Re:Q.あなたにとって、ゲームとはなんですか?
「王子が隣国の姫と婚約」、こんなことは調べれば簡単にわかったことだった。というか、スラム街にいすぎたせいで分からなかっただけでジャルパークの街全体はお祭りムードだった。
このゲームにおけるジャルパークの位置はど真ん中にある。世界で一番でかい大陸である中央大陸に位置するこの国は、他国からの侵略と防衛の歴史による積み重ねでできた世界有数の武力を持つ国だった。
しかし、近年……プレイヤーが現れ始めてから、その栄光に影が差し始める。
ジャルパークの戦争における基本は全滅、もしくは戦線復帰できないほどの傷を負わせること、それにつきた。なぜならこの国は敵が多すぎた。
大陸間を海で渡る技術が全く発展していないので、神が与えたといわれる大橋によって大陸間の移動を行っているこの世界では、どこに行くにしてもほぼほぼジャルパークを通らなければならず、その度に金、金、金のオンパレード。まあ、そんな国邪魔だわな。
というわけで、敵が多いこの国はとにかく相手がすぐに攻めてこないようにすることに注力した。敵軍を全滅させてしまえば、歴戦の兵やそれを育てた時間、遠征の糧食、金などとんでもない資源が吹っ飛んでいく。それを繰り返すことで、こちらは強い兵士が生まれ相手はどんどん弱くなる、そういうアホなことを考えた連中が山ほどいたのがこの国らしい。実際にやってるのが限りなくアホ。
さて、じゃあ何故プレイヤーが現れて苦しくなったのか。
そりゃあ勿論死なないからだ。戦争に参加するプレイヤーってのは一定数いる。参加するだけで金やら装備を貰えたり、将を討ち取れたらその国でちやほやされるかもしれない。そんな欲と欲と欲に塗れたプレイヤーが多数参加してきて、もうとんでもねえぐらい何度も何度も攻め込まれてきたら苦しいのは当然だ。
そういう経緯で『騎士団』とか生まれたらしいがそこは置いとくとして、婚約の話だ。まあ、攻めてこない国が近くにあるってのはいい事だろう。しかも婚約相手の国はすげえ金を持ってる商業国家らしいからな。ジャルパーク、脳筋ばっかの集まりなのか国全体は豊かとはいえないぐらいだもんな、手を組むならいい国なんじゃねえ?
ルミロ少年……ロミリオン王子の意志を除けば、な。
ロミリオン王子、ジャルパークの第一王子ではあるが随分と落ちこぼれで――やれ、猪を素手で止められないだ。やれ、城壁を命綱なしで登れないだ。狂ってんのか?――酷く疎まれているらしい。話によれば、もう城内では誰一人あいつに話しかけるやつはいないようだ。むしろ、近くで早く第二王子が産まれないだろうか、なんて言いやがるらしい。
それなのに利用価値が生まれたら、あっさり手のひら返しやがってよ。少年がスラムに行くのも知ってやがって無視してたのを、婚約の際に余計なことになるのはまずいと今や軟禁生活だ。もうしばらく会ってない。
俺はベンチに腰掛け大きくため息をついた。
人は悩む生き物だ、とはどこかで聞いた気がするけれど、最近の俺は悩みすぎではなかろうか。予定と全然違う。面白おかしく遊んでいこうとしていたのに、なんでこんな厄ネタ掴まされてるのか。
ぶつかっただけでこれだからなぁ? もしかしてあそこで無視して逃げりゃ良かったんか? わかんねぇ、過去の選択を後から考えることは簡単だが、それで今どうなっていたかまでなんて分かるかよ。
だからこそ、今どうするかとなるわけだが、そいつが悩みの種なんだよなぁ。
選択肢は二つ、見捨てるか救うか。
見捨てた時は俺が苦しくなる。この国は幸せになる。
救った時は俺が苦しくなるだけじゃなく、もしかしたらヒカルやヨーコ様まで苦しくなるかもしれない。この国も苦しくなる。幸せになるのは少年だけ。
どう見ても前者を選ぶのが正解だ。もし、後者を選んでこの国が滅んだなんて日には俺はゲームを辞めるかもしれない。自分以外の責任がおっ被さるとマジで日和たくなるのは小市民だからなんだよなぁ。
しかも、王族に叛逆するんだ。牢屋行きじゃなくて間違いなく監獄行きだろう。二度と外には出られねえって聞く。
でもそれで、少年は? エティさんは? あいつらはお互い明らかに好いていたじゃねえか。それを見捨てていいのか? 任せろ、何とかしてやる、俺は強いからなって言い続けてきた癖にこういう時に何も出来ねえのかよッ!
ベンチに拳を叩きつける。怒りは一つもおさまらない。
「……なに、やってるんですか。マスター」
気づいたらエトワールちゃんが、俺の前に立っていた。
「ストレス発散」
ぶっきらぼうにそういったことが癪に障ったのか? エトワールちゃんは顔を歪めた。
「そっちじゃないです。もう、マスターが無意味な暴力を振るうことに質問なんてしません」
じゃあなんだよ。俺は今、イライラしてんだ。多分これからもずっとな! そっぽを向く。
「もう一度、聞きます。こんな所で、何やってるんですか。マスター」
俺は立ち上がり掴みかかった。
「あぁ!? てめえに何がわかるって言うんだよ!」
正直、情けねえことしてるかもしれない。正論言われてキレて、女に掴みかかるなんてよ。
いつものエトワールちゃんなら多分もう涙目だった、が。
「分かりますよ。私は、マスターのことなら」
今はそうはならなかった。彼女は表情を変えず、俺をじっと見つめて話を続けた。その目に映るのは情けない兜だけ。
「嫌なんでしょう? 今の状況が。気に食わないんでしょう? 今の自分が」
挑発的な物言いも上手な彼女。そういや段々と口も達者になっていたな。
「だから、マスター……私がそれを全部とっぱらってあげます」
ニコリと、人によって天使とも悪魔とも取れるような笑顔を浮かべる。
「私は、マスターのことならなんでも分かりますと言いましたよね? だから、マスターがどう返すかも知っていますが……自分で言う方がいいでしょう?」
兜越しに俺の顔へ、彼女の手が触れる。それは蜘蛛の糸のような掴めば、ちぎれてしまいそうでいて、けれども俺をこの思考の底なし沼から引き上げてくれそうな……。
「あのキャラメイクの時、ほんとは聞くはずだったんですよ ?でも、マスターが急に私を『STELLA』に選ぶから……聞けなかった最後の質問」
「あなたにとってゲームとは、なんですか?」
瞬間、脳裏に閃光が走る。
「俺の答えは決まってる」
それは――。
クズ、いいパートナーでしょう?私の子は。