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3――二重の問答


「見つけたか?」


 悪いことに、ソーヤが声を聞きつけた。

 ミツルギはとっさのことで、刀を背中に隠した。

 直後にソーヤとクレハの兄妹が駆けつけてくる。

 二人揃って足を止めた。


「父上!」


 金切り声をあげたクレハは、すぐさまミツルギの――当然、この場合は血だまりに沈む遺体のほうの――傍らにしゃがみ込んだ。

 血にまみれるのもいとわず、父に呼びかけながら脈を取る。そしてすぐに、


「ああ、そっ、そんな――」


 がくりと白い首を折ってうなだれた。

 駆けつけてきた道場生たちも、師の変わり果てた姿を唖然として眺めた。

 早くも、すすり泣きを洩らす者とてある。


 ソーヤは父の遺体に向けた目をカッとひん剥いていたが、つと歩み寄ると、遺体の近くに落ちていたものを拾いあげた。

 白くて薄いそれは、しなびた蛇の皮のようだった。

 降ってはやんでまた降って、を繰りかえしていた雨も、心なしか冷たさを増したようだった。


 その間、ミツルギ当人はどうしていたかというと、皆の注目が「自分の」亡骸に集まっているのをいいことに、そろそろと距離を置いていた。

 なぜかというに、瀕死の重傷を負ったミツルギがウルに出会う直前、余人の助けを借りようともせずに身を隠してきたのは、まさしくソーヤ――実の息子の追跡から逃れるためだったからにほかならない。

 ここで見つかっては、すべてが水の泡。

 上手いこと皆の視線を避けながら、ソーヤの背後にまで位置したとき。


「待て」


 振り向きざまに伸びてきた『息子』の腕が、ミツルギの――見た目にはウルの――肩を掴んだ。

 それをすんででかわして、前方にふいっと跳躍、ミツルギはあっという間に駆け去っていった……ことだろう。

 『生前の』肉体ならば。

 実際は、かわそうとした瞬間、またも重心を崩して、ミツルギは後ろへと転倒していた。

 ついでに、背中に隠していたふた振りの刀が派手な音を立てた。


「貴様。それは」


 物音と、ソーヤの鋭いひと声が、クレハを含む皆の注目をミツルギに集中させてしまった。


「父の剣ではないか。盗んでいくつもりだったか!」

「い、いえ、滅相めっそうもござません。盗賊などに見つかって持ち去られないよう、わたくしめがひとまず預かろうかと思っただけでして。すぐにでもあなた方にお返しするつもりでしたとも。ほ、本当に!」


 ミツルギはなるべく哀れっぽい声を出したが、常から他人を圧倒するのに慣れた<剣聖>のこと、ウルとちがって芝居に慣れているはずもない。


「まさか」


 とソーヤの顔がいっそう険しくなった。


「妙に帰りが遅いと思っていたが。……そうか、虫の息の父に止めを刺して、刀を持ち去ろうとしたのだな」


 なにっ、と門下生たちが凶悪な声を発して、ミツルギを見やった。

 数は決して多くない彼らだが、それだけに精神的な結びつきが強く、普段からこの上もなく師を尊敬していた面々ばかり。

 おのおのから立ちのぼった殺意が、ミツルギを圧殺せんばかりにのしかかってきた。

 が、彼らの師はいうまでもなくミツルギ本人。

 一瞬、立場も状況も忘れたミツルギの心に、


(わしに剣気を向けるかよ。うぬら、青二才どもが?)


 怒りの情がむらっとこみあげてきた。

 『生前』のミツルギであればもう少し冷静に対処したろうが、いかんせん、いまは血の巡りが若い。


「だとしたら、どうする?」


 ミツルギは気弱な表情をかなぐり捨てて、地面に落ちた刀を拾いあげた。


「なんだと?」

「居なおりおったな、盗賊め」


 門下生たちはソーヤをも押しのける勢いで前へ出た。

 次々に刀を抜きつれる。

 冴え冴えとした鋼の柱が立ち並ぶその対面で、ミツルギは臆することもなく、ふた振りのうち、形がまともなほうの――ウルに渡そうとしたほうだ――刀の柄に手をやりつつ、立ちあがった。


(まずは)


 得意の剣技<風断ち>で、最前列に立った門下生を圧倒せん、とミツルギは考えた。

 腰の回転と刀のひと振りだけで猛烈な風を巻き起こすこの剣技、通常の訓練で会得できるようなものでは、決してない。

 門下生のなかに扱える者はいなかった。

 ソーヤとクレハには可能だが、なればこそ、彼らが本気で剣を使おうと考える前に先手を打って、こちらが逃げられる隙をつくらねばならない。


「ぬんっ」


 ざっ、とぬかるみに踏み出した左足に体重をかけて前傾姿勢に。

 後方に残した右足の踵を上げながら、つま先で半円を描くように左へとねじる。

 門下生のあいだに見え隠れするソーヤの顔が、はっとしたものに変じた。


「皆、散れ――」


 ソーヤはとっさに叫んだが、


(遅い)


