表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/67

4――この先


 城を出たウルたち一行は、以前よりもさらに上等の宿を与えられた。

 そこで五日ばかりを過ごすあいだ、ウルはゆっくりと身体を休めた。


 村でのマガツ神討伐から、これでやっと半月ほどになるか。

 なんともめまぐるしい日々だった、としみじみ思う。

 ほとんどの時間は横になって過ごしたが、退屈すると、窓を開け放って外を見やった。


 日中の街には、のみとつちの音がひっきりなしにこだましていた。

 大工たちの荒々しい声も、あちらこちらから聞こえてくる。

 街は、再建に向けてさっそく動き出しているのだ。

 いまだ正体の知れぬ『魔物』に街を焼かれて日も浅いのに、人はかくもたくましい。


(そういえば、あの村はどうなったんだろう)


 ふと、十年を過ごした集落と重ねあわせてしまう。

 長いこと、マガツ神に守りを託してきた村。

 そのマガツ神はもういない。

 生贄を差し出す必要もなくなった代わりに、村を襲うあらゆる災厄を自力で退けねばならなくなった。

 ある意味で大きく環境が変化したなかで、ウルの知る大勢の人々はどう過ごしているのだろうか。


 戸惑っているか、嘆いているか。

 村長などはその典型に思える。

 しかし娘のエリンは、きっと未来を見据えている。

 そう思える、というよりも、思いたい。

 ……もっとも、他人のことばかりに思いを馳せている場合でもなかった。


(『この先』、どうしたいのだ?)


 以前、<剣聖>が投げかけてきた問いは、心臓に喰い込んだ刃のかけらのようで、横になっても、抜け落ちることなどなかった。


(おれが、なにをしたいか?)


 たとえば、生贄の役目から逃げて、村から脱出しようとあれこれ準備をしていたとき。

 どこへ向かうか、なにをして食をつないでいくかなど、具体的なアイディアはなかったものの、


(いずれ)


 その先で、自分がいったいなにをしたいか、なにをするべきかについては、ウルはある強烈なイメージを抱いていた。

 <剣聖>と出会い、図らずも手にすることとなった剣で、数日前からは考えもしなかった剣技を『身につけた』いまとなっては、それもはるか遠い出来事ではないようにも思えてきている。

 が、いまは<剣聖>に知られたくないウルは、表面上、平静を取りつくろって、


「ああ、あ。毎日忙しかったころは、一日ただ寝てるだけで過ごしてみたい、って思ってたもんだけどさ、いざやってみると、退屈なだけだな」


 大あくびをして、誰に聞かせるともなく、そんなのんびりとしたことを口にした。



 すっかり疲れがえた六日めの朝に、ウルはベルトール伯の城下を出た。

 見張りはない。

 少なくとも、見える範囲には。

 街道で、復興のための資材を運んでいる荷車や馬車とすれちがうこと数度、昼過ぎに森へと入った。


 アネッサの家がほどなくして見えてくる。

 ここにも荷車が用意されていた。

 引っ越しのためのものだ。


「なんだ、来たのか?」


 本の山を抱えて家から出てきたマリーが、ウルの姿を認めるなり、不機嫌そうな声を出す。

 昨日すでに宿を出ていた彼女は、ウルに先んじてここへ来ていたのだ。


「来ちゃいけないかよ」

「そうはいってないだろ。来たなら手伝え。ほらっ」

「わ、馬鹿」


 マリーが本を投げてきたので、あわててウルはキャッチした。

 疲れは取れたものの、まだ身体の節々が痛んでいるので、何冊か危うく取り落とすところだった。

 マリーは笑って、


「なっさけないな。あんな剣を振るった男とはとても思えない。別人だったんじゃないの?」


 と、なかなか冷やりとさせるようなひと言を投げ捨てつつ、また家のなかへと戻っていく。

 ウルはため息をついて、本を荷車に並べた。


「ごめんなさいね」


 そこへあらわれたのが、アネッサだった。

 以前、同じ場所で見かけたときより、ずっと顔色はよくなっている。

 ガカルハイデが退治されたことにより、アネッサを苦しめていた<血族>の誘惑も消え去ったのだろう。

 心なしか、表情にもあかるさがある。


「たいした荷物なんてないのだから、ひとりでも大丈夫だといったのだけれど」


 ベルトール伯は約束どおりに里の監視を解いた。

 その経緯が語られるにつれ、里の人間もアネッサへの態度をやわらげて、<火の魔女>はふたたび里で暮らせるようになったのだ。

 しかし、


「なにをいまさら、だよ」


 数日前に、宿でウルにこのことを語った際、マリーは終始(ふく)れっ面だった。


「体よくお婆ちゃんを追い出したくせして、城からお許しが出るとなると、すぐこれだ。血族としての誇りも意志もない。やっぱりお婆ちゃんの<火>を受け継ぐのは、あたし以外にないね」


