考えてきた。他に手段はなかったのかと」


 レナルド様は唇を噛んだ。まさか、そんな風に思っていたなんて。


「いいえ、いいえ! 申し込まれたことはうれしいですし、王家との確執はレナルド様のせいではありません!」

「二回目の婚約のときもそうだった。婚約破棄を知ってすぐに婚約を申し込みに行ったら、もう侯爵家のご子息との婚約が決まったあとだという。自分の運のなさには呆れたよ。それでも忘れられなくて、君のことは頭のどこかにあった。だからだろうね。君が申請書の誤りを指摘した書類を送ってきたとき、すぐに君と結びついた」


 調べてみたら間違いなく自分の知るエルザ・カレンデュラであった。書類をもらうためにユーザ・ロ・バルディアス皇国の大使館に足を運んだと聞いて、舞い上がるような気持ちだったとレナルド様は微笑んだ。


「君が我が国に興味を持っている。正直に言うよ、ようやく自分に機会が回ってきたと思った。それと同時に、これは最後のチャンスだとも思ったよ。引く手数多の君に接触できる機会は、これを逃せば次はない。そこからは君の望みが叶うように、この国に馴染めるようにと手を尽くした。そしてようやく、この手が君に届いたんだ」


 握ったレナルド様の手が熱を帯びる。でも、とエルザは首を振った。


「レナルド様は、どなたかのために婚約者の席を空けているのではないのですか?」

「君のためだよ。後にも先にも、君以外に席を空けたことはない」


 レナルド様は、はっきりと私の席だと言い切った。またひとつ、心臓が大きく跳ねる。


 君のために。さんざん他人の後始末に翻弄された私は、その言葉に弱いみたいだ。混乱した私は返す言葉も出ない。ただ頬は隠せないほどに赤みを帯びていることだけはわかる。レナルド様はエルザの頬に手を添えた。自分からは見えないけれど彼の手が冷たく感じられるほどにエルザの頬は熱を持っているらしい。するとレナルド様は、ふっと笑いをこぼした。


「混乱させてごめんね。自分でも重い奴だという認識はある。それでも私の気持ちを伝えたのは、君は私にとってそれだけの価値がある女性だということを知っていて欲しかったからだ。今は、心の隅にとめておいてくれればいいし、それ以上は望まない」

「好きになってくださって、とてもうれしいのです、ですが同じだけの熱量を返せる自信がまだ私には……」

「もちろん無理に好きになってもらおうとは思っていないよ? 君の気持ちは、君だけのものだから」


 時をかけた深い思いに、いつか応えられるだろうか。


「さあ、家まで送ろう」


 優しく触れるような彼の手を嫌だと思わない時点で答えはすでに出ているようなもの。

 けれど愛されないことのほうが普通だった私は、家族以外の好意を認めることが……。


 まだ、こわい。


―――――


「エルザさん、この書類見てもらってもいいですか?」

「ええ、どこですか?」

「支出証明なんですけど、内訳が……」


 エルザがユーザ・ロ・バルディアス皇国にきて、三ヶ月が経った。


 ラングレア王国での鬱屈した生活が嘘のように、エルザは忙しくとも充実した日々を送っている。仕事の内容が大きく変わったわけではなく、暮らしぶりも質素になり、家族がいないという大きな環境の変化をともなっているにも関わらず、ほぼストレスを感じないとはどういうことだろう? 

 答えはひとつしかない。貴族である以前に、そもそも王国の暮らしが合わなかったのだ。この国でならエルザは自分の望むように自分の生き方を選ぶことができる。誰かの罪を押しつけられることもなければ、悪役令嬢にされることもなかった。

 なぜ国籍法ができたのか、面倒くさい手続きを経てでも他国の国籍を手に入れたいと願ったのか。エルザは理屈よりも感情で、より深く理解できた。

 肩の力を抜き、ほっと息を吐いて。エルザは手元に届いたばかりの報告書へと目を通す。記されているのはアウローネ様の一件の顛末。かの手紙はエルザの想像よりもさらに大きな波紋をラングレア王家に残していた。


