ゲームとは、仲違いをするものだ
毎日楽しくおかしく生きていた俺達の前に今、恐るべし司法の壁が立ち塞がっていた。
原因は勿論、バカみたいに強い女騎士の皮を被った悪魔みたいなやつが現れたからだ。あの日から数日……毎朝出所と同時に投獄される、そんな日々が繰り返され仲間達は死屍累々だった。
「次の街に行けばワタクシ達にも未来がある……はずではなかったんですの……?」
ヨーコ様がカーペットの上で死んだ目で寝転がっている。
「あの鎧が邪魔だ……!あの鉄の先に、僕の求めるエルドラドがある筈なのに……!」
ヒカルが手をワキワキさせながら、憎しみの篭った目を虚空に浮かべている。
「もう外の世界なんていりませんよ。私の王国はここにあります、ふふっ」
エトワールちゃんなんてついに最近は外にすら出てこなくなった。
重症だ。どうしようもないぐらい重症だ……。
俺に出来ることなら何とかしてやりたかった。こういう時のための暴力じゃないのかっ! 司法に歯向かうための暴力じゃないのかっ!?
しかし、俺は敗れた。敗れ続けた。
負ける度に思い知らされる。所詮俺はちょっと強いぐらいの始めたばかりの初心者でしかなく、1年近くずっとプレイしてる猛者達には敵わないという事を。
あの悪魔、随分と有名なプレイヤーだった。『第一の剣、静寂なるサイレント』という少し香ばしい口上と共に記されたいくつもの戦績はどこに出しても誇り高いものばかりであり、俺らからしてみれば絶望を加速させる結果でしかなかった。
何よ、城一つぐらいあるゴーレムを片手で受け止めた、とか。化け物かよ。
いや、化け物だな。剣の軌跡はまるで見えないし、踏み込むだけで石畳はバッキバキ……あれが化け物じゃなかったらなんなんだよ! というか、こんな初心者プレイヤーが集まる街に来るなよ! 帰れや、戦場に!
「勝った暴力、正義と呼ばれ……負けた暴力、悪と呼ばれる……」
「さっきから、何らしくない顔でうんうんうねってるんですの……貴方ってもっと何者にも噛み付くものだったでしょうに」
うーん、確かにそうなんだけどよー。
「こうも勝てないと噛み付く気力も湧かなくなってこね?」
「マスターが頭から地面に突き刺さった時に、私はもう諦めましたよ」
それ2回目だよ、エトワールちゃん。諦めるの早ない?
「僕は諦めない! 諦めないぞ! あの子とお茶して、いいことするんだッッッ!!!」
こいつ相変わらず無敵なんだよな。諦めるって言葉辞書にないだろ。
「はぁ……だからといって、どうするんですの。ワタクシ達の力では手も足も出ませんわ。何が三本の矢ですの、三本でも折られる末路でしてよ!!!」
「お前が一人よりも三人って言ったんだろうがっ!!!」
こいつも手のひらに電動モーター仕込んでんのかよォ!?
「黙らっしゃい、筋肉ダルマ! 何が相手を弱くして俺を強くしなっ! ですこと!? 渾身の突進受け止められていたではないですか!?」
「俺のせいじゃねえだろ、そりゃよぉ! あんな化け物がこんなところ居るのが悪いんだよ!」
「はっ、化け物が化け物について語るとは片腹痛いですわね!」
「見た目化け物、強さ化け物、果たしてどちらの方が優れて……負けてましたね、マスター」
うぉぉぉ!!! てめえその顔ボコボコに歪ませてやろうかァァァァ???
「オヒィィィー!? 鉄格子がメキメキといっていますわーーー!!!」
「俺を閉じ込めるのにはこんなもの小さすぎなんだよォォォ!!! ぶっ壊れやがれェェェェ!!!!!」
目の前に警告がめちゃくちゃ出てくるけど知ったことじゃねえんだよ、舐められっぱなしで終われるか!
あともう一歩でぶち破れる、その瞬間。
「おいっ! 何をやっている!」
看守さん!? こんな時にっ!
「止めないでくれ看守さん……男には、殺らねばならない時があるっ!」
「た、助けてくださいましっ!犯罪者にも、人権はあるんでしてよ!」
泣きつくヨーコ様。やかましいわ! 治外法権って言葉、体に刻んでやる!!!
「いや、ここは喧嘩両成敗だぞ」
そう言いながら、看守さんが壁にかけられたレバーを引いた。
「へ?」
ヨーコ様の間抜けな声がよく響く。おっと、彼女の入ってる牢屋の床が抜けたわ。
「なんで、ワタクシまでですのーーーっ!???ぺぎゅ」
お、死んだ。断末魔可愛いじゃん。
「ほい、次」
ふっ、看守さん。俺はあの貧弱お嬢様とは違うぜっ! 落とし床ぐらい華麗に壁を掴んでやらァ! 同じようにレバーを引く看守さんを横目に決意する。
さあ、足に力を込め、いざ上を向いてジャンプッ!? 待て! なんだアレ!
ゴッ!
「ドリフッ!?」
「ブフッ……! 見てくださいよ、あれ! タライから頭、生えてますよ!」
「そりゃあ同じ罰が来るわけないだろう? ってわけじゃないぞ。ほい次」
「それってまさか、天丼なんじゃぁぁぁぁぁ!!! おごっ」
俺の床も開いた。これが……転落死!
◇◆◇◆◇
「さっき親友がやってたことで思いついたんだけど」
悲しい事件があった……なんのことだか全く思い出せないが。あー! 地面に叩きつけられて可愛い悲鳴あげたり、タライが頭に突き刺さったりなんて思い出せねーわー!!!
「で、どったのよ、ヒカル。タライでサイレント嬢には勝てねえぞ」
「ワタクシも見たかったですわ」
「ううん。そっちじゃなくて、その前だよ」
その、前……?
「ヨーコさんのぺぐっ、ですか?」
「ああ、あれ傑作だったよな」
「もうちょっと前だってば、そう! 親友が鉄格子へし折ろうとしたあれ!」
……?
「僕達が何も出来ないのは、出待ちされているから……なら、出てくる場所や時間が違えば……?」
「お、おい。まさか……」
「そ、それはタブーですわよ、ヒカル!」
「やめましょうよぉ……絶対良くないことになりますってぇ……」
思い思いに言う俺達のことを、順繰りに見てヒカルはいつもの合図をする。
サムズアップ。
「“脱走”しよう!!!」
クズ、大脱走編……開幕。