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2――昔語り


 ウルは長いこと考えていた。

 数日前、マガツ神を消失させて数時間も経たないころに、領主からの使者が来て、


「ベルトール伯が、ぜひお手前方てまえがたに会いたい、とおおせられている」


 そう告げられた。

 門前で一部始終を見ていた兵士からの報告が届いたのだろう。

 ウルは承諾しながらも、今日まで先延ばしにしてもらった。


 そのとき口にした理由――「疲れているから」――ももちろん嘘ではない。

 実際、身体のどこを絞ってももう水滴ひとつぶんの力も残されておらず、なにがなんでも早く横になりたかったのも事実だが、裏側には、もうひとつの理由があった。

 まず、この地の領主に会えば、


(どうしたって、面倒なことになる)


 そんな予感、直感があった。

 できれば会わずに済ませたい。

 しかし、こそこそ逃げるような真似をすれば、また要らぬ疑念、さらには追っ手をも招きかねない。


 王国人が、従順でない他人種に関してどのような憶測を巡らせるものか、アネッサの過去や、ウル本人の体験をいまさら思いかえすまでもなく、たやすく想像のつくことだ。

 なら、じかに会って、できれば領主から信をおかれるのがもっともいいのだが、それには考える時間が必要になった。


(どうせ、マリーもクレハもろくに考えやしないだろうし)


 領主の計らいで、城下で焼け残ったなかではかなり上等な部類の宿に通された。

 正直、ウルの人生ではあり得ないくらいに豪奢ごうしゃな部屋だったが、扉や宿の周囲に見張りが立っていたのも、ウルは知っている。

 ……というより、身体の同居人に知らされた。


(この時点で怪しまれておるな。まこと、彼らの本質は変わらぬものよ。二度もマガツ神を平らげたことをなによりの誇りにしておるくせして、その実態をまるで知ろうともしないから、同じ誇りを持たぬであろう別の種族への偏見だけが強くなる)


 ミツルギはのんびりといったが、ウルは一夜明けたあとも、ベッドの上で必死に考えていた。

 部屋からは一歩も出なかった。

 というより、出られなかった。

 見張りのためではない。

 その証拠に、マリーやクレハは自由に出入りしていた。

 おそらく監視の目は光っていたろうが、街中にいる限り、行動の自由を制限されることはなかったのだ。


 ウルが身動き取れなかったのは、文字どおりの意味で、ベッドから動けないくらいに身体が悲鳴をあげていたからに過ぎない。

 大樹のマガツ神を倒したときと同じだった。

 常人離れした技で酷使された身体は、数時間も経たないうちに危険信号を発し、結果、身をよじっただけで泣きたくなるほどの激痛に見舞われていたのだ。


 かわやにいくのにも、息を切らし、床を這って進まねばならなかったほどだ。

 だから大半の時間は高い天井をにらみつつ、ベルトール伯と相対したときのことを考えるのに費やした。


 当然、あれやこれやと聞かれることになるだろう。

 ウルやクレハ、マリーの出自はもちろん、それぞれの力をどこで、あるいは誰から得たのかとか、マガツ神とのかかわりはこれがはじめてか、なぜ討ち果たすことができたかなど。

 本当のことは話せない。


 ウル本来の故郷においては、ウルの姉こそがマガツ神をその地に招いて悲劇を巻き起こしたことにされているだろうし、その後ウルが十年を過ごした山の集落は、いわば隠れ里だ。

 所在を明かしてしまえば、マガツ神をまつっていた過去をあげつらわれる恐れとてある。

 <剣聖>の話などは論外。

 過去の英傑がこの身に宿っているなどと、いったい誰に信じられるだろう?


(まあ、頭のおかしい奴と思われるだけだろうさ)

「他人事みたいにさ。いったいどうしたらいいかな?」

(知らん。捕まったら捕まったで、逃げる手段はいくらもある。考えるだけ時間の無駄だ)

「この先、なにをするにしたって、追っ手をかけられたら、それこそ時間の無駄じゃないかよ」

(この先? ほう。先のことを考えていたかよ。小僧、おまえ、『この先』、なにをするつもりだ?)

