私の青春を彩った「Dayz」というゲーム
「Dayz」というゲームをご存知だろうか。
このゲームは私が知る限り、今のゲーム業界の神ともいえるゲームだ。今PCでできる多くのゲームはこのゲームの影響を受けていると考えられるからだ。これからそのゲームの概要と魅力を書いていく。
実は「Dayz」というのはゲーム名ではない。「Arma2」というゲームに対して作られたユーザーメイドのMODだったのだ。まてまて、そもそも「Arma2」とは何なのだと。
「Arma2」とはBohemia Interactiveというチェコのゲームメーカーが開発したPC向けゲームだ。ジャンルは「軍事シミュレーション・ファーストパーソン・シューティングゲーム」となっている。このゲームは2009年に発売されたゲームだが、当時のゲームからすると驚くべき内容だったのだ。
まずその頃はオンラインゲーム全盛期の少し前。無料FPSゲームというのもそれなりの数が出揃っていた。しかしそれらは俗に言う「スポーツ系」のFPSゲームだった。弾は距離に応じて落ちないし、限られた狭いマップの中で時間制限ありの戦闘を行ってスコアが出るのだ。これだけ聞けば今でもそのようなゲームがあるのは分かるだろう。
しかしこの「Arma」というゲームは違ったのだ。広大なゲームマップにリアル志向の動作。ヘリや戦車などの乗り物があったり、AIとの連携、治療という概念など、当時のゲームにはないほどリアルなゲームだったのだ。これだけでも面白そうだと感じる人はいるのではないだろうか。しかしこのゲームはとあることをきっかけに「化けた」のだ。
そう、それが先に説明した「Dayz」というユーザーメイドのMODの登場だ。これを導入するとどういうことが起きるのか。「軍事シミュレーション」から「ゾンビサバイバル」に豹変するのだ。これによりゲーム性が一変し「ただ生き残るだけ」という目標になった。もうこれを考えた人間は未来から来たのではないかという程先見の明を持っていた。
広大なマップに裸で放り出されたプレイヤーは、ゾンビの徘徊する荒廃した島でただ生き残るのだ。数少ない食料や水を建物を漁って探し出すのだが、それは他のプレイヤーも同じ。じゃあどうするか「分け合う」か「奪い合う」しかないのだ。非常に面白く、人間性がよくでるゲームだった。
ゲームではロールプレイができる。「Bandit」なる悪役に徹することもできれば「Hero」と呼ばれる善人になることもできた。そして案の定Banditが蔓延るのがこの手のゲームだ。Banditは世界のいたるところを徘徊し、生存者を襲って物資を奪うのだ。つまりプレイヤーはゾンビとBanditに怯えながら探索をしなくてはならなかった。元々は軍事シミュレーター、正確な音の概念があり、音を立てればゾンビに気が付かれる。身を守るために発砲なんてしようものならゾンビだけでなくBanditまで呼び寄せてしまうことになる。
元々は軍事シミュレーター。茂みに隠れられて高レア武器であるスナイパーライフルで見られようものならもう気づくことはできない。一方的に発砲される恐怖に身を震わせながら街を探索するのだ。街を探索していても、そのドアを開けたら目の前に待ち伏せしているBanditがいるのではないか、ゾンビが待機しているのではないか、そんな不安でいっぱいだ。
街から延びる主要道路にも危険は存在する。Banditが徒党を組んで街から出る生存者を待っているのだ。もう安寧の地はどこにもない。
じゃあ森の中に入って隠居生活を送ればいい。そう考えるサバイバーもいるだろう。もちろん森には鹿や兎、猪といった動物がいて殺せば肉をはぎ取ることができる。それを生肉のまま食せば体調を崩す。よって火を起こすのだが、その煙を辿ってBanditはやってくる。
ここまでくると皆「悔しい、俺もBanditになって奪う側になってやる。」こういう思考になるのだが、それでも「不殺」を貫くプレイヤーもいる。本当に面白い。
ゲーム界隈に衝撃が走った。オープンワールド、少ない物資、そこでのサバイバル。当時この発想は他にはなく全世界のプレイヤーが夢中になった。個人サーバーは大量に立てられ、サーバー独自のルールなども確立していったり、建築などの要素が加わったり、後期には金銭の概念の加わったりした。
さぁ、ここまで聞いたらもう勘のいい読者ならわかるだろう。これらの要素が詰まったゲーム。やったことがあるのではないだろうか。そう「PUBG」「Rust」「荒野行動」「H1Z1」「フォートナイト」上げればきりがない。ご想像の通りこれらのゲームはこのゲームに影響されて作られたのだ。今までテキストチャットが主流だったオンラインゲーム。そこにボイスチャットという概念が加わり、「Skype」「TeamSpeak」「Mumble」今の若者なら聞いたことのないようなソフトを用いてボイスチャットをしたのだ。
今皆がやっているゲームにはこのような歴史があったのだ。
そしてこう思う人間もいるだろう。「そんなん知って何になるのか。」まさにその通り、これを知っていたからと言ってゲームが上手になるわけではない。だが、焦らずに考えてほしい。今我々が享受しているこの便利な生活、これらは先人の工夫や発明によって作られたものだ。白熱電球を見るたびにエジソンを思い浮かべる人は珍しいだろうが、その白熱電球の祖を作ったのは確かにエジソンなのだ。知らなくてもいいことだが、敬意を払うべきだろう。彼がいなかったらもう数十年は電球というものがなかったのかもしれなかったのだから。
それはこのゲームにも言える。「Arma」というゲームが、「Dayz」というMODが作られなければ今のゲームはなかったのかもしれないのだ。これらには敬意を払うべきだ。たかがゲームと思うかもしれないが、それによって楽しいという感情になった人間はたくさんいるのだ。これは偉大な発明であると私は考える。
このゲーム、素晴らしいのだがもう運営されているサーバーは多くない。理由はいくつかあるのだが今回は割愛する。
このゲームをやれとも買えとも言わない。ただ、ちょっと動画視聴サイトで検索してみてほしい。動画を見るだけでもそのわくわく感は十分に伝わってくる。
結局ここまで書いて何が言いたいかというと
今私たちがやっているゲームには、「Dayz」という偉大な父がいたことを知ってほしいのだ。本当のゲームとは何だったのか。「PUBG」を作ったメンバーもきっとDayzをやった人はいる。今私たちが楽しいと思えるゲームを開発をしている人たちが、本当に楽しんだゲーム、そんなゲームを知らずに過ごしていたことを。それらをもう経験できない悔しさを、感じてほしいのだ。これを読んでいる君が、どうあがいてももうDayzの全盛期を体験することはできないのだ。
だからこそ、今本当に「良い」ゲームに触れてほしい。課金ありきのゲームに走ってはいないだろうか?安易にキャラクターデザインの良いゲームに走っていないだろうか。漫然とゲームをしていないだろうか。値段ではない、グラフィックではない、流行ではない、本当にいいゲームに触れているだろうか。やり込みというものを勘違いしていないだろうか?
