ゲームとは、出会いの場だ
いい加減外でわんわん泣かれるのも人の目を引きすぎるから、俺たち二人は宿屋へと場所を移した。
それなりに良さげな宿にしたので、多少音を出しても聞かれまい。金? キンモチめっちゃ持ってたわ。名に恥じんな。
そのおかげだろう。今やナビゲーターちゃんは沢山泣いた目を腫れさせながらも枕を胸元に寄せてわりかし静かになっていた。
「……拾われるならもっと普通のプレイヤーが良かった」
「やかましいわ」
俺の方がいいって、さっきのおっちゃんとかお前にエロいことしまくるつもりだったぞ。男なんて性欲の塊なんだからな。それに比べて俺はNPCには優しくいくって決めてんだ。プレイヤーにやらかすのとは段違いのペナルティ背負うことが多いからだけど……このゲームもきっとそうだろう。だから絶対俺の方がいいって、大事にするぜ? と必死に弁明する。
まあ、どうでもいっか。時間使いすぎな気がしてきた、普通にゲームがしてえ。つーわけで。
「そろそろナビゲーターちゃん落ち着いた?」
「……名前」
「は?」
「名前をください」
?????
何言い出したんだ今度は? あっ、何名前聞かれてんの??? いや、キャラメイクの時に言ってね!?
「いや、そっちが名乗れよ。俺は君の名前知らねえぞ」
「私達には番号しかないんです。ナビゲーターちゃん、ナビゲーターちゃんと呼ばれるのは少々嫌な気分がします……こんな世界ですが暮らすことになった訳ですし、名前が欲しいです……」
「ナビゲーターちゃんでええやん」
「嫌って言ったの聞こえないんですか!? あなたのせいでこうなったんですから責任取ってくださいよ!」
キレるナビゲーターちゃん。枕投げるんじゃねえよ!
「俺、責任って言葉嫌いなんだ……」
「そんなアンニュイな雰囲気出しても騙されませんからね! 名前ちゃんとしたのくれるまで動きませんよ!」
「うっわ、めんどくせ」
あっ、やべ。思わず口出ちゃった。でもこれマジで動く気なさそうだし……うーん。
「゛」
「何それ!?」
何って、アルバー「ド」の「゛」。俺の付属品。
「私ちゃんとしたのって言いましたよね!? ねぇ! 耳まじで聞こえないんですか!?」
「うっさいなぁ。ちゃんと聞こえてるってやかましいぐらいに」
本気でうるさい。耳壊れるかと思った、なんでこいつ耳元で大声出すん……?
だけど、名前かぁ名前かぁ……。マジで思いつかん。決まるまで動かないのめっちゃ困るんだけど。
「ごめん。流石に良さげな名前全く思いつかん」
「うっわ、ボキャ貧」
「、」
「ごめんなさいごめんなさい! ちゃんとした文字がいいです!」
打てば響く……文字通りな気がしてきたな。しかし、困った。全くこれっぽちも出てこねー、ボキャ貧笑えねーわ。とにかく時間稼ぎを……。
「ちゃんと考えるから、一旦ゲーム遊んでいい?何も思いつかないから、無理にやるなら適当に決めるけどそれだと不満だろ?」
ナビゲーターちゃん(仮)はしばし俯いたあと。大きくため息をついて。
「分かりました……ちゃんと考えてくださいよ。約束ですからね、破ったら許しませんからね」
「俺、約束って言葉も嫌いなんだ」
「なんなら好きなんですか!?」
そりゃ、友情、金、暴力だろ。
「じゃあ外出るか、PKといっても戦力がないんじゃ楽しめねえからな。レベル上げていこうぜ」
さっきのキンモチとか完全不意打ち無防備頭部にぶち当てたから死んだだけで、まともな殴り合いだったら絶対俺が負けてたはずだ。自力がないのになんでも出来るわけじゃねえんだ。
◇◆◇◆◇
というわけで、部屋から出ようとしたんだがナビゲーターちゃん(仮)がなんだか支度があるらしく……何故か締め出された上に待ちぼうけを食らったり、俺の事なんて呼ぶかも考えましょうとか言い出したりして、数分後。
「お待たせしました」
ようやく出てきたナビゲーターちゃん(仮)は少し服装が変わっていた。
以前までは、受付嬢っぽいスタンダードな感じだったんだが、今はローブを纏ってステレオ魔法使いみたいな格好になっている。
「急にイメチェンとかどしたん? 魅力減るぜ」
「う、うるさいですよ! 私の魅力は既に120%超えてますから問題ないです! 単純にあの格好目立つんです……また声掛けてきてああなるの見たくないですし……」
よく考えてるのね。あと目立つのは君のビジュアルのせいじゃない?