「いや、それはなにも。……本当になんでもないんだからな。心を読もうとするなよ!」


 牽制の言葉を投げてから、ウルはベッドで体勢を変えようとして、思わぬ痛みにまた悲鳴をあげさせられた。

 そんな一日を過ごしたウルだから、ベルトール伯からの質問に、


(来たか)


 と身構えたのだった。

 しばし間があった。

 家臣たちが視線を交わしあう。

 クレハがおろおろとしはじめる、マリーひとりがどこ吹く風の態度を保つなか、ベルトール伯がもう一度、今度はやや感情的に口を開きかけたとき、


「あっ」


 とウルの脇を抱えていた兵士が囁いた。

 だらしない姿勢で立っていたウルがいきなり左右の手を引いて自由になると、その場に膝をついて、こうべを垂れたのだ。


「偉大なるカリバーン王が照らしあげた光明に、連綿とつづく影の末端で従われるベルトール伯爵さま。いまこの場において、お目にかかれて恐悦至極であります」


 そんな口上を述べる。

 バナージ伯爵も「おっ」と息を呑んだ。

 ウルが口にした、『偉大なるカリバーン王が照らしあげた光明云々』は、王国人貴族へ対する古めかしい挨拶だ。

 現在は、王家へ対するときか、古式ゆかしい儀式くらいでしか耳にする機会がない。

 さらにウルはつづけて、


「神をも恐れぬ不遜ふそんなマガツ神をこたびは平らげる機会を得て、武人としてはこの上もなくほまれを感じる次第。しかし失われた人命も少なくなく、伯爵さまにおかれましては、おそれながらさぞご心痛のことと拝察すいさついたします」

「あっ、う、うむ。苦しゅうない」


 その辺の泥道でも駆けまわっていそうな少年にいきなり、上流貴族のような口上を述べられたものだから、伯爵も、思わず古めかしい言葉遣いになった。


「わたしなどはつまらぬ流浪の身に過ぎませぬが、伯爵さまがわたしについて知りたいと仰せであられるなら、語りもいたしましょう。しかし、ここは伯爵さま以外の目と耳がいささか多い。でき得ることならば、伯爵、お人払いをお願いできましょうや」


 すらすらとあまりに円滑に述べたので、一瞬、周囲は反応に遅れたが、


「なに? 人払いといったか?」

「生意気な。われらに聞かれてはまずいことでもあるのか。おまえのような得体の知れぬ小僧と伯爵さまを二人きりになどさせられようはずがない!」


 さすがに色めきたった。

 クレハはもちろんのこと、マリーも驚いてウルを見やっている。

 そのウルは、頭は伏せつつも視線はまっすぐバナージのほうを見据えつつ、


「ベルトール伯のこと、わたしも『師』からいろいろとうかがっております」


 という。


「かつて肩を並べて戦った伯爵さまがどのような方であられたか。ですから、きっとわたしの話にも耳を傾けてくださるかと」

「『師』だと? 待て、おまえは――」


 ウルは伯爵の制止が聞こえなかった振りをして、『師』から聞いたという伯爵の過去をとうとうと述べはじめた。

 五十年以上前の話だ。


 ミツルギたちの活躍によって若き王のもとへ集いはじめた旧臣たちのなかに、ベルトール伯親子の姿もあった。

 息子のほうが、現在の伯爵であるバナージだ。


 マガツ神を次々討ったという、ミツルギ、イスルギの両剣士に興味を抱いた当時十六歳の伯爵は、自分が身につけた宮廷剣技にそれなりの自信があったからか、二人に勝負を挑んで、果たしてあっさり負けた。


 それからも連日のように勝負を持ちかけてきては、ミツルギたちをうんざりさせたのだが、「では今度はあれを賭ける、これを賭ける」と私物をあれこれ持ってきては、賭けの対象にした。

 それが尽きると、あわや伯爵家秘蔵の品まで持ち出そうとしたので、バナージは父親に、ミツルギたちはアネッサに大目玉を喰らった。


 その数か月後、いよいよ、マガツ神を信奉する一大宗教兵団との決戦がはじまった。

 王家の要請に応じたベルトール伯は、息子に兵を与えて援軍として寄こした。

 馬上では誇らしげに見栄を切っていたバナージだったが、いざ陣所について、ミツルギたち以外の人間が周囲からいなくなると、泣きそうな顔をして、


「頼む、わたしの部隊は敵がいないところに配してくれ。誰も実戦の経験などないのだ」


 とすがりついてきた。

 そして――、


「ま、待て待て、待て!」


 ベルトール伯は席を立ちそうな勢いで、大声をあげた。


「な、なにやら楽しそうな話ではあるが、そうか、そうだな、他の者には少し理解がおよぶまい。ここにいる家臣は皆若く、王国人が一致団結してマガツ神に立ち向かったあの時代を信じられぬ者も多いのだ。ああ、あの血が熱く騒ぐような思い出をわたしと共有することのできる御仁が、そなたの『師』であったとはな。それで納得がいく。よし、ただちに席を用意させよう。あのころの話をじっくりとしようではないか」


 と大急ぎで話をまとめた伯爵は、家令に命じて、ウルと対面するための部屋をこれまた大急ぎで用意させたのだった。

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