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1――少女の想い


(待て。どういうことだ?)


 ミツルギが不審そうな声をあげた。

 ウルも目撃したとおり、マリーに<火>の力が宿っているのはまちがいない。

 アネッサの言葉からすると、しかしそれは祖母が授けたものではないらしい。


(マリーという娘、自力で<火>を発現させたというのか?)

「マリーが、自力で<火>を発現させたということですか?」


 <剣聖>が抱いた疑問を、ウルが声に出してアネッサに問う。

 アネッサは小さく顎を引きつつ、うつむいた孫娘のもとへ歩み寄っていった。


「わたしは、<火>の継承を自分の代で打ち切るつもりだった。確かに祖先が引き継いできた大事なものではあるけれど、人ならざるほどに大きな力を持つのは、それと同じ、いいえ、それ以上に大きな代償をともなう。わたし自身が散々に経験してきたことだわ。もう誰にもわたしのような思いをしてほしくなかったし、同じく人ならざる脅威であるマガツ神はもうあらかた地上から消し去った。そう思えばこそ、わたしはこの力もまた地上から消えるべきだと考えたのよ」


(とはいうが……、マリーは実際に<火>を持っている。誰にも教えられずに<火>を育てることが可能なのか?)


 <剣聖>の疑問をまたもウルが声に出すと、アネッサは答える。


「前例がないわけではないわ。わたしたち<火の血族>は、皆、生まれながらにして<火>を宿していると考えている。生まれて間もない赤子が指から火を発して遊んでいたという記録もあるくらい。けれど、<火>は危険なものよ。大きな力と熱をもって身を守ったり、生活を潤したりする反面、扱い方をひとつまちがえれば、自分自身を、そして自分の大切なものをも焼き払ってしまう。だから大人たちは子供の<火>の育成に細心の注意を払ってきたし、一代でひとりきりが継承するようになってからも、素質のある人間には、すぐに先代の術師が教師役についた」


(ふうむ。そういえば、昔からわからんことがあった)


 これを機に聞いてしまえとばかりに、<剣聖>から次々疑問が湧き出てくる。

 ウルは内心面倒だと思いながらも、彼自身、英雄伝記に語られる<火>の魔術に関心がないわけでもなかったので、またも声に出してみた。


「誰にも教えられないのに無自覚に<火>を振るう子供がいたということは、一族が皆、生まれながらにして<火>を宿していた、というのも頷ける話です。しかしそれなら、<火>の継承が一代にひとりのみと決められたときは、どうしていたのですか?……ええと、つまり、継承者のひとりが選ばれたときに、残りの子供たちはどうやって<火>の力を捨て去ったのか、ということなんですが」


「わたしも実際に見たわけではないけれど、最初のころは、選ばれなかった子供は力の行使が禁じられていただけだというわ。<火>が無自覚に宿っている以上、それを自分の意志で捨て去ることもできないから。でも、不思議なものね。里のなかで<火>を扱う者たちが減っていくにつれて、無自覚に力を使う子供たちも同じくじょじょに減っていったらしいのよ。


 こうは考えられないかしら。赤子が人間として成長していくのは、周りに人間の大人たちがいるからよ。大人たちが歩くのを見て、自分も両足で歩こうと思い、大人たちの言葉を真似ることで、土地の言語を覚えていく」


 <火>を日常的に扱う光景がなくなると、子供たちも自然と<火>を自覚できる機会が少なくなって、結果として、<火>を扱える者の数も自然と少なくなっていった、というのだ。


 アネッサがマリーの傍らまで来た。

 その手が伸びてきたとき、マリーの肩がもう一度波打った。

 頬をたれると思ったのだろう。

 しかしアネッサの手は、その小さな肩に軽く触れただけだった。


「きっとこの娘は、小さなころからわたしと接していたせいで、<火>をほかの人以上に身近に感じていたのね。……どうして教えてくれなかったの?」

「み、みんな、<火>を使ったら、王国人に殺されるといっていたから……。王国人なんて怖くなかったけど、お婆ちゃんたちを巻き込んじゃうのが、こ、怖くって」


 腰の位置で握りこぶしを震わせながらマリーがいうと、アネッサは小さく嘆息した。


「ひとりきりで<火>を扱うことのほうがよっぽど怖いわ。さっきみたいにうっかり他人を傷つけてしまうかもしれないし、下手をすれば、自分自身が焼かれる恐れとてあるのだから」

