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7――旅立ち


(じょ、冗談じゃない)


 <剣聖>ひとりを同居させているだけでも持て余すというのに、その娘、しかも、いつ感情を激させてこちらに斬りかかってくるかもわからない危険人物が同行するなど、考えただけで寒気がして寝込んでしまいそうなくらいだ。


 そしてもうひとり。

 こちらは馬には乗っていない。

 もっと奇妙なものに乗っかって、宙を漂っている。

 いうまでもなく、<火の魔女>アネッサの孫娘マリーだった。

 ウルの最後の後悔は、そのアネッサと交わした約束にあった。


 昨日の夕暮れ。

 テーブルで向かいあったアネッサは、


「よければ、孫のマリーをあなたに預けたいのだけど」


 と、とんでもないことを口にしたのだ。

 仰天したウルに、


「もともと、あの娘は里では肩身が狭いようだったし、わたしといっしょに暮らすようになっても、それは変わらないと思うの。<火>の力を受け継いでいるとわかったいまなら、なおのこと。これまで以上の圧力や恐れに取り囲まれてしまえば、きっと、あの娘にとってよくない結果になってしまう。わたし自身、耐えられそうになかったから里を出たのだし」


 <火の魔女>は静かに語りつづける。


「昔のわたしみたいに、マガツ神退治をさせたいわけではないのよ。あの娘は、わたしとはちがうわ。性格はもちろん、扱う<火>の性質も、これから生きていく時代も。でも、あの娘には、狭くて、因襲いんしゅうにとらわれた村は似あわない。もっと広い世界へと解き放ってあげたいの。……とはいっても、マリーはまだまだ子供。ひとりきりで旅立たせるのはさすがに不安なのだけれど――、あなたといっしょなら安心できるわ」


(こ、この人には、おれがどう見えてるんだろう?)


 身震いを禁じ得ないウル。


(ああ、さすがの<魔女>も目が曇ったな)


 ミツルギが失笑する。


「し、しかし」

「恩人に厄介事を押しつけるみたいでごめんなさいね。もちろん、嫌なら断ってもらっても構わないのだけど。でも――」


 老婦人はカップに手を置いたまま、さざなみひとつ立たない湖面のようなまなざしで、


「その刀とともに歩む決意をした、あなたにならわかるはず。きっと、この先、常人では計り知れぬさだめが待ち受けることになる。そのとき、<火>の血族が傍らにいれば、必ずあなたの力にもなってくれるはずよ」


 そういうのだ。

 ウルは、腰の位置に戻した鬼吼を見つめた。

 ここに預けていかないからといって、『ともに歩む』決意とやらをした覚えはない。

 どこか、人が訪れないような荒野の果てにでも打ち捨ててしまおうか、くらいに思っていたのだが、


「……剣も道半ばの未熟者です。お孫さんを必ず無事にお返しします、とも約束できないくらい、情けない身ですが」

「マリーが自分の意志で旅立つのです。なにがあっても、あなたを恨むことなどしませんよ」


 アネッサはにこやかに肩を揺らし、それからきらっとした目でウルを見据えて、


「もちろん、お腹のおっきくなったマリーとあなたが肩を並べて帰ってきたときは、わたし自身、自分がどうするかはわかりませんけれど」


 そんなことを言い添えたので、ウルを激しくむせさせた。

 その後、ウルがいなくなったあとで、アネッサとマリーの二人のあいだに、どんな会話があったかはわからない。

 しかしこれも、マリーが当たり前みたいな顔をしてウルに同行していることからして、結論はすでに出ているらしい。


(だから、冗談じゃないっての)


 ただでさえややこしい事態だというのに、ころころと態度を変える気分屋、それも子供の面倒など見ていられない。


「おまえさあ……、お婆さんといっしょに暮らしたいんじゃなかったの?」


 そう聞いてみる。

 <火>を宿した鉄鞠の上で器用にあぐらを掻いていたマリーは、


「ああ? 飽きたら帰るよ」


 とあっさりいってのけた。


「つまり、本気で旅をしたいわけじゃないんだな?」


 ウルはほっとした気持ちでさらに念押ししてみる。

 すると、マリーはさっそく機嫌を損ねたみたいに、


「なんだよ。あたしに来られたら迷惑なのか?」

「い、いや、つまり、そういうところが、その」

「もう、別におまえらを恨んでなんてないよ。……結果的には、まあ、お婆ちゃんやあたしを守ってくれたわけだし」


 そっぽを向いたマリーの耳が赤くなっていた。


(へえ)


 ウルは意外な気持ちに打たれた。

 どうやらマリーは、「里を出ていきたかった」という以上に、ウルたちにあるていどの恩を感じていて、それを返すつもりで同行したいようなのだ。


(それなら、明日にでも帰ってくれたほうがいいんだけどなあ)


 と思うウルだが、さすがにそれを口に出せば、マリーがさらにへそを曲げて、意地でもついてきそうなので黙っておいた。

 と、


「それにさ!」


 ふわっと鉄鞠を急浮上させてマリーは、青くなりはじめた空に手を伸ばした。


「あたしは、お婆ちゃんを世界一尊敬してるんだ。お婆ちゃんみたいになりたい、っていつも思ってた。だから、あたしも自分の<火>を磨く! そして世界中を旅して、悪い神さまをいっぱい倒して、あたしの名をあげる。そうすれば、みんなまた<火の魔女>の伝説を思い出すだろ? お婆ちゃんの名誉もいっしょに回復させて、新しい<魔女>の名前を世界中に轟かせるんだ!」

「お、おいおい」


 不穏な決意表明にウルは膝を折りたくなった。

 いくら<剣聖>を身に宿しているからといって、ウルはマガツ神退治をしたいのではない。

 それなのに、この娘といっしょにいると、自分たちのほうから厄介事に頭を突っ込みそうで、いまから頭が痛んだ。


「ご立派な心構えです」


 馬上のクレハは感じ入ったように頷いている。


「だろ、だろ!」


 とクレハの周囲を飛びまわるマリー。

 ウルは深いため息をついた。

 自分にいつ刀を向けてくるかわからない女剣士に、自分の<火>もろくにコントロールできないくせにマガツ神退治に飢えている子供。


(なんて連中だ。こんなおかしな奴らといっしょに、旅ができるもんか)


 それをいうなら、ウル本人とて、死した<剣聖>の魂を宿した生贄の子、などという、この世に二人とないくらいに奇怪な存在なのだが、自分のことは見えないものだ。


 三者三様、思惑と迷いを抱いた若者たちが街道を北へ北へと歩いていく一方――。


 『もうひとり』、そう、ほかならぬウルに宿った<剣聖>も、無言のうちに感慨に似た気持ちを抱いていた。

 若者たちだけで、これといって当てもなく旅していた日々が思いかえされる。

 ミツルギ本人にとってはただ剣を極めるための道のりでしかなかったはずだが、いつしかそれは世界を救うための旅になっていった。

 今度はどうなるのだろう、とミツルギはぼんやりと考えて、数十年前とはそこばかりは変わらぬ青い空に思いを馳せた。





 ひと区切りついたので、『剣狼伝』はここにて、いったん休止とさせていただきます。

 大きな反響はいただけなかった本作ですが、作者本人としてはそれなりに気に入っています。

 気が向けば、ウル(ミツルギ)、クレハ、マリーの旅路を書く日が来るかもしれません。

 それでは。

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[良い点] 良いお話でした また続きが気になります 気が向いたらまた続きをウル達の旅路が見たくなります
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