本当に楽しかった。楽しかったのだ。思い出すと涙が流れる程に。
夢中になって徹夜までしてゲームをして次の日に学校に遅刻をしたものだ。それでも帰ってきて宿題をほったらかしてゲームにいそしんだ。あったこともない、掲示板で知り合ったメンバーを一緒に行動して、たくさんの思い出を作った。ゲーム内で撮ったスクリーンショットは今でも残っている。私はなんていい時代に生まれたのだろうと、胸を張って、自信を握りしめて言える。
たかがゲームだ。学歴社会の敵だろう。
だがそんなゲームも、人生の大切な思い出になるのだ。
漫然とプレイしないでほしい。本当にいいゲームに触れてほしい。あと数年もすれば30代に突入するゲーム好きからのお願いだ。「こんないいゲームがあったんだ。」大きくなってからそう言える経験をしてほしい。
まとまりがないが、私の言いたいことは以上だ。
時間がある人はもう少し付き合ってほしい。ここまで読んでくれて時間がない人はブラウザバックだ。
個人的な話になるのだが、私がまだこのゲームをプレイして少しの時、レアアイテムが出やすい「空港」というマップに行った時のこと。まだ初心者だった私は足音を立てるわハンドガンでゾンビをパシパシ撃つわでゾンビが大量に集まり、遠くからBanditに狙撃されるなど散々な経験をした。命からがらゾンビを撒いて、うまく立ち回って狙撃からも逃げ延びた私は森の中に逃げ込んだ。
出血によって視界はモノクロ、止まらない出血、上がり切った息。バックパックを確認してももう残り少ない食料に、缶ジュース1本。もう死を覚悟した時に背後で音がした。「これで終わりか。」そう思った時。「大丈夫ですか?」日本語で声をかけられた。銃を持っていたが、その服装は「Hero」(善人と思わしき行為をするとKarma値という内部数値が上昇し、一定に達すると服装が変化する。逆もまた然り)彼の名前は「medic_medic」今でも覚えている。「あそこは危ないですよ。これ、使ってください。」そういって渡されたのは包帯と、輸血パック。彼のアドバイスともらった包帯によって一命をとりとめた。VCは周りに聞こえるので少ししか会話ができなかったが、ゲームに関するアドバイスをもらうことができた。
その後私は「2ch組」と呼ばれる団体に所属して活動をした。まとまれば強いのはどのゲームも同じだ。年代も仕事も生活リズムも違う人がたくさん集まってわいわいやったものだ。サーバーには悪役に徹してくれる人がいた「s_kumaさん」「isonoさん」「noseshunさん」彼らもリアルではとてもいい人なのだが、ロールプレイとしてたくさんの悪逆非道を繰り返した。それらに対抗するのが私達だったのだ。
出来レースともいえるそんな活動をする中で、「Shimoheyhey_japan」という人に出会った。とても人柄がよく、よく一緒に行動を共にした。ゾンビに倒されたりBanditに襲われたりして死んでしまっても、楽しく活動できた。
そしていつも通りに移動中、私は初心者だったころの話をしたのだ。空港で「medic_medic」という人に助けてもらったこと、お礼も十分に言えなかったこと。それを話すと彼は衝撃の言葉を放った。
「それ、たぶん私ですね。」
そう、彼は名前を変更してプレイを続けていたのだ。私は驚きと共に涙が流れそうになった。このゲームはいいことばかりでない、正直腹が立ってやめようと思ったことは1度や2度じゃない。助けるつもりで食料を分け与えた生存者に後ろから殺されることもあった。それでも私がこのゲームを続けていたのは、「medic_medic」に助けてもらったからだ。見ず知らずの私を助けてくれた彼のようなプレイヤーがいるから、今まで続けられたのだ。
私はできる限りのお礼をした。彼は照れながら「いいですよもう」と言った。話しながら泣きそうになってしまったのは内緒だ。
さて、今のゲームでこんな経験をしたことのある人はいるだろうか。
「あのキャラクターえっちだよな!」「レベルがうんぬんかんぬん…」「え?お前まだそこまでしか進んでないの?」こんな会話ばかりになっていないだろうか。それは本当にいいゲームなのだろうか。
ゲームは遊びだ。ただ感動的な出会いと、感動的な経験ができるのだ。
それを忘れないでほしい。思い出してほしい。そして、そんなゲームに会うことを諦めないでほしい。




