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これしか勝ち方がない

作者: 作家を目指している不動産屋

その男は少し奇妙な人間で、例えばカタン定例会に夫婦で来ている男女連れの夫(とおぼしき男性)に向かって

「ボクはね、他人のものを奪うのが得意なんですよ!女とか!!」

と目を見開いて言ってしまうような人間だった。ここでは仮にかれをCivilと呼ぼう。


登場人物はもうひとり居る。カタンというボードゲームのルールを覚えるのに、年単位の時間を必要するような人間だった。なにより、彼はバカ正直で腹芸というものが苦手だった。彼をツキと呼ぶ。


ツキとCivilの前に座っている二人は、未だにカタンというボードゲームに出会って日が浅い。それぞれ西、俊と呼んでおこう。(断るまでもなく、これらは全て仮名である)


この四人の対戦は、都内のとあるボードゲーム喫茶の2階で行われた。別にどうということはない一戦になる筈だった。


最初ツキはCivilのことを友だちだと思っていた。初めて出会ったときから、親しく喋れたからだった。とても初対面とは思えなかった。しかしCivilはそのボードゲーム喫茶に出入りしてそれなりに知り合いを作るうちに疎遠となっていった。それどころか露骨にツキを馬鹿にする素振りすら見せる様になっていった。多分、あまりにもカタンの打ち方がバカ正直であり、損得勘定など度外視した交渉を繰り返して負けることが多かったからだろう。

ツキはそんな経験ばかりだった。最初は対等に付き合っている様でも、次第に馬鹿にされていき、最後の方には舎弟だか子分だかみたいな扱いになっていく。そんな扱いに慣れていくと、段々と相手が自分を馬鹿にする目つきというものに目ざとくなっていく。

「あぁ、コイツは今オレのことを馬鹿にしだしたな。」

「これから更に俺の扱いは酷くなっていくな」

ちょうどその日は、Civilのツキに対する扱いが、まさしく友達から舎弟に変わった日だった。


・2階席に座っている女性が二人

ひとりはボードゲーム喫茶のオーナーであり、もうひとりはオーナーの友人にして、相当なカタン名人であるKさん。カタン名人のKさんは、アルバイトの女性店員を交えてカタンの卓に参加していた。さてツキはオーナーからこういう風に教わっていた。

「2面取りをするなら、アタシを納得させられるだけの理由を3つは欲しいね!!」

つまり”相当な理由でもなければ、2面取りなどするな”ということである。しかしこのときのツキは何故か、その、2面取りをしてしまった。何故だろうか・・。多分隅っこが好きなんだろう。


・初期配置を壮絶に間違える

カタンにおいて「生産力」という概念がある。

まずは開拓地に接する地形タイルに置かれた数字チップと同じサイコロの出目が出る確率を求める。例えば、自分が置いた開拓地が鉄の地形タイルに接しており、その上には6の数字チップが置かれているとする。すると二つのサイコロを振って、出た目の合計値が6になる確率は、

5/36

となる。生産力とは、その値に36を掛けたものだ。(この場合、生産力は5である)


開拓地の初期配置では、基本的に置いた場所に接する3タイルの生産力合計値でまず見る。

『相当な理由でもない限り、2面取りするな』とオーナーが教えるのは、一つにはこの生産力が絡んでくる。当たり前だが2面と3面では生産力が断然変わってくる。(何しろ接している地形タイルが一個減るのだから)


・なんか隅っこが好き

なのにこのときツキは、よりによって2面しか接しない海沿いの土地に2軒目の開拓地を建てた。(つまり、開拓地が接している3タイルのうち一つが海岸線ということだ。海岸からは、何の資源も産出されない・・・)

そんな辺鄙な場所に開拓地を建てた理由は、2つ挙げられる。

一つには鉄と土がよく算出される所に1軒目の開拓地を建てたかったという事。

もう一つは、鉄と麦と羊がカード引きの良い組み合わせだという事。(チャンスカードは鉄、麦、羊の3枚あって初めて1枚引けるのだ)


