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波乱の兆し



美都は4限目の授業を終えて小さく息を吐いた。原因はもちろん修学旅行の班決めだった。

結局、秀多の思惑通りサッカー部の面々と同じグループになってしまった。もちろんその中には四季がいる。春香と和真の強行採決により異議を唱える暇さえ与えられなかったため彼が不機嫌になっていないか心配だ。

「浮かない顔ですね」

音楽委員として次回の授業の持参物を聞きくために待っていたところ、いつの間にか掃けていた人波から顔を覗かせた高階が苦笑した。

「あ……! すみません……」

「いえ。でも授業に問題があったのかと気にはなってしまいますね」

「そんなことはないです! 絶対!」

うーんと唸る高階の言葉に全力で首を横に振る。音楽の授業は毎回楽しく受けている。今まで興味がなかったわけではないが、昨年度よりも身の入り方が違うと実感している程には。

高階から連絡事項を聞いた後、もう一人の音楽委員の生徒は「美都ちゃんまだ話していくよね? じゃあ先に戻るね」と言い残し、音楽室から去っていくのを見送った。

「CDありがとうございました」

「どういたしまして。じゃあ次はこれを」

いつものように柔らかい笑みを浮かべ、美都から差し出されたCDケースを受け取った後反復するように違うケースを彼女に手渡した。

「ヴァイオリンのソロ曲を集めたものです。月代さんは穏やかな曲調が好みのようですので、気に入る曲が多いと思いますよ」

前回の会話から好きな曲の傾向を割り出したようだ。確かに熱情的な曲よりも穏やかに流れる曲の方が耳に残りやすい。印象的な曲を数曲挙げただけで好みを把握出来るのはさすがだなと思う。

「ちなみにこの中で先生のお気に入りの曲はどれですか?」

「そうですね……ブラームスの『雨の歌』でしょうか」

「雨の歌?」

クラシック曲にはそのタイトルからして綺麗な音がするものも多い。高階が発した言葉も例外ではなく、きょとんと目を見開いた。

「正確にはヴァイオリン・ソナタ第1番という曲なんですが、通称でそう呼ばれているんです。これからの時期にぴったりだと思いますよ」

そう言って目線で窓の外を指した。気がつけば5月も下旬で間も無く6月に入る。修学旅行中に梅雨に差し掛かるかもしれない。最近空気がジメッとしてきているのが証拠だ。

「雨って聞くとどうしても気持ちが塞ぎがちになっちゃいそうですけど、クラシック曲だと穏やかな気持ちになれそうですね」

「でしたら『雨の歌』は特におすすめですよ。ショパンの『雨だれ』も良いかもしれませんね」

雨という単語だけで話が広がる。クラシックについて楽しそうに語る高階を見ているとつい顔が綻んでしまう。さっきまで考えていた悩みを忘れさせてくれる大切な時間だ。

「よかった。いつもの表情になりましたね」

「えっ」

高階の言葉を受け、ハッとして目を丸くする。クスクスと笑う彼を前に、授業中如何に自分が変な顔をしていたのかが窺い知れた。思い返して恥ずかしさに目を背ける。

「何があったのかは知りませんがずっと難しい顔をしてましたからね。心配していたんです」

「す、すみません……気をつけます」

私情を授業に持ち込むなど宜しくないことだ。これが高階だから怒られていないだけで普通の教師であれば教育的指導のもと一喝入れられているだろう。気をつけなければと改めて自分に言い聞かせる。

「あまり引き留めてはと思ったんですが……せっかくですし何か弾きましょうか?」

「え、いいんですか⁉︎」

「最近人前で弾いていないので期待に添えないかもしれませんが、それでもよろしければ」

思いがけない高階からの申し出に、パァっと表情を明るくさせる。クラシックの生音を聴ける機会はそうそう無い。彼の言葉に甘えることにして手の動きが見えるグランドピアノの横に立った。

「何を弾きましょうか?」

「じゃあ……『愛の夢』がいいです。以前はわたしのせいで止めちゃいましたし……」

初めて音楽室で会話をした時のことだ。高階とクラシックの話をするようになったきっかけの曲でもある。彼は「わかりました」と快く了承し、そのまま椅子を引いてピアノの前に座った。一呼吸置いて、彼の細くて長い指が旋律を奏で始める。

