ゲームとは、一つ一つの積み重ねだ
サイレント嬢視点スタート。
『STELLA・ORBIS』には、というかMMOというゲームにはよく領主システム……街の運営に携わる機能があるらしい。この街はジャルパークの首都であり、王政を摂っている国なのだが、『騎士団』という形でシステムを使うことが出来る。
騎士団は街の治安が護られていれば高いボーナスが入り、また魔物などの外敵から人民を守ることでもボーナスが入る。それはただ小さい町を治める程度で入ってくるものとは比べ物にならない。
そういうわけで、第一騎士団所属のエースである『第一の剣 静かなるサイレント』こと私は今日も騎士として街全体の治安維持に勤めているのだが……。
「疲れる……!」
ボヤかずにはいられなかった。だって……だって……本当に面倒なんだッ! 毎日毎日毎日毎日、奴らは問題を起こすんだ! 何故あの牢屋の連中は、飽きもせずああいう行動に出れるんだ!
しかも少し実力のあるアルバートとかいう奴がいるからか他の騎士では対応できない。そのせいで私が奴らの担当みたいな扱いになっていて、非常にストレスが溜まっていた。
だからフィールドで魔物をボコボコにしてもいいのだ。小突くだけでHP全損して吹っ飛んでいく魔物達に達成感とかそういうものは一切ないが、ストレス発散のためなら申し分ないものだった。VRゲームというものが実際の体を動かしているような感覚があることも重要だ。爽快感がある。
突撃するイノシシを消し飛ばし、パタパタ飛んでる鳥を消し飛ばし、蔓延る粘菌を消し飛ばし、編隊行動を取りながら二足歩行する鹿を消し飛ば……なんだ今のっ!?
まさか、幻覚か? いやいや、これは電子の海で作られた仮初の世界。そこで目の錯覚のようなものが起きるはずもない……つまり、あれは本物ッ……!
恐ろしい事実に気づき、震える体を必死に押さえ込んでいると遠方から馬に乗りこちらへ向かってくる集団がいた。
そこで思い出す。そういえば今日、私も行っていた任務から一時帰還する騎士達がいたはずだ、と。今の今まで忘れていたのは本当に疲れているのかもしれない。
確か、名は……。
「おやおや、おやおや? 我らがエースという立場を持ちながら何故か任務から外された騎士様じゃあないですか。こんな雑魚ばかりいる場で謹慎とは、とんだマヌケがいたものですねぇ……?」
「『第三の剣、極光のルシファー』」
「そのクソダサい呼び名をやめろっ! 僕の名前はエーミルだし、得物は槍だっ!!!」
無駄にキラキラと光る鎧を纏ったスカしたイケメン顔のルシファーが馬上から、ワーワー捲し立てる。見ろ、他の騎士達が怪訝そうな顔をしているぞ……全く。私は溜息をつきながら、雲一つない空を見てぼやく。
「とってもかっこいい名前だろうに……このセンスが分からないとは本当に可哀想な奴だ……」
「何故僕が見下されなきゃいけないんだ……! 相変わらず頭のおかしい女め!」
……? いつもいつもこの男は何故私にこんなにも突っかかってくるのか。不思議でならんな……?
「首を傾げるなっ! チッ、もういい。行くぞお前達!」
そう言って街の方に向かっていくルシファー達。一体何がしたかったんだか……。
「……興が削がれたな。私ももう戻るか、そろそろ奴らが出てくる時間にもなるし……はぁ」
一気に憂鬱になった。どうにかならないかなぁ……ルシファーや父上が代わってくれないものか。そんなことを考えながら踵を返し、街の入口に向かうとそこからなんだか愉快な声を上げて、こちらに誰かが走って……?
「ッシャー!!! 俺達天才!!!」
「そうだね親友! 僕達天才だぁ!」
「ワタクシのことも忘れないで欲しいですわね! この天才のワタクシをっ!」
「これだけ準備すればサクサク行って当然……ですけど、流石に調子に乗りすぎな気が……」
!? 待て待て待て、まだ時間には早いはず。まさかとは思うが……! ああっ、考えてる時間が惜しい!!!
「止まれ!犯罪者共!!!」
ほとんど推測だけだが、剣を構えながら声を上げる。近づいてくる人影が、徐々に姿がはっきりとしてくる。
そして。
「「「「ギャーッ!!! なんでこんなところにィィィ!!!」」」」
「それはこっちのセリフだッーーー!!!」
お互いに悲鳴を上げた。
◇◆◇◆◇
「逃げろっ! お前らっ!!!」
クソクソクソクソがッ! どうしてここにいるんだよサイレント嬢ォ! 話が違うんじゃねえのかっ!?
