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本能寺から来た男 外伝

瀬島からキング牧師への書簡集(一九四三年一月より十一月)

作者: 一色強兵

「本能寺から来た男」本編中で語りきれなかったアメリカにおける瀬島隆三の活躍を手紙の形で描写してみました。

赤坂宮から指示されたブラックアメリカ合衆国建国に向け、その指導者として目をつけた黒人教会の牧師マーチン・ルーサー・キング(シニア)牧師を何としても説得しなければならない切羽詰まった瀬島の熱意が伝わるでしょうか。

キング牧師の立場になって、お読みください。

拝啓 キング牧師様


突然、不躾なお手紙を送りつける非礼をお詫びいたします。

私は、ある日本の商社に勤める瀬島龍三と申すもので、現在アトランタ市に居住している日本人です。

先日、市内視察の途中、職業案内所の近くで多くの黒人を相手に、支援を差し伸べている貴殿の教会の活動を目撃いたしました。

アトランタに赴任以来、私は不愉快さを感じない日がまったく無かったのですが、貴殿の活動を目にして、初めて胸が救われる思いをいたしました。

そう、町中にあふれている、white only、colored onlyというあの看板のせいです。

私、日本人も当然coloredです。そういう意味で、過酷な差別に直面した皆さんには激しく同情せざるをえなかったわけです。

しかしそれだけではありません。

これだけ過酷な差別が行き渡っている社会の中で、自分のこと以上に他人のことを心配し救いの手を差し伸べることは、おそらく多くの白人を敵に回すことにつながる非常な勇気を必要とするものであると推量いたします。

貴殿のひとかたならぬ努力に敬意を表し、今後は多少なりとも貴活動の支援を差し伸べたいと考えているところです。

つきましては、今お困りの問題、必要な援助について一度ご説明を賜れば、と思いますので、当方に趣旨にご賛同頂けるようであれば、ご返事を賜れますよう、お願いする次第です。

それでは貴殿よりのご返答をお待ちしております。

敬具



拝復 キング牧師様


早速のご返事ありがとうございます。

アトランタ周辺各地で同じようなことをされている、と聞き及んではおりましたが、まさかジョージア州の外にまで活動を拡げておられるとは思いませんでした。

しかし、それが資金集め支援募集のための北部州が中心というのはなんとも残念なことだとお察しいたします。支援を必要とする人々の数の多さを考えればしごくもっともなことではあります。

とりあえず、貴殿から細かい説明を伺うことは後回しにして、とりあえず当座の必要額の足し程度に失礼ながら寄進の小切手を送らせて頂きます。

敬具


拝復 キング牧師様


こちらの助力がまずまずお役に立っているようで何よりです。

私の目下の主な仕事は、綿花の買い付けで、よって綿花畑に関連する人々の動向は、私のビジネスの上からもいろいろと無視できない重要な事、だから、というのが貴殿の活動に注目した理由ということになります。

従って貴殿より申し出のありました、入信についてははっきりとお断りいたします。

貴殿からすれば、甚だ奇異なことと思えるかもしれませんが、日本人には日本人独自の宗教観があり、父祖の信じた神以外に帰依する神を変える、という発想自体が日本人の生き方として、ふさわしくないように思える、というのが正直なところです。

ですから、たまたま貴殿が牧師という職にあって、人々の救済を行っているのを我々は評価したわけで、貴殿が牧師で無かったとしても、おそらく同じように援助を申し出ていた、とご理解して頂けると助かります。