旋律はもちろんのこと、高階が紡ぎ出す音色はどことなく本人に似て柔らかい感じがする。それがとても心地良い。

(綺麗……)

ほう、と息を漏らす。彼の指の動きにも惚れ惚れとする。どうしたらこんな曲が表現できるようになるのだろうか。

教会の近くで聴く曲と同じ旋律のはずなのに、奏者によってここまで変わるのか。あちらで聴くのはどこかもの悲しげだが、高階の音は光に包まれているような雰囲気がある。

(好きだな……この音……)

繊細さの中に、力強い希望が見え隠れするようだ。心が温かくなる。あっという間に曲は終盤へ差し掛かった。彼の華奢な指が弾く音とは思えない程の音圧が音楽室を満たす。

最後の一音を弾き終えると高階はゆっくりと鍵盤から手を離し、息を吐いた。同時に横で見ていた美都が拍手を送る。すると彼は照れたように微笑んだ。

「すごい……! 楽譜を見なくても弾けるんですね…!」

「暗譜してますから。僕も好きな曲ですし」

何か感想を伝えたいと言う気持ちがあるものの言葉で表現することの難しさを感じる。それでもこの高揚感を抑えきることが出来ない。なんとか彼の言葉に同意するように口を開いた。

「あの……! わたしも好きです。この曲も、高階先生の音も」

拙いながらもようやく伝えることが出来た。

高階は一瞬驚いたように目を見開いたあと、すぐにいつもの優しい微笑みに変わった。この陽だまりのような笑みが間近で見られるのは音楽委員としての役得だなと思う。

「月代さんはやっぱり素直なんですね」

「え、えぇ?」

クスクスと目を細めて笑う高階の言葉に顔を赤くさせる。確かに己の感情のまま口にする性格だと思う。やっぱりということにはどこかしらそういう雰囲気が自分から漂っているのだろうか。彼の言葉の意味を計りきれず戸惑っていると再び自分の方を向いて視線を合わせた。

「すみません。可愛らしくて良いと思いますが、ちょっと危なっかしいですね君は」

「……!」

異性に真っ向から可愛いと言われたことがほとんどないためどう反応して良いかわからず、ぎょっとして先程よりも顔を紅潮させる。素でこういうことを言えてしまうのは高階だからなのだろうか。それでも不快というわけでは無い。恥ずかしくはあるが。尚も笑みを浮かべる彼に、目を瞬かせながら言葉を紡いだ。

「き、気をつけます……」

「もうすぐ修学旅行ですしね。気をつけて行ってきてください」

「あ……、……はい!」

旅の無事を祈願され、一瞬目を見開いた後何事も無いような顔で頷いた。

修学旅行という単語を耳にして一気に現実に引き戻された。そうだ、その問題があったのだ。束の間の休息だったなと思い返す。それでも今の自分にとって心安らぐ時間だった。特等席で高階のピアノを聴けたのだ。これ以上の贅沢はなかった。

美都は改めてお礼を伝えると音楽室を後にし、昼休みで賑わう廊下を歩き自分の教室へと向かった。





委員の仕事だからと音楽室に残してきたがやはり落ち着かない。待てばよかったとも思うが恐らく彼女はあの後高階と話すことがあるのだろう。以前からCDの貸し借りをしていると言っていた。ならば自分が出る幕はない。

「俺より保護者してんじゃねーか」

「……うるさい」

和真の言葉に苦虫を噛み潰したような顔で答える。保護者と言われるのは癪だ。なぜなら自分以外にも彼女の保護者は沢山いるからだ。例えば。

「ちょっと四季」

教室に向かうため廊下を歩いていると4組の教室から突如呼び止められる。理由はなんとなく察しがついた。

「どうして美都と同じ班なの……!? 」

これだ。金髪碧眼の少女はさも不機嫌そうに自分にそう問うてきた。こちらの方が余程保護者だろうにと溜め息を吐く。

「どうしてもこうしても、そうなったもんはしょうがないだろ」

「なぁにー? 凛チャン妬いてるのぉ?」

隣を歩く和真が何故だか女口調で凛を茶化した。火に油を注いだかのように彼女はむすっとして怒りの感情を顔面に出す。

結局、和真の言う通り修学旅行の班分けは美都と同じ班になった。自分としては異論は無い。否、むしろその方が良い。一方で彼女は心底気まずそうな表情を浮かべていたが。

目の前に佇むこの少女は同学年で唯一自分たちの関係を知っている人物だ。同居のことも新学期早々に知られている。もちろん彼女には口止めしてあるので問題にはなっていないが、凛の美都への執着は自他共に認める程だ。厄介な相手だとは思うが最近は彼女を凌ぐほど厄介な人物がいるためなんだか凛のことは戦友のような気がしてきている。