仲間達に叫んだ後、地面から街門の壁へと飛び移り、勢いそのまま蹴り飛ばし側面から鎚矛を叩きつける。
「ダメだよ、親友! 一度も勝ててないんだろっ!? ここはとにかく逃げるべきだ!」
「そうですわ! 何もそんな無謀なことする必要ないでしょう!?」
ヒカルとヨーコ様が呼び止める。だからってよォ!
「誰一人逃がすつもりなど、ないっ!」
こうやって篭手で叩くだけで弾き返してくる奴にそんなこと言ってる場合かよ。いいからマジで逃げろって!
深く沈み込んで足払いをかける。このゲームはステータス差があったとしてもちゃんと体勢を崩すのは確認済み! すっ転んどけ!
それに対して、この女騎士は足払いに合わせて蹴りつけてきた。顎に勢いよく鉄靴が叩き込まれ、吹き飛ぶ俺。以前の意趣返しかよ。だが、まだ体力は残ってる。一応、御の字か。
「逃げましょう、みなさん」
動かない2人に向かってエトワールちゃんが、そう言った。
「私達が揃ってやられるのはマスターが一番望まないことです。ここは非情だとしても、逃げるべきです」
そうだそうだ分かってんねえ、エトワールちゃん。跳ね起き、円盾を掬うように投げる。
「それにマスターの役割は“足止め”です。だからこそああやって身体を張ってるんですっ! それを無駄にするつもりですかみなさんっ!!!」
弾かれる円盾を掴み直し、また鎚矛をぶつける。その攻防の間にようやくヒカル達は動き出した。そうそうそれでいいんだよ。
そこで一瞬俺とエトワールちゃんの目が合う。そして、頭の中に声が響く。
『秘策、あるんですよね?』
……俺の事、そこまで理解してるとはびっくりだわ。ほんと、できたやつだよエトワールちゃん。
『任せな。最高の一手があるぜ……』
サムズアップ。それを最後に彼女達は逃げていく。どんどん行け、早くしろよな……。
「……貴様を除けば、あの連中は普通の騎士で対応出来る。どうせ捕まるのも時間の問題だ。馬鹿なことをしたな、アルバート」
「それはどうかねぇ。うちにもつよーい味方がついてるんだぜ?」
「使えんセクハラ剣士に、マゾの戦術士。そして、戦闘力の無いNPC……どこに何とかなる要素があるんだろうな?」
「おっ、俺らのこと調べてくれてるとは。もしかしてファン?」
睨み合いながら煽り合いを続ける俺達。時間稼ぎだと分かっているのに付き合ってくれるサイレント嬢は優しいな。甘々ちゃんなのはほんと助かるわぁ!
「はぁ……馬鹿も休み休み言え。私に勝つのが不可能なのは分かるだろ。さっさと降参してくれ」
剣を地面に突き立てながら、随分と嫌そうな顔をして彼女はそう言った。
うんうん、戦うのめんどくさいんだろうな。俺もね、毎日毎日やり合ってると分かるぜ? その気持ち……だからよ。
俺はみんなが見えなくなるまで走っていったのを確認してから心を決める。
これが通るかどうかは賭けだ。だが、サイレント嬢の性格なら五分五分ぐらいの確率でいけるはず……!
やるぞっ、やるぞっ 俺はッ! みんなのためにっ、やってやるっ!!!
腰を落とし。
手を前に出し。
必殺……!!!
「すいませんでしたァァァァァ!!!!!」
DO☆GE☆ZA☆!だァァァァァ!!!!!
「は?」
「すいませんでしたサイレントの姐御ォ! 俺達ただゲームで遊びたかっただけなんすっ! 許してはくれねえでしょうかっ!!!」
「い、いや。待て待て……な?今のは私と明らかに戦う流れだったろう?」
困惑するサイレント嬢、いいぞいいぞ。このまま押し切るッ!
「いえいえ! そんなサイレント嬢の手を汚させるなんて出来ねえっす!」
「毎日汚してるんだが!?」
「それは悪いと思ってやす! でも、俺達も牢屋以外でゲームしたいんっす!」
「お前達が自由に遊んだら犯罪を犯すだろうが!」
さっさと、首を縦に振れってんだよ! じれったいなぁ! 俺は立ち上がり、腕を大きく広げて言い訳を捏ねくり回す。
「最近はやってないっす! まさかとは思いますが! やる前から犯罪者だと決めつけて殺すんすか!? それが社会的生命体である人間のやることなんすか!?」
オラッ! 倫理パンチッ! 倫理観のある人間ほど混乱しやすくなる脳に響く質問だぜ!
