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1――謁見


 現ベルトール伯の名を、バナージという。

 五十年以上も前、『王国人』が一致団結してマガツ神に抗った戦いに参陣した経験があることからわかるとおり、すでに六十代の後半に差しかかっている。

 いまだ領主の座にありつづけているのは、後継者に恵まれぬからだ。

 妻とのあいだに男子を得られず、やむなく、二十年ほど前に他家から養子を取った。


 後継者として、実子以上に愛をそそいで育てたが、十二、三年前に所領で起こったマガツ神騒ぎにて、その子も失っている。

 以来、伯爵の前で後継者やマガツ神にまつわる話は禁句となっていたのだが、その日、居城の大広間にて『英雄』たちを迎えた伯爵は、遠ざけてきた過去を正面切って突きつけられることとなった。



(アネッサ!)


 入場してきた二人のうち、片方の少女にバナージは目を奪われた。

 前もって話を聞かされたときも驚いたが、実際に目の当たりにすると、衝撃的ですらあった。

 面影がある。

 かつて英雄とうたわれた女性の。

 五十年前の戦いの際にも、そして、例の後継者を失った事件の際にも、バナージは<火の魔女>と顔をあわせている。


 そう思えば、今回の事件は、後者の出来事に酷似していた。

 領内に突如マガツ神があらわれて、人命が数多く失われた。

 討伐隊を差し向けても、かんばしい成果はない。

 王都へ救援を要請しようとする直前、外部からあらわれた何者かがマガツ神を討った――。

 バナージが城に迎え入れたその英雄は、なんの因果か、<火の血族>。


 ここまで重なる部分が多ければ、否が応でも思い出さざるを得ない。

 さらには、<魔女>と同じ活躍をして目の前にあらわれた十代の少女は、ほかならぬ<魔女>の孫娘だという。


(<血族>とは、つくづく縁がある)


 もともとこの土地を支配していた『王国人』と<血族>とは、あい争った歴史があった。

 ここまで来れば縁どころではない、もはや因縁だ。

 どうあれ、城下の、実に五分の一ほども消失させたマガツ神を討った英雄たちである。

 バナージ伯爵は席を立って、満面の笑みで迎えざるを得なかった。


「こたびの活躍、まことにあっぱれであった。おのが身をかえりみずに邪悪を討とうとする心意気、地上から悪しき神ことごとくを退けたかの英傑たちに負けず劣らず――」


 美辞麗句を並べている最中、当の<魔女>がいかにも退屈そうにあくびをしたので、広間の左右に陳列していた家臣たちの顔に怒気が浮かんだ。

 城下を荒らしたマガツ神が火を用いたことから、ただでさえ、巷間こうかんただならぬ風説がある。

 これは、<火の血族>の復讐ではないか、と。

 <魔女>自らが炎の獣となって街を襲い、さんざん命や財産を燃やしたあとで、孫娘に退治させる振りをして、英雄に仕立てあげたのだ――と。


 怒りや疑念が広間内の人々の視線を険しくさせていたが、その集中砲火にあってなお、少女はふてぶてしい態度を維持している。

 さらに今回は、その隣にもうひとりの『英雄』がいた。

 こちらも女性。

 しかも東国人とくれば、怪しさは倍増だ。

 見た目、骨太で大柄な身体つきをしているものの、容貌は相反して、繊細そのものの。

 男として気をそそられるほどなのだが、聞けば、たいそうな剣士であるとか。


 そう、伯爵が彼らを無視できなかったのは、『英雄』の活躍について、多数の証言があったからだ。

 <魔女>の孫は、空を飛びまわってマガツ神の注意を引きつけることで、被害の拡大を阻止したというし、女剣士も、多くの人々の逃走を手助けしていたという知らせがいくつもあった。