「同じクラスの特権だ。悪いな」

「なっ……! ずるいわ!」

凛は薄々、自分の気持ちの変化に気付きつつあるようだ。だから警戒されているのだろう。元々美都に近づく輩に睨みをきかせていたことは知っている。自分も認知された瞬間にそうされたのだから。

と言うよりこの少女でさえ気付いているのに当の本人が全く気付かないのはさすがに鈍感過ぎないか。当人のいないところで溜め息を吐く。

「大丈夫だって凛。わたしもいるし」

「はーるーかぁー……!」

「おやぁ信用されて無いなーわたし」

後ろを歩いていた女子生徒の中から春香が会話に加わった。凛は春香に逆毛を立てている。それもそのはずでこの班になった経緯に春香も関わっているからだ。それが凛的にも快く思えない点だろう。そもそも彼女は誰が美都と同じ班になっても怒るのでは無いのかとさえ思う。

後のことを春香に任せ、和真と教室に戻ろうと歩を進めると7組の教室の前で日々目撃している人影に気付いた。

「出た出た保護者その2。美都ならまだ音楽室だぜ」

まるで待ち伏せでもしているかのような出で立ちで扉の前に立つ愛理に和真が言葉を投げる。背が高いからか意識せずとも交わりそうになる視線を不意に逸らした。

「みたいね。でもちょうど良かった。話があったから……そっちの彼にね」

「──……は?」

そう笑顔で答える彼女が指差したのはあろうことか自分だった。驚いて目を丸くしたものの嫌な予感が働いてすぐに顔をしかめる。彼女から感じられるものが明らかな敵意だったからだ。

「……俺は別に話すことはない」

「あら、つれないのね。あたしに不満があるんじゃないの?」

これ以上面倒ごとに巻き込まれてなるものかと彼女の申し出を一蹴したが、それに噛み付くような気に障る言い方で返されたため思わず目を細めて彼女を睨む。以前から事あるごとに美都の側を離れなかったのはやはり計算のうちか。

「だからなんだ。不満を伝えたところでお前が大人しくなるのか?」

「さあ? だってあなたはあの子の何でもないでしょ? あぁごめんなさい……親戚、だったかな?」

ピリっとした空気が纏わりつく。実際隣にいる和真の表情が「うわ」と顔を引きつらせそれを物語っていた。わざわざ固有名詞を出さず、しかし「親戚」という外的要因で美都のことを示す様が不快だ。

だが売り言葉に買い言葉だ。これでは彼女の口車に乗せられてしまう気がする。それにただでさえ目立つ彼女の相手を往来の廊下でしたくはない。苦い顔のまま極めて冷静に言葉を返す。

「……何が言いたい?」

「だからちょっと話そうって言ってるの。ここが嫌ならそっちの端でいい。まだマシでしょ」

どう足掻いても引き下がりそうに無い。彼女が指したのは7組の教室の前の隅だ。正直あまり変わらないがここだと6組の生徒まで野次馬になりそうなので条件を呑むしかない。溜め息を吐いて渋々身体をそちらに向かわせた。

「おい、大丈夫なのか」

「俺が知るか。手綱引いとけよお前」

「つったって今回は想定外だ」

小声で訊ねてくる和真に顔をしかめながら応じる。和真を責めてもしょうがないのだがこの状況では幼馴染としての責任を問いたくもなる。その会話が聞こえたのかキッと鋭い目付きで睨みをきかせ幼馴染を指差した。

「あんたは邪魔。ちょっと退いといて」

「うわ怖ぇ。あんまりいじめてやんなよなー」

「話し合いだって言ってんでしょ。ほらどっか行って」

気の知れた相手だからなのか互いの扱いが雑に感じる。良くこれで和真は怒らないなとさえ思う程だ。目配せを受け和真が少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら教室に戻る。他のクラスメイトもただならぬ雰囲気を感じたのか近付いてくる者はいない。