 腰に溜めたねじれの力を、ミツルギは刀を抜きざまに解き放っていた。

 鯉口が切られると同時に、猛風が巻き起こって、門下生たちの足が地面から浮いた――ばかりか、最前列にいた男たちなどは押されるがままに木の幹へ背中を叩きつけられ、そうでなくとも突風に巻きあげられた土や木の葉に視界を塞がれてしまい、その隙にミツルギは脱兎のごとく逃げ去った……、

 であろう、これも『生前』ならば。


(なっ、なんだと?)


 抜こうとした刀が存外重い。

 腕の筋肉が弱音を吐いたときにはもう遅く、腰砕けになって、ミツルギは前方へと突っ伏してしまった。

 刀は半分も抜けていない。

 もちろん、風など起ころうはずもなかった。

 一瞬の間ののち、


「はははっ、馬鹿めが!」

「貴様のような素人に、刀を扱えるものかっ」


 門下生たちが雪崩を打って襲いかかってくる。

 あっという間に取り巻かれたミツルギは、逃げる間もなく、背中を蹴られて、頭を踏みつけられた。


「きっ、貴様らっ。師匠になんという真似を……あがっ」


 ミツルギが顔をあげて怒鳴ったところ、その顔にもひと蹴りもらって、ウルの身体は鼻血を噴いた。

 相手が刀をまったく使えない、とわかった門下生たちは、さすがに自分たちも刀を振るおうとはしなかったが、しかし「師を殺した」という先入観がある以上、暴力に容赦はない。

 さらに――肉体に加えられた痛みよりなによりも、ミツルギを心底ぞっとさせたのは、


(痛っ。な、なんだよ、痛えよお)


 ミツルギのすぐ近くで、そんな声が聞こえたことだ。

 鼓膜を震わせる種類の声ではない。

 ミツルギの脳内で、いうなれば、魂の側で鳴りひびいた声。

 とともに、ミツルギの意識がすうと薄れかかった。

 白濁に呑まれて消えかかるこの感覚は、窪みに背を預けて死を待つばかりだった、あのときとよく似ている。


(くそっ、なんでっ……。痛っ、あんたのせいかよっ、じじい!)


 内側の声が大きくなればなるほどに、ミツルギの意識も比例して薄まるかのよう。

 まちがいなかった。

 これはウルの声。

 というよりも、ウルの意識そのものだ。

 いまのいままで眠っていたも同然だったウルの意識が、ついに目覚めかけているのだ。


(ま、待て)


 思わず、ミツルギはウルに声をかけていた。

 肉体を介した言葉ではない、そんなコミュニケーションが功を奏するのかとか、いま双方の魂になにが起こっているのかとか、そんなことを考えるいとまなどはない。

 愛弟子たちの暴力はやまず、なにより、嗚咽おえつをこぼしていたクレハまでもが片膝立ちになって、こちらを見やっているのにミツルギは気づいていた。


(小僧、貴様にどうこうできる状況ではない。いまは眠っておれ。わしに任せておけば、すべてはわしがいいようにしてやる)

(任せておけば? あんたに身をゆだねた結果が、いまのこれじゃないか! あんた、おれになにをしたんだ。これは、なんなんだよ!?)


 ウルの感情が大きく膨れあがった。

 すると暴風にさらされたかのように、ミツルギのほうは肉体から弾き出されそうになる。


(ま、待て。待てというに、小僧――)

(返せ。おれの身体を返せよ。返せったら、か、え、せ!)


 肉体の所有権を他人から奪いかえす方法など、ウルにも当然知りようがないはずだが、これはもう本能の分野だろう。

 もともとはウルの魂に紐づけされた肉体なのだから、ミツルギは異分子だ。

 分が悪い。


「返せ!」


 いま、ウルの喉からほとばしったのは、まちがいなくウル本人の意志によって生み出された言葉だった。


「返せ、ですって?」


 肉体奪還の事実にウルが気づくより早く、その声はすぐ頭上で聞こえた。

 クレハだ。

 いかにも気弱そうだった彼女からは想像もつかないほどに冷たい声だった。

 遠方から一足飛びにやってきた彼女は、もう一度地面を蹴って、軽やかに跳躍。


「奪ったのはおまえ。父上の刀を、いますぐに返しなさい」


 クレハの片膝はあやまたず、ウルの背の中心にめり込んで、せっかくのこと目覚めかけていたウルの意識を、あっという間に遠方へと連れ去ってしまった。

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