だがそれにしても、何故こんな場所を選んだのか自分でも解らない。或いはCivil氏にそうしたほうがいいと言われたからかも知れない。

その一戦前のゲームでは「なんか隅っこが好きですよね」と言われていた。そういえば電車に乗るときも好んで隅っこの方に座る気がする。

「カタンにはその人の人生が滲み出る」

とはよく言ったものだとおもう。しかしこの初期配置は如何せん生産力が足らなかった。


・都市カード戦術とその問題点

この時にツキが目指していたのは、都市カード戦術と呼ばれる勝ち方である。鉄と麦と羊が穫れる場所に開拓地2軒を建て、後の1軒は交渉によってどうにか建てる。そしてそれら3軒の開拓地を都市化して、あとはカードを引きまくる。それだけだ。


この戦法は、非常に強力である。何故ならカードを沢山引いているうちに、騎士だのポイントだのが集まってくる。5,6枚も引いていれば、騎士カードが恐らくは3枚以上は引けるだろう。恐らくは自分が騎士賞を取る可能性が高い。それに勝利点も何枚か引ける可能性が高い。騎士賞(2ポイント)と勝利点2点、そして都市三軒(2ポイント✕3)で勝利という一番ソツのない勝ち方が見えてくる。


問題は、三軒目の開拓地を建てるまでの道のりがとても長いことだ。

開拓地を新たに建てるには、土・木・羊・麦のカードが1枚ずつ必要となる。どこからか「土」か「木」のカードを手に入れねばならない。だがこの時ツキは、6土にしか触れていなかった。木を手に入れるには、4枚の資源を擂り潰すか、誰かから交渉で手に入れる必要がある。

上記の通り、都市カード戦術は、都市を三軒用意できれば非常に強い。それこそ、もう勝利は目前というところまで迫ってくる。だがそんなことはある程度カタンを打っていれば、皆が承知していることだ。

『都市カード戦術を取ろうとしている相手に、3軒目を建てさせてはならない。少なくともゲームの中盤までは』

このときツキがぶち当たっていた問題が、まさにこれだった。


・開拓地の建て先を潰される

さらにツキが目指していた3:1港の建て先は、しょっぱなからCivilに潰された。それもにべもなく、無慈悲に。ツキの初期配置とCivilの初期配置とでは、圧倒的にCivilのほうが生産力が高かった。

勿論3:1港の建て先はもう一つ残ってはいたものの、返しでとった開拓地から道2本分ほど離れている。

これは実際にカタンをやってみるとしみじみと実感することではあるが、

「道1本と開拓地」と「道2本と開拓地」では前者の方が圧倒的に建てやすい。とりわけ自分に資源が足りない状況下では。

もはやツキの勝利は絶望的となった。


・やけくそのカード引き

しかもこのとき、ツキは半ばやけくそになって序盤でカード引きをするという暴挙に出た。序盤でカードを引いたところでなんら利益になるところはないにも関わらずだ。あにあからんや、カードは勝利点1ポイントであった。序盤でそんなものが得られても全く嬉しくはない。(これで街道建設とかであればどんなに良かったことか!)


「あ~クソ、オーナーが言ったことを守ってりゃあなぁ」

とツキは何回か繰り返した。丁度先生に助けを求めるできの悪い生徒そのものである。こういう普段は言うことを聞かない癖に、都合が悪くなると教師に近づいてくる生徒というのは一クラスの中に必ず一人はいる。

オーナーは別卓で仕事をしている。何も聞こえていないかのように、自分の仕事をこなしている。


・Civilの素顔

「このままだとねぇ、ボクは3点とか2点で終わりそうなんですよぉ。初期配置壮絶に間違えましたからねえ。」

Civilはツキをバカにしきった態度でこういった。

「ハハ!さっきボクは5点でしたけどね!!」

今度は、ツキがそうなって負けるのだと言いたいようである。こういうあからさまに他人を馬鹿にしてくる人間へ頭を下げるのにツキは慣れていた。派遣のSEのとき、正社員からいつもこうした態度でやられていたからだ。


