6――ともに歩むなら
(待て。いく当てなど、貴様にあるのか?)
勝手に決めるなといわんばかりに、ミツルギが意識を割って入らせてきた。
「なあ、<剣聖>」
冬はそろそろ本格的に遠ざかりつつあるが、早朝はまだ冷え込み、吐く息もうっすらと白い。
(なんだ?)
「おれ、都にいってみたいんだ」
ウルは、前方を見据えながらいった。
(みやこ。王都のことか?)
「ああ。会いたい人間がいるんだ」
(王都に知りあいがいるだと? おまえが?)
ミツルギが驚いたのも無理はない。
ウルの生まれ故郷は王都からほど遠い田舎だし、それから十年を過ごした山中の集落は、外界との接触を断っていた。
都に顔見知りができるタイミングなどはなかったはず。
「いるかどうかは断定できないんだけど、可能性はある。……まだちょっと、あんたにもいえないんだけどさ。たとえ、目当ての奴がいなくても、いろいろなところをこの目で見てみたい、って思うようになって」
(ほう?)
「おれ、あんたに会わなきゃ、生贄の儀式で死んでるか、そうでなくとも――逃げるように村を出たって、多分なんにもできず、やっぱり野垂れ死にしてたんだろうと思う。そうだよ、おれもあんたと同じ、とっくに死んでいるご身分ってことだ。だったら、一度は死んだもの同士、お互い、やりたいことをやらない?」
(ほう)
語調を変えながら、同じ言葉を繰りかえす<剣聖>。
「おれたちって、切っても焼かれても、もう二つに分裂できるわけじゃないんだし、これからはいろいろな線引きをちゃんと決めた上で、つきあっていったほうがいいと思うんだ。あんたが本当にやりたいことがあるんなら、おれは一度だけ身体を貸す。もちろん、おれが同意できることが最低条件だけどさ。その代わり、おれにも『この先』の道を選ばせてくれよ」
(わしと対等でありたいというわけか。その上で取引きをすると?)
底冷えのするような気配が立ちのぼるのを感じつつ、
「そ、そうとも」
ウルもここで引くわけにはいかない。
<剣聖>がいうところの『丹田』に力を込める。
と、
(わかるが、おまえに条件があるというなら、わしからもひとつ条件を出すとしよう)
意外にも、ミツルギはすんなりとウルの意見を呑んだ。
「へ、へえ?」
(難しいことではない。わしの稽古につきあえ。毎朝、どれだけ眠かろうが、身体が痛かろうが、小一時間でいい、わしの送り出すイメージに沿って剣を振るうのだ)
「えー」
不満たらたらの顔でウルは肩を落とした。
<剣聖>はすかさず怒号を放つかと思いきや、
(ひとつは、おまえのためだ。王都へ旅をするというなら、長い道のりになる。その過程でどんな危険に出くわすかわからん。剣を学んで損はなかろうが。これまでがそうであったように)
冷静な声で、あくまに冷静に現実を指摘する。
「ん、それはまあ」
(もうひとつは、おまえの譲歩にもかかわりがある。一度だけわしに身体を貸すといったな? 実にありがたい申し出だが、そのとき、身体が剣に馴染んでいなければ意味がない。『生前』のわしほどとはいわんまでも、門下生の誰にも引けを取らんほどには、基礎の技を磨いておかなければな)
「そ、そんなに?」
ウルは、自分に殴る蹴るの暴行を加えた若者たちの姿を思い浮かべた。
いずれも屈強で、とてもじゃないが彼らを追い抜くどころか、短い期間で肩を並べられるとも思わない。
これも、おかしなものだ。
ウルはすでに自分の意志で超常の『神』を討っているにもかかわらず、同じ人間のほうがより生々しく感じるのか、ふと脳裏に描いたとき、『神』よりも人間のほうが厄介で怖く感じる面がある。
(でなければ、おまえの出した案に乗っても、わしに利はない。おまえの譲歩そのものに意味がなくなるのだ。つまり取り引きはなし、ということになる。どうだ?)