 城下を埋めた感謝の声を、さすがに伯爵も無視できなかった。

 『英雄』たる彼らの存在を無視してしまえば、


「あの人たちに比べて、いつも偉そうにしている城の連中は、ひとつも役に立たなかった」

「なんの礼もしないのは、『英雄』を妬んでいるからなのさ」

「いや、そのうちに、しれっと自分たちの手柄にしてしまいかねないぞ」


 などと、これはこれで、ただならぬ風説を招きかねない。

 だから三()の礼をもってでも、英雄たちを城に迎えざるを得なかったのだが、ふとバナージは、


「おや? 英雄は三人いるのではなかったか?」


 ただでさえ細い目を、さらに細めた。

 確か、マガツ神を相手にしたのは、女性二人と、少年の剣士がひとりと聞いていた。

 と、


「遅れていた方が、ただいま来場されました」


 タイミングよく、触れ係の声がかかった。

 大広間の扉が開いて、新たな人物が姿をあらわす。

 領主をはじめ、<魔女>の孫娘に苛立っていた家臣たちも、いったん感情をおさめて、いやむしろ期待に満ちた顔で、そちらに注目した。


 というのも、事件当時に東城門を警護していた隊長からの報告書が、城内で奪いあいになるほどに広く読まれていたからだ。

 マガツ神退治の現場が事細かに記された報告書は、まるで血沸き肉踊る物語の一幕であり、<火の魔女>に懐疑的な人々さえ引き込んだのだった。

 それによると、群を抜いて活躍していたのが、ひとりの少年であったという。


(身軽に宙を舞いながらの斬撃は目をみはるようであり、最後にはへし折れたカタナを使っての一撃で炎の獣を粉砕した)


 とまである。

 カタナをもってマガツ神を退治する――となれば、それこそ、地上からマガツ神をあらかた掃討した<剣聖><剣鬼>のようではないか。

 後者に関しては悪名も加わっているとはいえ、いずれも伝説上の剣豪なのはまちがいない。

 その伝説を思わせる少年とは、果たしてどのような人物か?


 皆、喰い入るように入り口を見やり、そして同じタイミングでぽかんと口を開けた。

 入ってきたのは少年ひとりではなかった。

 その両脇を、兵士二人が抱えている。

 少年はどうやら、ひとりではまともに歩けもしない状態で、足が床に着くたびに、


「い、いたた、いだだっ。もっとゆっくり、もっとそっと!」


 痛そうに悲鳴をあげるのを、兵士はうんざりした様子だ。

 ずっとこの調子なのだろう。


(はあ?)


 大広間の顔という顔が、拍子抜けしたような表情を選んだ。

 たくましく凛々しい若武者を想像していたのに、あらわれたのは、痩せっぽっちで、その辺にいくらでもいそうな少年でしかない。


「……おや。先の戦いで、負傷されたかね。無理をいって呼びつけてすまなかったな」


 バナージがそれでも体面をつくろっていうと、少年は、


「い、いえ。骨を折ったり火傷したりとかではないので、大丈夫です。ただ、身体中が猛烈に痛くて。あたた。馬車を用意してくださったのはありがたいのですが、あれに揺られていても小便ちびりそうなくらいに痛かったんで、何度も止めてもらったんです。おかげで遅れちゃいました。あはは」

「じゃあ、来なけりゃよかったのに」


 と小声で口を挟んだのは<魔女>の孫だ。

 少年は愛想笑いを消して、そちらをきっとにらみつける。

 性格も子供っぽい。

 人々は落胆したが、同時に、


(なにかのまちがい、いや、やはりすべて仕組まれたものではないのか)


 そんな疑念を新たにさせられていた。

 屈強な兵士数十名を投じても討ち果たせなかったマガツ神を、年端もいかぬ少年少女が討伐したなどとは、ベルトール伯ならずとも、誰も信じられまい。


(もしも本当にアネッサがあの獣を生み出したなら、この世から消し去るのも自在なはず。自分の孫と、<剣聖><剣鬼>になぞらえた東国人の剣士に、少年。いかにもなお膳立てをして彼らを『英雄』に仕立てることで、われわれユーフォリー人の顔に泥を塗るつもりだったか?)


 その『お膳立て』の過程において、領民や兵士たちの命が多数奪われている。

 この土地に因縁がある<火の血族>にしてみれば、なるほど、またとない復讐になろう――。

 そう考える貴族たちは大勢いたはずだ。

 バナージ伯爵は一度咳払いをすると、


「……改めて、三人の決死の行動、そして英雄的活躍に感謝する。しかし、三人とも見るからに若い。もっとも幼い娘御は、かの<魔女>の孫というからまだわかるにせよ……。マガツ神にとどめを刺したという、そなた」


 疑念の焦点を、少年ひとりに絞った。


「そなたもだいぶ若いが、マガツ神を討つほどの腕を、いったいどこで得た?」


(来たか)


 と、ウルはこのとき伏せがちにした表情を緊張させた。

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