ツキ「どうせ5点とかそこらで終わる結果になるとは思いますが、少しはツキに援助していただけないでしょうか?ツキが沈んだままで終わるとやはり、中央ががら空きなんでね、カード引きで勝つ人が圧勝してしまう陣形になっちゃってツマラナイと思うんですよ。どうかなぁ・・・」

Civil「まぁカード引きの対抗馬は必要ですからね!」


そういうとCivilはツキにカードを投げてよこした。


「カタンにはそいつの人生が出る」とはよく言ったものである。なにもカンタンに限らず陸上競技とか麻雀とかなんでもそうだと思う。何気ない動きやチョットした動作の一つ一つにその人の人生が出るという。その道の達人が見れば、一目瞭然なんだそうだ。

ツキはそこまでカタンが上手くないのでなんとも言えないが、ツキに対するCivil氏の渡し方には、なるほど、彼の人となりが実に色濃く出ていたといっていいだろう。


・がら空きになった内陸部

それに彼は盤上を自分の思った通りに動かそうとする傾向がある。ここで誤解しないで貰いたいのは、多くのプレイヤーも多かれ少なかれ同じことをやろうとする、といってもCivil氏の場合は度が過ぎていた。

俊さんと西さんとで道賞争いをする様に、そうして彼らが体力をすり減らし合う様にと誘導していたのである。

恐らくその前の試合でボコボコにやられていた事への鬱憤晴らしという側面もあったろうし、カード引きをする人間が道賞争いを煽る事など珍しくはない。

ただ彼は他人の足を引っ張る事に、本当に情熱を燃やすタイプの人間だった。(少なくともツキにはそう見えた)

ツキにとっては、こうした手合と向き合うのは日常茶飯事でもあった。彼の仕事は不動産屋であり、ヤクザやチンピラ相手に交渉しながらインフラ工事を進めていくというのが仕事の大部分を占めているのである。こういう事には慣れっこだった。


得てしてこうした手合は、他人の足を引っ張るのに夢中になると視野が狭くなる。ツキみたいな人間が黙ってセッセと開拓地を建てているのにも気が付かない。そして彼がカードも引かずにセッセと開拓地を都市化しているのにも気が付かない。


・盤6勝ちポイント1

いつの間にやらツキは開拓地三軒を都市化し、勝利点1ポイントの状態になっている。これでゲームは解らない状態になってきた。


「壮絶に初期配置を間違えて、相手に媚びへつらって施しを貰いながらノーマークで浮かび上がる。」

ツキはブツブツと一人で呟いた。

ツキはカタンをやっている間に盤上をじっと見る癖がある。そうしないと考えられないからだ。

「・・それが俺の勝ち方」

それって強くね、と俊さんが言ってくれたのがツキには少し嬉しかった。しかしそもそも強かったらもう少し強い初期配置にするだろう。こんな弱い初期配置をわざわざ選ぶのは、状況判断が出来ていないからだ。


するとKさんが近づいてきた。時刻は夜の10:30、ツキには何故彼女がここまで残っていたのかが解らない。

彼女は盤面を一瞥すると

「・・誰が勝つかな。」

と呟き、そして帰っていった。どうせなら最後まで見ていけばよさそうなものであり、

オーナーは「あ、帰っちゃった」と言ったものだ。

ー芝居掛かったことしているなぁ、格好いいとでも思っているのかなぁ、とツキは思った。


・カードを引きまくる

ツキはそのとき、Kさんやオーナーが以前から言っていたことを忠実に実践した。曰く

「3つの開拓地を都市化し、そのあとはひたすらにカードを引く」

但しそれらの都市を全てカードの引きやすい鉄や麦や羊の産出される場所に配置しておく必要があるのだが。

ツキには「カードを引くタイミングが遅すぎる」という欠点があった。恐らくは

「カードなどというあやふやなものではなく、きちんとした物産の形でポイントを確保したい」

という不動産屋じみた考えの現れなのかもしれなかった。


・Civilの性格

ここでCivilというプレイヤーの性格にも、ツキは助けられた。彼は

『ツキが都市を三軒成長させることを見逃す程度には上級者ではなく、初級者2人を操って最長交易路賞を競わせようとする程度にはカタンに熟達している」

という典型的な中級者だった。

もしもCivil氏がカードを引くタイミングが早ければ、やはりツキは勝てていなかったろう。或いはCivil氏ががら空きになった内陸部に固執しすぎず、ツキの成長を妨害することにも意識を注いでいればやはりツキの勝利はあり得なかった。だがCivil氏はツキをノーマークでここまで放置してしまった。


