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8――犯人はおまえだ


 全員、なにをいわれたかわからない、という顔つきになった。

 いちばん速く反応したのは、


(なにをいうか。貴様に、なにがいえるものか)


 その場にいる誰でもない、ミツルギの強い思念だった。


(わしの剣の半分も理解できぬおまえが、一人前のことを抜かすでないわ!)

(や、やめろ。うるっせえな)


 他人の激しい感情に、ウルは圧迫されるような痛みを覚えて、とっさにそう応じた。


(うるせえ、とは誰にモノを抜かしておるか、小僧)


 この瞬間、ミツルギのほうも、ウルの思念が近くにあることをはっきりと知覚した。

 双方の思念――『心』とも、『意識』とも、もちろん『魂』とも表現して差しつかえない――が、じょじょに覚醒へと導かれていく。

 これまでひとり言をいいあっていたにも等しい両者が互いの存在を認識しあったとき、暗がりの海を隔てた先に、ミツルギはウルの、ウルはミツルギの姿を垣間見た。


(あっ、あんた――)


 土気色の顔をした老人が血まみれの姿で立っているのを見て、ウルは一瞬言葉に詰まった。

 その『認識』が伝わって、ミツルギは薄く笑う。


(ほう、そう見えるのか。まあ、貴様はその姿のわししか知らんから、無理もないな)


 ぎょろりとした目に、精悍せいかんな立ち姿。

 単に不気味というのでない、うっかり触れれば骨ごと肉を断たれそうな、そんな危険な空気を感じ取ったウルだったが、しかし彼のほうにも、この瞬間まで溜め込んでいた鬱憤うっぷんがあった。


(……あんた、山で会った爺さんだろ。おれに、いったいなにをしたんだよ? 『これ』はどういうこと? 刀も薬もくれてやるとかいいながら、いたいけな少年を騙したのかよっ)

(いいから寝ておれ。目覚めたときに、つまらぬ人生は一変していよう)

(なんだって?)

(すべて、わしに任せておけばいい。生贄の問題も一気に解決してやる)

(勝手なこと抜かすんじゃねえよ。任せた結果が、このざまじゃねえか)


(ほう、わしと直接相対していたとは別人のような態度だな。さすがに心が剥き出しでは、お得意の芝居もできんと見える)

(だ、黙れっていってるんだ。いいから、おれの身体から出ていけっ!)

(出ていけば、わしが死ぬ。わしの身体にはもう命が宿ってないからだ)

(とっくに死んでるっていうなら、そのまま消えるのがさだめじゃないかよ)

(さだめというなら、おまえもだ。わしが死ねば、おまえも死ぬ。このままマガツ神の生贄になってな)

(だから、その直前に逃げ出そうとしていたんだ。準備もととのっていたのに、あんたが邪魔をしたんじゃないか!)

(瀕死の老人を追っ手に売り飛ばして手にした金も、その準備のうちか?)


 このときのミツルギが改まって意識することはなかった――というか、できなかったろうが、いまの嫌味や、ソーヤに対して爆発させた怒りなどは、ミツルギが『生前』、家族や知りあいに見せていた態度とは大きく異なる。


 いくらウルに嫌悪感を募らせていたといっても、本来なら、出会ったばかり、それもはるか年下の、いうなれば<剣聖>にとっては取るに足らぬ存在でしかないウルに見せる態度ではなかった。

 『心が剥き出しでは芝居もできない』という言葉が<剣聖>自身にも当てはまったといえる。


(そ、それは……。だって、あの二人は、あんたのことを『父上』っていってたんだぜ。『追っ手』だなんて考えるかよ。瀕死のご老人を、せめて家族に会わせてあげようとしただけじゃないか)

(わしが、刀をおまえに預けようとしたときに発した忠告を忘れたか? 東国人には決して見つかるな、と。刀を狙っていたのは、あの男――わしの長男ソーヤだ)


 ウルは改めて、居間にいるソーヤのほうに意識を向けた。

 刀をおろして、腕組みの姿勢に戻っている。

 その横顔は、ウルからしても傲岸ごうがんそのものに見えた。


「神を……退治する?」


 オーランはなぜか周囲を激しく見わたしていた。

 間者がひそんでいるのを察知したかのような、異様な警戒ぶりで、その態度はほかの村人たちにも共通していた。


「まさか……、そんな……不可能だ……」

「そりゃ、凡夫ぼんぷにはできんだろうよ」


 ソーヤは鼻で笑った。


「考えもせんだろう。だが、おれにはできる。おまえたちはここで待っているだけでいい。夜明けにはすべて終わっていよう。となれば、小僧はもうおまえたちには無用のはず。おれに預けろ。父の仇を、決して見過ごせはせんのだ」