「でっ、でも、でも!」


 大粒の涙を頬に伝わせながらも、マリーはその大きな目で祖母を見あげた。


「あいつら、お婆ちゃんを『火の魔物』って……! よりによって、マガツ神だなんて。そんなの、絶対に許せなかったんだっ。だって、大勢の人を救うために頑張ってきたお婆ちゃんが、人を傷つける魔物なんかといっしょにされるなんて!」


「……そう、だから、力とは恐ろしいものなのよ。人は、自分にないもの、自分にはわからないものを、なんとか理解の範疇はんちゅうにおさめようとして、時には神格化したり、時にはとことんまで矮小化したり、とにかく自分のなかにある物差しや言語で定義づけをしようとしてしまう。だから、『英雄』だろうと『魔物』だろうと、他人がわたしを呼ぶ言語に意味などないのだわ。大事なのは、自分に宿った、自分が得た力を、自分自身の物差しと言語で律することなのだから」


 このとき、マリーはただでさえ大きな目をさらに大きくみはっていた。

 なにか、いまの祖母の言葉に刺激される記憶のひとつでもあったのかもしれない。


「だからお願い、あなた自身を守るためならともかく、他人を傷つけるためにあなたの力を使わないでちょうだい。そのことでいちばんつらい思いをするのはあなたで、それでいちばん悲しむのは、わたしを含めたあなたの家族なのだから」


 マリーの肩を抱いて、ぼさぼさの髪を柔らかく撫でてやりながらアネッサがいう。

 うーっ、とマリーは子犬みたいな唸りを発して、ぎゅっと閉じた目から大粒の涙をこぼしはじめた。


「あんたもそうだけど、英雄ってのも案外楽じゃないみたいだな」


 ウルが<剣聖>に軽口を叩く。

 その返事より先に、腰の辺りに別の反応があった。

 鬼吼がカタカタと小刻みに震えているのだ。

 ミツルギはすでに『そちら』のほうに意識を向けていた。

 姿こそ見えないが、肉体を共有しているウルにはミツルギの『視線』の位置がわかる。

 同じ方角に目を向けてみた。

 木々の向こうに覗く空が、朝焼けを迎えたみたいにほの赤い。

 陽が没してまだ数時間と経たないから、もちろん夜明けにはほど遠いはずだ。


(どうやら出たな)


 ミツルギが低く抑えた声でいった。


「な、なにが?」


 ウルは問いかけたが、答えは、マリーの肩をさらに寄せたアネッサの口から出た。


「……『火の魔物』」


 と。

 ウルがそちらを向くと、マリーを抱いていないほうのアネッサの手に、新たな<火>があらわれていた。

 蛇のごとく婦人の腕にとぐろを巻いたそれは、緩慢かんまんに上下している。


「先ほど、あなたも見たでしょう?」


 アネッサがいう。

 地下の石室を乱舞していた<火>のことだとウルは気づいた。


「あれはわたしの力にはちがいないけれど、でも、自分の意志で出したものではないのよ。いまの、『これ』もね」

「どういうことですか?」


 自分で口火を切っておきながら、アネッサは迷うように視線をいったん落とした。

 しばらくの間。

 すると、


「お待ちを!」


 背後から重々しくひびく声があった。

 とともに、ウルは心臓を鷲づかみにされたような気分になった。

 振り向くまでもない。


「……くそっ、だから縛っておくべきだったんだ」

「あなたは?」


 アネッサが目を丸くするそのすぐ近くで、マリーが「あ」とばつの悪そうな顔になった。

 当然のことながら、アネッサは、ウルと『この人物』がマリーの罠にかかって井戸に落とされていたことなど知らない。


「申しわけありませんが、お話を聞かせていただいておりました。あなたが、かのご高名な<火の魔女>アネッサさまに相違そういありませんね」

「そのお顔に、出で立ちは……東国の方ですね」

「はい。お初にお目にかかります。わたしの名はクレハ」


 ウルは忍び足でその場を離れかけていた。

 震える鬼吼さえうるさく思われて、手で鞘を押さえつけている。


「いきなりまかりこした非礼をお許しください。わたしは、あなたとともにマガツ神を退治した<剣聖>ミツルギの娘です」

「まあ。あなたが……」


 アネッサが笑みを浮かべるより早く、


「そして!」


 クレハの唇からほとばしった鋭い声は、達人から放たれた矢さながらにウルの足を地面に縫いつけた。


「そこで、コソコソ逃げようとしている男は……、その男こそが……、わが父ミツルギを殺して鬼吼の太刀を盗んだ大罪人、父の仇なのです!」

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