「別に声掛けなくても殺るから考えすぎんな」
「心構えが違うんですよぉ……私のせいで死んだとか嫌なんですぅ……」
わなわなし出すナビゲーターちゃん(仮)。心優しいことだ。プレイヤーなんていくらでも湧き出るから気にしないでいいのに。
「じゃあ行くか、この辺りで直ぐに戦えるところとかって分かるか?」
「あー、っと。チュートリアルプログラムにアクセスすれば何とか、戦闘に直接介入しないサポートならできるみたいです」
虚空を眺めながらぼーっとした様子を見せる彼女を少し待つとそう言った。ここで実用価値アップとは……できる女アピールだな。
そのナビゲートまで出来るんならますますナビゲーターちゃんでいい気もしてきたが嫌なんだよなぁどうすっかなぁ、と思いつつ案内してくれよと頼もうとしたら。
隣の部屋のドアが勢いよく開かれた後、中から見目麗しい女の子が飛び出してきて。
「ご、ごめんなさい!」
「い、1時間延長してくれぇぇぇぇぇ!!!!!」
くっそ汚ねえ言葉が聞こえてきた。
「マスター……あれなんですか?」
「しっ、君みたいな子は聞いちゃいけません」
俺は思わず(仮)の耳を塞ぐ。なんてヤバいやつがいるんだこのゲーム。末恐ろしいだろ。
しかも、絶望を顔に貼り付けた現代アートみたいな銀髪のイケメンがドアから這って出てきたのでさらにその思いは深まった。
「うっう……どうして、どうしてなんだ……僕はただ女の子と仲良くしたいだけなのに……あわよくばエッチなことしたいだけなのに……」
さっき言ってた話がまるっと返ってきたな。男なんて性欲の塊だよ。見ろよいい例だろ。
謎のイケメン……いや、印象良すぎね? 出会い厨だろこれ。うん、出会い厨はめっちゃ泣きながら立ち上がると、ようやく俺達がいることに気づいた。
その後の行動、神速手のひら返しと言うしかない。
「! お嬢さん、僕といいことしない!?」
マジで耳塞いどいてよかったー! 俺ファインプレー、俺超ファインプレー!
「?」
「あっ、もしかして聞こえてないのか……お兄さん。ちょっとその手退けて貰えます?僕、この子に用があるんで」
「お前、その言葉どうすれば聞いて貰えると思ったんだよ」
ヤバすぎる……! この男、無敵か!? と思ってると(仮)が身じろぎ出す。
「マスター、ちょっと痛いんですけど」
「マスター!? お兄さんもしかしてこんな年端も行かないJKにマスターなんて呼ばせてるんですか!? 僕も大概と思ってましたけどやりますね!!!」
「うるせえ! 勝手に呼んでんだよ、褒めんな!」
両手が塞がってなかったら今すぐ殺してた。人のこと馬鹿にしてんのかこいつ!?
確かに、確かに……今気づいたことなんだが、(仮)は受付嬢の服じゃなくなるとちょっと背伸びしたJKみたいに――海のような美しい青い髪と可愛らしい顔が何とも味のあるものだ、創作物なら当然だね――見える。見えるが……! それはそれとしてこの出会い厨やばいって!? 未成年に手出したら普通に犯罪なんだが!?
「ふふっ、仕方ありません。僕もNTR趣味はありますが、そういうのは見えないところでやるのがいいんです。今回は見逃してあげましょう」
勝手に納得して、勝手に性癖暴露してく出会い厨。勘弁してくれよ……。
だから、本当に、心の底からお願いした。
「マジで頼むから、二度と現れないでくれないか?」
「それは……恋の風に聞いてください」
っっっ!!!??? 何詩的に表現しとんのや! イケメン補正うぜえぞ!
俺が怒りに打ち震えている間に、ようやく出会い厨は去っていったので両手を(仮)の耳から離した。すげえ、疲れた。
「マスター、なんの話してたか分からないんですけど」
「知らなくていい」
「あ、別にそれはいいです。単純に思ったこと言っとこうかなぁって」
「それ、後にしてくれない?」
フィールド出る前から満身創痍なんだよこちとら。部屋に戻って休みてえ!!!
「マスターとあの人同じ匂いしますよ」
……。
俺は(仮)を締め出した。
クズ、クズに同族嫌悪する。