「し、しかし……それでは、村の守りは……」

「百年前の戦火に満ちていたころとはちがう。ほかのマガツ神もほとんどいない。最初に生贄を捧げたときより、いまはずっと安全なはずだ。それでも襲いくる脅威などはおまえたち自身の手で退けるがいい。それが自然の摂理というものだだ」

「よそ者の理屈だ!」

「どうあれ、ユーフォリー人に目をつけられれば、おれとは別の狩人がこぞってやってくるだけだぞ。そいつらはおれほど寛容ではない。『神』を狩るついでに、邪教を崇拝していたという理由で、おまえたちも根こそぎ火あぶりにするだろう」


 オーランはまたも反論の言葉を失った。

 ――ということは、村長もまた、一度ならず考えたことがあるのだ。

 何年かに一度、犠牲を払って村を『外敵』から守るというこの習慣が、いまの時代にはそぐわないのではないかと。


 ソーヤが何度か指摘したとおりに、『神』の存在そのものがユーフォリー人の襲来を招きかねない、いわばマガツ神こそが最大の『外敵』なのではないか、ということも。

 村の救世主を自認しながらも、同時に、忌まわしき習慣をも根づかせてしまった村長の家系として、オーランとて懊悩おうのうの夜を過ごしたことがあるのだ。


 が、ウルはこのとき、村長よりも、ソーヤのほうに意識を根こそぎ奪われていた。

 目を放せない。

 意識をいっこうに逸らせない。

 どうして――と自問するよりも早く、ウルの脳裏にある光景が描き出された。


 見慣れぬ形をした家屋だった。

 だというのになぜだか懐かしさも感じさせる家の庭に、少年少女がいた。

 どちらもまだ、十歳になるかならずかといったところ。

 ウルがはっとなったのは、双方に面影を認めたからだ。

 ソーヤとクレハの。

 どちらもあどけない。

 ソーヤなどは面影があるといっても、いつも顔に貼りつけている沈鬱ちんうつの陰はその兆しすらなく、クレハもまん丸とした目は左右ともに健在。


 そんな二人が、小さな木剣を構えて、「やあ、やあっ」と懸命に素振りをしているのは、ウルにしても微笑みを誘われるような光景だ。

 当然、あの二人の過去など、ウルに知る由もない。

 だというのに、あの木剣は自分が――いや、ミツルギが、手ずから削ってやったのだ、ということだって理解できる。

 これは、そう、ミツルギが何度か経験した現象と同じだ。

 今度は、ミツルギのほうの記憶がウルへと押し寄せてきている。


(ああっ)


 これもミツルギと同様、ウルは記憶が巻き起こす奔流に呑み込まれそうになった。

 ミツルギには『剣』という指針があったが、ウルには他者との区別を明確にするほどの確固とした自我がない。

 しがみつくものもないまま、渦の中心へと引きずり込まれていく。

 そのままあっさりとウルの意識が途絶えるかに思えたとき。

 渦のはるかてっぺんから、ひゅうっとなにかが風を切りながら降りかかってきた。


(……刀!)


 と見えたときにはもう遅く、切っ先が胸に触れていた。

 腹筋の中央近くまで、一気に斬り裂かれる。


「あああっ!」


 内臓ごと皮膚を断たれる痛みに、ウルは大きな声をあげていた。

 オーランやエリンといった村人たち、そしてクレハ、ソーヤまでもが、ぎょっとなって、柱に縛りつけられたウルのほうを見やる。

 声をあげたことで、そして縛られた自身の肉体を自覚したことで、ウルの思念は一気に覚醒へと導かれた。

 おかげで記憶の奔流は消え去り、記憶からもたらされる痛みも嘘のように絶えたのだが、脳裏から刀のイメージが消え去ることはなかった。


 ウルに刀で斬りつけられた覚えなどはない。

 だというのに傷跡がいまも疼くような気がするほどに鮮明なあのイメージは、ミツルギの記憶にまちがいなかった。

 振りおろされた切っ先の向こうに、ぼんやりとした影が揺らめいていたのを、ウルは見逃さなかった。


 あれは――、あの男は――、つまりウルと出会う以前のミツルギに刀で斬りかかり、瀕死の重傷を負わせていたのは――。


「おっ、おまえか!?」


 ろくに考えもしないうちにウルは口を開いていた。


「爺さんを斬ったのは、おまえだな!?」


 一瞬の間が落ちた。

 ウルの叫びがいんいんと引いた尾を断つかのように、


「目を覚ましたかと思えば、なにをいっている」


 ソーヤがせせら笑った。


「刀欲しさに父を襲った盗人めが。大人しくしておれ。明日には、父の仇を必ずこの手で……」

「な、なにが、仇だ。ソーヤ、()()()()()。あんたが父親を手にかけたんじゃないか!」


 ソーヤの笑顔が凍りついた。

 一転して、ウルを激しくにらみつける。


「貴様、なぜ、おれの名前を……」


 村人の前で名乗ったことはないのだから、この驚きは当然だ。

 対するウルは、これ以上もないパニックに陥っていた。

 ミツルギと記憶を共有したことで、自分が殺されかけたかのような錯覚を抱いているのだ。


「この目で見た、聞いた、まちがいない! あんただよ。ソーヤ、あんたが、父親から教わった剣で、その父親を斬ったんだ。た、頼む、誰か縄を解いてっ。解いてくれ! こ、殺される。こいつに、殺されちゃうよお――!」