それと、皆さん方、黒人の間で、日系人に対し、かなり良からぬ印象を持たれている、という貴殿からのご指摘は当方も承知しております。

ですが、これについては、我々日系人に黒人に対する悪意は全く無い、ということを最低限ご理解頂きたいと思います。

詳細については面会した折に説明したいと思いますが、結果的に日系人が黒人の職場を奪った形になったのは、日系人の責任以外のところに大きな原因があるからです。

我々といたしましては、この構造そのものを変え、有色人種のこの国での立場を改善することで皆さんへの助力を行っていきたいと思っています。

では、お目にかかれる日を楽しみにしております。

敬具



拝啓 キング牧師様


今日はいい報告があります。

例の学校のための非常に好都合な売り物物件が見つかりました。

もしかしたら貴殿もご存じかもしれませんが、元バブテスト派の修道院だったところで、老朽化に伴い、新たなところへ移るために売りに出されていたのです。

少々傷んではおりますが、生徒を千人程度は収容できる寮も食堂もあり、貴殿のような読み書き計算のできる黒人を増やすにはもってこいの設備だと思います。

売却交渉にはもう入っています。また同時に教員の手当も進めておりますので、三月には生徒を迎えられると思います。

敬具


拝啓 キング牧師様


生徒募集についての貴殿からの相談について、一応本国のボスに意向を確認しておきました。

別に彼の指示通りにする必要はありませんが、参考までに記憶に留めておいてください。


即ち、

能力的に同じように見えたら、若い方を優先。

今の能力の高さ、というよりも、仕事の前後でどれだけ伸びるのか、という成長力を優先。

話がうまい人間より、人の話を聞き、中身を理解できる能力を優先。

他の人間には無い能力が見えたら、とりあえず保留。

他の人間とうまくやれるかどうかは、重要ではあるものの、それだけなら重要ではない。むしろまわりを説得して一人で何でもやろうとする人間の方がはるかに役に立つ。

競争させることは重要だが、敗者を簡単に切り捨てないようにすることも重要。


というのが人材育成のコツだそうです。

ご参考まで。

敬具


拝啓 キング牧師様


州政府からの問い合わせについては、ありのまま伝えれば良いと思います。ただ、州政府からの援助をエサにしたさまざまな申し入れについては一考を要すと思われます。

つまり彼等は黒人が扱いやすい状態にある現状を変えたくないわけで、さまざまな支援策がその一環で行われているという面があるからです。確かに援助漬けにしてしまえば、最低限の生活保障にはなるでしょうが、それではいつまでも現状を変えられない、ということです。

結局他人に頼るのが当たり前、という黒人を作るのが白人の利益になる、ということを肯定していることになるので。

学校の生徒の間でさまざまな不平不満が出ていることは聞いていますが、結局自分達を助けるのは自分たちの努力、ということを何度も何度も繰り返し説明するしかないと思います。

白人は、いろいろ問題もあるでしょうが、そういう意味では立派な面も多いし、それこそ、彼等が世界で大きな顔をしていられる一番の理由だと思うのです。

何かの参考になると思いますので、日本で使われているこども向けの教本の英訳を添付しておきますので、参考にしてください。いずれも一人一人の努力を積み重ねることが大事、というような話になっておりますので、きっと彼等にもわかりやすいと思います。

資金面については、当方も万全の準備を行いますので、どうか活動の拡大を心置きなく進めてくださるようお願いいたします。

敬具


拝復 キング牧師様


当方で心配していたよりもずっと順調に生徒が成長しているようで何よりです。

なにしろ読み書きと言っても、皆さんはアルファベット26文字を覚えればいいだけですが、我々日本人にとっては仮名文字だけで百余り、さらに漢字が加わり、普通に使う分だけで千五百も覚えなければならないので、教育に十年掛けてもなかなか満点を取れないような難物なのです。

皆さんがこの面では心底羨ましく思えます。

これなら予定通り、六月には計算能力の高い者を仕事につかせる目途も立てられるのではないかと考えています。

彼等の勤務先についてなのですが、我々の希望を勝手に言わせて頂ければ、南部州一帯での我々のビジネスのお手伝いを提案させて頂きます。もちろん世間一般水準の給料は保障します。

我々としては折角我々の手で育てた皆さんが、白人の雇用者を喜ばせることにつながる、というのはあんまり面白くない、とも思っているわけですが。

それはそれとして、我々のビジネス拡大に合わせ、教会も同時に設置していくようにすることで、教会にとっても信徒拡大への早道になると思いますので、是非ご協力頂ければ、と思っています。

敬具


拝啓 キング牧師様


アリゾナ州、テキサス州の巡回ご苦労様でした。こちらの調査でも貴教団の認知が急に伸びていることが確認され、入信者の数も順調に拡大するものと、確信しております。

これも貴殿のミサに、人を引きつける魅力があるからこそ、のことと存じております。

ただ、増えたといっても、黒人全体で見れば、まだまだ教団の影響力の及ぶ範囲は極めて限られている、というのが率直な表現での事実で、我々としてはまだまだ道は遠い、と考えています。

もちろん、教団の方でも新たに教育を受けた牧師の数を増やし、対応をして頂いているわけですが、どうしても宗教の布教という体裁を取る以上、そこから距離を置く人が出ることは避けられません。

