7――<火の血族>
アネッサは、大陸先住民の、とある一族の末裔だった。
独自の風習や、土着の信仰を代々引き継いでいたのは、大陸に点在する多くの先住民族と共通しているが、加えて、彼らには独自の魔術があった。
性質としては、ミツルギが旅の途中で出会った蛇廻教に近い。
強力な魔術を一族のあいだでのみ継承させながら、ほかとは決して交わらず、狭いテリトリーで、教義の掟のもとに暮らしていた。
しかしこれもまた多くの部族と同じく、海を越えてやってきた『王国人』たちに敵視されることとなった。
「アネッサの一族は、<火の血族>と呼ばれていた。簡単にいうなら、部族の者たちは生まれたときから個別の火を与えられており、それを各々の発想や方法でもって育てることで、個人個人が火の魔法を身につけていたのだ」
ミツルギはそう説明したが、ウルにはそのイメージを正確にはつかめなかった。
『火を育てる』という言葉から、まるで犬か猫かのように火を飼い慣らす人々、という貧相なイメージが浮きあがってきたばかりだったが、
「それで、おおむねまちがいはない」
ミツルギはいった。
「火には、個人個人が与えた人格が宿る、とアネッサはいっていた。動物や友達のように火と接するイメージは決して遠くないだろう。アネッサもよく自分が出現させた火に話しかけていたものだ」
彼ら部族は、その力で威を振るっていたわけでは決してないのだが、聖典に記されていない神を崇めて力を得ている時点で、『王国人』にとっては、邪教徒以外の何者でもない。
だから彼らは、『王国人』が大陸に台頭するころから、山中にひっそりと身を隠して暮らすようになっていた。
そのおかげで、英雄カリバーンの戦果に<火の血族>は含まれていなかったのだが、戦後、大陸で人間の住める領域のほとんどが王国の版図に組み込まれたころに、地図を作成していた王国人の一派が、見知らぬ山中で獣に襲われていたところを<火の血族>に救われた出来事をきっかけにして、<火の血族>の存在が明るみになった。
このころ初代国王カリバーンはすでに没していたものの、国民のカリバーンへの畏敬、憧憬はいまだ凄まじかった。
カリバーンと同じ偉業を遂げれば、次期国王としての素質を認められる、と有力者の大半が同じ考えを抱いていた。
「そうであるゆえ、このころの貴族たちに流行ったのは、鹿狩りでもウサギ狩りでもない、『マガツ神狩り』だったという」
カリバーンが討ち洩らした邪悪な神がどこそこにいて、いまにもユーフォリー人の安寧を脅かそうとしているぞ、と息巻いては、馬上に身を投げて、宮廷のバルコニーからハンカチを振る貴婦人たちに見送られながら、金で雇った兵たちを率いて『狩り』に赴く。
そんな貴族たちが大勢いた。
ほとんどが空振りに終わっていたが、それなりの私財を投じ、また大見得を切った以上、手ぶらで帰ることもできずに、彼らは近辺にあった先住民の集落を襲っては、『これぞ邪神を崇めていた証』という品を適当にでっちあげて、それを頭蓋骨の群れとともに誇らしげに高々と掲げては凱旋する――というのがお決まりの流れだった。
「ふざけやがって!」
ウルはいった。
彼の脳裏で明滅していたのが、火や血のりの赤であり、揺れていた姉の背中だったのはいうまでもない。
ミツルギは、
「ああ、ふざけているな」
と頷いた。
「アネッサの一族が代々暮らしていた里は、ここ――現在でいうベルトール領の外れに当たる。一族を『狩ろう』とした者たちは、大半がこの土地に居座っていた『王国人』貴族どもだ」
が、<火の血族>がこれまでと異なっていたのは、大きな力を手にしており、狩られる側の立場に甘んじなかったところだ。
狩猟者たちは一度ならず、<火>の力によって追い返される羽目になったのだ。
必然として、<火の血族>は王国からこれまで以上に狙われることになったのだが、戦いは激化する直前にぴたりとやんだ。
「この辺りの昔話はアネッサも詳しくは聞かされていなかったようで、わしにも詳細はわからん。が、もともと襲撃者たちは王の命令を受けていたわけではないのに加えて、このときの王――カリバーンの実子に当たる――は、とにかくマガツ神との戦いで傷ついた国土を癒すのを第一の使命と考えていた。先住民たちを、どうやって王国の傘下に置くかに苦心していたともいう。ただでさえ絶大な支持を得ていた父が亡くなったあとだ。争いの種をひとつでもなくすためには、力で押さえつけるのではなく、時には彼らに柔軟な態度を示す必要があったのだろう。そんな王だから、『狩り』の事実を知ってなにも手を打たなかったはずはない。
結果、<火の血族>は滅ぼされずに済んだのだ。ただし、彼らの里は『王国人』の監視下に置かれることとなり、魔術の使用も禁じられて、力の継承はただひとりに限られることになった。その時々でもっとも素質のある、たったひとりだけが火の魔術を受け継いでいくことで、いわば見逃されることになったのだ」