「……なに?」

対面したところで改めて用向きを訊ねる。何となく先程の態度で察しはついていたが直接訊かれたわけでは無いので今一度確かめておきたかった。

「単刀直入に訊くけど、あんた美都の何なの?」

先程までの口調と打って変わって、敵意剥き出しで問い質してくる様に眉を顰める。何かと訊かれれば同じ使命を持つ同志だ。その使命のため表向きでは親戚ということになっているがその説明では恐らく彼女は納得していないのだろう。だが理解出来ない。なぜわざわざそれを自分に訊くのかが。

「何かであることが必要なのか? お前には関係ないだろ」

「関係あんのよ。知らないうちに知らない男が大切な幼馴染みの親戚だなんて言われて信じられるわけないでしょ。どういうこと? あの子を騙してるの?」

親戚という体は美都も了承済みのことだ。そうした方が互いに動きやすいからと言って弥生の提案を受け入れたのだがよもやこんなところで弊害が出るとは。もちろん騙しているはずがない。ただその言い方が気に入らなかった。

「あいつを騙して何の得になる? 過保護すぎるのもいい加減にしろよ」

「関係ないって言うなら何でそんなムキになるのよ。それこそあたしのことなんて放っておけばいいわ」

「そっちが突っかかってきたんだろうが。俺は何も言ってない」

「目が物語ってんの。気付かないわけないでしょ。美都は気付いてないだろうけどね」

互いの主張に被せるようにして返答を重ねていく。しかし相手の言うことに納得することが出来ず、話は既に膠着状態だ。意味のない話し合いに時間を割く程無益なことはない。心情的にも不健康だ。

「回りくどい言い方はやめろ。結局何がしたいんだお前は」

その言葉に目の前の少女は眉を顰め、一層鋭い目付きでこちらを睨んだ。

「なら言わせてもらう。────中途半端な気持ちであの子に近付かないで」

「……っ!」

ギリ、と奥歯を噛みしめる。中途半端という言葉が耳に障った。

一方的に言いたい事だけ言って気が済んだのか自分のクラスに戻ろうとした彼女の腕を思わず掴んだ。

「中途半端かどうかはあいつが決める事だろ……!」

握りしめる手に力が入る。手加減が出来ない。

振り向いたその表情は一瞬驚いて目を開いていたが、直ぐに目を細め強引に手を振りほどいた。そしてまるで嘲笑うかのようにして自分と視線を合わせた。

「そうかもね。でも一度も言葉にしていないのに中途半端じゃないなんて、言い切れんのかしらね?」

そう言い残すと彼女は再び背を向け自分の教室へ戻っていった。

(……っ、くそ……!)

言い返せなかった自分に腹が立つ。事実を突きつけられたからだ。

言葉にしないのは理由があっての事だ。だがその理由に甘んじている事も己を苛む原因であることはわかっている。だからこそ彼女の言葉に何も言うことが出来ず、唇を噛みしめる他なかった。

だが、この気持ちを中途半端という言葉で括られるのは気に食わない。守りたいという気持ちも、傍にいたいという気持ちも、彼女が大切だからだ。そこに半端な気持ちがあるはずがない。

「おい四季……キレてるか?」

「…………上等だ」

廊下の窓からひょっこり顔を出して和真が何かを言った。腸が煮えくり返りそうだ。冷静さを取り戻さなければいけないことはわかっているが、今は頭に血が上っている。しかしそれを自分で理解しているのだから、実は冷静なのかもしれないと分析しポツリと呟いた。

ちょうど良く目の前には修学旅行という行事がある。中途半端でないことを訴えるいい機会だ。あの鈍感娘に、まずは意識させるところからだ。

「作戦会議だ、和真」

「お、おお。急にやる気だな」

今のままでは分が悪い。だとしたら同じクラスの特権を最大限利用させてもらう。

今までは距離を測りつつ着実にと思っていたがもはやそうも言っていられない。確かに鈍感な美都に着実など間違っていたのかもしれない。

照準は定まった。あとは自分がどう動くかだ。





高階の演奏の余韻に浸りながら、美都は教室までの道のりを一人歩いていた。特等席で彼の演奏を聴けたことに加え新しいCDも貸してもらい概ね満足なはずなのに、修学旅行のことを考えるとどうしても気が重くなる。自分が考えすぎなのはわかっているものの、今まで生じたことのない他人との距離感に戸惑ってしまう。階段を下りながらつい溜め息を吐く。

