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2――望まざる再会


 ミツルギに乞われるがまま、ウルが二度目に酒を取りにいったときのことだ。

 『彼ら』はすでに村を訪れていた。

 ウルの記憶で十分理解したとおり、ここは排他的な土地柄だ。

 村を守護するマガツ神は、村人に対して露骨な敵対心、もしくは殺意を抱いた者へと、容赦なく襲いかかるという。

 いまの世代、それをじかに見た村人はいないが、生々しく伝える伝承は残されていた。

 だから、外部からの来訪者を、村は決して歓迎しない。


 なんらかのトラブルが起きた際、来訪者が村の誰かひとりにでも敵意を抱いてしまったが最後、その人物は命を落とす可能性が高いからだ。

 そんなものを目にしたくはないし、なにより、誰かが生きのびてこのことを吹聴ふいちょうすれば、『王国人』を刺激してしまう。


 マガツ神の加護を受けている――つまりは『邪神』を現在もなお信仰している――集団がいると知られれば、火を掲げた騎士の群れが村に襲いかかってきても不思議ではなかったのだ。

 それほど排他的な村へ、十数名の団体が、一気に押しかけてきた。


 東国風の雨笠あまがさを被った彼らは、ミツルギが予想していたとおりに、全員が顔見知りだった。

 先頭にいたのは、ソーヤ。

 大柄な身体に浅黒く日焼けした肌、そして東国人特有の鋭い目つきがいかにも精悍。

 そのやや後方に、ソーヤの妹クレハ。


 兄に比べればもちろん線が細いものの、女性にしては上背も肩幅もある。

 衣服の上からでも胸の大きな盛りあがりと腰の張り具合がわかるほどの肉感、そして女性らしい曲線美をあわせもっていて、胸をそびやかせて歩けば、男どもが「ほう」とさぞ見惚れるだろうに、本人は猫背気味に、そして顔も伏せがちにして歩いている。

 右目の眼帯を隠す意図もあったろうか。


 過去のウルは物珍しげにこの来訪者たちを見やっていたようだが、その記憶をさらに見ているミツルギの心境は穏やかではない。


(血のりを辿られたか)


 ミツルギの戦慄をよそに、ウルの記憶内では、村長自らが『彼ら』の応対に当たっていた。

 四十半ばと見えるその村長は、


「われわれは決してあなた方を歓迎しない、できれば一歩も立ち寄らずに出ていってほしい、もしなにか旅に必要なものがあればここでお譲りしてもいい――」


 というようなことを口にしていたが、ソーヤは、


「われわれも、こんなところで長居したいとは思わん」


 笠から雨の雫をこぼしつつ、ただ冷笑した。


「人を捜しているだけだ。心当たりがあれば教えてもらえまいか」

「どのようなお方です?」

「東国人の男だ。背格好はおれと同じくらい。歳は七十を超えている。おそらく深手を負っているだろう」


 村長は首を傾げて、集まりつつあった村人たちの顔を見わたした。


「それほど特徴的なお方ならば、さぞ目立つでしょう。近隣にいれば、嫌でも噂は伝わってくるはず」

「知らぬというか? 万が一、当人に入れ知恵などをされて隠し立てしているようなら、容赦はせぬぞ」


 ソーヤは腕を組む振りをして、腰にさげた長刀を見せつけた。

 クレハ、そして背後に居並ぶ男たちの全員が、同じく帯刀している。

 それに気づかなかった村長ではなかろうが、ウルの主観によると、大人しげに見えて、頭に血がのぼると気性が荒くなる男だ。

 ソーヤはどう見ても二十を大きく越えていない。

 それほど歳が下まわる男に威圧的な態度を取られて苛立ってもいたのだろう。

 唇をゆがめて不快感を表明しながら、


「さて。そのように脅しつけなさるところを見ると、どうも後ろ暗い事情があるご様子。であればなおのこと、われわれは関わりを持ちたくない。一刻も早く立ち去っていただきたい」


 ぴしゃりとねつけた。

 ソーヤの顔から冷笑が消えた。

 こちらもこちらで気が短い。


「ならば、一軒残らず家捜しをするまでだ。そちらの許しを得るつもりなどないぞ。もしも見られたくないものがあるのなら、相応の覚悟がある者だけが、われらの前に立ちはだかるといい」