「そ、それは……」
「俺らも金払ってこのゲームしてるんすよ!? それなのになんでこんな仕打ち受けなきゃなんねーっすか! あんたにどんな権利があってそんなことしてんだ!!!」
混乱して目を回し始めたサイレント嬢へと、言葉の洪水をわっと浴びせかけるゥ! 押し流せ! 常識!
「だって私は街を守る騎士だし……」
「NPCには迷惑かけてねえだろぉ!???」
「そうだな……?」
「じゃあ、週3ぐらいはよォ! 普通に遊んでもいいだろ!???」
「お、おう……」
「今、了承したな!? 了承したよなぁ! サイレント嬢よォ!?約束しやがれっ!」
「うん……週3ぐらいは普通に遊ぶのも……いいかもしれないな」
よし、勝ち。
「約束したんでこれから週3は殺さないってことで、じゃ」
目的を果たしたらクールに去るぜ。それが一流の男であり、詐欺のコツだ。有耶無耶の間に逃げるのがポイントな。と早速踵を返し、エトワールちゃん達を追いかける。
はー疲れた、疲れた。これでもう楽できるぜ。
「……? はっ、待たんか!」
「やべっ」
「それはそれとして今、脱獄したのは犯罪だろ馬鹿者がァァァ!!!」
正気に戻りかけたサイレント嬢が剣を抜き、腰だめに構え振り抜く。ただの素振りのようなその攻撃は、とんでもない力で放たれたのか飛ぶ斬撃になって俺に向かってくる。
そうして、今日も俺は死ぬ。
はははっ! やる事やったしいいんじゃね? と考えていると大層なファンファーレが流れ出した。なんで!?
下から縦に真っ二つになってHPバーが消し飛び、薄れゆく画面。その端にチラッと何かのクエストクリアのログが流れる。
『隠しクエスト 【愚者達の挑戦、大破への道程】 clear!
報酬:【愚者の円環】
ワールドクエスト 【世界の神秘に触れしもの】 進捗率:(3/21)』
何て?
◇◆◇◆◇
VR機器を外し、現実世界に戻ってくる。少しだけ浮遊感のあるこの瞬間はいつも俺を現実に引き戻したという実感を大きく与えてくれる。先程のことを忘れたかったから逃げてきたとか言わない。
部屋の小型冷蔵庫兼保管庫を開ける。俺は普段、ログアウトしたら栄養ドリンクを飲むことにしている。結構体に疲れが溜まるので必要なことなんだ。
しかし……。
「あ、やっべー……切らしてんじゃん」
中を見たら何もねえ。酒やエナドリといった普段の必需品も無い……面倒だけど買いに行くか。
時刻は丑三つ時、やってる店といったらコンビニぐらい。俺は音を立てないように階段を下り、『有田家』の表札のかかったドアを開けて外に出る。
まだ春だが肌寒い風が吹く。それに乗って少しだけ花の香りとアスファルトの特有の香りが交じった独特の匂いが鼻に届く。
俺はこういった瞬間が好きだ。現実の中にある非現実的な瞬間、それが大好きだ。
そして、それを感じる度に現実とゲームは別物だとより実感する。それでさらにゲームが好きになる。
そんなポエミーなことを考えながら夜道を歩いていると、前からコンビニの袋を携えた人影が見えてくる。
こんな時間にコンビニって不健康だなぁ、俺も人の事言えねえけど。
知り合いだったら会釈ぐらいしとくか……とおもってずんずん歩いていくとそこに居たのは知り合い所の話じゃなかった。
「こんな時間に……お前もコンビニか、飛鳥」
それは俺の幼馴染であるが、随分と話をしていない人で。
「そっちこそだろ、静」
お互いにお互いが、苦手で嫌いな人だった。
「何、課題が忙しくてな。お前みたいに遊んでばかりの人間ではない」
「はんっ、名家のお嬢様がコンビニって方がおかしいだろ。おねんねしとけや、静ちゃん」
通りすがり際に罵倒の応酬。いつもその程度しか話さない。
だから今日もその程度。くだらないったらありゃしない。
随分と距離が離れてから、曇って月の見えない夜空を眺め、呟く。
「やっぱり、現実とゲームは別物だ」
ゲームならあの場で殴り合いをしてちゃんと気持ちを伝えられたかもしれない。けれどここは現実、そんな狂ったことが出来るわけもない。
溜息をついて、俺は今日もくだらない現実を生きていく。
クズ、大脱走編 ~完~。
お互いにアホなので、お互いのことに気づいていない。
ちなみに、サイレント嬢は上着の下に無敵と書かれたクソダサTシャツを着るようなタイプ。