修学旅行といえば中学生活の中でも一大行事だ。普段であれば校外学習というだけで楽しみなはずだ。それなのに何故こんなにも引っかかっているのか。自分でも不思議だった。

(せっかくの鎌倉なんだし……。うん、余計なこと考えるのはやめよ)

そう思い至って一度考えていることをリセットし直そうと結論を出した。

「あ、あー! ちょっと美都!」

「へ? なにどしたの?」

階段を下り、角を曲がった4組の教室前で急に春香に呼び止められた。先に戻ったはずの彼女が何故ここにいるのかと不思議に思い声を上げる。

「まあまあ! ちょっと話していきなよ」

「? 教室で話せばいいでしょ?」

「いやあ、まあそうなんだけど……ほら、凛もいるし!」

引き攣った笑みを見せ、落ち着かない様子で春香が強引に美都を引き留める。彼女の意図が掴めず小首を傾げていると視界の端で小さな影が近づいて来るのがわかった。

「美都っ!」

「わ! どうしたの凛? 珍しい……愛理に感化でもされた?」

突然抱きついてきた凛に驚いたものの、最近は愛理によるスキンシップに慣れているせいか大袈裟に動じることなく彼女を受け入れた。凛とは小学生の頃からの仲だが、今のように大々的に触れて来ることは滅多にない。凛は綺麗な碧色の瞳でじっと自分を見つめる。自分より少し小さい彼女を正面にして、宥めるように肩に手を置いた。

「本当にどうしたの? 何かあった?」

「ううん。久々にゆっくり美都と話せてるなって思ったら嬉しくて」

「そんな大袈裟な。毎日喋ってるじゃない」

「でも最近は愛理が邪魔するから……!」

はたと目を丸くした。そう言えばそうか。最近は気がつけば愛理がいることが多い。今のこの状況を見れば普段であれば一目散に絡みに来るはずだ。だから何か不思議だったのか。そう言えば彼女はどうしたのだろう。

ふと凛の肩越しに目線を置いた。遠目だが7組の教室前に愛理の後ろ姿が見えた。誰かと話し合っているようだ。誰だろうという好奇心が働き、思わず見えるように首を移動させる。

「……!」

対面する人物の姿を目の当たりにし、目を見開いて息を呑んだ。

────どうして、四季が?

愛理と何か接点があっただろうか。混乱したまま当該の方面を見つめていると、春香が気まずそうに口を開いた。

「いやぁ……なんか話し込んでるなーと思って……なんだか物々しい雰囲気だったからあんまり首突っ込まない方がいいかなって……」

「物々しい……? なんであの二人が……」

春香の言葉に眉を顰めた。何かあったのだろうか。しかしわざわざ自分のいないところで二人で話をしているということは、安易に首を突っ込んで良い話ではない。彼女の言い分も尤もだ。

だがやはり彼ら二人で話していることが不思議でたまらなかった。教室でもほとんど会話をしていないはずだ。どれだけ考えても接点を見出すことが出来ない。

この位置からでは何を話しているのかはおろか、表情さえろくに確認することが難しい。否、それこそプライバシーなのだから自分が気にすることではないのだが。

納得が出来ないまま怪訝な表情で目を逸らそうとする。しかし直後に、振り向いた愛理の腕を四季が思い切り掴む姿が目に入り、その光景に心音が跳ねた。

(な──……)

────なんだ。ああいうの、誰にでもするんだ。

保健室で掴まれた時のことを思わず重ね合わせる。四季にとってはきっと取り留めのないことなのだろう。

「──……?」

なんだか急に胸の中に靄が広がった気がして眉間にしわを寄せる。思わず胸の前で手を握り締めた。

「み、美都?」

「……ううん、なんでもない」

心配そうに訊ねる春香の声に、ハッとして首を横に振った。

そうだ、自分には関係のないことだ。彼らが親しくしていて悪いことなど一つもない。個人の問題に自分が干渉することではないのだ。だから自分が気にすることではない。それなのに。

(……なんだろう……?)

どうしてこんなに、心がざわつくのだろうか。







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