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4――相乗り


 飛ぶように地面を滑っていくマリーの目には、もう空が赤く見えていた。

 ベルトール伯が治める城下町の方角から、ほうほうのていで逃げてくる人間たちの姿も目につくようになったので、マリーは目立たないところで鉄(まり)から降りた。


 それを小脇に抱えながら、街道脇の木立を縫って、街のほうへと近づいていく。

 焼け出された人々は、家族らしき名前を大声で呼びあったり、地面に両膝をついたり、泣き崩れていたりと、散々な有様だった。

 なかには、かろうじて持ち出せた数少ない食糧を巡ってか、早くも喧嘩しているような者たちまでいる。


(いい気味だ)


 とマリーは思った。

 こうした主要都市の都会に住むのは、大勢がユーフォリー人だ。

 つまりは祖先に難癖をつけて攻め込んでた連中、そして祖母にひどい扱いをしたような連中と同族であるから、彼らが悲嘆に暮れている姿に、マリーは少しも同情を誘われなかった。


(こいつらは、どうせ助かったあとになって、お婆ちゃんか、そうでなくとも自分たち以外の人間に濡れ衣を着せるつもりに決まっている)


 早くも、その兆候はあった。


「おまえらか!」


 ユーフォリー人、特に若い男たちは、大勢いる避難民のなかから大陸土着の民を目ざとく見つけては、


「おまえらがマガツ神を呼び出したんだな」


 やり場のない怒りをぶつける格好の対象を見つけて、大勢で取り囲んでいた。

 人垣の向こうからは、弁明の大声、反抗の怒鳴り声、子供たちの泣き声など、様々に聞こえてくる。

 なかには知人を助けようとしてか、割って入って仲裁しようとするユーフォリー人の姿もあるにはあったが、人種や宗教のちがいによる互いへの不信感は、こういうときにこそ表面化するものなのだろう。

 いつ殺意の応酬になっても不思議ではない、とマリーの目にも見えた。


(ちぇっ!)


 マリーは荷車を引いて走ってきた商人とすれちがいつつ、内心で激しい舌打ちをした。

 だから放ってはおけないのだ。

 王国人の兵隊たちが祖母の家にまでやってきたのは、時間的に、まだ街に被害が出ていなかったころのはず。

 彼らの家族か知りあいが、近辺で出没すると噂の『火の魔物』に傷つけられたらしい。

 兵士たちは魔物に怒りを抱いたが、追いかけて捕まえられるたぐいのものではなかった。

 だからこそ、余計に得体の知れない恐怖にかれた。


「近くに英雄としてもてはやされた魔女がいるらしい。そいつは火を使うらしいぞ」


 という噂を耳にして、そこから手前勝手に募らせた怒りと猜疑心、あるいは恐怖に動かされた彼らは、槍を携えて祖母のところまでやってきたのだ。

 少人数の噂レベルならまだしも、街ひとつ丸々焼かれるような事態となれば、全市民が囁き交わす噂は、どれほどの恐慌と憤怒を呼び起こすのか。


(なんとかしなくっちゃ)


 城門をくぐった。

 と、真っ向から風が吹きつけてきたので、マリーはいったん足を止めざるを得なかった。

 その直後に大量の煙が雪崩れ込んでくる。

 マリーは必死に息を止めて、顔をそむけた。

 ようやくのことで前へと向きなおったとき――。

 マリーは愕然となって、身動きそのものを止めてしまった。



 ウルもまた、木立のあいだを縫って駆けていた。

 宵闇が晴れていく方角へと走っていけば自然と目的地に近づいたが、いかんせん、距離が遠い。


(軟弱者、しっかりせい)


 <剣聖>が叱咤の声をあげるが、なにせここのところウルは肉体を酷使する一方だったので、体力が長つづきしない。

 汗みずくになったウルが、膝に手を当てていると、後ろから馬のいななきが聞こえてきた。

 振り向いた拍子に、ウルは目玉が飛び出そうになった。


 馬に跨っていたのは、長身で独眼の女性――、このような特徴にぴたりと一致するのは知りあいにひとりしかいない。

 クレハだ。

 まさか、こんなときにまで父の仇を討とうというのか? 