「黙れっ」


 ソーヤが叫びを発した。


「小僧めが、こしゃくにも罪を逃れたい一心で、稚拙な芝居など打ちおって。こ奴が、父を斬ったおれを見た、聞いた? いったいどこで? 父が刺客に深手を負わされたのは何日も前だぞ。この小僧は村から離れていたのか?」

「い、いえ」


 火をも宿さんばかりのソーヤの双眸そうぼうに射すくめられて、オーランは反射的に首を横に振った。


「であろうが」


 同じく火のような息を吐きながら、ソーヤは早くも落ちつきを取り戻しつつあった。


「そうか、おれの名前も、門下生の誰かが口にしたのを聞いたのだな。父の仇が、息子のおれを仇呼ばわりするなどと言語道断。耳を貸す必要はない。口でも塞いでおれ」


 目配せを受けたクレハが、なおも暴れようとするウルの傍らにしゃがみ込む。

 パニック状態のウルは、兄よりはいくらか話のわかりそうな妹のほうに望みを託したが、


「ねえっ、あんた! お父上の仇はあいつだよ。あ、あいつを――」

「黙りなさい」


 にじり寄ってきたクレハの眼光が鋭い。

 目と鼻の先が赤くもなっていた。

 『父の仇』に冷静でいられないのはむしろ彼女のほうだと気づいたウルがひるんだ隙に、クレハは懐から取り出した手拭で、実に手際よくウルの口を塞いでしまった。

 うーっ、うううーっ、と獣じみた声を洩らすウルに、


(落ちつけ!)


 ミツルギの思念が語りかけてきた。

 鋭い針で刺されたような痛みがあった。


(馬鹿めが。わざわざ起きていることを相手に知らせおって。気づかれていなければ、もっとやりようがあったものを)

(ば、馬鹿だとう)


 実際の声が出ない以上、ウルとしては心のなかで声を発する以外にない。

 そのおかげというべきか、肉体を介した一般的な会話から、姿の見えない相手との不可思議極まりない対話へ、ごく自然と移行することができた。


(ひょっとして、さっきおれが見たのは、あんたの、その……思い出みたいなもの?)

(わかるか)

(わ、わかるさ。なら、やっぱり本当だってことだ。あんたを斬ったのは、あのソーヤって奴なんだな)

(そのとおりだ)

(やっぱり! ば、馬鹿はどっちだよ。うはははっ、あんた、自分の子供に斬られたんじゃないか。剣豪みたいな雰囲気出しておいて、とんだ間抜けだ)

(貴様なぞになにがわかる)


 双方、思念のみで憎しみを交わしあう。

 まことに奇怪な現象だが、この場合、両者の状況や性格が異なりすぎたのが功を奏したというべきだろうか。

 異質な存在であるがゆえに、思念がぶつかりあう。

 であるがゆえに、二つの存在が溶けあうことなく、互いに主張することで存在が両立する――といった具合に。


(どうやら肉体の支配権は、現在、おまえにあるようだな。どうすれば奪えるものか)

(二度と奪わせるもんか。あんた、おれの身体でなにするつもりだったんだよ!)

(おまえでは事態を打開できん。先刻いったばかりだ。わしが死ねば、おまえも死ぬ。マガツ神の生贄になってな。そうなる前に、わしがマガツ神を討ってやろうというのだ)

(子が子なら、親も親だ。ソーヤと同じこといってやがるよ)

(ソーヤには討てん。ソーヤとマガツ神があいまみえれば……むしろ、想定し得る限り最悪の事態になる)

(最悪の事態?)


 ウルに聞き流すことができなかったのは、これも魂の距離が近いためだ。

 ミツルギが抱く恐怖すら伝わってくるから、嘘でないことが瞬時にわかるのである。


(この大陸で広まったところの『マガツ神』とは、怨念の集合体に近い。負の方向への感情が強いソーヤが、同じく怨念を多数宿したあの刀を通じて『神』に触れてしまえば、退治するどころか、たやすく取り込まれてしまうだろう)


 ウルには言葉の意味こそ理解できなかったが、このときミツルギの抱く『マガツ神』のイメージが濃厚に伝わってきたことで、


(ちょ、ちょっと待った)


 別種の恐れを抱いていた。


(この感覚って……あ、あんた……、『マガツ神』に会ったことがあるのか? いや、それどころか……。あ、あんた、いったい、誰なんだよ?)

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