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4――兄妹(1)


 それからのことは長々と語りたくない部分なのだろう、ミツルギはいままで以上に端的に、感情を交えまいとするかのように淡々と語った。

 だから、


「王都に戻っていたわしは、イスルギが起こした虐殺事件を耳にした」


 語り口調と裏腹に、ウルはいちいち驚かされることになる。


「ぎ、虐殺? イスルギが国を裏切ったとは聞かされていたけど、でも……」

「イスルギは当時、王の妹君と恋仲だった。王も二人の未来を祝福していた。しかし、せっかくのこと求心力を取り戻した王家に、他国人の血が入ることを忌み嫌う一派も、一定数存在した。マガツ神復活にはほかならぬ東国人が関与していたという噂もあったから、以前からイスルギと彼らのあいだでは揉めごとが絶えなかったのだ。彼ら一派の流す、あらぬ中傷や侮辱に耐えつづけていたイスルギだったが、ここに来て、ついに剣を手にしてしまった」

「……『王国人』の貴族を、殺したってこと?」

「ああ。そしてその争いの巻き添えを受けて、王の妹君も命を断たれてしまった」


 ウルは唾を飲み込んだ。

 過去の凄惨さもさることながら、このとき、本を読み聞かせてでもいるかのように平坦だったミツルギの口調が、突然、暗い炎であぶられたかのように、急激な熱を帯びたのだ。

 ……が、すぐにもとの平坦さに戻って、ミツルギはつづける。


「イスルギは血刀を引っさげたまま逃走。王もここにいたっては、いかに友人といえどもイスルギを擁護できず、討伐隊を出すこととなった。わしにも声がかかった。王が直接わしにいうには、『汚名をそそいでくれ』と。あの青白い顔に涙を浮かべていうのだ。『おまえが討たねばならぬ。そうでなくてはあの戦いでまとまった人心がまたもバラバラになる』と。わしはイスルギを追うことにした。王の言葉に心動かされたというより、わし自身が、奴を放置してはおけなかったのだ」


 ミツルギは討伐隊の一員として、かつての旅の仲間であるグローマイヤーと、その部下の騎士数名とともに王都を出た。

 追跡の旅は一年以上におよんだ。


「その間、奴とは数度、刃を交えた」


 春の平野で、夏の森で、秋の船上で。

 ……そして特に印象深かったのが、冬の渓谷にかかった釣り橋での死闘だった。

 見まいとしていても、ウルの脳裏にはその戦いの断片がちらついていた。

 ミツルギにとっても忘れがたい、色濃い戦いの記憶なのだろう。

 双方、真っ白に染めあがった渓谷を面にし背にしながら刀を殴りあわせて、雪化粧に無数の火花を添えていた。


「四度目の戦いで、互いに手傷を負った。ともに浅くはない。結局は逃げられたが、われわれは雪に点々と残された血の痕を追った。あきらかにイスルギは足が鈍っていた。追跡の終わりが、もうそこまで来ていると思えたとき」


 先のそれとはまた別の釣り橋に足を踏み入れた。

 ミツルギは前後を挟まれていることを知った。

 <剣聖>にしては気づくのが遅すぎた。

 四度目の戦いののち、どうしてか、ミツルギは心ここにあらずだったのだ。


「橋の先で待ち伏せをかけていたのは、『王国人』の騎士たちだ。そして背後には、グローマイヤーと、これまで追跡をともにしていた、やはり騎士たち。彼らはすでに剣を抜いていた」

「ちょ、ちょっと待った」

「おそらく、わしとイスルギの双方が手傷を負ったときこそ、わしらをともに討つ好機と見たのだろうな。笑うがいいさ。わしは裏切られたのだ。肩を並べていくたびも死線をくぐり抜けたグローマイヤー、そして友と誓いあったはずの王にな」

「どうして、そんなことに」


 胸が詰まるような思いでウルは聞いたが、<剣聖>の返事は相変わらず淡々としたまま。


「イスルギの件で東国人が邪魔になったのか、はたまた、『英雄』の存在そのものが、今後の王の治世に影響すると思われたか。そんなところだろうさ」

「そんな。あんたたちは大陸の人たちのために戦ったのに」

「誰のためであるかなど関係ない。それをいうなら、王とて、これからの王国人のためにわしらと戦っていたつもりなのかもしれない。まあ、それ以来一度も会ってはいない王がなにを考えていたかなど、いまとなってはわからんがね」


 『これ』だろうか、とウルは考えた。

 あえて感情が欠落したような話し方をしているミツルギの、その記憶に含まれる強い感情の源とは?


「おれが聞いた英雄伝記なんかじゃ、<騎士>グローマイヤーとあんたは仲がいいとうたわれていたけど」

「いまとなってはそれもな。――それこそ、伝記では、わしとイスルギは刺しちがえたことになっているようだが、わしがこうして生きている以上、わしは命からがらその包囲網を抜けたのだ。その代償に腕を失ってしまったがな」


 ウルのイメージで描かれたミツルギは、「はっ」と鼻で笑う仕草をしてみせた。


「無論、『刺しちがえた』と嘘の情報を流したからには、騎士たちはわしのみならず、イスルギをも討ち洩らしたようだ。それから三十年余りが過ぎた」

「さ、三十年って」


 話が飛びすぎだ。

 ミツルギがまた鼻で笑った。


「その間に語るようなことなどなにもない。強いていうなら、わしはミツルギの名を捨てて、剣を究めんがための修行に精魂込めていたが、ついに果たせなかった。それだけのこと。そんな三十年の無為な時間が唯一わしに与えてくれたひらめきがあるとするなら、剣も人間も、ひとりきりではなにも完成させられない、ということだ。だからわしは道場を開き、門下生たちを募っているうちに、いつの間にやら妻をめとっていた」