そこで提案なのですが、より広く黒人の権利保護を求めていくために、貴殿は教団から少し距離を置いてはどうかと思うのです。

教団を離れ、何をするのか? ときっと問われるでしょう。

答えはズバリ政治家です。

政治家なんて、と思われるかもしれません。しかし、政治家は必要です。これからの黒人の未来のために。

そして私の見るところ、今アメリカにいる黒人にとって、真に信頼できる政治家足りうる人材は貴殿以外いらっしゃらない、と確信しております。

教会に所属する多くの信徒も私の意見にきっと賛成してくれるでしょう。

今のままでは、人種差別法は、より細かくより広く蔓延していくばかりで、改善する望みは立ちません。黒人の代表が大きな声を上げる、このことこそ、すべての黒人にとって必要なことです。

もちろん、我々も支援を惜しみません。

ただ、物事にはすべて適切な時期というものがあります。

今日、この手紙で貴殿にこんなことを提案したのは、間もなくそのための最適なタイミングというのがやってくる、という確かな見通しがあるからにほかなりません。

残念ながらここでその中身を詳しく語ることは適切ではありませんので控えますが、すべての黒人の未来のために、是非ご一考頂きたいと思います。

近いうちにアトランタでより詳しい状況を説明できると思います。

敬具

拝復 キング牧師様


拝察いたしますところ、貴殿は貴殿ご自身の価値を正しく認識されておられないように見受けられます。

貴殿のおっしゃられる通り、政治について政治家は当然政治姿勢を持つものです。

貴殿はご自覚されておられないようですが、貴殿の行動は私の目から見ればすでに十分政治的なのです。

そして貴殿はこの国の、今の法規をよく守られ、それを遵守した上で最善を尽くされていると思います。

しかし、聖職者という今の貴殿の立場では、その構造を変えることは難しいでしょう。

貴殿の教会は現状、貴殿も含め、黒人による黒人のための組織というものです。ですが、世の中を変えるためには、黒人以外も含めた全ての民、を考慮した立場にならねばなりません。

今のアメリカは、看板ではすべての人を等しく受け入れる自由な国を標榜していながら、現実には世界を欺き、過酷な人種差別を現実に行っている国である、このことをなんとかしたい、ということであれば、私たちは今後も貴殿への助力を惜しみません。またそれを実現するための最適な計画も持っております。

その詳細につきましては、適切な時点まではご容赦ください。

とにかく私たちはこの問題を単純に黒人の待遇改善に留めるつもりは全くないのです。

我々が共通の利益と考えている部分は貴殿が考えておられるものよりもはるかに大きいものなのです。

そして、私の上司もそのためにはそれなりの投資が必要だと深く認識しております。

従って問題解決に向けたリスクをすべて貴殿に負わせるつもりは全くなく、貴殿は我々にとって共同事業のパートナーであると認識しております。

その点をご了解頂ければ幸甚です。

敬具



拝復 キング牧師様


聖書を離れた話なんて私にはできない……、という貴殿の発言には少々驚かされました。

いや、失礼しました。私は本来不信心なもので、宗教家という職業を少々軽く考えていたようです。非礼をお詫びいたします。

しかしながら、物語が人を引きつける力を持つから、聖書という道具を使って宗教も信徒を増やしたわけで、この問題はそんなに深刻に考える必要はないのではないでしょうか。

ましてや、我々が救わなければならない黒人の場合、貴殿もよくご存じの通り、多くはまともな教育を受けることができず何かを読むという機会を奪われてきたことを意味します。

おそらく白人の多くが常識として知っている物語でも彼等にとっては未知のものとなっているわけですから、面白い物語を語り聞かせるだけでも貴殿の支持者を増やすことになるでしょう。

もし、いよいよネタが思いつかないということであれば、それこそ多くのアメリカ人が知らない日本の昔話でも私から提供することだって可能です。

いろいろと黒人の地位向上という名目に囚われすぎているように見受けられますが、政治家というスタンスとなれば、黒人ではない、白人やメキシコ系からの支持をも意識しなければなりません。そういう意味でも過度に黒人を意識しすぎないよう配慮すべきでしょう。

そういう意味からも白人もあまり知らないような日本の話をアレンジした物語というのが案外いいかもしれません。ちょっと私の方でもどんなものが提供できるか探ってみようと思います。

敬具


拝啓 キング様


この一週間のニュースで、私の説明が夢物語ではない、ということがおわかり頂けたことと思います。

そして昨日、ついにメキシコが宣戦布告しました。

貴殿が立つ時が近づいたようです。

我々の準備も、貴殿をサポートするための仕掛けも万事抜かりなく完全に整っています。

ブラックアメリカ合衆国の誕生は今です。

貴殿の最後の決断をお待ちしております。

敬具


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