それから二百年ほど。
ふたたび猛威を振るいはじめたマガツ神を、ミツルギたちがそれこそ『狩って』まわっていた当時、<剣聖>らは、ひっそりと時を過ごしていた一族の里へと辿り着いた。
「そこで出会ったのが、アネッサだ」
当時、歳はまだ十七か十八。
見た目は、華奢な、ごく普通の娘だったが、彼女こそ、一族が代々細い糸を紡ぎあわせるように受け継いできた<火>の魔術、唯一の継承者だった。
ミツルギらが刀だけの戦いに限界を感じはじめていた時期であったため、彼らは旅の助力をアネッサに乞うた。
「魔術呪術のたぐいを見たことがないわけではなかったが、あれほど攻撃的で破壊的な魔術に接するのははじめてだった。自分が剣に費やした汗や時間、そういった諸々が馬鹿馬鹿しく思えるほどだったよ。なにせ、わしがどうやったって傷つけられない相手を、アネッサはあの華奢な手をかざして、飼い慣らしている火に命令ひとつ与えるだけで、跡形もなく燃やしつくしちまうのだからな」
ミツルギたちが力をあわせてマガツ神を狩っていったのは、これまで何度も語ったとおり。
「戦いの旅が終わったあと、わしらは王のもとに残っていたが、アネッサはまあ実にあっさりと暮らしていた土地に帰っていった。王も引き止めたがっていたが、アネッサに『王国人』の街はあっていなかったのだろう」
それからまた数十年。
ミツルギがようやくのことで家族を得たころ、長らく連絡が絶えていたアネッサから手紙が来た。
「わしはすでに偽名を使って素性を隠していたが、誰からか、東国人が剣術の道場を開いている話を聞いたのだろう。わしらが『英雄』扱いされているころならまだしも、いまとなってはそんな道場は珍しい。さらに旅の者から道場主の風貌を聞いて、わしだと確信したらしい」
旧交を懐かしむ文面からはじまった手紙には、冒険後のアネッサが辿った経緯が簡単に記されていた。
旅を終えた直後、<火の魔女>は里の男性と結婚して、静かな暮らしを得ていた。
このころになると王国人の監視も形骸化していたようだが、アネッサは火の魔術を誰にも引き継がせるつもりはなかった、という。
火の継承は自分の代で終わりにする心づもりだったようだ。
ところが、<火>の力を必要とされる事態がほどなくして起きた。
近辺に新たなマガツ神があらわれて、人々を襲うようになっていたのである。
「おまえの村がそうだったように、マガツ神すべてが消え果てたわけではなかった。というより、『神』として信仰を集めていなくとも、『禍つ』の存在はそこかしこにあるものなのだ。呪いや恨み、人間に負の側面がある以上はな。このときアネッサの近辺にあらわれたマガツ神も、恨みを呑んで果てた亡霊の集合体といったところだろう。われわれの国ではこういったものをすら『神』と呼ぶことから、大陸では、そのいずれもが信仰によるものだという誤解を招いたようだが」
神であろうとなかろうと、たとえばウルが通ってきた街道でそうした『魔物』が犠牲者を生んでいたように、対処方法を知らぬ人間にとっては、手も足も出ない相手であるのは変わりない。
「当時もいまも、この土地の領主はベルトール伯バナージだ。そのバナージはマガツ神追討の部隊を出したが、なまじの人間には傷ひとつつけられん。被害は拡大した。集落がいくつも滅ぼされ、バナージが後継者として育てていた養子も命を落とした」
この緊急時、アネッサが立つほかはなかった。
「アネッサはもともと争いを好まない、もの静かな女だ。だがあいつが、次々聞こえてくる被害の報告に胸を痛めないわけはない。同時に、里を守る必要にも駆られたのだろう。マガツ神からではないぞ。またぞろ、一族がマガツ神を呼び出して操っているという風評が立つのを恐れたのだ。つまりアネッサは、『王国人』から里を守るためにも立った、と考えていい」
すでに高齢の域に差しかかっていたアネッサではあったが、幸い、あらわれたマガツ神はそれほど強力ではなく、同行してくれた里の戦士にも犠牲を出すことなく退治することができた。
さらにアネッサは今後のためを思って、そのことをわざわざベルトール伯バナージのもとへ報告に赴いた。
かの、<火の魔女>がふたたび力を振るってマガツ神退治をしたという話はすでに伝わっていて、またアネッサが危惧したとおりに、彼女、もしくはその血族こそがマガツ神を呼び寄せたのではないかという風評も少なからず立っていた。
そういうわけで、城内には大勢の見物人が押しかけていたという。
すると伯爵は、アネッサに意外な申し出をした。
「そなた、わが城に仕官する気はないか――と、ベルトール伯爵はのたまわれたそうだ」