 公的ルートから苦情を入れた結果、アウローネ様の周囲に調査の手が及んだ。本人は医師の診察を受け、心身の衰弱が激しいとして病気療養のために離宮へ幽閉されることが決まったという。エルザという共通の敵がいなくなったせいだろうか、最近のアウローネ様は王妃様に人前で叱責されることが増えていたそうで、追い詰められて不眠の症状や意味不明な言動をとるようになっていたらしい。見た目もずいぶんとやつれて、一時は王妃様よりも歳上に見えるほどだったとか。症状が良くなれば公務に復帰することもあり得るだろうが、今のところ復帰の目処は立っていないとのことだ。

 そうなると困ったのは王家で、特に王妃様だった。彼女は王妃や王太子妃関係の公務や事務仕事を全てひとりでこなさなくてはならなくなった。かつては私やアウローネ様の勉強のためと称してさまざまな仕事を押し付けてきたのだが、こうなってしまえば仕事を振る先がない。自業自得とはいえ、このままでは王妃様も大変だし、王家としても後継者が必要であるため特例として王太子殿下に側妃を迎えることになった。


「迎えるとはいっても、そう簡単にはいかないわよね……」


 まずは国内で適齢期を迎える貴族の娘に声をかけたのだが、()()国内外に婚約者がいるということでお断りされたらしい。急遽決まった婚約もあるということから、裏事情は察せるというもの。

 誰にとは言わないが、エルザのように見えにくいところでこき使われるか、アウローネ様のようにわかりやすくこき使われるかの二択しかないからね。全員が、王家との婚約を避けたのだ。今や誰も王家や王妃様を慈悲深いとは言わない。アウローネ様の一件があって王家への無条件の信頼は失われた。

 だがそれでも諦めきれなかった王家は国外から側妃候補を募ることにした。そして先月、ついに側妃が決定したのだ。そのお嬢様の名前はサビーナ・クレレント様、我がユーザ・ロ・バルディアス皇国の出身である。クレレント家は侯爵位を持ち王女様が降嫁されたこともある歴史ある旧家で、王国も無視できないほどの権勢を持つ。だから準備時間が少ないながらも精一杯豪華な結婚式が執り行われて名実ともに彼女は王太子の側妃になったのだが……。はっきり言うと、彼女はいろんな意味で最強だった。


「わたくしー、書類仕事が苦手なのですわー」


 だが、やらないのではなく、皇国からついてきた優秀な女官がきちんと不備を指摘し、サビーナ様が修正をして王太子妃の判を押す。王国の事務官によると決裁済みの書類には不備がなく、そのまま使用しても全く問題が起きないというのだから女官達の能力とサビーナ様への忠誠心がすごい。そして彼女は王妃様から回されてきた書類仕事には一切手をつけなかった。烈火の如く怒り狂って王妃様が直々に問いただすと、不思議そうな顔でこう言い返したのだとか。


「自分に任されたお仕事すらできないなんてー、パトレア様は普段何をなさっているのですー?」


 本気で疑問に思ったから聞いたのでしょうね。やだもう、素敵すぎる。まさかそうくるとは思わなかったのだろう、言葉を失った王妃様と侍女軍団の包囲網を潜り抜けて、我が国の優秀な女官は王太子殿下の執務室に、おそれながらと駆け込んだそうだ。

 あなたのお母さん、お嫁さんを()()潰そうとしていますよと――――。

 あわてて王太子が駆け込むと、目の前では自分の母親が侍女軍団を引き連れて、ひとり困惑顔の妻を怒鳴り散らしている。どう見ても、寄ってたかって虐めているようにしか見えない。その瞬間、悪役令嬢が……この場合は悪役王妃かな、が爆誕した。以降、王妃様と王太子ご夫婦間は冷戦状態が続いているそうだ。


 ちなみに王太子殿下とサビーナ様はこの一件をきっかけに仲を深め、王太子殿下はサビーナ様を溺愛し、夫婦関係も良好だということだ。本来二人の間に立ちふさがるだろう言葉の壁はサビーナ様が崩した。サビーナ様は書類仕事は苦手でも外国語には堪能で、ラングレア王国語は専門的な会話でも問題がないというレベルの高さだ。それだけでなく主要四カ国語以外にも日常会話であれば数ヶ国語が話せるし、侯爵令嬢として諸外国の知識も十分に持ち合わせているから、外交に限れば王家にとって最強の戦力ということだ。そんなサビーナ様に王国語で切々と愛を語られたら、王太子殿下も陥落するわよね! 