・試合の結果

ツキはその後機械的にカードを引いた。

途中、独占カードを使う機会があったが鉄を数枚ほど手に入れただけであまり効果はなかった。

或いはもっとカードを引くために資源の交渉を持ちかけた。驚くべきことに、前半の情けない姿が余りにも印象深いせいか、この期に及んでツキと交渉に応じるプレイヤーがいてツキはびっくりした。流石にCivil氏はそうでなかったが。

一応、Civil氏もツキとの交渉に応じた。しかし彼が交渉に応じたのは自分の手札が8枚を越えないようにする為である。しかもやはり今回も要らない資源カードをテーブルに投げつけた。ツキはそれを粛々と受けとる。するとツキの手札は8枚以上となる訳だ。


案の定、7の目が出る。するとツキは手札を捨てねばならない。Civilは嬉しそうに

「ああ、7だ、7だ、大変だぁ」

と他人のバーストを喜んでいる。ツキは無表情に4枚ほど選んで捨てる。だがその後の出目にも助けられて、ツキは自分の手番でひたすらカードを引き続けた。

一方のCivil氏といえば、7の目が出て自分がバーストすると椅子から足を踏み鳴らして取り乱している。余程「一旦は格下だと思った相手」に負ける事態が屈辱的らしい。


既にCivil氏もツキも大量のカードを引いている。ツキは既に騎士賞を奪回したものの、未だにポイントを引けていなかった。

「もう2ポイントあるでしょう!そんだけ引いたなら!」

といきなりオーナーが横から割り込んでくる。(離れた所に座っているのによく他人の卓のカードが見えるものだ。裸眼でも視力に困らない人間が羨ましい)だがツキはそのときゲームの最初に引いた1ポイントしかなかった。だが最後の最後に漸く勝利点をひくことができた。


「・・・ウン、勝利点2点、騎士賞、上がり」

ツキはそういって自分の引いたカードを全て裏返し。見ると

街道建設×2枚、独占×1枚、騎士×5枚(そのうち裏返しているのは4枚)、ポイント2枚

という案配であった。


「・・・2面取りをするときにはアタシを納得させられるだけの材料を、少なくとも3つは用意しろってオーナー言ってたねぇ。これはオーナーに説教されちゃうなぁ」

とツキが言うと、オーナーは

「いいでしょ!勝ったんだから!」

と返してくる。何か物言いたげな表情だ。にやついているのか怒っているのか解らない表情である。まぁオーナーのツキに対する怒りは、ひとまずは収まった模様だ。


空かさずにCivil氏の方を見て、オーナーは

「で、それは9点でしょ!」

と指摘した。確かにCivil氏もツキに劣らずカードを引いている。つまりは、もうカードはほぼ山札に残ってないのだ。となるとCivil氏は3ポイントほど勝利点を引いていることになる。だがCivil氏のポイントはゼロだった。

「いやポイント引いてないから7点ですよ。」

という事はカードの山札に3ポイントも積まれていることになる。


ツキ「これカードのシャッフルがどうなってるのかっていう・・」

Civil「いやでもシャッフルされてるからねえ」

ツキはこう続けた。

ツキ「運が良かった・・本当に。運が良かったよ」


・ボクは運がいい

一見するととても謙虚な言葉である。だがこのときのツキの真意はそうではなかった。

『Civilがツキの開拓地三軒目を建てるのを許し、それら全てを都市化するまでノーマークで助かった。

こういう相手と戦えたのは、まさに幸運としか言いようがない』

という意味である。

時刻は夜の11時。すぐに家に帰らないといけない。とあるボードゲーム喫茶でひっそりと行われた試合、それぞれのプレイヤーの人生が色濃くにじみ出た試合でもあった。この日の勝負を観客として見ていたのは、オーナーとKさんくらいしかいない。

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