 そんなことをいって怒る振りをしていたのだが、やはり祖母が里に戻れるのに嬉しさは隠しきれず、こうして引っ越しの手伝いにも張りきっている、というわけだ。

 その後、なし崩し的にウルも手伝うことになった。

 痛みでなかなか仕事がはかどらずに、マリーから何度も叱責された。

 里からやはり手伝いに来ていた男が、いっぱいになった荷車を引いていったのが夕刻も差し迫ったころ。


「ご苦労さま。結局、大仕事になっちゃったわね。お茶でも飲んでいって」


 アネッサはがらんとなった屋内にウルを誘った。

 ちなみに、マリーはさっき大急ぎでお茶を飲み干したあと、ここで採る最後の夕食のための買い出しに向かっている。

 例の鉄(まり)に<火>を宿してのことだろうから、陽が沈む前には帰ってくるだろう。

 二人きりになると、アネッサに、


「あの子を――、そしてわたしを救ってくれてありがとう。あなたには一生かかっても返しきれないほどの恩ができたわね」


 改めて礼を述べられたので、ウルはあわてて手を左右に振った。


「とんでもない。それをいうなら、おれたちが……この大陸で生きているみんなが、あなたたち『英雄』に返しきれないほどの恩がある。それを、少しでも返せたというんなら、その、光栄の極みであります」

(ほほう、殊勝なことだ。その言葉にわずかなりとも真実があるというのなら、わしにも感謝して、身をゆだねるべきだと思うがな)

「ああ、でも<剣聖>は別です。あいつは恩以上に人様に迷惑をかけてきましたから。剣を極めるためなら家族も省みないし、仲間は見捨てようとするし、弟子の身体まで狙ってくるし」

「ま、まあ。あなたの身体を?」

「誘惑の仕方もひどいんです。おまえではどうせなにもできない、もっといい人生を味わわせてやる、痛いのは一瞬だけだとかいって」

(やめいっ、取り返しのつかん誤解を生むぞ!)


 <剣聖>は怒りを露わにしたが、アネッサはおおむね冗談だと受け止めたらしく、カップから立ちのぼる湯気越しにくすくすと笑った。

 それからしばし間があった。

 アネッサは空になったカップを置いて、


「……それで」


 と正面からウルを見つめた。


「あなたがここへ来た用件が、まだだったわね。鬼吼おにぼえをわたしに預けにきたのだったかしら?」


 ウルも表情をあらためて、腰から抜いた刀をテーブルの上に置いた。

 前にも同じことをした。

 そのときは複雑な心境になった。

 <剣聖>が命尽きてなおやり遂げたかったことが、これでしまいなのかと。

 達成感などなにもなかったのだが、いまも実感としてはさほど変わらない。


(どうなんだよ?)


 ウルは、無言のうちに問いかけてみた。


(あんたはおれに、『この先』のことをからかっていたけど、あんた本人はどうなの? 『これ』で、あんたはいいのか? 全部終わってしまっても?)


 おかしなものだと思う。

 ミツルギには、一刻も早く身体から出ていってほしい。

 偽らざるウルの本音だ。

 『この先』、口やかましく、そのくせなにを考えているかわからない不穏な老人にずっとつきまとわれるのかと思うと、ぞっとする。


 しかし、一方では、世界を救ったほどの英傑が、このまま一本の刀を友人に預けただけで消え去ってしまう――ミツルギから借りた概念においては『成仏する』――のも、なにかが決定的にちがう気がする。

 ひと言でいえば、もどかしい。


 そうした焦燥感は、ウル本人が剣を手に取るようになったことと、きっと無関係ではないのだろう。

 剣をひとつ振るえば、<剣聖>がいかに偉大な剣士であったかが肌身でわかる。

 マガツ神をことごとく退治したそのダイナミズムが伝わる。

 大勢の人にとってそうでないのが、これまたもどかしいほどに。

 <剣聖>本人は、そんなウルの矛盾した葛藤を感じてかどうか、無言になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