「『いつの間にやら』って」


 こんな男がどんな女性を妻にしたものやら、その経緯も含めて詳しく知りたいウルだったが、


「ソーヤとクレハが産まれたのち、妻は病を得て亡くなった」


 そうつづけられると、うかつに口を挟めなくなってしまった。

 ウルたち一般人が英雄について知り得るのは、その人物を英雄たらしめる活躍の話だけだ。

 物語のあとの話などはほとんど伝わってこない。

 しかし、じかに英雄から話を聞いてみると、ミツルギの場合は『その後の話』のほうが、ある意味で劇的であり、凄惨であり、そして、悲しかった。


「数年後にはソーヤも道場に通うようになった。わしはソーヤに剣を叩き込むことで、自らの剣を見つめなおす機会を得た」


 ミツルギは、戦いで磨きあげた、彼なりの、彼だけの剣術を、息子のソーヤに継承させようと考えていた。

 でき得るなら、息子にはさらにその一歩先にまで辿り着いてほしい。

 だから一日でも早く、人生で得た剣のすべてを息子に叩き込む必要があった。


「最初のころは上手くいっているように思えた。わしには焦れるような時間だったが、それでも、一歩ずつ、息子が剣をものにしているという実感は、わしの喜びにもなった」


 だが。

 ウルはこのとき、ミツルギが自分の身体を借りてソーヤに言い放った言葉を思い出さないわけにはいかなかった。


(おまえが<旋風>を発現させたのは、十三のときだったそうだな。しかしそれから七年ほど経っても、いっこうに進展がなかった――)


「何事も、思ったとおりにはいかんものだ。ソーヤは門下生たちのあいだではずば抜けていたが、しかしそれだけだ。おまえも見たとおり。鬼吼をもってしても、マガツ神の一体も相手にできぬくらいだ。わしが望んだ半分ほども――そう、素質がなかった」


 ミツルギにすれば一生ぶんの慨嘆がいたんを込めた言葉だったろうが、


「あんたの教え方が悪かった、って風には考えないんだ?」


 ウルのその指摘に対し、意想外にたじろぐ気配を見せた。


「なにをいうか。わしは枯れても<剣聖>ぞ。この世に、わし以上に剣を教えられる者が二人といるものか」

「昔、村にいた鍛冶師に聞いたことあるよ。優れた技術の持ち主が、優れた弟子を育てられるとは限らない、って。剣も同じじゃないかな。いい剣士が、いい先生になるとは限らないんだよ」

「聞きかじりでものをいうな」

「そこなんだよな。あんたってさ、ほら、なんだかすごく――すっごく、頭が硬そうだから、一度決めた自分のやり方を曲げそうにないじゃない? それに、師匠と弟子には相性もあるんだと鍛冶師がいっていたよ。ほかの人にとってはどうか知らないけど、少なくとも、ソーヤとは相性がよくなかったんだよ」


「黙れ。茶々を入れるようならこの話はしまいだ」

「そういうところでもあるんだけど……わかったよ。つづけてくれ」

「ともかく、わしの誤算はもうひとつあった。それがクレハだ」

「あの妹さん? そういえば、いってたっけ。『あいつは息子より強い』って」


 父に剣を学ぶ兄の姿を見て育ったクレハは、ごく自然の流れで、自分も剣を手に取りたがった。

 幼いクレハにしてみれば、単純に遊びの一環だ。

 仲間はずれにされるのが面白くなかったこともあるだろう。

 ミツルギはすでにソーヤを後継者に定めていたので、クレハには初歩だけを教えて、あとはほとんど自由に任せた。


 毎日のように道場に通うクレハは、剣を心底から楽しんでいる様子だった。

 大人と打ちあいの真似事までした。

 門下生たちが打ち負かされる振りをして、娘が勝ち名乗りを受けているのを、ミツルギもどこか微笑ましく見ていた。


 ところが。

 十七を越えたソーヤが大人の体格になるにつれて剣が伸び悩んでいったのとは反対に、十四になったクレハの太刀筋がミツルギを驚かせる回数が増えていった。

 さすがにもう門下生相手に連勝はしていなかったが、つまり彼らに芝居をさせないほどの腕前になっていたということだ。


 まだ子供の――それも女性のクレハだから、大人と真っ向から打ちあおうとはしない。

 相手が打ち込んでくるのを右に左に、すいっすいっとかわす。

 それも笑みを浮かべて、実に楽しげに。

 そして攻撃をすかされた相手が体勢を乱したと見るや、今度は一直線に打ち込んで、鮮やかに一本を取る。

 ミツルギの戦い方ではなかった。

 理想とする太刀筋ともあきらかにちがう。

 だが、だからこそ逆にミツルギは目を大きく見開かされたのだ。


「……わしが手ずから教え込んだソーヤがいっこうに殻を破れなかったのに反して、わしの手を離れてのびのび剣を振るっていたクレハのほうが、ソーヤよりよほど才能のきらめきを見せていた。わしの娘でありながら、むしろ若いころのイスルギを見ているようでもあった。あ奴も、わしの半分ほども汗を流しておらぬのに、いつの間にやらわしに並び、時には追い越すほどの剣を振るっていたものだ」


 ミツルギは長嘆ちょうたんした。

 クレハの身に秘めた才能に、父親であるミツルギが気づいた。

 そのことこそが、一家に悲劇を招き寄せることになるのだった。

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