「身体を間借りしてる立場で偉そうに」
と思わなくはないが、現状を現状として受け止めることを選んだウルではあるので、
「ええい、もう、わかったよ!」
と声に出して了承した。
途端、なにやら身体の奥から大きな気配が噴きのぼってくるのを感じた。
<剣聖>の歓喜だろうか、これは。
同時に、なにやらすさまじい、不穏な空気をも感じる。
(こいつは、やっぱり……)
常人では想像もつかない、とてつもなく剣呑なことを考えているのではないかと思うと、ウルはさっそく後悔せざるを得なかった。
後悔といえば、
「なにが、『わかった』のです?」
「どうせ、ろくでもないことだよ」
後方から迫る二人の声の主に関しても。
ひとりは馬に乗っている。
高いところからウルを見おろす表情は、いまウルが浴びている風よりなお冷たい。
眼帯や、剣を帯びた特徴的な姿を見るまでもなく、クレハだ。
いまだウルを『父の仇』と見定めてはいるようだが、同時に、ウルに関しては混乱もしているようだ。
健在な左目でこれまで散々見てきたとおり、ウルが父ミツルギから教えを授かっているのはほぼまちがいなかった。
しかし、なぜ?
家族や門下生の誰にもその存在を明かすことなく、なぜこのような男に、剣を――それも、血を引いたソーヤやクレハにすら扱えぬ領域で――叩き込んだのか?
この男は本当は誰なのか?
宿に泊まっている数日間、クレハは何度となくその質問をウルにした。
ウルに答えられようはずもない。
決して口下手なほうでなく、むしろ他人を煙に巻くのは上手いはずのウルだが、クレハの左目でじいっと見つめられると、なぜだか言葉が喉でつっかえる。
ウルがしどろもどろになっていると、
「そう、わかりました」
クレハはいった。
わかってくれたか、とウルが頷きかえそうとした瞬間、
「これから、おまえに正式な果たしあいを申し込みます」
冴えた月光のようなまなざしで、そう告げるのである。
「どっ、どうしてそうなるの?」
「言葉をこれ以上費しても無駄だというなら、剣で見さだめるのみ。父の仇かどうか、おまえが本当は誰なのか、すべて剣で生死を賭ければわかることです」
(わかるもんか。おいっ、<剣聖>、あんたの娘は……というか、剣士ってのはどうなってやがる!)
ミツルギはなにもいわない。
ただ、どこかにやついているような雰囲気が伝わってきたので、ウルもだんだん腹が立ってきた。
「おまえとはやらない。おれも道半ばだからな、加減ができないんだ」
「おまえに加減してもらおうなどとは思ってない。見くびらないでほしい」
「おれだって『師匠』には恩義がある。その『師匠』の子供に万が一のことがあったらどうする。とにかくやらない!」
「おまえが剣を抜かないというなら……」
ここで抜かせてやる、とばかりに腰の剣に手をかけたので、ウルはさらに腹立たしい思いに駆られた。
(――どいつもこいつも)
「そこまでおれを見さだめたいなら、おれについてくるといい!」
機先を制するようにウルはいった。
クレハが左目をぱちくりとさせる。
「なに?」
「小手先の剣で、おれのなにが計れるものかよ。おまえの父親が、どうしておれに剣を託したのか、それを知りたきゃ、おれについてきて、その目でしっかと見るがいい。その上で、やっぱりおれを父の仇だと断ずるなら、そのときにかかってくればいいさ。ただし、そうなったらおれだって手加減しない。『師匠』の剣をおれで絶やすわけにはいかないからな。死と引き換えにするほどにおれとやりあいたくなったら、一度だけ本気で相手してやる!」
などと腹立ちに任せて言い放ってしまったのが、クレハに対する後悔。
クレハは無言で部屋を出ていったが、こうしてついてきたことを考えると、どうやらウルの言葉を額面どおりに受け取ってしまったらしかった。