 そのサビーナ様とは、王国に嫁入りする前に彼女から乞われて短い時間だが話した。おおらかな性格の可愛らしい雰囲気の人で、これで縁が切れることをエルザは残念に思ったくらいだ。


「王国語の発音は問題ないようです。あとは使って慣れていただければ大丈夫ですわ」

「ありがとうございますー。心配だったのでよかったですわー!」

「言葉選びもお上手です。そのレベルが主要四カ国語以外でも使えるというのは素晴らしいことですわ!」

「わたくしー、実は文字を書いたり読んだりするのが苦手なのですわー。同じ内容でも言葉にしてくださればすぐに理解できるのですが、文字ですとどういうわけか理解に時間がかかってしまうのです。外国語も話して聞くだけであれば、いくらでも頭に入りますし、覚えることも全く苦にならないのですが、それを文字にするとなると、途端に苦手になってしまうのですわ」

「まあ、そうなのですか」

「万能型ではないので皇国では肩身の狭い思いをしていたのです。ですが書類仕事に長けた事務官がバックアップをしてくださるとのことなので、心機一転、ラングレア王国でがんばってみますわ!」


 拳を握りしめて、軽やかに笑ってサビーナ様はお嫁に行った。そのときエルザは、自由の象徴のような皇国であっても窮屈に思う人はいるのだということを学んだ。それでも自分は皇国を選んだのだから、この国の人がひとりでも暮らしやすくなるように尽くしたい。そう思った矢先のことだった。


「エルザさん、面会の方がいらっしゃるのですが」


 急ぎの書類を握りしめたエルザへ、言いにくそうに切り出したのは同僚の事務補佐官であるエドワルト・ジョアニール様。おだやかな口調と渋い雰囲気が素敵な男性で美人な奥様と三人の息子がいる。先日長期の出張から戻ったところで、彼も書類整理に追われているだろうに席まで呼びにきてくれたらしい。


「すみません、わざわざありがとうございます。それでどなたですか?」

「それがですね……」

「私だ」


 突然現れて名乗らない、あなたは何者ですか? いやもちろん存在は知っていますけれど。


()()()()殿()()、申し訳ありませんがマストリーク主席事務補佐官は不在にしております。確認や報告が必要な事項がございましたら、のちほどこちらからお伺いするように伝えますが、いかがいたしましょう?」


 簡単に説明するなら、相手は上司の上司である。レナルド様はあいにくサビーナ様関係の対応に追われていて不在だった。皇室関係の調べ物は内容を精査してレナルド様が事務補佐官に割り振ることになっているので指示が下りてからでないと動けない。


「いや、話があるのはあなただ」

「は? ……失礼しました。それは想定しておりませんでしたので」

「かまわない、予定も確認せずに訪問したこちらが悪い」


 相手も常識をすっ飛ばしたという判断がつくぐらいには冷静であるらしい。思い出してみれば、エドワルト様は私に面会と言っていたわよね。さっと彼に視線を合わせると、青い顔でカクカクとうなずいている。よし、私の思いは通じたはずだ。ギクシャクと両手両足を同時に動かしつつ回れ右をしてエドワルト様が姿を消したのを確認した私は、第二皇子殿下を会議室に案内した。こういうときに限って同室を頼める相手がいないことから、仕方なく扉を開け放って安全を確保する――――この場合の安全とは、主に私の名誉と身体と心の平穏のためであるが。テーブルを挟んで向かい合わせに座ると、途端に値踏みするような視線を感じた。


「それで、ご用件はなんでしょうか?」

「私は回りくどい言葉や言い回しが嫌いだ。だから君の的確で簡潔な言葉遣いは、私にとって大変好ましい」

「はあ」

 

 全く意味がわからない。エルザは眉間に皺を寄せた。

 いくら簡潔明瞭が好きでも説明の前置きを省いていい、という理由にはならないよ?


「単刀直入に言おう。エルザ嬢、私の妻になってほしい」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