 刀の柄に手をかけて一歩進み出た。

 見るからに村長はおびえたが、しかしミツルギが驚いたことに、村長はその場をどこうとはしなかった。

 ソーヤはあきらかに腹を立てた。

 眉が逆立ち、唇がへの字に結ばれている。

 幼いころから、自分の思いどおりにならないとすぐにあの顔になる。


(これは危ういな)


 過去の出来事だというのに、ミツルギが思わず間に入ろうかと構えたとき、


「あ、ああ、あ、兄上」


 甲高い声が聞こえた。

 クレハだ。

 伏せていた顔を心持ちあげて、


「あ、あまり、事を荒立てては、余計に時間を浪費します。彼らも、かたくなになるばかりかと」


 まっとうな言いぶんだったが、ソーヤにじろりとねめつけられると、それだけでクレハはまた顔を伏せてしまった。

 しばらくの間があったのち、


「では、おまえに任せる」


 ソーヤは肩をそびやかしながら村長の前から退いた。


「それならばまちがいないだろう。どんなことであれ、おまえなら、おれよりもよほど上手くやれるのだろうからな」

「あ、兄上。それは」


 クレハは去ろうとするソーヤの袖を指で摘んだ。

 幼子じみた仕草だったが、ソーヤは東国衣装の長い袖を力任せに振って、妹を撥ねつけた。

 兄と妹とはいえ、これほど力差のある関係は、ウルにはかなり奇異に見えたようだ。

 貴族的といおうか、封建的な匂いがする。

 一方のミツルギは、


(相変わらずだな)


 直視しがたい思いに駆られていた。

 『息子』と『娘』が、もちろん最初からあんな関係だったわけはない。

 ミツルギが『父親』として苦い思いをしているあいだ、クレハはなんとか気を取りなおして、ふたたび村長と話をしていた。


「捜しているのは、わたしどもの父です。手荒な真似をしようというのではありません。兄も心配のあまり気が立ってしまっているようで……。なにかお気づきのことがあれば、どのようなことであれ、お教え願えませんか。もちろん、お礼はできる限りいたします」


 立ち居振る舞いこそ気弱げだが、兄以外の人間ならば特に気おくれをすることもなく話せるようだ。

 村長も、礼を尽くそうとする女性を無下にはできず、一応のこと村人たちを集めていろいろ聞きまわったが、成果はなかった。

 村がそうした喧騒のさなかにあったので、ウルは目立たずに酒を調達することができた。

 ミツルギにとって計算外だったのは、ウルがすぐには村を立ち去らなかったことだ。

 そのうち、村の入り口付近で待っていたソーヤに、クレハが合流した。


「なにかわかったか」

「も、申しわけありません」

「なにかわかったか、と聞いたのだ。誰が謝れといった」

「も、も、申しわけありませぬ」


 さらに身を縮みこませる妹に、ソーヤは舌打ちした。

 ソーヤの背後で控えていた男たちが顔を見あわせる。

 皆、若くたくましい身体つきをしていた。

 全員が揃いの上下袴をまとい、腰には刀を差している。

 そうした出で立ちこそ異国風だが、ソーヤやクレハとちがって、彼らに東国人の血は流れていない。

 皆、ミツルギの道場の門下生だった。

 いわばソーヤのおとうと弟子に当たる。


「……どうなさいますか?」


 ひとりが意を決したようにソーヤに声をかけた。


「いかにも怪しいが、ひとところに立ち止まってもいられまい」


 ソーヤは苛立たしげに唸った。


「数名、ここに残して、おれたちは先を急ぐとしよう。あの傷なら、そう遠くへはいっていないはずだ――。なんだ、小僧」


 ミツルギは思わず息を呑んだ。

 ソーヤが、まっすぐにこちらを……いや、記憶内のウルを見つめている。

 そうだ。

 ソーヤたちのやり取りがウルの記憶に残っている以上、ウルは軒下で雨宿りをしている振りをしつつ、ずっと彼らの近くで耳をそばだてていたのだ。


(まさか)


