005 百五十歳、試練の旅
005
「フォルトナータ、お前それ全部背負っていくつもりか?」
「はっ、はい。着替えや日用品が……」
「タルクウィニアよ。本当に足手まといにはならないんだろうな?」
「うふふふふふっ、しょ、少々お待ちをっ! ……あなた何やってんのよ! 荷は必要最低限と言ってあったでしょ!」
「ええっ、でもどれも必要……」
「ああ、いいよいいよ。俺達の艦……いや、帰りの馬車にはまだ若干の余裕がある。兵に運ばせて良いか?」
「おっ、恐れ入ります! あなた馬鹿! もう、お母さん恥ずかしいわっ」
『やれやれ、先が思いやられますね』
「では、フォルトナータ、身体に気をつけて。ジーク様のお役に立つように。言われたことは、何でもするのよ」
「ははっ、は、はい!」
長老タルクウィニア他、エルフ達の見送りを受けて、エンシェントエルフの集落を後にする。
長老はともかく、他の皆の前で艦へ転移するのは無用の混乱を招くだろうから、少し歩こう。
身体の慣らしにもちょうどいい。
「ジーク様」
「何だ? フォルトナータ」
「さきほど馬車と言っていましたが、この大森林にどうやって馬車を乗り入れたのですか? それに村を復旧してくれてた兵士さんのお姿も見えませんが」
「ああ、機動歩兵は復旧作業が終わった後、手分けしてこの大森林の探索に入った。心配するな、森の生態系に影響を与えない範囲で、動植物、資源の採取をやっている」
「ええッ!? それはあぶっ、危険です! この森には人間なんか簡単に餌にしちゃう恐ろしいモンスターが山ほどいるの、いるんですよ! せめて固まって動かないと、みんな死んじゃう!」
「……アウレーリア。何か異常はあったか?」
『いえ何も。それぞれ担当範囲の動植物を採取しつつ、順次、艦へ帰投しております』
「問題ないようだ。心配せずとも、後ほど運ばせた荷物とも合流できるぞ。馬車もその時説明しよう」
「……そ、そんな軍が……、いったい今までどこに……?」
「それよりもフォルト」
「……。あっ、はい、私のことですね」
「お前、何でもするつもりって言ったよな?」
「は、はい」
「……まずはそのかしこまった物言いをやめてくれ。普通でいいよ。俺がお前の母君からもらったものの価値は、とてつもなく大きい。対価なんて払えないほどに。それに……君が一緒に来てくれることも、迷惑なんかじゃないから。もっと楽にしてくれ」
「……ほ、本当です、か?」
おい、なぜそこでアウレーリアを見る。
『はい。全てはジーク様のお心のままに。あなたも気を使わなくてもいいのですよ』
「じゃ、じゃあよろしくね。ジーク様」
「うん。それでいい。せっかくなんだから楽しい旅にしよう」
『ふふふ。そうしてると姉弟みたいですよ。ジーク様も今は未成年ですからね』
「そうか成人の儀とか言ってたな。四つ上になんのか」
「いや、あたし今日で百五十歳よ?」
「!! ひゃ、ひゃくごじゅうぅ!? ……あ、ああ。エルフは長命、ってやつか」
ファンタジーエルフの概念は知っているが、現実に耳にすると冗談みたいだ。
しかし、百五十年生きててもこんなに幼いもんなんだろうか。
……む。
『……ジーク様』
「ジーク様ッ!!」
言うな。身体に魔素を宿した今ならわかる。もう一匹いたのか。
グォギャギャギャオオオオォォォッッッ!!! ……ォォォオオオオッ!!
「ひっ、ひいいいいいッ!! お、お父様ああァッ!!!」
舞い散る石礫や、木の葉、枝がバリアフィールドを激しく叩く。
何てこった。
番いか、親子か……。
新たに現れた黒いドラゴンは……最初のモノよりも一回り大きい。
五十メートルはあろうかという艶のない漆黒の巨体は上空を通り過ぎてなお、雄叫びを森に響かせる。
猛スピードで飛んでいるため、距離は離れたはずだ。
しかし地を揺るがす振動は収まらない。たまらずバリアフィールドごと浮上する。
ちっ、感じるプレッシャーは最初の個体の比ではないな。
雄叫びが徐々に大きくなる。
……ぐっ。旋回して、こちらへ戻ってきているだと。
狙いは、俺達か……? 敵討ちとでもいうのか。
「アウレーリア! やれるか?」
『申し訳ありません。私としたことが想定外です。現在のエネルギー量では、先ほどと同威力の攻撃は不可能です。ここから艦へ転移で戻れば、我々は助かりますが』
「に、逃げられるの!?」
「いや、その場合この先の集落のタルクウィニア達はどうなる」
「いやあああっ!! お母様ッ!」
俺達だけ逃げるという選択肢はない訳だ。なら、狙われているのは好都合だ。
「何か武器をよこせ。今のこの身体、試してみよう」
『命令には従いますが、私はジーク様のお命を最優先にします。そのことはご承知ください』
ふふふっ、おかしいな。何で若返った程度で、俺はこんなに自信満々なんだろうな。