 および腰になってしまうウルの近くで馬を止めたクレハは、


「乗りなさい」


 刀で斬りかかってくるのではなく、あぶみから足を外して身体の位置をずらした。


「えっ」

「追うのでしょう、あの方のお孫さんを。わたしとて<剣聖>の娘。父上のかつてのお仲間に悲しい思いをさせたくはありません」


 凛と言い放ちつつも、目はウルから逸らしがちだ。

 当然、ウルに対して複雑な思いはあるのだろうが、それでも彼女は、アネッサたちを優先することに決めたようだ。


「……そのお父さまは、かつてのお仲間の悲しい思いに無頓着だったけれど」

(余計なことをしゃべるでないわ)


 ウルは鐙に足をかけて、馬上の、クレハの後ろへと位置した。


「こ、この馬はどこで?」

「森の木につないであった。あの兵隊どものものでしょう。さあ、飛ばしますよ」

「あ、ま、待って。まだお尻が落ち着かなくて……うわっ」


 クレハは聞く耳持たずに馬を駆けさせた。

 ウルは自然と、クレハの腰に両手を巻くような格好になる。

 くびれた腰は一見細いのに、いざ触れてみるとやはり強靭だ。

 背中の筋肉もいかにも力強くて、思わずうっとりと身をあずけたくなってしまう。


(ああ、白馬の騎士に守られる乙女ってのは、こういう感じかしら)

(くだらないことを考えるな、馬鹿者)


 <剣聖>が、いかにも気味が悪そうな声でとがめた。

 クレハも、まさかウルのうっとりとした下心を読んだわけでもあるまいが、


「正直にいえば、おまえなどは不要なのです」


 唐突に言い捨てた。


「えっ?」

「父の鬼吼を奪いかえして、わたしのみで向かったほうがいいとも思いました。けれど、いまは余計な時間なんてかけていられないから」

「そ、そう。そのとおり。いまおれたちが争ってもなんにもならない。いや、いまというか、未来永劫にわたって、うん。それが、多分、お父さんの遺志……」

「それに」


 ウルの言葉をまるっきり無視して、クレハはつづける。


「おまえを見極める、絶好の機会でもある」


 下り坂を一気に駆けおりたかと思えば、道の悪い上り坂も疾駆する。

 クレハは馬の扱いにも長けているようだ。

 半時間としないうちに、ウルの目にも、空がはっきり赤らんでいるのが見えてきた。


「み、見極める?」

「おまえが本当に父の後継者だというなら、見せてみなさい。マガツ神をその手で討つところを」

「い、いや、しかし、<剣聖>の技を継ぐというのと、マガツ神退治はまた別の話ではないかと思うわけですが、それは」

「いいえ。ただ単に剣が優れているだけの人間に、父が鬼吼を託すはずがありません。兄にも、そしてわたしにも触れさせまいとしていたくらいなのだから。父ならば、剣を扱うにふさわしい心の持ち主にこそ鬼吼を譲渡するはず」

「正しいか?」


 ウルが小声で内心に問いかけてみると、


(わからんな)


 明瞭な、しかしだからこそ理解不能な答えが返ってきた。


「な、なにい?」

(わしをも超える才能の片鱗でも見えれば、わしはその人間がどんな奴であれ、技のすべてを叩き込みたいと願うだろう。しかし、マガツ神に取り込まれかねないほどに負の感情が見え隠れする人間には、たとえ一番弟子であろうと鬼吼は渡さない。これははっきりしている。しかし鬼吼なくして、わしが弟子に望む悲願を成就できるとも思わん。つまるところ、わしにもはっきりしない。生きているときに答えが出なかったことが、いまここで出せるとは到底思えんな)


 声だけは自信に満ちあふれていながら、内容はなんとも頼りない。


「しっかりしてくれよ、本当」

「しっかりするのはおまえのほう。さあ、見えてきました」


 クレハが手綱を引いた。

 東の城門。

 ウルには当然わからないことだが、十数分前にマリーが辿り着いたのと同じ場所だ。

 いまだ逃げてくる人間たちが大勢いたが、マリーのときと比べて陰惨の度合いが増している。

 つまりはあのときから十数分逃げ遅れたわけだから、あちこちに怪我や火傷を負っていたり、家族とはぐれたりした人間たちが多いということだ。


 馬ではもう進めそうもなかったので、クレハもウルも鞍から飛び降りた。

 昼さながらに明るいのは、もちろん門の向こうで炎が荒れくるっているせいだろう。

 大量の唾を飲み下しつつ、ウルが城門をくぐると、マリーが目撃したものと同じ光景がウルの視界にも広がっていった。

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