 ミツルギは嫌な予感がした。

 ポケットに入っていた硬貨。

 そして、<剣聖>が地面に点々と残してきた血を追ってきたにしても、こうまで正確に息子たちに居所を知られたという事実。


(こ奴、もしかして。い、いやしかし、まさか)


 ミツルギの抱いた予感どおりだった。


「人を、捜しているのですか? 実は、先ほど、村では見かけない人物を山中で見たもので……」


 ウルは自分のほうからソーヤに近づいたのだ。

 おどおどした態度で、


「あれ、でも、父親といっていましたか。じゃあ、ちがうかな。お二人の父親にしては、年齢が……」

「なんだと、心当たりがあるのか」


 ソーヤがにらみを利かせると、ウルははっと口をつぐんであとずさる。

 記憶内の感情から察するに、恐れ半分、芝居半分といったところか。

 ソーヤはまたも舌打ちして、クレハを見ながら顎でしゃくった。

 無言の指図を受けて、クレハのほうがウルに近づいてくる。


「もし。そのお話、詳しくお聞かせ願えますか」


 近づくと、ウルより若干背が高い。

 が、警戒させまいとしてか、あるいは普段からそうなのか、目線の位置は低かった。

 しかも雨笠をつけているから顔はよく見えない。


「い、いえ、でも人ちがいかもしれません」

「なんでもいいのです。近隣で見かけぬ人物を見たというのなら、それが誰であれ」


 ウルは渋る振りをしつつ、しかしミツルギがまさしく危惧したとおりに、なんと、先ほど山中で起こった出来事をあらかたしゃべってしまったのだ。


「血まみれの、手負いの老人だと?」


 クレハから報告を受けて、ソーヤはかっと目を見開いた。


「まちがいないな、小僧。われわれが腰に下げているような剣を持っていたとも」

「は、はい。確かです」

「案内しろ!」


 有無をいわさぬ口調でソーヤは怒鳴った。

 巾着きんちゃくから手づかみで硬貨を取り出すと、それをウルめがけて放り投げた。


「父を見つけられたなら、その倍の額を出してやる。急げ!」

「わ、わかりました」


 ウルは、金をあわてて拾い集めながら応じた。


(小童め、ふざけおって!)


 ミツルギは歯ぎしりした。

 ウルが女をだましたり、村長の評判を貶めたりしているのはまだ同情の余地がないでもなかったが、瀕死の老人を金で売り飛ばそうとは。

 村を出るつもりだったウルだから、路銀の足しにしようと目論んだのだ。


 いいや、ミツルギがもっとも腹を立てたのは、<剣聖>自身に対してだった。

 ウルが二度目に酒を取りにいって帰ってきたとき――つまり魂の秘術をおこなう直前――は、すでにソーヤたちと出会って以降だろうから、おそらくウルはソーヤたちを案内しつつ、


(ここから先は、おれひとりでいきます。警戒されるといけないから、皆さんはしばらくのあいだ、この近くで待っていてください)


 などといって、単身、ミツルギのところへ来たのだ。

 目的はもちろん、哀れな老人から酒と引き換えにもらえる手はずになっていた霊薬と刀。

 つまりウルは双方から欲しいものをとことん得るつもりで、どちらにも芝居を打っていたことになる。

 いくら深手を負っていたとはいえ、<剣聖>が、こんな小僧ていどの猿芝居にころりと騙されていた事実になによりも腹が立つ。


(ようもやってくれた。こ奴の首、即刻、ねてやろうかい)


 憤慨してみたところで、「こ奴の首」とやらは現在「自分の首」でもあるわけだから、刎ねるわけにもいくまい。

 そうこうしているうちに、ついに足音は間近にまで迫っていた。


「あっ」


 と声をあげたのは、門下生のひとり。

 ソーヤに先立ってやってきたのだろう。

 立ちつくしていたミツルギと目があった。


「なにをしている、小僧。もしかして見失ったのか――」


 師匠に対してあるまじき言葉遣いだが、彼にしてみれば、相手はミツルギにあらず、少年だ。

 雨笠を指で持ちあげた彼は、次の瞬間、今度は声もなく、しかし先ほど以上の驚きを露わにした。

 数秒後。


「――せ、先生っ!」


 声を絞り出した彼の視線の先には、まぎれもなく、地面の窪みに倒れ伏したミツルギの亡骸があったのである。

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